R-15
幕間 始まった二人(後編)
どうして何もしないのだろう。
もしかして、私がキスしたいと言ったから、キスだけなのか。
「葉梨」
「はい」
「したい?」
「……はい、したいです、けど……」
やっぱり何か遠慮している。それは何だろうか。
葉梨は私の背中に添わせた手をTシャツから出して、体の向こうに置いた。葉梨の二の腕が微かに私の体に触れているだけて、私たちの間には隙間がある。
葉梨は『加藤さん』と呼び、見上げると困った顔をしていた。
「今日は、合コンの件でお詫びに来ました。だから、あの、しちゃいけないと思って……」
葉梨はどこまで真面目なんだろうか。
謝罪は受けたし気にしていないとも言った。そもそも気にしていないのだから許すも何もないのだが、許されていないから何も出来ないという。
「そっか。わかった」
私はそう言って、葉梨の腕の中で反転した。
葉梨の腕を掴んで胸に押し付けて、『寒いからくっついてよ』と言うと、葉梨は言われた通りに私に体を寄せた。
「じゃあ、今日は何もしない」
「はい。あの、すみませんでした」
「うん」
葉梨は下になった腕で掛布団に手をかけて、私の正面に隙間が出来ないようにした。その腕をどうするのかと思っていたら、葉梨も困っていたようだ。
「葉梨、腕枕して」
「あっ、はい」
葉梨は腕枕をして、また掛布団に隙間が出来ないように引き寄せた。
私の両手は葉梨の腕を胸に押し付けたままだ。
葉梨はその上から私の肩を抱いた。
私はふと思い立ち、葉梨の腕を上に引っ張った。
葉梨の手を顔の前にやり、手のひらを眺める。
大きくて、ゴツゴツした男の手だ。
中指にペンだこがあると気づいて、それにそっと口づけると、葉梨の体が強張った。
「なに?」
「……びっくりしただけです」
「そう」
私は何だかそれが面白くて、中指のペンだこを舌先で舐めた。私の肩を抱く葉梨の手に、少しだけ力が入った。
――葉梨はどこまで我慢出来るのだろうか。
そんなことを考えていたら口元が緩んだ。
ペンだこをまた舌先で舐めて、そのまま中指を付け根までゆっくりと唇を這わせた。
左手で小指と薬指を、右手で親指と人差し指を包んで、中指の付け根に唇を這わせる。
舌先で中指を指先までゆっくり舐めていると、葉梨が少しだけ私の背中から体を離した。
「何で離れるの」
「いや、あの……」
理由は言わなくてもわかる。私を抱く肩だって、さっきより強く掴んでいる。
「寒い」
「……はい」
葉梨は体をまた寄せた。
私の下腿に、当たっている。
――葉梨はどこまでしたら、我慢出来なくなるのだろうか。
試してみよう、そう考えて、私は舌を出した。
中指の根元から舌を大きく動かして、唇も這わして指先まで舐めた。
何度も何度も、指先へと唇と舌で往復させる。
葉梨はたまに呼吸を止めているのか、唇を噛んでいるのか、たまに大きく息を吐いている。
葉梨は私の後頭部に顔を埋めた。
私の首すじに、髪の毛越しに、葉梨の熱い吐息がかかる。
その吐息に私も思わず息が詰まりそうになった。
それでも葉梨は何もしないでいる。
でも、下腿に当たる硬く熱く張りつめたものは熱量を増して、押し付けられている。欲しい、けど――。
「もう、やめた方がいい?」
「うっ……お任せします」
「ふふっ……何それ」
私は葉梨の中指の指先だけ、唇で包んだ。ゆっくり手を動かして、唇で葉梨の中指の先を味わった。舌でも。
口内で、葉梨の指先を優しく舌で包む。舌で指を根元まで舐めるが、葉梨の長い指は奥まで入れると苦しい。でも、私は葉梨の全てが欲しい。
残りの指を包んだ両手から力を抜いて、葉梨が自ら指を動かすように誘導すると、葉梨は指を動かした。
ゆっくりと、抜き差しして、私はそれを舌で受ける。
唾液を飲み込むと、葉梨は息を止める。
葉梨が漏らす吐息に私も我慢しなくてはならないのかと、『今日は何もしない』と言ってしまったことを後悔した。
◇
葉梨の、下腿に当たる熱く張りつめたものに私は触れたくて、手を伸ばした。だが、葉梨は私の体に腰を強く押し付けて、触れさせないようにする。それを横目で見ていると、葉梨は耳に唇を付けた。
吐息混じりの、優しい声音。でも、男の声だった。二人きりの時にしか聴けない葉梨の声――。
「奈緒は、『今日は何もしない』って言ったよね」
背筋がぞわりとした。
葉梨は私の下肢に足をかけ、私の口内にある指を抜き差しして、少しずつスピードを早めていった。
耳元に寄せた葉梨の唇は首すじを這っている。
肩を抱く腕も力を込められて、私は苦しくて、葉梨の腕を掴んで、声を漏らすと、また葉梨は耳元で囁いた。
「前言撤回、する?」
そう言うと、葉梨は指を口から抜いた。
――形勢逆転だ。
「奈緒、どうする?」
どうしよう。したい。したいけど、葉梨の言葉が――。
私は葉梨に向き直り、葉梨を見上げた。
「バカなの?」
「んふっ……申し訳ございません」
「……ふふっ」
葉梨は私を強く抱きしめて、足も引き寄せた。
見上げる葉梨は笑っている。
だが、私を見て、笑顔を消した。
どうしたのかと思っていると、『奈緒』と呼んだ。
「次は、俺の番だから、ね」
そう言って、口元を緩めた。
ああ、それは次は私がされる番、ということか。
どんなことをされるのだろうか。考えていたら恥ずかしくて目を伏せてしまったが、また葉梨が私の名を呼んだ。
目を上げると、葉梨は不安そうな目で私を見ていた。
「どうしたの?」
「あの……次は、ありますか?」
「はっ!?」
「あの、俺は加藤さんが好きです。でも、加藤さんはどうなのかと……」
そうか、私はきちんと言葉にして気持ちを伝えていなかった。だから葉梨は不安なのか。悪いことをしてしまった。雑音が入る上に、私の気持ちがわからないのなら、不安で堪らなかっただろう。
「葉梨、私は葉梨が好きだよ」
言えた。私はちゃんと言えた。好きな人に好きだと言えた。
それが嬉しくて、私にも出来るのだと嬉しくて、笑顔で葉梨を見上げた。
葉梨も嬉しそうに笑っていた。
葉梨は笑うとエクボが出来るのか。知らなかった。
私はそれに手を伸ばした。
「エクボが出来るんだね」
「加藤さんも。左に出来る」
そう言って葉梨は私のエクボにキスをした。私も葉梨の首に腕を回して引き寄せて、エクボにキスをした。
「あの、加藤さん」
「ん?」
「前言撤回はしますか?」
私が場の雰囲気に流されて承諾するとでも思っているのか。葉梨はバカなのか。
「殴るよ?」
二人きりでいる時にこんな上下関係を持ち込むようなことはしたくないと思うが、如何せんまだ不慣れだ。そのうちムカつかなくもなるのだろう。
葉梨の表情がみるみる変わっていく。
「ねえ、葉梨。あんた今日何しに来たの?」
「……合コンの件でお詫びに……です」
「だよね? 何もしないって言ったよね?」
「はい……」
「わかってるならいいよ」
私の下腿に当たっていた、葉梨の熱く張りつめたものは、もう既に熱を無くしていた。それはとても残念だが、仕方のないことだ。
「葉梨はいい体してるね。柔道じゃないよね? 何やってるの?」
「子供の頃からグレイシー柔術やってます」
「そうなんだ」
「今度さ、マッチョしかいないジムに一緒に行こうよ」
「ええっ!?」
「嫌なの?」
「行きます行きます」
マッチョしかいないジムに数量限定のリンガータンクがあった。ブルーは葉梨によく似合うと思ったが、早く戻らなければと思って買わなかった。だから一緒に行った時にプレゼントしてあげればいいだろう。
葉梨はスリーブレスも似合うだろうが、私はリンガータンクを着た葉梨の姿を見てみたい。
マッチョしかいないジムで葉梨がトレーニングしている姿を見るのが楽しみだ。
見上げる葉梨は困ったような顔をしている。何でだろう。ああ、きっと不安なのだ。トレーニングに集中したいのに私に気を遣わなければならないから、出来るか不安なのだろう。葉梨はどこまで真面目なのだろうか。
「葉梨、大丈夫だよ。トレーニングは邪魔しない。絶対に。私も自分のトレーニングに集中するし」
「ん……はい。わかりました」
私は葉梨とマッチョしかいないジムに行けることが楽しみで、嬉しくて葉梨の胸に顔を埋めた。頬が緩んでいる顔を葉梨に見せなくない。だって恥ずかしいから。
葉梨の大きく息を吐く呼吸音が心地よい。もっと、聞かせて欲しい。
一人の女だけを夢中にさせる男は、いい男――。
私はもう、葉梨に夢中だ。
もしかして、私がキスしたいと言ったから、キスだけなのか。
「葉梨」
「はい」
「したい?」
「……はい、したいです、けど……」
やっぱり何か遠慮している。それは何だろうか。
葉梨は私の背中に添わせた手をTシャツから出して、体の向こうに置いた。葉梨の二の腕が微かに私の体に触れているだけて、私たちの間には隙間がある。
葉梨は『加藤さん』と呼び、見上げると困った顔をしていた。
「今日は、合コンの件でお詫びに来ました。だから、あの、しちゃいけないと思って……」
葉梨はどこまで真面目なんだろうか。
謝罪は受けたし気にしていないとも言った。そもそも気にしていないのだから許すも何もないのだが、許されていないから何も出来ないという。
「そっか。わかった」
私はそう言って、葉梨の腕の中で反転した。
葉梨の腕を掴んで胸に押し付けて、『寒いからくっついてよ』と言うと、葉梨は言われた通りに私に体を寄せた。
「じゃあ、今日は何もしない」
「はい。あの、すみませんでした」
「うん」
葉梨は下になった腕で掛布団に手をかけて、私の正面に隙間が出来ないようにした。その腕をどうするのかと思っていたら、葉梨も困っていたようだ。
「葉梨、腕枕して」
「あっ、はい」
葉梨は腕枕をして、また掛布団に隙間が出来ないように引き寄せた。
私の両手は葉梨の腕を胸に押し付けたままだ。
葉梨はその上から私の肩を抱いた。
私はふと思い立ち、葉梨の腕を上に引っ張った。
葉梨の手を顔の前にやり、手のひらを眺める。
大きくて、ゴツゴツした男の手だ。
中指にペンだこがあると気づいて、それにそっと口づけると、葉梨の体が強張った。
「なに?」
「……びっくりしただけです」
「そう」
私は何だかそれが面白くて、中指のペンだこを舌先で舐めた。私の肩を抱く葉梨の手に、少しだけ力が入った。
――葉梨はどこまで我慢出来るのだろうか。
そんなことを考えていたら口元が緩んだ。
ペンだこをまた舌先で舐めて、そのまま中指を付け根までゆっくりと唇を這わせた。
左手で小指と薬指を、右手で親指と人差し指を包んで、中指の付け根に唇を這わせる。
舌先で中指を指先までゆっくり舐めていると、葉梨が少しだけ私の背中から体を離した。
「何で離れるの」
「いや、あの……」
理由は言わなくてもわかる。私を抱く肩だって、さっきより強く掴んでいる。
「寒い」
「……はい」
葉梨は体をまた寄せた。
私の下腿に、当たっている。
――葉梨はどこまでしたら、我慢出来なくなるのだろうか。
試してみよう、そう考えて、私は舌を出した。
中指の根元から舌を大きく動かして、唇も這わして指先まで舐めた。
何度も何度も、指先へと唇と舌で往復させる。
葉梨はたまに呼吸を止めているのか、唇を噛んでいるのか、たまに大きく息を吐いている。
葉梨は私の後頭部に顔を埋めた。
私の首すじに、髪の毛越しに、葉梨の熱い吐息がかかる。
その吐息に私も思わず息が詰まりそうになった。
それでも葉梨は何もしないでいる。
でも、下腿に当たる硬く熱く張りつめたものは熱量を増して、押し付けられている。欲しい、けど――。
「もう、やめた方がいい?」
「うっ……お任せします」
「ふふっ……何それ」
私は葉梨の中指の指先だけ、唇で包んだ。ゆっくり手を動かして、唇で葉梨の中指の先を味わった。舌でも。
口内で、葉梨の指先を優しく舌で包む。舌で指を根元まで舐めるが、葉梨の長い指は奥まで入れると苦しい。でも、私は葉梨の全てが欲しい。
残りの指を包んだ両手から力を抜いて、葉梨が自ら指を動かすように誘導すると、葉梨は指を動かした。
ゆっくりと、抜き差しして、私はそれを舌で受ける。
唾液を飲み込むと、葉梨は息を止める。
葉梨が漏らす吐息に私も我慢しなくてはならないのかと、『今日は何もしない』と言ってしまったことを後悔した。
◇
葉梨の、下腿に当たる熱く張りつめたものに私は触れたくて、手を伸ばした。だが、葉梨は私の体に腰を強く押し付けて、触れさせないようにする。それを横目で見ていると、葉梨は耳に唇を付けた。
吐息混じりの、優しい声音。でも、男の声だった。二人きりの時にしか聴けない葉梨の声――。
「奈緒は、『今日は何もしない』って言ったよね」
背筋がぞわりとした。
葉梨は私の下肢に足をかけ、私の口内にある指を抜き差しして、少しずつスピードを早めていった。
耳元に寄せた葉梨の唇は首すじを這っている。
肩を抱く腕も力を込められて、私は苦しくて、葉梨の腕を掴んで、声を漏らすと、また葉梨は耳元で囁いた。
「前言撤回、する?」
そう言うと、葉梨は指を口から抜いた。
――形勢逆転だ。
「奈緒、どうする?」
どうしよう。したい。したいけど、葉梨の言葉が――。
私は葉梨に向き直り、葉梨を見上げた。
「バカなの?」
「んふっ……申し訳ございません」
「……ふふっ」
葉梨は私を強く抱きしめて、足も引き寄せた。
見上げる葉梨は笑っている。
だが、私を見て、笑顔を消した。
どうしたのかと思っていると、『奈緒』と呼んだ。
「次は、俺の番だから、ね」
そう言って、口元を緩めた。
ああ、それは次は私がされる番、ということか。
どんなことをされるのだろうか。考えていたら恥ずかしくて目を伏せてしまったが、また葉梨が私の名を呼んだ。
目を上げると、葉梨は不安そうな目で私を見ていた。
「どうしたの?」
「あの……次は、ありますか?」
「はっ!?」
「あの、俺は加藤さんが好きです。でも、加藤さんはどうなのかと……」
そうか、私はきちんと言葉にして気持ちを伝えていなかった。だから葉梨は不安なのか。悪いことをしてしまった。雑音が入る上に、私の気持ちがわからないのなら、不安で堪らなかっただろう。
「葉梨、私は葉梨が好きだよ」
言えた。私はちゃんと言えた。好きな人に好きだと言えた。
それが嬉しくて、私にも出来るのだと嬉しくて、笑顔で葉梨を見上げた。
葉梨も嬉しそうに笑っていた。
葉梨は笑うとエクボが出来るのか。知らなかった。
私はそれに手を伸ばした。
「エクボが出来るんだね」
「加藤さんも。左に出来る」
そう言って葉梨は私のエクボにキスをした。私も葉梨の首に腕を回して引き寄せて、エクボにキスをした。
「あの、加藤さん」
「ん?」
「前言撤回はしますか?」
私が場の雰囲気に流されて承諾するとでも思っているのか。葉梨はバカなのか。
「殴るよ?」
二人きりでいる時にこんな上下関係を持ち込むようなことはしたくないと思うが、如何せんまだ不慣れだ。そのうちムカつかなくもなるのだろう。
葉梨の表情がみるみる変わっていく。
「ねえ、葉梨。あんた今日何しに来たの?」
「……合コンの件でお詫びに……です」
「だよね? 何もしないって言ったよね?」
「はい……」
「わかってるならいいよ」
私の下腿に当たっていた、葉梨の熱く張りつめたものは、もう既に熱を無くしていた。それはとても残念だが、仕方のないことだ。
「葉梨はいい体してるね。柔道じゃないよね? 何やってるの?」
「子供の頃からグレイシー柔術やってます」
「そうなんだ」
「今度さ、マッチョしかいないジムに一緒に行こうよ」
「ええっ!?」
「嫌なの?」
「行きます行きます」
マッチョしかいないジムに数量限定のリンガータンクがあった。ブルーは葉梨によく似合うと思ったが、早く戻らなければと思って買わなかった。だから一緒に行った時にプレゼントしてあげればいいだろう。
葉梨はスリーブレスも似合うだろうが、私はリンガータンクを着た葉梨の姿を見てみたい。
マッチョしかいないジムで葉梨がトレーニングしている姿を見るのが楽しみだ。
見上げる葉梨は困ったような顔をしている。何でだろう。ああ、きっと不安なのだ。トレーニングに集中したいのに私に気を遣わなければならないから、出来るか不安なのだろう。葉梨はどこまで真面目なのだろうか。
「葉梨、大丈夫だよ。トレーニングは邪魔しない。絶対に。私も自分のトレーニングに集中するし」
「ん……はい。わかりました」
私は葉梨とマッチョしかいないジムに行けることが楽しみで、嬉しくて葉梨の胸に顔を埋めた。頬が緩んでいる顔を葉梨に見せなくない。だって恥ずかしいから。
葉梨の大きく息を吐く呼吸音が心地よい。もっと、聞かせて欲しい。
一人の女だけを夢中にさせる男は、いい男――。
私はもう、葉梨に夢中だ。