R-15
ハイヒールとライフル銃
一月十七日 午前一時二十六分
人通りの少ない路地裏で俺と葉梨は寒さを堪えていた。
葉梨はスーツにスタンドカラーのコートを着ていて、俺はデニムにパーカーを着てフードを被っている。俺たちは肩を寄せ合い、望月のバーまで歩いていた。
「ポンコツ野川の頭のリボンってさ、見失った時に目印になるよね」
「んふっ……そうですね、わかりやすかったです」
街路樹のイルミネーションはすでに消え、等間隔で歩道を照らすだけの暗い歩道を俺たちは歩いている。
「葉梨もポンコツ野川みたいな清楚系の小柄な女が好きなんだろ? 山野だって小柄だし」
「ああ……前の彼女がそうだっただけで、そんなにこだわりは無いですよ」
「ふふっ……前の彼女、か……いいねえ、ふふっ」
横目でお互いの目を見て、頬を緩ませる。
「そろそろ聞かせてよ、生々しい話」
「まだ何もしてませんよ」
「あれ? この前会ったんじゃないの?」
「……あの日、合コンでした」
「おっと……」
俺は立ち止まり、お腹を手のひらで押さえて目を伏せた。
「どうしました?」
「胃が痛い」
「大丈夫です、加藤さんは許してくれましたから」
「えー、ほんとにー?」
「本当です」
◇
バーの扉を開けるとベルが鳴る。カウンターには望月はいなかった。
望月はテーブル席を片付けていた。シルバーのトレーにグラス、灰皿、小皿、カラトリーを手際よく並べて持ち上げたところでボックス席から顔を覗かせた。
「いらっしゃいませーって、あら」
トレーを持ち上げて、カウンターに置いた。
葉梨将由の顔を覚えていた望月は葉梨に微笑み、フードを被る俺を見た。
「松永さんのカジュアルな格好は久しぶりに見るなー」
「んふふ……髪も短くして心機一転だよ」
「反省して、頭丸めたの?」
「ふふっ、そうだね、それもある」
俺たちの会話の意味がわからない葉梨将由は視線を外した。俺と望月が符牒を介して意思疎通を図っていることに気づいたから。
◇
優衣香が痩せてしまったと望月から聞いたのは一週間前だった。
俺が優衣香の行動を咎めたから心労で痩せてしまったのかと心配していたが、背中の贅肉を気にして優衣香は短期集中ダイエットで痩せてしまっただけだった。
夢で揉んだおっぱいは、おっぱいじゃなかった。
望月が教えてくれなかったら、また俺は何も知らないままだった。そう、本物の優衣香のおっぱいも――。
――モッチー、ありがとう。柔らかかったよ。
「ノンアルのドリンクをお願い」
「かしこまりました」
他に客がいる時や久しぶりの来店時にノンアルコールを指示するハンドサインをするが、今日は葉梨がいるからしないでもいい。
今日は望月に事前に連絡をしていて、フードメニューをメインに注文すると伝えてあった。
「腹減ってるだろ?」
「はい。減ってます」
ドリンクが置かれ、サラダと前菜がカウンターに並べられた。望月が、『では、料理の準備をしますので、ごゆっくり』と言い、望月はキッチンに行った。
ノンアルコールのロングアイランドアイスティーを手に持ち、『乾杯』と言って、葉梨のグラスに合わせた。
「葉梨はさ、加藤のどこがいいと思ったの? 美人だけど、あいつ狂犬だろ? 誰も寄り付かなかったのに。なんでよ?」
ドリンクをコースターに置き、フォークを手に持った葉梨は俺に顔を向け、『加藤さんは、尊敬出来るカッコいい女性です』と言った。
「結局、会わなかったの? まさかお持ち帰りしたんじゃないよな?」
「してませんよ!」
「だよねー」
「おまたせー」
望月の明るい声はキッチンを隔てる暖簾の向こうから聞こえた。
「今日は牡蠣が入ってね。でも小さめだからパスタにしたよ」
牡蠣は二人共問題無い旨を伝えてあり、葉梨は目を輝かせてカウンターに置かれた牡蠣のパスタを眺めていた。
「次はピザ、持ってくるよ」
キッチンに行った望月の後ろ姿を目で追った葉梨は、そのまま俺の目を見た。
「加藤さんみたいな美人から好かれるなんて、考えたこともなくて……」
楽しそうに、嬉しそうに葉梨は頬を緩めている。
葉梨の見た目は熊だが、それは背が高くて体格がよく、眉毛が濃くてタレ目だからそう見えるだけで、顔の造形が悪いとか、そういうことではない。
トレーニングを定期的に出来る仕事ではないが、時間を見つけては自重筋トレをしているのは知っている。性格も温厚で、仕事もよくやっている。加藤が見込んだのも、よくわかる。
「今でも、騙されているんじゃないかと思ってます」
「んふっ……ふっ……ふふっ」
「明け方、目が覚めたら加藤さんが隣にいなくて、夢だったのかな、って思いました」
「え、何? 会ったの? 泊まったの?」
「ああ、はい」
「……でもヤッてない、と?」
「はい」
牡蠣のパスタを頬張りながら話す葉梨と目が合った。
葉梨が咀嚼し、飲み込み、ドリンクを飲んだところで俺は手を出したが、それが何なのかわからない葉梨は手と目を交互に見ている。
「握手」
「え、はい」
微笑みながら葉梨と握手をして、手を離した時に望月がピザを持ってきた。
「今日はね、モッツァレラチーズをたくさん作ったからね。増量してあるから」
直径二十センチ程のマルゲリータが二枚、俺と葉梨の前に置かれた。
「いいねー、美味しそう」
「あとはサーロインステーキ。いけるでしょ?」
「葉梨、食えるよな?」
「はい!」
「じゃ、よろしく」
「その前にドリンク、お作りしましょうか?」
炭酸水でいいと伝えて、ドリンクを作るとすぐに望月はキッチンへ行った。
「葉梨、俺もおあずけ食らってるところだから。お前と仲間だよ」
「えっ!?」
「お前は……二回連続?」
「えっと、まあそうですね」
「俺もだよ、ふふっ」
葉梨は知っている。托卵されて離婚歴があり、同業には手を出さないが女を食い散らかす男だと知っている。
「松永さんは恋人がいるんですか」
「うん。ちょうどここの仕事が始まる前に、彼女が出来た。で、この二ヶ月で二回会ったけど、二回共おあずけ食らってる」
「あー……ははっ……」
葉梨の目は、俺を観察している。
なぜこんな話をするのか、意味がわからないだろう。
「他意は無いよ。ただ、二回連続でおあずけ食らってる仲間として話してるだけだよ。ふふっ」
「そうですか」
「俺ね、長い片思いが叶ったんだよ」
「えっ……」
「毎日楽しくて。ふふっ」
葉梨に、十年以上も片思いをしていて、やっと恋人になってくれたとだけ話した。
「好きな女がさ、俺のことも好きなのって、こんなに幸せなんだって、始めて知った」
葉梨から返答が無い。そうだろう、頬が緩んでニヤニヤしているのは俺の姿を見たことが無いのだから。
「どっちが早くヤレるか、先にヤッた方がメシ奢るのはどう? いつもの中華屋で」
「んふっ……わかりました」
「ふふっ……」
サーロインステーキが焼き上がり、カットしてトレーに乗せた音がした。望月の声がする。
「おまたせ」
ミディアムレアのロゼ色の肉色に二人で口元が緩む。
「モッチー、何か飲めよ。奢る」
「ありがとうございまーす」
平日深夜で終電も無くなったこの時間に来る客はいない。調理の片付けを終えた望月奏人はターキーのソーダ割りを作り、俺に目配せした。
「じゃ、あの加藤が惚れた男に、乾杯!」
驚く葉梨は笑顔の望月からグラスを寄せられ、自分のグラスを持ち上げて乾杯した。
「加藤の惚気話、聞かせてよ」
「あー、聞きたいですねー、ふふふ」
「えっ、そんな……」
「明け方、加藤は何してたの?」
「ああっ!」
寝ている葉梨の隣からそっと抜け出して加藤がしていたことは、なんとなく察することが出来る。普通の男ならドン引きするだろうが、葉梨なら大丈夫だろう。羨望と恥じらい、そんな目をして思い出している。
「リビングにあるトレッドミルで、ハイヒール履いて走ってました」
「あー、やっぱりトレーニングしてるんだ」
「えっ? 女性警察官って、そんなトレーニングしなきゃいけないの?」
足が誰よりも速くて狂犬な加藤を知らない望月は、加藤の仕事やプライベートの話に興味津々で目を輝かせている。
「服装の都合上、ハイヒールを履かないといけないけど、走るとどうしても遅くなるから加藤はトレーニングしてるんだよ。普通、そんなことやる女性警察官はいないけど」
「あの、加藤さんは十キロのダンベルを左肩に担いでました」
「はぁ!?」
「ええっ!?」
葉梨が加藤を探してリビングの扉を開けた時、タイトスカートにストッキング、ハイヒールを履いて、肩にダンベルを乗せて走っていた。
葉梨に気づいた加藤は、『あと十分だから待ってて』と言い、葉梨は懸垂マシンで懸垂しながら待っていたら、加藤はトレッドミルの速度を落として早歩き程度にして、右肩に合計十五キロのプレートを付けたバーベルを担ぎ、両手で持ちながら重心を落として早歩きしていたと言う。
「もしかして、ライフルとかを持った想定?」
「そうみたいです」
やり取りを聞いていた望月は、俺と葉梨を交互に見ながら、『待って、待って。あのさ、あんな細い女性警察官がそういう想定をしてトレーニングするのって、もしかして今の日本って、国家存亡の危機とかなの?』と驚いた表情で言った。
俺と葉梨は顔を見合わせ、真顔で望月に語りかけた。
「国民の生命と財産を守るために、おまわりさんは頑張ってるんだよ」
小さな声で『そうなんだ』と言う望月に俺も葉梨も笑いそうになったが、なんとか堪えた。
――加藤は特殊事件捜査係所属だったっけ?
表向きは町沢署刑事課所属だが、加藤の明後日な努力はなんのためにやっているのか、後で聞いてみようと思った。
人通りの少ない路地裏で俺と葉梨は寒さを堪えていた。
葉梨はスーツにスタンドカラーのコートを着ていて、俺はデニムにパーカーを着てフードを被っている。俺たちは肩を寄せ合い、望月のバーまで歩いていた。
「ポンコツ野川の頭のリボンってさ、見失った時に目印になるよね」
「んふっ……そうですね、わかりやすかったです」
街路樹のイルミネーションはすでに消え、等間隔で歩道を照らすだけの暗い歩道を俺たちは歩いている。
「葉梨もポンコツ野川みたいな清楚系の小柄な女が好きなんだろ? 山野だって小柄だし」
「ああ……前の彼女がそうだっただけで、そんなにこだわりは無いですよ」
「ふふっ……前の彼女、か……いいねえ、ふふっ」
横目でお互いの目を見て、頬を緩ませる。
「そろそろ聞かせてよ、生々しい話」
「まだ何もしてませんよ」
「あれ? この前会ったんじゃないの?」
「……あの日、合コンでした」
「おっと……」
俺は立ち止まり、お腹を手のひらで押さえて目を伏せた。
「どうしました?」
「胃が痛い」
「大丈夫です、加藤さんは許してくれましたから」
「えー、ほんとにー?」
「本当です」
◇
バーの扉を開けるとベルが鳴る。カウンターには望月はいなかった。
望月はテーブル席を片付けていた。シルバーのトレーにグラス、灰皿、小皿、カラトリーを手際よく並べて持ち上げたところでボックス席から顔を覗かせた。
「いらっしゃいませーって、あら」
トレーを持ち上げて、カウンターに置いた。
葉梨将由の顔を覚えていた望月は葉梨に微笑み、フードを被る俺を見た。
「松永さんのカジュアルな格好は久しぶりに見るなー」
「んふふ……髪も短くして心機一転だよ」
「反省して、頭丸めたの?」
「ふふっ、そうだね、それもある」
俺たちの会話の意味がわからない葉梨将由は視線を外した。俺と望月が符牒を介して意思疎通を図っていることに気づいたから。
◇
優衣香が痩せてしまったと望月から聞いたのは一週間前だった。
俺が優衣香の行動を咎めたから心労で痩せてしまったのかと心配していたが、背中の贅肉を気にして優衣香は短期集中ダイエットで痩せてしまっただけだった。
夢で揉んだおっぱいは、おっぱいじゃなかった。
望月が教えてくれなかったら、また俺は何も知らないままだった。そう、本物の優衣香のおっぱいも――。
――モッチー、ありがとう。柔らかかったよ。
「ノンアルのドリンクをお願い」
「かしこまりました」
他に客がいる時や久しぶりの来店時にノンアルコールを指示するハンドサインをするが、今日は葉梨がいるからしないでもいい。
今日は望月に事前に連絡をしていて、フードメニューをメインに注文すると伝えてあった。
「腹減ってるだろ?」
「はい。減ってます」
ドリンクが置かれ、サラダと前菜がカウンターに並べられた。望月が、『では、料理の準備をしますので、ごゆっくり』と言い、望月はキッチンに行った。
ノンアルコールのロングアイランドアイスティーを手に持ち、『乾杯』と言って、葉梨のグラスに合わせた。
「葉梨はさ、加藤のどこがいいと思ったの? 美人だけど、あいつ狂犬だろ? 誰も寄り付かなかったのに。なんでよ?」
ドリンクをコースターに置き、フォークを手に持った葉梨は俺に顔を向け、『加藤さんは、尊敬出来るカッコいい女性です』と言った。
「結局、会わなかったの? まさかお持ち帰りしたんじゃないよな?」
「してませんよ!」
「だよねー」
「おまたせー」
望月の明るい声はキッチンを隔てる暖簾の向こうから聞こえた。
「今日は牡蠣が入ってね。でも小さめだからパスタにしたよ」
牡蠣は二人共問題無い旨を伝えてあり、葉梨は目を輝かせてカウンターに置かれた牡蠣のパスタを眺めていた。
「次はピザ、持ってくるよ」
キッチンに行った望月の後ろ姿を目で追った葉梨は、そのまま俺の目を見た。
「加藤さんみたいな美人から好かれるなんて、考えたこともなくて……」
楽しそうに、嬉しそうに葉梨は頬を緩めている。
葉梨の見た目は熊だが、それは背が高くて体格がよく、眉毛が濃くてタレ目だからそう見えるだけで、顔の造形が悪いとか、そういうことではない。
トレーニングを定期的に出来る仕事ではないが、時間を見つけては自重筋トレをしているのは知っている。性格も温厚で、仕事もよくやっている。加藤が見込んだのも、よくわかる。
「今でも、騙されているんじゃないかと思ってます」
「んふっ……ふっ……ふふっ」
「明け方、目が覚めたら加藤さんが隣にいなくて、夢だったのかな、って思いました」
「え、何? 会ったの? 泊まったの?」
「ああ、はい」
「……でもヤッてない、と?」
「はい」
牡蠣のパスタを頬張りながら話す葉梨と目が合った。
葉梨が咀嚼し、飲み込み、ドリンクを飲んだところで俺は手を出したが、それが何なのかわからない葉梨は手と目を交互に見ている。
「握手」
「え、はい」
微笑みながら葉梨と握手をして、手を離した時に望月がピザを持ってきた。
「今日はね、モッツァレラチーズをたくさん作ったからね。増量してあるから」
直径二十センチ程のマルゲリータが二枚、俺と葉梨の前に置かれた。
「いいねー、美味しそう」
「あとはサーロインステーキ。いけるでしょ?」
「葉梨、食えるよな?」
「はい!」
「じゃ、よろしく」
「その前にドリンク、お作りしましょうか?」
炭酸水でいいと伝えて、ドリンクを作るとすぐに望月はキッチンへ行った。
「葉梨、俺もおあずけ食らってるところだから。お前と仲間だよ」
「えっ!?」
「お前は……二回連続?」
「えっと、まあそうですね」
「俺もだよ、ふふっ」
葉梨は知っている。托卵されて離婚歴があり、同業には手を出さないが女を食い散らかす男だと知っている。
「松永さんは恋人がいるんですか」
「うん。ちょうどここの仕事が始まる前に、彼女が出来た。で、この二ヶ月で二回会ったけど、二回共おあずけ食らってる」
「あー……ははっ……」
葉梨の目は、俺を観察している。
なぜこんな話をするのか、意味がわからないだろう。
「他意は無いよ。ただ、二回連続でおあずけ食らってる仲間として話してるだけだよ。ふふっ」
「そうですか」
「俺ね、長い片思いが叶ったんだよ」
「えっ……」
「毎日楽しくて。ふふっ」
葉梨に、十年以上も片思いをしていて、やっと恋人になってくれたとだけ話した。
「好きな女がさ、俺のことも好きなのって、こんなに幸せなんだって、始めて知った」
葉梨から返答が無い。そうだろう、頬が緩んでニヤニヤしているのは俺の姿を見たことが無いのだから。
「どっちが早くヤレるか、先にヤッた方がメシ奢るのはどう? いつもの中華屋で」
「んふっ……わかりました」
「ふふっ……」
サーロインステーキが焼き上がり、カットしてトレーに乗せた音がした。望月の声がする。
「おまたせ」
ミディアムレアのロゼ色の肉色に二人で口元が緩む。
「モッチー、何か飲めよ。奢る」
「ありがとうございまーす」
平日深夜で終電も無くなったこの時間に来る客はいない。調理の片付けを終えた望月奏人はターキーのソーダ割りを作り、俺に目配せした。
「じゃ、あの加藤が惚れた男に、乾杯!」
驚く葉梨は笑顔の望月からグラスを寄せられ、自分のグラスを持ち上げて乾杯した。
「加藤の惚気話、聞かせてよ」
「あー、聞きたいですねー、ふふふ」
「えっ、そんな……」
「明け方、加藤は何してたの?」
「ああっ!」
寝ている葉梨の隣からそっと抜け出して加藤がしていたことは、なんとなく察することが出来る。普通の男ならドン引きするだろうが、葉梨なら大丈夫だろう。羨望と恥じらい、そんな目をして思い出している。
「リビングにあるトレッドミルで、ハイヒール履いて走ってました」
「あー、やっぱりトレーニングしてるんだ」
「えっ? 女性警察官って、そんなトレーニングしなきゃいけないの?」
足が誰よりも速くて狂犬な加藤を知らない望月は、加藤の仕事やプライベートの話に興味津々で目を輝かせている。
「服装の都合上、ハイヒールを履かないといけないけど、走るとどうしても遅くなるから加藤はトレーニングしてるんだよ。普通、そんなことやる女性警察官はいないけど」
「あの、加藤さんは十キロのダンベルを左肩に担いでました」
「はぁ!?」
「ええっ!?」
葉梨が加藤を探してリビングの扉を開けた時、タイトスカートにストッキング、ハイヒールを履いて、肩にダンベルを乗せて走っていた。
葉梨に気づいた加藤は、『あと十分だから待ってて』と言い、葉梨は懸垂マシンで懸垂しながら待っていたら、加藤はトレッドミルの速度を落として早歩き程度にして、右肩に合計十五キロのプレートを付けたバーベルを担ぎ、両手で持ちながら重心を落として早歩きしていたと言う。
「もしかして、ライフルとかを持った想定?」
「そうみたいです」
やり取りを聞いていた望月は、俺と葉梨を交互に見ながら、『待って、待って。あのさ、あんな細い女性警察官がそういう想定をしてトレーニングするのって、もしかして今の日本って、国家存亡の危機とかなの?』と驚いた表情で言った。
俺と葉梨は顔を見合わせ、真顔で望月に語りかけた。
「国民の生命と財産を守るために、おまわりさんは頑張ってるんだよ」
小さな声で『そうなんだ』と言う望月に俺も葉梨も笑いそうになったが、なんとか堪えた。
――加藤は特殊事件捜査係所属だったっけ?
表向きは町沢署刑事課所属だが、加藤の明後日な努力はなんのためにやっているのか、後で聞いてみようと思った。