懐かしい景色 その1
肺に入ってくる冷たい空気にある種のノスタルジーを覚えて、いかに身体中にあの頃の経験が染み込んでいるのかを理解してしまう。そしてそれが嬉しいやら悲しいやら分からないのだ。それを全部ひっくるめてノスタルジーを覚えているのかもしれないけれど。今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
「ママ?」
三歳になったばかりの息子が心配そうな顔をしてこちらを見上げている。父親にまったくと言っていいほど似ていないその、人を疑う事を知らない瞳に、精いっぱいにっこりと返す。
「大丈夫よ。ママはこれでも、ここではかっこいいんだから」
そう諭すように言っても不安そうな顔をやめない息子は優しすぎる気もする。そんなんじゃ将来簡単に騙されてしまいそうで不安になる。優太なんて名前をつけたのがいけなかったのか。でも優しい人であってほしいと願う。
「まあ。見てて」
そう言って一歩を踏み出す。
地面では到底起き得ないスーと足が勝手に前に進む感覚が久しぶり過ぎてちょっとだけ驚いてしまうが、息子の手前、ここでそれを表に出すわけにはいかない。
しっかりと固定されている靴から伝わる一本の線に意識を集中させて心地よく滑る場所を探す。
時間が経ったものなあ。あの頃と同じような感覚で滑れるはずもないか。
当時ほどとは行かないけれど、ある程度滑れていることを確認して嬉しくなってきた。
割と私イケてるんじゃない。くるりとターンをして優太の方を振り返る。速度は緩まることはなくて、そのまま後ろ向きで進んでいく。じっと見つめた優太の表情はハッとなにかに気がついたようでそれを伝えようとしていた。
「ママ!」
おそらく調子に乗り過ぎていたんだ。そう立花琥珀は後悔するけれど、もう遅かった。
背中にドンッ。と衝撃を受けたかと思ったら目の前に氷が近づいてきているのが分かった。
あれ? 昔ならちゃんと受け身を取れていたはずなんだけど。どうやって受け身を取るんだっけ。頭で考えて動いたこともないことを必死に考えたってそれで身体が動いてくれるはずもなくて。
ゴンッ。
それが頭を氷にぶつけた音だったって言うのは自分が一番信じたくなかった。
「ママッ! 死んじゃダメッ」
大丈夫。こんなことで死んじゃったりしないよ。こんなスケートリンクの上なんかで、こんな情けない格好なんかで、優太を置いて死んじゃう訳ないじゃん。
そう思っていても思うように身体が動かせなくて、だれかが後ろから抱きかかえるように起こしてくれたのは分かったのだけれど、それがだれかを確認する前に目の前が暗くなっていった。
「ママ?」
三歳になったばかりの息子が心配そうな顔をしてこちらを見上げている。父親にまったくと言っていいほど似ていないその、人を疑う事を知らない瞳に、精いっぱいにっこりと返す。
「大丈夫よ。ママはこれでも、ここではかっこいいんだから」
そう諭すように言っても不安そうな顔をやめない息子は優しすぎる気もする。そんなんじゃ将来簡単に騙されてしまいそうで不安になる。優太なんて名前をつけたのがいけなかったのか。でも優しい人であってほしいと願う。
「まあ。見てて」
そう言って一歩を踏み出す。
地面では到底起き得ないスーと足が勝手に前に進む感覚が久しぶり過ぎてちょっとだけ驚いてしまうが、息子の手前、ここでそれを表に出すわけにはいかない。
しっかりと固定されている靴から伝わる一本の線に意識を集中させて心地よく滑る場所を探す。
時間が経ったものなあ。あの頃と同じような感覚で滑れるはずもないか。
当時ほどとは行かないけれど、ある程度滑れていることを確認して嬉しくなってきた。
割と私イケてるんじゃない。くるりとターンをして優太の方を振り返る。速度は緩まることはなくて、そのまま後ろ向きで進んでいく。じっと見つめた優太の表情はハッとなにかに気がついたようでそれを伝えようとしていた。
「ママ!」
おそらく調子に乗り過ぎていたんだ。そう立花琥珀は後悔するけれど、もう遅かった。
背中にドンッ。と衝撃を受けたかと思ったら目の前に氷が近づいてきているのが分かった。
あれ? 昔ならちゃんと受け身を取れていたはずなんだけど。どうやって受け身を取るんだっけ。頭で考えて動いたこともないことを必死に考えたってそれで身体が動いてくれるはずもなくて。
ゴンッ。
それが頭を氷にぶつけた音だったって言うのは自分が一番信じたくなかった。
「ママッ! 死んじゃダメッ」
大丈夫。こんなことで死んじゃったりしないよ。こんなスケートリンクの上なんかで、こんな情けない格好なんかで、優太を置いて死んじゃう訳ないじゃん。
そう思っていても思うように身体が動かせなくて、だれかが後ろから抱きかかえるように起こしてくれたのは分かったのだけれど、それがだれかを確認する前に目の前が暗くなっていった。