意味のあるバトン その6
「んで。どうだった」
彼氏に対抗戦のメンバーは務まりそうか? そんな聞きたかったことが喉で止まった。
練習帰り、久しぶりに美波とふたりきりの道のりだ。ひとりで帰るとは流石に言い出さなかったのはホッとしたが、いざふたりで歩いていると会話を始める糸口を見つけられなくて困ってしまった。
この話題を避けては通れないと、いざ覚悟を決めたのにこの体たらく。
「出来ないことはないと思う。運動神経はいいし。でもやっぱり特殊なスポーツだなって思った。学校で習ったどのスポーツとも違う」
学校で習うものってなんだろう。と先にそんなことが気になってしまった。サッカー、バレーボール、バスケットボール、水泳、柔道、卓球、テニス、バトミントン。学校の授業で習うのはそんなものか。
確かにどのスポーツとも違う。体操なんかに近いと思うのだけれど。それを競技と呼べるまでに練習することは学校ではしない。そう思えば確かに未知の世界だ。
「なんであんなことするのかな」
「なんで?」
考えたこともない質問に戸惑ってしまった。なんでわざわざ氷の上で演技をするのだろう。上里くんとかに聞いたら答えられるのだろうか。少なくとも学の中に答えはない。
「うーん。でも、氷の上でしか表現できないことは確かにありそう」
自分で抱いた疑問に独り言のように答えている娘は記憶の中の娘より随分と大人びて見える。そんなことを気にし始めたのか。
「なにをいっちょ前なこと言ってるんだ」
娘の成長を嬉しく思っていたのに口から飛び出したのは意地を張った一言。どうしてこうも娘の前で素直になれないのか自分で嫌になる。
「うん。そうだよね。考える必要のないことだよね」
そういうことがいいたかったんじゃないと訂正したいが出来るはずもない。
再びの沈黙。それも今度は自らが招いた結果だ。言い訳のひとつもできやしない。
ただただ。歩調を合わせながら歩き続けることしか出来ない。ちょっと前は、このスピードで歩いていたら美波はすぐに駆け足になっていた気がしたのだけれど。今の歩幅はもう大人のそれだ。
いい加減認めなきゃいけないのに。頭では分かっていてもついつい子ども扱いを止めることができない。自分がされて一番嫌だったことなのにも関わらずだ。
父親に反発して家を飛び出したのが十八の時。大学には行けないと言われていた。だからといって海藤靴店をそのまま継ぐことなんてしたくなかった。
そのことに反発するためだけに、やりたいことをやるんだと都会へ向かった。やりたいことなんて本当はなくて、そのためだけにバンドを加入した。なんとなく憧れみたいなものあったのだろう。そこでドラムを一心不乱に叩き続けたのは結局最後まで反抗心。それだけだった気がする。
でもそんな生活が長く続くはずもなくて、バンドは解散。全員散り散りになるなかで学もここに戻ってくる以外の選択肢はなかった。
必死に頭を下げることを強制されるわけでもなく、どんな生活を送っていたのかを聞かれるでもなく、おかえりと。一言だけ言った母と。なんも言わずに家に上げてくれた父が今も忘れられやしない。
そんなふたりは田舎暮らしをするんだと隠居してからもう随分と経つ。それなりに元気にやっているらしいのでほっといている。
そんな過去と比べれば、琥珀ちゃんや川島はその年でちゃんとしている。どうやらふたりと先について不安を抱えているみたいだけれど、大丈夫だ。そう言ってあげたくなる。言ったところで、不安を消せることはできないのだろう。
美鶴ちゃんだって、美波だって同じだ。まだ学生なのにちゃんと考えている。そうでなくては生きていけない時代なのかもしれないが。そんなに心配しなくてもいいじゃない。つい、そんな風に考えてしまう。
「ねえ。対抗戦。どうするの? 本当に困ってるなら。私からお願いしとくけど」
重い口を開いたのは美波だ。
「えっ。ああ。明日もう、二、三軒だけお願いしてみる」
学が知っている対抗戦経験者はそれで最後だ。そうなったら、いよいよ美波にお願いするしか無い。
ふと、そこまで考えて美波の言っていることに違和感を覚えた。
「なあ。彼氏がやりたいって言ってるんじゃなかったのか?」
最初の話ではそう聞いていた。でも今の言い方だと彼氏にお願いすると言っている。
「あっ。ええと。やる気満々だよ。やりたいって言ってるんだけど。正式にね。お願いしなくちゃでしょ。うん」
なにやら焦り始めた美波を見て。あえて何も言わないでおくことにした。情けなくなってしまったとうのもある。娘にまで気を使わせていまっている。不甲斐なさすぎるだろう。ここまで来て、意地を張り続ける必要なんてないように思う。
「そうだな。明日頼む人たちは、もう年だしな。無理させちゃいけないし、お願いいしてもらってもいいか?」
やってくれそうな人からお願いしていくなかで、最後まで残っている人たちがふたつ返事をしてくれるとは思えない。であれば、早めに動いたほうがいいに決まっている。
「わかった」
ちょっとだけ美波の声が跳ねた気がした。嬉しかったのだろうか。暗がりで顔も見えないのだけれど、そうであればいいなと思える。
頼むから琥珀ちゃんの元彼みたいな人でないことだけを祈ろう。
彼氏に対抗戦のメンバーは務まりそうか? そんな聞きたかったことが喉で止まった。
練習帰り、久しぶりに美波とふたりきりの道のりだ。ひとりで帰るとは流石に言い出さなかったのはホッとしたが、いざふたりで歩いていると会話を始める糸口を見つけられなくて困ってしまった。
この話題を避けては通れないと、いざ覚悟を決めたのにこの体たらく。
「出来ないことはないと思う。運動神経はいいし。でもやっぱり特殊なスポーツだなって思った。学校で習ったどのスポーツとも違う」
学校で習うものってなんだろう。と先にそんなことが気になってしまった。サッカー、バレーボール、バスケットボール、水泳、柔道、卓球、テニス、バトミントン。学校の授業で習うのはそんなものか。
確かにどのスポーツとも違う。体操なんかに近いと思うのだけれど。それを競技と呼べるまでに練習することは学校ではしない。そう思えば確かに未知の世界だ。
「なんであんなことするのかな」
「なんで?」
考えたこともない質問に戸惑ってしまった。なんでわざわざ氷の上で演技をするのだろう。上里くんとかに聞いたら答えられるのだろうか。少なくとも学の中に答えはない。
「うーん。でも、氷の上でしか表現できないことは確かにありそう」
自分で抱いた疑問に独り言のように答えている娘は記憶の中の娘より随分と大人びて見える。そんなことを気にし始めたのか。
「なにをいっちょ前なこと言ってるんだ」
娘の成長を嬉しく思っていたのに口から飛び出したのは意地を張った一言。どうしてこうも娘の前で素直になれないのか自分で嫌になる。
「うん。そうだよね。考える必要のないことだよね」
そういうことがいいたかったんじゃないと訂正したいが出来るはずもない。
再びの沈黙。それも今度は自らが招いた結果だ。言い訳のひとつもできやしない。
ただただ。歩調を合わせながら歩き続けることしか出来ない。ちょっと前は、このスピードで歩いていたら美波はすぐに駆け足になっていた気がしたのだけれど。今の歩幅はもう大人のそれだ。
いい加減認めなきゃいけないのに。頭では分かっていてもついつい子ども扱いを止めることができない。自分がされて一番嫌だったことなのにも関わらずだ。
父親に反発して家を飛び出したのが十八の時。大学には行けないと言われていた。だからといって海藤靴店をそのまま継ぐことなんてしたくなかった。
そのことに反発するためだけに、やりたいことをやるんだと都会へ向かった。やりたいことなんて本当はなくて、そのためだけにバンドを加入した。なんとなく憧れみたいなものあったのだろう。そこでドラムを一心不乱に叩き続けたのは結局最後まで反抗心。それだけだった気がする。
でもそんな生活が長く続くはずもなくて、バンドは解散。全員散り散りになるなかで学もここに戻ってくる以外の選択肢はなかった。
必死に頭を下げることを強制されるわけでもなく、どんな生活を送っていたのかを聞かれるでもなく、おかえりと。一言だけ言った母と。なんも言わずに家に上げてくれた父が今も忘れられやしない。
そんなふたりは田舎暮らしをするんだと隠居してからもう随分と経つ。それなりに元気にやっているらしいのでほっといている。
そんな過去と比べれば、琥珀ちゃんや川島はその年でちゃんとしている。どうやらふたりと先について不安を抱えているみたいだけれど、大丈夫だ。そう言ってあげたくなる。言ったところで、不安を消せることはできないのだろう。
美鶴ちゃんだって、美波だって同じだ。まだ学生なのにちゃんと考えている。そうでなくては生きていけない時代なのかもしれないが。そんなに心配しなくてもいいじゃない。つい、そんな風に考えてしまう。
「ねえ。対抗戦。どうするの? 本当に困ってるなら。私からお願いしとくけど」
重い口を開いたのは美波だ。
「えっ。ああ。明日もう、二、三軒だけお願いしてみる」
学が知っている対抗戦経験者はそれで最後だ。そうなったら、いよいよ美波にお願いするしか無い。
ふと、そこまで考えて美波の言っていることに違和感を覚えた。
「なあ。彼氏がやりたいって言ってるんじゃなかったのか?」
最初の話ではそう聞いていた。でも今の言い方だと彼氏にお願いすると言っている。
「あっ。ええと。やる気満々だよ。やりたいって言ってるんだけど。正式にね。お願いしなくちゃでしょ。うん」
なにやら焦り始めた美波を見て。あえて何も言わないでおくことにした。情けなくなってしまったとうのもある。娘にまで気を使わせていまっている。不甲斐なさすぎるだろう。ここまで来て、意地を張り続ける必要なんてないように思う。
「そうだな。明日頼む人たちは、もう年だしな。無理させちゃいけないし、お願いいしてもらってもいいか?」
やってくれそうな人からお願いしていくなかで、最後まで残っている人たちがふたつ返事をしてくれるとは思えない。であれば、早めに動いたほうがいいに決まっている。
「わかった」
ちょっとだけ美波の声が跳ねた気がした。嬉しかったのだろうか。暗がりで顔も見えないのだけれど、そうであればいいなと思える。
頼むから琥珀ちゃんの元彼みたいな人でないことだけを祈ろう。