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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第32話 なんとなくに意思が宿る時
 気がつくと、明嗣は以前にも来たこと事があるコロシアムに立っていた。映る色が白と黒で構成されたこの世界は、念ずる事で欲しいものを具現化させる事ができる心象世界。目の前には自分と瓜二つの人物がニヤニヤと邪悪に微笑んでいる。まるで、向こうから獲物がやってきたとほくそ笑む狩人のような笑みだ。

「で、やる事ってのはまさか俺に身体を明け渡す事か?」

 黒き炎を出現させた内なる吸血鬼は、その中に手を突っ込んだ。そして、引き抜くように手を動かすと、炎の中から片刃の大剣が現れる。大剣を肩に担ぐ内なる吸血鬼の問いに、明嗣はただ手を広げて返事をする。

「どうせ、今の俺じゃ奴に勝てねぇしな。だったら、ちょっとでも可能性のある方に賭けてみるのも悪くねぇ。望み通りに血を吸わせてやる。ほら、来いよ」
「へぇ、それはそれは……。ずいぶんといさぎよい……なぁッ!」

 明嗣の返答を聞いた内なる吸血鬼は、遠慮なく明嗣へ向けて突っ込んで行き、その剣を明嗣へ突き立てる。なんと、明嗣はそれを抵抗する事もなく受け入れた。あっさりと自分の攻撃を受け入れた明嗣に対し、内なる吸血鬼は素直に驚きの表情を浮かべた。

「マジで何もないのかよ……。そこまでして澪を助けたいのか?」
「別にそんなんじゃねぇよ……! ただなぁ……ッ!」

 痛みに喘ぎながら明嗣は力強く答える。そして、自分を貫くその剣のつかに手をかけた。

「アイツは……本当ならこんな事に関わらなくて良い奴だ……!! 何も知らないまま生活しているはずだったんだ……! だから、巻き込んだ俺には……全力でアイツを元の世界に返してやる義務があんだよ……!!」
「おいおい……。他にも似たように吸血鬼に襲われた奴はいただろ? なんだって澪だけ贔屓すんだよ」

 内なる吸血鬼は呆れた調子で明嗣に返す。確かにそうだ。他にも似たように吸血鬼に襲われている所から救出した人はいた。すれ違った人や、軽く話した事もある人もいる。でも、初めて澪に会った際、写真の事を馬鹿にされたと誤解して詰め寄られた時に、明嗣は言い訳を考えるのとは別にこう思ったのだ。綺麗で純粋な目をしているな、と……。だからこそ、本能的に自分とつるんではいけないタイプの人種だ、と感じ取って遠ざけていたのだろう。
 だが、澪はそれでもめげずに声を掛けてきた。そして、裏仕事で吸血鬼を狩っているのを知った上で自分の事を理解したい、と言ってくれたのだ。

「いくら吸血鬼たって元は人だ……! 吸血鬼を殺してきた俺の手は、洗っても落とせないくらい血でベットリだ……。でもな……!」

 明嗣は柄を握る手に力を込める。そう。澪はそんな明嗣の手を取った。そして、真っ直ぐに明嗣の目を見て言ったのだ。

「アイツは、友達なろうって言ってくれたんだよ……!!」

 その時は手を振り払ってしまったけれど、同時に何かが変わった気がした。女の子に手を握られて真っ直ぐ見つめられただけで情を動かされるなんて、裏社会の人間にあるまじき弱さだとわらう者もいるだろう。だが、それでも。

「俺が助けに来るのを彩城が待っているとしたら、俺はそれに応えたい……! そのためだったらなんだってやる……!! けどなぁ!!」

 ああ、そうとも。そのためならどんな代価だって払ってやろう。ただし――!!

「そんなに血が吸いたきゃ、まずは自分テメェの血を吸え、朱渡 明嗣ダンピール!!」
「なっ……!?」

 明嗣は痛みに構う事なく自分に刺さる剣を引き抜いた。そして驚いて動けない内なる吸血鬼へ引き抜いた剣をそのまま突き立てた。

「がァ!? お前……!?」
「本当は認めたくなかったんだ……。俺の中にこんな弱い自分がいるなんてな……」

 吸血鬼に出会う度にほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ心の底では思っていた。我慢なんてせずにこんな風に好き勝手していれば人生楽しいだろうな、と。でも、他者を踏みにじって快楽を貪るだけのケダモノにしか見えなくて、あんな風にはなりたくないと思う自分も同時にいた。

「だから、こういう自分もいるんだと目の前に突きつけられて、必死に否定しようといたんだ。俺はあんな奴らとは違うって。でも、これからはそうも言ってらんないんだよな……」

 明嗣は柄を力いっぱいに捻った。エキゾーストノートが響き、身体の中で心臓が強く脈を打つような感覚を覚えた。同時に自分の中に何かが流れ込んで来る感触もしっかりと感じる。
 よく見ると内なる吸血鬼が剣の中に吸収され、その輪郭がどんどんぼやけていた。

「お前を受け入れなきゃ、俺は強くなれない。でなきゃ、俺はこれからも置いていかれる事になっちまう。そんなの絶対ぜってぇ嫌だ」

 いつの間にか、この場には明嗣一人だけが立っていた。真っ白な空間だった故に今まで気が付かなかったが、その手には刀身が真紅の色に染まった黒い刃の大剣を握られていた。

「これが俺の……」

 手に馴染む握り心地で明嗣は、これは自分の一部なのだ、と直感的に理解した。ひとまず、問題の一つをクリアした安堵感から、明嗣はフゥ、と一息ついた。
 
「よくやったな」

 いきなり背後から声が聞こえたので、再び戦闘へ意識を切り替えた明嗣は、無言で手に入れたばかりの大剣を向ける。剣が指し示すその先からは、漆黒のロングコートを着た男が歩いてこちらへ向かって来ていた。隣には内なる吸血鬼が乗っていた黒い炎のたてがみを持つ馬がおり、手綱はその男が握っている。その男の容姿を目にした明嗣は、思わず息を飲んだ。なぜなら、その男の白い髪や両目とも紅に染まった眼差しを目にした時、誰だと思う前に懐かしいと感じたのだから。

 どっかで会ったか……? いや、まさか……。

 ふと、ある可能性が思い浮かんだ。知り合いにこのような風体の男はいない。にも関わらず、どこか懐かしいと感じるその理由。明嗣は声を震わせてそれを口にする。

「お、親父……なのか……?」

 確信はなかった。思い当たる節がそれしかなかったのだ。
 対して、自分を父と呼んだ明嗣に対してその男は微笑みを浮かべて頷いた。

「よく分かったな。私がお前の元を離れたのは物心がつく前だというのに」
「マジかよ……!? でも、なんで……」

 明嗣は剣を下ろして、力を抜いた。敵意が無い事を確認した明嗣の父、アーカードはゆっくりと困惑する明嗣へ近づいた。

「私はただの残留思念のような物だ。いつか、お前が自分の吸血鬼の能力を受け入れた時に、少しだけで良いから話ができるようにしたいと思って魂の一部を残しておいたんだ。それにしても……」

 説明しながら、アーカードは明嗣を観察した。そして、明嗣の両肩に手を置いて満足気に頷いた。

「大きくなったな、明嗣」
「当たり前だろ……。俺、もう15歳なんだからさ……」

 初めて対面した父親からの言葉に、明嗣は視線を伏せて返した。すると、アーカードは申し訳無いと言いたげな表情を浮かべた。

「すまないな……。私のせいで毎日大変だろう?」
「いや、大丈夫。それなりに楽しく暮らしているよ」
「そうか……。苦労をかけるな……」
「ただ、気になってたんだ。追われるって分かってて、なんで吸血鬼の敵になる事を選んだのかな、って」

 おそらく自分の妻の晴華にも、息子である明嗣にも、追手が向かう事になる事も承知していたはずだ。それなのになぜ、吸血鬼と袂を分かつ事を選んだのか。明嗣はそれをずっと疑問に思っていた。もっともな疑問を口にした明嗣に対し、アーカードは柔らかく微笑みを浮かべた。

「そうだな……。明嗣、お前は人間をどう思っている?」
「え、なんだよいきなり……」
「答える前に教えてくれ。世の中は人が集まる事で成り立っている。その人を、私の息子がどのように見ているかを知りたいんだ」

 意図が掴めず、困惑する明嗣に対してアーカードは、真っ直ぐに見つめて感想を促す。やがて、明嗣は自分が思う正直な感想をアーカードへぶつけた。

「俺は……あんまり良くねぇと思ってる。自分勝手だし、どいつもこいつも自分に尽くして当然だってツラして歩いている奴ばかり目について、正直嫌気が差すよ」

 アーカードはただ黙って話を聞いていた。たとえ好ましくない物だったとしても、本音を受け止めてやる事が父親として息子に唯一できる事だから。しかし、やはり闇の世界を歩く事になってしまった息子の本音を聞くのは苦しいものがある。同時に自分に原因があるのだから、そういう風に思ってしまうのも仕方ない、と半ば諦めている心境だった。だが、そんなアーカードの心境を知ってか知らずか、明嗣は「でも」と続ける。

「最近、色々あってさ。もしかしたらそれだけじゃないのかもって思えるようになったんだ」
「そうか……」

 話を聞いたアーカードは、短く返した後に明嗣の質問の答えを語り始めた。

「私は晴華に会うまでは鬼として生きてきた。奪い、殺し、恐れられ、暴虐の限りを尽くした私はヘルシングに敗北して封印されてしまった」

 遠い過去を懐かしむようにアーカードは目を細めた。

「やがて、封印を解かれて目覚めた私は、今の世界を知るためにヘルシングの子孫を名乗る若造と共に世界を巡った。そして、日本に流れ着いて私は晴華と出会ったんだ」
「へ、へぇ……」

 このタイミングで明かされた両親の馴れ初め話に、明嗣はどういう反応を返して良いか分からずに困ったような笑みを浮かべた。明嗣の反応はもっともだ、とバツが悪そうに笑うアーカードは話を続けた。

「彼女に出会った時、私は深手を負っていた。ほっといてくれと言っても、言うことを聞いてくれなくて困ったよ。でもな、彼女の優しさに触れたその時、私は自分が欲しかった物に気づいたんだ。私はな、明嗣。私はずっと、一国の領主や恐怖の暴君ではなく、一人の人間として対等に扱ってくれる者が欲しかったんだ。いや、吸血鬼と成る前にもそのような者がいたのかもしれないが、私は気づく事ができなかったんだろうな……」
「親父……」

 ずっと抱えていたであろう孤独を感じた明嗣は、何も言えずにただ父を呼ぶことしかできなかった。そんな明嗣へ、アーカードはしっかりと明嗣の目を見据えて語りかける。

「いいか、明嗣。愚かな私は人の中で生きる上で身も心も鬼になることでしか、道を見いだせなかった。だがな、鬼だった私の心だけでも人に戻してくれたのも、また人だったんだ。だから、人に失望しないでくれ。きっと、お前にも道を違えそうになった時や、間違った道を歩いていると思った時、引き戻そうと手を引く者が必ず現れる。その手を見逃さないよう、人に寄り添い、歩いてやってくれないか?」
「……ああ。分かった。努力してみる」
「そうか……! そうか……!!」

 たぶん、最初で最後になるであろう父の頼みだ。断るわけにもいかないので明嗣はしっかりと頷いて、父の頼みを受け入れた。願いを託せたアーカードは、本当に嬉しそうに顔をほころばせて頷いた。そして、ずっと隣で待機している馬の手綱を明嗣へ差し出す。

「これは、私からの餞別だ。今からコイツの主人はお前だ、明嗣」
「え、良いのか?」
「ああ。馬は主人と共に走って風を感じてこそ、その生を感じるんだ。私はもう一緒に走ってやれないからな。だから、コイツに風を感じさせてやってくれ。それに、コイツの力が今のお前に必要なんじゃないか?」

 どうやら、先程の叫びを聞かれていたようだった。明嗣は恥ずかしいのを隠すようにうつむいて手綱を受け取った。すると、新たな主人に忠誠を誓うようにアーカードの愛馬は、明嗣の前にこうべを垂れる。

「撫でてやれ。馬を扱う基本は信頼関係にある。だから、触れ合う事でお前に命を預けると信頼を示すのが大切なんだ」

 アーカードに促されるまま、明嗣は差し出された頭を撫でた。すると、新たな主人の思いを受け取ったのか、父から受け取った愛馬は嬉しそうに深紅の眼を細め、鼻を鳴らした。

「これからよろしくな。えっと……親父、コイツに名前はあるのか?」
「いや、コイツと会った当時は名前をつけるなんて発想なくてな。なくても困らなかったから、名無しなんだ。せっかくだ。お前が名付け親になれ」
「そうだな……」

 明嗣は改めて託された愛馬を見つめた。この世界だから今は馬の姿でいるが、現実の方ではバイクの姿をしているのだ。名前をつけるなら、馬でもバイクでも違和感が無いような名前にするのがベターだろう。どういう名前が良いか考えていると、こちらを見つめる深紅の瞳と炎として揺らめく黒いたてがみが目に止まる。その2つの要素から、明嗣はこれから相棒として過ごす愛馬の名前を告げた。

「よし、今からお前の名前は『ブラッククリムゾン』だ。それでどうだ」

 主人として明嗣は真っ直ぐに愛馬へ伝えると、アーカードの愛馬改めブラッククリムゾンは肯定するように地を蹴り、蹄を鳴らした。そうして、やり取りを見守っていたアーカードは、役目を終えたとばかりに明嗣へ背を向けて歩き出した。

「親父! どこ行くんだよ」

 黙って去ろうとする父に気づいた明嗣は、慌ててその背中を呼び止めた。すると、アーカードは振り返り、明嗣へ別れの言葉を口にする。

「私はもう死んだ身だ。こうして息子と話し終えた今、もう私がやり残した事はなくなってしまったんだ。だから、大人しく冥府へ行って報いを受ける事にするよ。元気でな」
「親父……!」

 この時、明嗣は自分でどういう表情をしていたか分からなかった。ただ、呼び止めた時の明嗣の表情を見たアーカードは、仕方ないなと笑い、息子を励ます父の表情で明嗣へ呼びかけた。

「そんな表情かおをするな、明嗣。お前はもう、立派な男なんだからもっとシャンとしろ」
「え……?」
「お前は男の顔になっている。大切な物のために戦う立派な男の顔にな……」
「そうかな……」
「だから戦え! もう、お前は進む事しかできないぞ!」

 この言葉で明嗣はこれでお別れなんだ、と感じ取った。だから、もう二度と会えない寂しさを誤魔化すように精一杯の笑みを作った。

「ああ。分かった。話せて良かったよ」
「そうだ。それで良い。これでお別れだ。じゃあな」
「あ、その前にさ。一つ聞きたい事があるんだけど、良いか?」
「なんだ?」
「俺の事、なんで明嗣めいじって名前にしたんだ? これ、今はキラキラネームっておかしな名前だ。納得のいく理由を教えてくれよ」

 明嗣は至って真面目な表情でアーカードへ、己の名前の由来を問いかけた。すると、アーカードはなんて事ない、と言った表情で答えを述べる。

魔法使いメイジは魔法を使って希望をもたらす者だ。だから、お前の名前はメイジ・アーカードになるはずだったが、日本に合わせた結果、"明"かりと"嗣"ぐと書いて明嗣となったんだ。これで納得してくれるか?」
「そうだったのか……。分かった。ありがとな、親父」

 これでスッキリだ、と言わんばかりに明嗣は頷いた。そして、再び自分へ背を向けて歩き、光を放ちながら薄まっていく父を見送った。やがて、残された明嗣は隣に立つブラッククリムゾンに呼び掛ける。

「うっし、そんじゃさっそくだけど、一仕事頼むぜ!」

 決意を込めた明嗣の声に、ブラッククリムゾンは気合い十分とばかりに蹄を鳴らし、明嗣の呼びかけに応えた。



 一方、場所は移り、交魔市港エリア。
 こちらでは現在、アルバートと鈴音が“切り裂きジャック”が潜伏していると思われる倉庫へ夜襲をかけるべく、それぞれの持ち場で待機していた。

「じゃあ鈴音ちゃん、用意は良いか?」

 耳に着けたイヤホンマイクでアルバートは鈴音へ呼びかけた。このイヤホンマイクとBluetoothで接続したスマートフォンは現在ボイスチャットアプリで通話状態となっている。一秒ほど間を置いた後、同じくイヤホンマイクを着けた鈴音からの返事が返ってきた。

『オッケー。アタシも準備できた。いつでも合図出して良いよ』

 極めて冷静に集中している事が伺える鈴音の声を聞いたアルバートは、クレイモアサイズの剣を構えて、いつでも首を刎ねる事ができるよう準備する。この剣は魔女狩りの時代、魔女と判決を下された者の首をいくつも切り落としたとされる断頭台ギロチンの刃を使って作った剣だ。やがて、覚悟を決めるように深呼吸して息を整えたアルバートは、鈴音へ合図を出した。

「よし、朱雀を突撃させろ!」

 直後、窓ガラスが割れる音と共に、中で何かが暴れる音が響いた。鈴音の式神である朱雀が火の粉のような羽を散らし、標的である"切り裂きジャック"へ攻撃をして暴れている音だろう。
 やがて、ドアが開いて中から誰かが出てきた。その男は生地がほつれてボロボロとなった黒いコートを着ていた。

 ビンゴ!

 息を止め、アルバートは首を刎ねるべく横一文字にクレイモアを振り抜く。たしかに首を捉えた剣は、豆腐を切るかのように、いとも容易く首と身体を切り離した。
 そして、黒いコートの男は他の吸血鬼と同じように灰の山となって崩れ落ちる。

 やったのか……?

 あまりにもあっさりと事が終わったので、アルバートは拍子抜けしたように、灰の山を見つめた。だが、本当にこれで終わりなのか、という疑念が頭に浮かぶ。
 やがて、その疑念は最悪の形で的中した。

「へぇ……面白い事考えるね、オジサン」

 直後、アルバートは背筋がゾッとするような感覚を覚えた。同時に、脇腹の皮膚が裂かれる痛みがアルバートを襲う。

「お前……!? いったいどうやって……!?」
「ああ。血を吸っていたらなんか手下ができてしまってさ。ちょっと先に出てもらって外の様子を伺ってもらったんだよ。まさかオジサンの方が来るとは、思ってなかったけどね」

 グリグリとアルバートの脇腹を抉り、“切り裂きジャック”は邪悪な笑みを浮かべている。だが、脇腹を抉る手を止めた“切り裂きジャック”は、何を思ったか後頭部へナイフを向けた。その直後、ギィン、と金属がぶつかる音が響く。

「嘘!? 見てない上にナイフで斬椿きりつばきが止めるの!?」

 いくら身体能力に差があるとはいえ、死角から仕掛けた全力の一撃をナイフ一本で受け止められた事実に鈴音はショックを受けた。その声を聞いた“切り裂きジャック”は嬉しそうな声を上げた。

「これは可愛い相棒を連れてきたね。この間の半吸血鬼とか言ってた坊やはどうしたんだい?」
「アイツは留守番させてるよ……。ちょっと調子が悪いみたいでな……」

 痛みに喘ぎながらアルバートが答えると、“切り裂きジャック”は残念そうな表情を浮かべた。

「そうなんだね。てっきり彼も一緒に来ると思ってたのに残念だ」
「マ、マスターを離して……!」

 和やかに答える“切り裂きジャック”の背中へ、鈴音が震えた声を出しつつ刀を向けた。すると、“切り裂きジャック”は冷めた視線を鈴音へ返した。瞬間、鈴音は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

「そんなに急がなくても、君らはきっちりと殺すよ。たださ、あの半吸血鬼の坊やに連絡して、こっちに来るよう伝えてよ」
「え……」
「明嗣の奴を呼んでどうするつもりだ……!」

 言葉を失い、喋る事が出来なくなってしまった鈴音の代わりにアルバートが尋ねる。対して、“切り裂きジャック”は満面の笑みを浮かべた。

「いやね、僕、あの坊やの知り合いの女の子を捕まえてさ。その上、仲間である君らを餌にしたら確実に来るだろうなって思ったのさ。狙った獲物は逃がさない主義だからね」

 その答えを聞いたアルバートは、苦渋の表情を浮かべた。
 かくして、アルバートと鈴音も囚われの身となり、明嗣の助けを待つ事となった。
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