R-15
暗闇の抱擁
十一月二十九日 午後六時三十二分
今日、加藤と葉梨はデートしている。
加藤は午後四時から明日の午前九時まで、葉梨は午後六時から明日の午前八時まで二人に時間を空けてやった。
今日は葉梨の誕生日らしい。誕生日に憧れの加藤とデート出来るなら、いい思い出になるだろう。
加藤に葉梨のことを言った時、加藤は『年下の男に言い寄られるなんて、私もまだまだいけるんですね』と、口元に笑みを浮かべて俺の目を真っすぐ見ながら言った。その後二人はデートの約束をしたことをおくびにも出さず、相澤は何も気づいていない。
今日はペアの加藤が不在だからと相澤は俺と一緒に外に出ているが、加藤と相澤の関係を聞き出しても相澤は頑として口を割らない。
俺は相澤が着るコートの袖口を摘んで左右に揺らした。それを面倒くさそうに相澤は横目で見ている。
「ねえ裕くん、この前奈緒ちゃんと何かあったんでしょ?」
「何もないです」
「でもー、奈緒ちゃんは裕くんと何かあったって顔に出したんだよー? だから教えてー」
「何もないです」
――なにさ! ゴリラのくせに!
相澤は目の色ひとつ変えず、あしらわれる俺はゴリラにカマをかけるタイミングを見計らっていた。
「あ、そういえば、また加藤に土下座したそうですね」
「うん! したよ! 三年ぶり! だから教えて!」
「何もないです。で、何したんですか?」
「えっ、聞いてないの?」
「聞いてないですよ。加藤は『土下座された』とだけ毎回言います」
「そうなんだ! なら俺も言わない!」
「……加藤に土下座するって、ロクでもないことをしたってことですよね?」
「うん!」
「……もう五回目ですよね? 俺は土下座なんてしたことないのに」
――五回?
自慢じゃないが、俺は過去に六回土下座したことがある。その都度加藤は相澤に話しているのだろうが、その抜けた一回は何なのだろうか。理由を言わないのなら六回と言うだろうに。
加藤に初めて土下座したのは七年前だった。
捜査で借りているマンションでシャワーを浴びている間に、加藤の存在をすっかり忘れた俺はバスルームから全裸で加藤の前に出てしまった。
お互いに視線を動かせずにいたが、俺は『とりあえずパンツ履いていいかな』と言った。それだけならパンツ履いた後に直角に頭を下げて謝罪すれば済んだのだが、『どうせ見るなら相澤のがよかったでしょ』と余計なことを言ってしまった。
俺はその時に初めて狂犬になった加藤の姿を見てしまい、怖かった。その後、パンイチで加藤に土下座をした。人によってはご褒美だが、あいにく俺にはご縁のない性癖だからただただ許してもらうことだけを考えていた。
二回目、三回目、四回目と思い出していくと、本当に俺は加藤にロクでもないことばかりしていて気が遠くなりそうになったが、相澤が知らない一回でカマをかけてみることにした。
「五回……? そう……ふふっ」
横目に相澤を見て、目が合った時に俺は口元を緩めた。相澤の顔を下から上、上から下と目線を動かして、正面を向いて小さく鼻を鳴らした。
「あー、そうだね、仕事でなら……確かに五回だ。ふふっ」
プライベートで加藤と俺の間に何かあった、それを匂わせた。相澤は知っている。優衣香に男がいる間に俺が手を出す女は皆、スーツを着た時の加藤のようなキツい女ばかりということを。背が高くて髪の長い痩せた女だ。
相澤は一瞬だけ目を動かしたが、すぐに目を細めて呆れた表情をした。
「家に帰って加藤がいるのは嫌ですよ」
加藤との間に何が起きたのかは絶対に言わないが、結果を言うから察してくれ、ということか。ならば葉梨のことは伏せて加藤に男の影があることを匂わせるか。
「もう長いこと、加藤に言い寄ってる男がいるんだけど――」
どうする、と言った時に相澤の顔を見たが、思いがけない相澤の目に俺は目が離せなくなった。
――何その目。
相澤のこんな目を今まで見たことがない。相澤は手を握り締めている。目が微かに動いた後、その握った手を隠すようにコートのポケットに入れた。
相澤は『どんな人ですか?』と言ったが、さっきの目は消えていて、いつもの目に戻っている。
「知らない。でも加藤はいい男だって言ってた」
「いい男?」
「……ねえ裕くん、奈緒ちゃんの恋をきちんと終わらせてあげるのも、いい男だと思うよ」
◇◇◇
十一月二十九日 午後八時四十二分
船舶内のような内装のバーにバーテンダーと男性客が二人いる。長身の男は店の奥の壁にあるハードダーツボードに向かってダーツを投げている。もう一人は点数を紙に書いていた。
ドアには船舶用の丸い窓が嵌め込まれていて、その窓の向こうに女の顔が見えた。その後ろに男がいるようだ。
カランカランとドアにつけたベルの音がして、その男女は店内に入った。男性客二人はそれを一瞥しただけで、またダーツボードを向いた。
女はカバンをカウンターチェアに置き、男は女が脱いだコートを受け取りハンガーにかけて、壁にあるフックにかけた。男がコートを脱ぐと女はそれを受け取ろうとするが、男は優しく微笑み『大丈夫ですよ』と言い、自分でハンガーにかけてフックにかけた。
女は白いキャミソールの上に白いシャツを胸の中程までボタンを開けていて、ブルーのデニムを履いている。ブラウンの髪は大きめのカールで女の美しい顔を華やかに彩っていた。
ピアスもネックレスも大ぶりなものを身に着けているが、指輪は着けていない。女は七センチのヒールを履いているが、男の口元程の背丈だ。男は長身で体格もいい。ダークブルーのデニムを履き、黒いヘビーウエイトの長袖Tシャツを着ている。袖口にブランド名が刺繍されたそれは、経年変化で彼の身体に馴染んでいるものだった。
カウンターチェアを男が引き、女は座る。男はその右隣に座った。
『いらっしゃいませ』と、バーテンダーが二人に声をかけ、男はモスコミュールを注文した。バーテンダーは男から女に視線を動かして視線を下にやり、女の両手を見てから女の目を見た。
女がバーテンダーと目を合わせ、『ターキーソーダを』と言った時、バーテンダーは微かに目を動かした。
◇
女が三杯目を飲み始めた時だった。
アルコールが進み体温が上がったのか、男が腕まくりをした。それは腕の中程までだが、鍛えられた太い腕が露わになり、女はそれを見て口元を緩めて袖口と腕時計の間あたりをそっと触れた。女は指先に力を込めてからその手を男の脚に手を添わせた。
男は横目で女を見て、カウンターの上に置いていた左手を自分の脚にやった。
女の指先が男の手の甲に触れて、指がゆっくりと手の甲をなぞっていく。指と指とが重なると、男は指を開いて女の指の動きを止めた。
男が親指で女の小指をそっと撫ぜると、女は膝を寄せる。男の親指と人差し指は女の小指を包み、中指は小指の先を優しく撫ぜていた。
男が親指と中指を離した時、女は男がいる方へ顔を向けた。だがすぐに男の人差し指は小指を指先から手のひらへと撫ぜ始める。
親指が女の手首を掴む。
人差し指は手のひらを経て手首へとなぞっている。
女の手はいつの間にか反転していて、男の指先が手首から撫ぜ始めていた。ゆっくりと、男の爪が女の手のひらを這っていく。
そしてまた、指先と指先とが重なった。
カウンターの下の暗闇で、絡めた二人の指は互いを求め続けた。
◇
女がジャックローズを注文すると、バーテンダーはキッチンへ行った。
それを目で追った後、女は目線を男の唇から目に移動させて、仄暗い店内の照明の灯りを受けた、濡れて輝く唇を動かして何かを呟いた。だが男は聞こえなかったようで、少し首を傾げてから、耳を女の唇に近づけた。
女は耳元で何かを囁くと、男の目が動いて女を横目で見た。そして女は、耳朶にそっと唇を落とした。
バーテンダーがキッチンから戻ると女は化粧室へ行く旨を男に伝えた。その間にバーテンダーはジャックローズを作り始める。
一人になったその男に、笑みを浮かべながらバーテンダーが話しかけた。
「奈緒さんが男性と来店されたのは初めて、ですね」
その男、葉梨将由は『そうなんですか』と言い、頬を緩ませた。
◇◇◇
加藤に葉梨のことを言った時、なぜ葉梨をいい男だと言ったのか聞いてみた。見た目の話では無いことはわかっている以上、加藤が考えるいい男とは何なのか気になったからだ。
加藤と葉梨が出会ったのは二年前で、能力を見込んだ加藤が月に一回以上は必ず会い、その他は電話やメールでやり取りをしていた。
一年が過ぎた頃、葉梨の変化に気づいた加藤が初めて葉梨のプライベートの話を聞いたという。そこで葉梨は恋人と別れたと話した。詳細は言わず、ただ別れたとだけ。加藤は葉梨の変化がそれが原因かとわかり、葉梨はいい男だと思って、葉梨にそれを伝えたそうだ。
それを聞いた俺は大きく首を傾げた。そんな俺に加藤は笑いながら、『葉梨は恋人と別れたから、私に男を見せたんですよ』と言った。
『恋人以外の女には男を消す男って、いい男だと思いませんか』
重ねて加藤は、『松永さんは、いい男の時とただの男の時の振り幅が酷すぎる』と笑う。ならば今はどうなのかと聞くと、睨めるような目で『どちらでもない男』と言った。
それを聞いた俺は眉根を寄せながら口を尖らせ、『四回目の土下座で反省したんですよ』と言うと、加藤は肩を揺らせて笑い始めた。
『一人の女だけを夢中にさせる男は、いい男なんですよ』
最後にそう言った加藤は唇を少しだけ引き結んで、目を伏せた。
今日、加藤と葉梨はデートしている。
加藤は午後四時から明日の午前九時まで、葉梨は午後六時から明日の午前八時まで二人に時間を空けてやった。
今日は葉梨の誕生日らしい。誕生日に憧れの加藤とデート出来るなら、いい思い出になるだろう。
加藤に葉梨のことを言った時、加藤は『年下の男に言い寄られるなんて、私もまだまだいけるんですね』と、口元に笑みを浮かべて俺の目を真っすぐ見ながら言った。その後二人はデートの約束をしたことをおくびにも出さず、相澤は何も気づいていない。
今日はペアの加藤が不在だからと相澤は俺と一緒に外に出ているが、加藤と相澤の関係を聞き出しても相澤は頑として口を割らない。
俺は相澤が着るコートの袖口を摘んで左右に揺らした。それを面倒くさそうに相澤は横目で見ている。
「ねえ裕くん、この前奈緒ちゃんと何かあったんでしょ?」
「何もないです」
「でもー、奈緒ちゃんは裕くんと何かあったって顔に出したんだよー? だから教えてー」
「何もないです」
――なにさ! ゴリラのくせに!
相澤は目の色ひとつ変えず、あしらわれる俺はゴリラにカマをかけるタイミングを見計らっていた。
「あ、そういえば、また加藤に土下座したそうですね」
「うん! したよ! 三年ぶり! だから教えて!」
「何もないです。で、何したんですか?」
「えっ、聞いてないの?」
「聞いてないですよ。加藤は『土下座された』とだけ毎回言います」
「そうなんだ! なら俺も言わない!」
「……加藤に土下座するって、ロクでもないことをしたってことですよね?」
「うん!」
「……もう五回目ですよね? 俺は土下座なんてしたことないのに」
――五回?
自慢じゃないが、俺は過去に六回土下座したことがある。その都度加藤は相澤に話しているのだろうが、その抜けた一回は何なのだろうか。理由を言わないのなら六回と言うだろうに。
加藤に初めて土下座したのは七年前だった。
捜査で借りているマンションでシャワーを浴びている間に、加藤の存在をすっかり忘れた俺はバスルームから全裸で加藤の前に出てしまった。
お互いに視線を動かせずにいたが、俺は『とりあえずパンツ履いていいかな』と言った。それだけならパンツ履いた後に直角に頭を下げて謝罪すれば済んだのだが、『どうせ見るなら相澤のがよかったでしょ』と余計なことを言ってしまった。
俺はその時に初めて狂犬になった加藤の姿を見てしまい、怖かった。その後、パンイチで加藤に土下座をした。人によってはご褒美だが、あいにく俺にはご縁のない性癖だからただただ許してもらうことだけを考えていた。
二回目、三回目、四回目と思い出していくと、本当に俺は加藤にロクでもないことばかりしていて気が遠くなりそうになったが、相澤が知らない一回でカマをかけてみることにした。
「五回……? そう……ふふっ」
横目に相澤を見て、目が合った時に俺は口元を緩めた。相澤の顔を下から上、上から下と目線を動かして、正面を向いて小さく鼻を鳴らした。
「あー、そうだね、仕事でなら……確かに五回だ。ふふっ」
プライベートで加藤と俺の間に何かあった、それを匂わせた。相澤は知っている。優衣香に男がいる間に俺が手を出す女は皆、スーツを着た時の加藤のようなキツい女ばかりということを。背が高くて髪の長い痩せた女だ。
相澤は一瞬だけ目を動かしたが、すぐに目を細めて呆れた表情をした。
「家に帰って加藤がいるのは嫌ですよ」
加藤との間に何が起きたのかは絶対に言わないが、結果を言うから察してくれ、ということか。ならば葉梨のことは伏せて加藤に男の影があることを匂わせるか。
「もう長いこと、加藤に言い寄ってる男がいるんだけど――」
どうする、と言った時に相澤の顔を見たが、思いがけない相澤の目に俺は目が離せなくなった。
――何その目。
相澤のこんな目を今まで見たことがない。相澤は手を握り締めている。目が微かに動いた後、その握った手を隠すようにコートのポケットに入れた。
相澤は『どんな人ですか?』と言ったが、さっきの目は消えていて、いつもの目に戻っている。
「知らない。でも加藤はいい男だって言ってた」
「いい男?」
「……ねえ裕くん、奈緒ちゃんの恋をきちんと終わらせてあげるのも、いい男だと思うよ」
◇◇◇
十一月二十九日 午後八時四十二分
船舶内のような内装のバーにバーテンダーと男性客が二人いる。長身の男は店の奥の壁にあるハードダーツボードに向かってダーツを投げている。もう一人は点数を紙に書いていた。
ドアには船舶用の丸い窓が嵌め込まれていて、その窓の向こうに女の顔が見えた。その後ろに男がいるようだ。
カランカランとドアにつけたベルの音がして、その男女は店内に入った。男性客二人はそれを一瞥しただけで、またダーツボードを向いた。
女はカバンをカウンターチェアに置き、男は女が脱いだコートを受け取りハンガーにかけて、壁にあるフックにかけた。男がコートを脱ぐと女はそれを受け取ろうとするが、男は優しく微笑み『大丈夫ですよ』と言い、自分でハンガーにかけてフックにかけた。
女は白いキャミソールの上に白いシャツを胸の中程までボタンを開けていて、ブルーのデニムを履いている。ブラウンの髪は大きめのカールで女の美しい顔を華やかに彩っていた。
ピアスもネックレスも大ぶりなものを身に着けているが、指輪は着けていない。女は七センチのヒールを履いているが、男の口元程の背丈だ。男は長身で体格もいい。ダークブルーのデニムを履き、黒いヘビーウエイトの長袖Tシャツを着ている。袖口にブランド名が刺繍されたそれは、経年変化で彼の身体に馴染んでいるものだった。
カウンターチェアを男が引き、女は座る。男はその右隣に座った。
『いらっしゃいませ』と、バーテンダーが二人に声をかけ、男はモスコミュールを注文した。バーテンダーは男から女に視線を動かして視線を下にやり、女の両手を見てから女の目を見た。
女がバーテンダーと目を合わせ、『ターキーソーダを』と言った時、バーテンダーは微かに目を動かした。
◇
女が三杯目を飲み始めた時だった。
アルコールが進み体温が上がったのか、男が腕まくりをした。それは腕の中程までだが、鍛えられた太い腕が露わになり、女はそれを見て口元を緩めて袖口と腕時計の間あたりをそっと触れた。女は指先に力を込めてからその手を男の脚に手を添わせた。
男は横目で女を見て、カウンターの上に置いていた左手を自分の脚にやった。
女の指先が男の手の甲に触れて、指がゆっくりと手の甲をなぞっていく。指と指とが重なると、男は指を開いて女の指の動きを止めた。
男が親指で女の小指をそっと撫ぜると、女は膝を寄せる。男の親指と人差し指は女の小指を包み、中指は小指の先を優しく撫ぜていた。
男が親指と中指を離した時、女は男がいる方へ顔を向けた。だがすぐに男の人差し指は小指を指先から手のひらへと撫ぜ始める。
親指が女の手首を掴む。
人差し指は手のひらを経て手首へとなぞっている。
女の手はいつの間にか反転していて、男の指先が手首から撫ぜ始めていた。ゆっくりと、男の爪が女の手のひらを這っていく。
そしてまた、指先と指先とが重なった。
カウンターの下の暗闇で、絡めた二人の指は互いを求め続けた。
◇
女がジャックローズを注文すると、バーテンダーはキッチンへ行った。
それを目で追った後、女は目線を男の唇から目に移動させて、仄暗い店内の照明の灯りを受けた、濡れて輝く唇を動かして何かを呟いた。だが男は聞こえなかったようで、少し首を傾げてから、耳を女の唇に近づけた。
女は耳元で何かを囁くと、男の目が動いて女を横目で見た。そして女は、耳朶にそっと唇を落とした。
バーテンダーがキッチンから戻ると女は化粧室へ行く旨を男に伝えた。その間にバーテンダーはジャックローズを作り始める。
一人になったその男に、笑みを浮かべながらバーテンダーが話しかけた。
「奈緒さんが男性と来店されたのは初めて、ですね」
その男、葉梨将由は『そうなんですか』と言い、頬を緩ませた。
◇◇◇
加藤に葉梨のことを言った時、なぜ葉梨をいい男だと言ったのか聞いてみた。見た目の話では無いことはわかっている以上、加藤が考えるいい男とは何なのか気になったからだ。
加藤と葉梨が出会ったのは二年前で、能力を見込んだ加藤が月に一回以上は必ず会い、その他は電話やメールでやり取りをしていた。
一年が過ぎた頃、葉梨の変化に気づいた加藤が初めて葉梨のプライベートの話を聞いたという。そこで葉梨は恋人と別れたと話した。詳細は言わず、ただ別れたとだけ。加藤は葉梨の変化がそれが原因かとわかり、葉梨はいい男だと思って、葉梨にそれを伝えたそうだ。
それを聞いた俺は大きく首を傾げた。そんな俺に加藤は笑いながら、『葉梨は恋人と別れたから、私に男を見せたんですよ』と言った。
『恋人以外の女には男を消す男って、いい男だと思いませんか』
重ねて加藤は、『松永さんは、いい男の時とただの男の時の振り幅が酷すぎる』と笑う。ならば今はどうなのかと聞くと、睨めるような目で『どちらでもない男』と言った。
それを聞いた俺は眉根を寄せながら口を尖らせ、『四回目の土下座で反省したんですよ』と言うと、加藤は肩を揺らせて笑い始めた。
『一人の女だけを夢中にさせる男は、いい男なんですよ』
最後にそう言った加藤は唇を少しだけ引き結んで、目を伏せた。