懐かしい景色 その7
「すごーいっ!」
そうはしゃいでるのは腕の中にいる優太だ。
これから選手クラスのレッスンなんです。よかったら見ていきませんか? その後これからの相談もしたいですし。
そう上里コーチに問われて、帰って仕事も見つけたいし。どうしようかと悩んでいたら。優太がキラキラした目をしているのに気がついた。興味があるのか。それが嬉しいことなのは間違いないはずなのにどこか複雑な感情に襲われる。
きっと自分みたいになって欲しくないからだ。
でも気にし過ぎだな。嬉しそうにアリスちゃんの滑りを見ている優太を見ながらそう思う。純粋に目の前で行なわれていることの凄さを実感してそれを表現している優太にそんな考えは無粋だ。
それにしてもと、思う。アリスちゃんの滑りは圧巻だった。まだ小学生でしょう? と疑問を投げかけたくなる。優太が喜ぶのも当然だと言えた。
しっかりとした体幹は滑っているのにも関わらず体の軸が全くブレない。それに加えて手足の長さが際立っている。それがなによりも目立つ。指先にまで意識が通っているのもはっきりと分かる。
同じ競技をしていたから琥珀にはそれがよくわかった。この子は本物だ。
自分がいたころにこのレベルの子はいなかった。きっと世界を狙える。
ふと気になったことがある。一緒に練習していた子たちはどうしたのだろう。琥珀がいたころは上里コーチもいなかった。いくつかのインストラクターのグループがある。上里コーチはきっと琥珀がいたグループとは別のグループなのだ。それにしても知らないってことはないから最近ここにきたのだろう。そう考えればこのスケートリンクにも大きな変化があったのだろうと推測できる。
それにしても、海藤さんからお願いされている件もそうだが、いったいどうしたものかなと頭を悩ませる。正味、一時間ほどの氷の上での仕事は今日のご飯を食べれば消えてしまうほどしかない。
仕事かぁ。
優太の父親の元で働くんじゃなかった。今だからそう思うけれど、転がり込んだときは必死でこうなる未来なんてちっとも想像していなかった。
ずっと三人で生きていくもんだと思ってたしなぁ。
考えれば考えるほど暗くなっていく自分が嫌になる。
「ね。ママもあれできる?」
優太が指さしている先にはアリスちゃんがスピンをしている。スケート靴を背中の方から伸ばし、それを手でキャッチして体を反らせている。ビールマンスピンってやつだ。
「もう出来ないかなぁ」
半分くらい嘘だ。
あそこまでキレイに靴が頭の上にまで持っていくことはできなかった。言うならば同じスピンでもレベルが違う。でもそれをわざわざ言う必要もあるまい。
「僕はできる?」
男の子で出来る人をあまり見たことはなかった。それに父親譲りなのか優太はどちらかと言うと骨格ががっちりしている。父親を思い出してそのがっちりとした体格を思い浮かべて。それがビールマンスピンしている姿を思い浮かべようとして失敗した。
無理だ。あまりにも骨格が違いすぎる。
「練習すればできるよ。多分」
だからといって、優太の夢を壊す必要もないよね。そうやって嘘が積み重なっていくのを自覚しながらも、その行為を止めることはできそうになかった。
スケートの刃が氷を削る音と、コーチたちの指示の声だけが響き渡るスケートリンクに音楽が流れ始めた。
聴いたことはあるけど、なんの曲だったか思い出せない。割と新しかった気がするのだけれど。
落ち着いた曲調に合わせてなめらかに滑るその姿はアリスちゃんの大人びた雰囲気を更に増している気がする。妖艶だとすら思える。
年齢を重ねた自分だってこんな曲であそこに立てる自信なんてないのに。あんなに堂々としているアリスちゃんに思わず見惚れてしまう。それは優太もおんなじようで。言葉を失っている。
住む世界が違うよね。上里コーチは自分の娘を自慢したかったのだろうか。いや、そんな人じゃないと思うのだけど。単純にすごいから見てと思っただけか。優太が喜んでいるのだから深く気にしなくてもいいとは思うのだけれど、どうしても気になった。
そうはしゃいでるのは腕の中にいる優太だ。
これから選手クラスのレッスンなんです。よかったら見ていきませんか? その後これからの相談もしたいですし。
そう上里コーチに問われて、帰って仕事も見つけたいし。どうしようかと悩んでいたら。優太がキラキラした目をしているのに気がついた。興味があるのか。それが嬉しいことなのは間違いないはずなのにどこか複雑な感情に襲われる。
きっと自分みたいになって欲しくないからだ。
でも気にし過ぎだな。嬉しそうにアリスちゃんの滑りを見ている優太を見ながらそう思う。純粋に目の前で行なわれていることの凄さを実感してそれを表現している優太にそんな考えは無粋だ。
それにしてもと、思う。アリスちゃんの滑りは圧巻だった。まだ小学生でしょう? と疑問を投げかけたくなる。優太が喜ぶのも当然だと言えた。
しっかりとした体幹は滑っているのにも関わらず体の軸が全くブレない。それに加えて手足の長さが際立っている。それがなによりも目立つ。指先にまで意識が通っているのもはっきりと分かる。
同じ競技をしていたから琥珀にはそれがよくわかった。この子は本物だ。
自分がいたころにこのレベルの子はいなかった。きっと世界を狙える。
ふと気になったことがある。一緒に練習していた子たちはどうしたのだろう。琥珀がいたころは上里コーチもいなかった。いくつかのインストラクターのグループがある。上里コーチはきっと琥珀がいたグループとは別のグループなのだ。それにしても知らないってことはないから最近ここにきたのだろう。そう考えればこのスケートリンクにも大きな変化があったのだろうと推測できる。
それにしても、海藤さんからお願いされている件もそうだが、いったいどうしたものかなと頭を悩ませる。正味、一時間ほどの氷の上での仕事は今日のご飯を食べれば消えてしまうほどしかない。
仕事かぁ。
優太の父親の元で働くんじゃなかった。今だからそう思うけれど、転がり込んだときは必死でこうなる未来なんてちっとも想像していなかった。
ずっと三人で生きていくもんだと思ってたしなぁ。
考えれば考えるほど暗くなっていく自分が嫌になる。
「ね。ママもあれできる?」
優太が指さしている先にはアリスちゃんがスピンをしている。スケート靴を背中の方から伸ばし、それを手でキャッチして体を反らせている。ビールマンスピンってやつだ。
「もう出来ないかなぁ」
半分くらい嘘だ。
あそこまでキレイに靴が頭の上にまで持っていくことはできなかった。言うならば同じスピンでもレベルが違う。でもそれをわざわざ言う必要もあるまい。
「僕はできる?」
男の子で出来る人をあまり見たことはなかった。それに父親譲りなのか優太はどちらかと言うと骨格ががっちりしている。父親を思い出してそのがっちりとした体格を思い浮かべて。それがビールマンスピンしている姿を思い浮かべようとして失敗した。
無理だ。あまりにも骨格が違いすぎる。
「練習すればできるよ。多分」
だからといって、優太の夢を壊す必要もないよね。そうやって嘘が積み重なっていくのを自覚しながらも、その行為を止めることはできそうになかった。
スケートの刃が氷を削る音と、コーチたちの指示の声だけが響き渡るスケートリンクに音楽が流れ始めた。
聴いたことはあるけど、なんの曲だったか思い出せない。割と新しかった気がするのだけれど。
落ち着いた曲調に合わせてなめらかに滑るその姿はアリスちゃんの大人びた雰囲気を更に増している気がする。妖艶だとすら思える。
年齢を重ねた自分だってこんな曲であそこに立てる自信なんてないのに。あんなに堂々としているアリスちゃんに思わず見惚れてしまう。それは優太もおんなじようで。言葉を失っている。
住む世界が違うよね。上里コーチは自分の娘を自慢したかったのだろうか。いや、そんな人じゃないと思うのだけど。単純にすごいから見てと思っただけか。優太が喜んでいるのだから深く気にしなくてもいいとは思うのだけれど、どうしても気になった。