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作者: 霜月かつろう
懐かしい景色 その6
「本当にごめんなさい」

 琥珀が頭を下げている先にいるのは上里コーチだ。女の子のお母さんではない。しばらく泣き続けていたのだけれど、疲れて寝てしまったらしく気がついたらお母さんが連れて帰ったみたいだ。

「ああ。まあ大丈夫ですよきっと。前回もあんな感じで泣いてましたが来てくれましたし」

 ちょっとあっけらかん過ぎやしないかと不安になる。こちらとしてはトンデモナイことをやらかしてしまったと思って落ち込んでいるのだ。責任者がそんな感じではどうしていいかわからなくなる。

「そうだといいんですが」

 どうしてこう、上手に出来ないんだろ。全ての物事が自分を拒んでいるように思えてならない。

 私の人生バラ色だったのは高校生までだったな。

 ちかごろは本気でそう思う。

 スケートも調子が良くて、県の代表に選ばれて国体選手にもなれた。

 まあ、でもだ。

 琥珀が国体に出ている歳に本当に上手な人達は世界を目指していた。そんな世界だ。国体に出ることが出来たくらいで喜んでいるようじゃ、この世界で職業にすることなんて出来っこなかった。

 だから。大学入学を機にきっぱりと辞めたんだ。
 あれ。そう考えると高校時代までも別にバラ色の人生じゃなかった気がしてくる。なんだったんだろ私の人生。

「立花さん? 大丈夫ですか?」

 ぼーっとしていたのか上里コーチが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「あっ。いえ。大丈夫です」

 昨日からこんなんばっかだ。しっかりしないと。優太のためにも。って優太だ。

「それより優太は。優太はどうしてますか」
「ああ。それなら娘が見てますよ」

 そう上里コーチに手で視線を誘導された先にはベンチで寝ている優太とその横で優太を見つめる女の子がいた。その女の子に目を奪われた。金髪は染めているものではないのが人目でわかる。整った顔立ちは遠くからでも目立ち、ありきたりだけれど人形さんみたいだなぁなんて思ってしまう。背格好は小学生の高学年だろうか。でも、その身に纏う雰囲気はとても大人びている。

 あれが上里コーチの娘さんだなんてちょっと信じられないと、失礼なことが頭をよぎる。

 だって可愛すぎる。それが優太を穏やかな顔して見守っているのだ。なんて言ったら良いかわからない。巷でちらほら聞くようになった尊いってやつか。

 いけない。いけない。あまりの尊さに見とれてしまったことに気が付き慌ててふたりのもとへ駆け寄る。

「優太のこと見てくれてありがとうね。えっと」
「アリス」

 落ち着いた様子でこちらを見上げるとアリスちゃんはスッとその場に立ち上がると去って行ってしまった。最初の印象より背が高く見えたのはスケート靴を履いているせいだ。

「アリスちゃん。ありがとう!」

 その背中に向かってお礼を言う。

「ん。ママぁ?」

 その声で優太の目が覚めたみたいで腫れぼったいまぶたを一生懸命に開けようとしている。

 朝早くから付き合わせてごめんね。そう小さくつぶやく。それが優太に届いたのかはわからない。
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