R-15
君としたい(後編)
一月二十日 午後五時五十分
バーベルをリビングの隅に置き、お仏壇に線香を上げてリビングに戻ると優衣香はキッチンにいた。買ってきたものはすでに片付けたようだ。
俺は夕飯の支度を始めた優衣香に話しかけようとして、カウンターに手をついた。
「優衣ちゃん、本当に、俺でいいの?」
「えっ?」
――優衣香は朝行って夜帰って来る普通の人と結婚するのが幸せだ。
「この二ヶ月で五回会えたけど、本来は二ヶ月とか、長い時は半年とか、それくらい会えないんだよ?」
こんな話は今ここで話すようなことじゃないとは思うが、どうしても聞きたかった。
この先、結婚をしたとしてもずっと不安にさせる。でも俺は優衣香とずっといたい。優衣香が俺のものなら俺は幸せだ。でも優衣香は――。
優衣香は俺を見つめて、『大丈夫』と言う。何が大丈夫なのか問うと、『頑張る』と答える。
「優衣ちゃん、答えになってないよ」
「んふっ、そうだね」
優衣香は、中学二年の時の級友の話を始めた。もちろん、俺も知っている。今でも優衣香とは友人で、彼女の話を聞くこともある。
彼女の夫は海上自衛隊員で、一度海に出てしまえば数ヶ月は帰って来ないし、そもそもいつが出港なのかも、帰港するのかもわからない。もちろん彼女は知ってるが、『知らない』と部外者に言わなければならない。それは国防に関することだから当然だ。音楽隊で楽器を拭く係とか適当なことを言っている警察官の俺と似たようなものだ。
「付き合い始めた時からそうだったから、そういうものだと思っているんだって」
「ああ……」
「そう言われてみれば、私も同じじゃないかな、と思って」
優衣香が口元を緩ませてそう言ったから、俺は嬉しくなった。
「俺はね、優衣ちゃんが笑顔でいてくれるなら、それだけでいい。もし優衣ちゃんが俺が嫌になっ――」
「そういうことは言わないで」
「……そうだね、ごめんね」
キッチンに入り、米を研いでいる優衣香を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。
「優衣ちゃん、したい」
そのまま首すじに唇を這わせると、優衣香は首を竦ませた。『くすぐったい』と吐息が混ざる声に俺は堪らなくなり、優衣香の胸へ手をやった。
「あっ、手が濡れてるの……敬ちゃん、ダメ……」
耳朶を食んで、舌を耳に這わせながら、優衣香の胸に触れた。
「優衣ちゃん、したい」
「でも……」
「したいの……ダメ……?」
顔をこちらに向けて見上げる優衣香がまた『でも』と言ったから、俺は唇を塞いだ。体をシンクに押し付けて、舌を優衣香の口内に入れると優衣香は応えてくれた。
スカートからブラウスを引き出して裾から手を入れると優衣香は目を開けてそれを横目で見て、苦しげに喘ぐ。左手で優衣香の顎を押さえて、右手指先で優衣香の肌を撫ぜる。
指先がブラジャーに触れた時、優衣香が口を離そうとしたが、俺は左手に力を込めた。
ブラジャーの下から指を滑り込ませて、膨らみを手のひらで包むと、もう先端は硬くなっていた。それを指先で捏ねると、優衣香は声を出した。
「優衣ちゃん……」
「……ダメ」
「したいの」
首すじに舌を這わせながら左手を顎から離し、スカートの裾へと手を伸ばすと優衣香は逃げようとした。ならばとスカートのホックとファスナーを開けようと背中に手をやると、吐息混じりの声で『ダメ』と言う。
「優衣ちゃん、我慢出来ないんだよ」
「でも、でも……」
ホックもファスナーも外し、ブラウスの裾から手を入れた。左手も優衣香の胸の膨らみへと手を伸ばした。優衣香の足の間に膝を入れ、両手で後ろから優しく揉むと、喘ぐ声が耳に流れ込む。
優衣香の柔らかな膨らみの先端を強く摘むと、優衣香の体はビクンと跳ねて、体を仰け反らせた。
――ここで、する。もう無理だ。
左手をスカートにやり、裾を手繰り寄せると、優衣香はまた何かを言おうとしたが、口を塞いだ。
優衣香の足の付け根に指先を這わせると、体温より熱くなっている。そこからもっと熱を帯びた場所へ指を伸ばすと、優衣香は腰を引いた。
指先でショーツの上から触れると、優衣香は口を離して、また『ダメ』と言う。
――どうしてダメなの? どうして?
優衣香は首を小さく横に振る。
◇
俺は今、お風呂洗い洗剤の詰替え用を本体に注いでいる。
スプレーボトルに書いてある『ピンクぬめり』の文言に下ネタでツッコミを入れる余裕は、無い。
――優衣ちゃんに怒られた。
米を研いでいる時に、手が濡れている時に、アレはよくなかった。優衣香は米を研ぎ始めたばかりで初回の水を捨てて水を張った所だった。
研いで、水を切って、としなくてはならないのに、俺は邪魔したんだ。
『お米が欠けちゃうでしょ!』
そう言った優衣香の怒った顔は怖かったけど、ちょっと可愛かった。
――でもぼくは米に負けたんだ。
またほんの少し、ライフが減少した気がした。
◇
午後七時四十六分
俺は今、洗い物をしている。
優衣香が『私、あんまり料理は好きじゃないんだよね』と言ったから、筋肉三点セットのブロッコリーとササミとゆで卵とご飯が出てくるのかと不安になった。だが俺はそれでも構わないし、海苔と納豆はあると言っていたからそれでいいと思ってた。
でも、優衣香が作ってくれた料理は美味しかった。
出汁巻玉子、豚肉と小松菜と炒り卵の入った炒め物、キュウリとワカメとカニカマの酢の物、漬物、ご飯に味噌汁、冷や奴、納豆、海苔。
実家に帰ったような、そんな気持ちになった。ちょっと卵が多い気がしたが、ダイニングテーブルに並べられた家庭料理はどれも美味しくて、無言で食べていたが優衣香は笑顔で俺を見ていた。
料理は好きじゃないと言うのは、手間のかかる料理はしたくないという意味だった。
『食材がよければ、煮る・焼く・蒸すの一工程で済む』
食材の単価は上がるが、食事に満足出来る上に手間が減るのならそれを選択する、と言う優衣香は男前だな、と思った。
美味しい夕飯だったから、俺のライフは元に戻った気がする。
◇
午後八時四分
俺は今、優衣香が仕事している姿を眺めている。
リビングに隣接する六畳の部屋の書斎スペースで優衣香は大量の書類や複数の判例タイムズや刑事記録を広げている。
――お役所が絡むと紙まみれになるよね。
時折、舌打ちや含み笑いや聞いたことの無い低い声が聞こえるが、俺は何も聞いていない。
俺は見てていいよと言われた優衣香が過去に使っていた過失割合の判例タイムズを眺めているが、ところどころに付箋が貼られていて、余白の部分に細かな字がびっしりと書いてある。
法改正や新たな判例が出ると加筆してあるようだった。だが、この判例タイムズ自体も定期的に刊行される。ということは、これまで加筆していたものは全て頭に入っているということなのだろう。
――ぼくは警察職員の職務倫理ナントカすら忘れているのに。
◇
本棚にデジタルフレームがあることに気づいた俺は、ソファから立ち上がって書斎に入った。
――実家にある優衣香と俺たちで撮った写真だ。
優衣香の実家が放火された時、優衣香は一人暮らしをしていた。子供の頃の写真や家族写真、卒業アルバムは、一部を除いて実家にあった。
母は、アルバムから優衣香が写る写真を探して渡したと言っていた。きっと、それを元にデジタル化したのだろう。
庭でビニールプールに入っている俺と優衣香は、三歳くらいだろうか。思わず頬が緩んだ。
数秒ごとに変わる写真を眺めていると、優衣香のおじさんとおばさんが若い時の写真になった。産まれたばかりの優衣香もいる。
――親戚から貰ったデータかな。
正月に親戚が集まったような、宴席の写真。誰かの結婚式の写真、観光地で撮られた写真。
どれも俺の記憶にあるおじさんとおばさんの姿だ。
優衣香は目元がおじさん似で、鼻と口元はおばさん似だ。
懐かしい気持ちになりながら、ずっと眺めていると、俺はあることに気づいた。
――おじさんはいつも短髪だ。
『優衣ねえは短い髪が好きみたいでね、こういう理容師が手掛ける昭和のいい男みたいな髪型がいいって言ってたよ』
ああ、そうか。優衣香は十八歳で父親を病気で亡くした女の子なんだった。
これまで付き合う男は皆、歳の離れた男だった。
――父親を重ねているのか。
俺が父親を亡くしたのは二十九歳の時だった。
でも優衣香は十八歳の時だった。
親の死を同じように乗り越えたのだろうと思ってたが、多分、違う。
でも、優衣香は同い年の俺の恋人になると決めた。
どうしてだろう。本当は年上の男がいいだろうに。
デジタルフレームから優衣香の背に視線を移すと、優衣香は背伸びをして椅子にもたれて、こちらを向いた。
「どうしたの?」
「ああ、写真を見てた」
「……おばさんがくれてね、本当に嬉しかったよ。ありがとう」
笑う優衣香の元に近寄って、俺が顔を近づけると、優衣香は俺の首に腕を回して引き寄せた。
「もう少し。だから待っててね」
「うん」
「……私だって、したいんだよ」
甘い声で囁かれた俺は、優衣香の唇を求めた。
◇
午後十一時十分
この前と同じだ。
優衣香が寝室に来るのを、俺はベッドで待っている。
ついに俺は優衣香を抱ける。優衣香を俺のものに出来る。
――想像しただけでギンギンなんですけど。
絶対にこれ、挿れたら即、ゴーゴーヘブンだと思う。だって俺、しばらくヤッて無いし。マズいな。どうしよう。一発、抜いとこうかな。でもな、優衣ちゃんはそろそろ来るみたいだし、抜いてる所を見られたら恥ずかしいな。
よし、じゃ、刑法と刑事訴訟法を思い出せば……と思ったけど、脳内映像の刑法はモザイクだったけど刑事訴訟法は真っ黒なんですけど。おかしいな、一生懸命覚えたような気がするんだけどな。じゃあ、警察職員のナントカを思い出してみ――
――優衣ちゃんが来た。
ワンピースとガウンに身を包む優衣香は、カールする髪を横に流しながら俺の元へ来た。
❐❐❐❐❐
ここまでご覧いただきありがとうございました。
次回、最終話です。
バーベルをリビングの隅に置き、お仏壇に線香を上げてリビングに戻ると優衣香はキッチンにいた。買ってきたものはすでに片付けたようだ。
俺は夕飯の支度を始めた優衣香に話しかけようとして、カウンターに手をついた。
「優衣ちゃん、本当に、俺でいいの?」
「えっ?」
――優衣香は朝行って夜帰って来る普通の人と結婚するのが幸せだ。
「この二ヶ月で五回会えたけど、本来は二ヶ月とか、長い時は半年とか、それくらい会えないんだよ?」
こんな話は今ここで話すようなことじゃないとは思うが、どうしても聞きたかった。
この先、結婚をしたとしてもずっと不安にさせる。でも俺は優衣香とずっといたい。優衣香が俺のものなら俺は幸せだ。でも優衣香は――。
優衣香は俺を見つめて、『大丈夫』と言う。何が大丈夫なのか問うと、『頑張る』と答える。
「優衣ちゃん、答えになってないよ」
「んふっ、そうだね」
優衣香は、中学二年の時の級友の話を始めた。もちろん、俺も知っている。今でも優衣香とは友人で、彼女の話を聞くこともある。
彼女の夫は海上自衛隊員で、一度海に出てしまえば数ヶ月は帰って来ないし、そもそもいつが出港なのかも、帰港するのかもわからない。もちろん彼女は知ってるが、『知らない』と部外者に言わなければならない。それは国防に関することだから当然だ。音楽隊で楽器を拭く係とか適当なことを言っている警察官の俺と似たようなものだ。
「付き合い始めた時からそうだったから、そういうものだと思っているんだって」
「ああ……」
「そう言われてみれば、私も同じじゃないかな、と思って」
優衣香が口元を緩ませてそう言ったから、俺は嬉しくなった。
「俺はね、優衣ちゃんが笑顔でいてくれるなら、それだけでいい。もし優衣ちゃんが俺が嫌になっ――」
「そういうことは言わないで」
「……そうだね、ごめんね」
キッチンに入り、米を研いでいる優衣香を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。
「優衣ちゃん、したい」
そのまま首すじに唇を這わせると、優衣香は首を竦ませた。『くすぐったい』と吐息が混ざる声に俺は堪らなくなり、優衣香の胸へ手をやった。
「あっ、手が濡れてるの……敬ちゃん、ダメ……」
耳朶を食んで、舌を耳に這わせながら、優衣香の胸に触れた。
「優衣ちゃん、したい」
「でも……」
「したいの……ダメ……?」
顔をこちらに向けて見上げる優衣香がまた『でも』と言ったから、俺は唇を塞いだ。体をシンクに押し付けて、舌を優衣香の口内に入れると優衣香は応えてくれた。
スカートからブラウスを引き出して裾から手を入れると優衣香は目を開けてそれを横目で見て、苦しげに喘ぐ。左手で優衣香の顎を押さえて、右手指先で優衣香の肌を撫ぜる。
指先がブラジャーに触れた時、優衣香が口を離そうとしたが、俺は左手に力を込めた。
ブラジャーの下から指を滑り込ませて、膨らみを手のひらで包むと、もう先端は硬くなっていた。それを指先で捏ねると、優衣香は声を出した。
「優衣ちゃん……」
「……ダメ」
「したいの」
首すじに舌を這わせながら左手を顎から離し、スカートの裾へと手を伸ばすと優衣香は逃げようとした。ならばとスカートのホックとファスナーを開けようと背中に手をやると、吐息混じりの声で『ダメ』と言う。
「優衣ちゃん、我慢出来ないんだよ」
「でも、でも……」
ホックもファスナーも外し、ブラウスの裾から手を入れた。左手も優衣香の胸の膨らみへと手を伸ばした。優衣香の足の間に膝を入れ、両手で後ろから優しく揉むと、喘ぐ声が耳に流れ込む。
優衣香の柔らかな膨らみの先端を強く摘むと、優衣香の体はビクンと跳ねて、体を仰け反らせた。
――ここで、する。もう無理だ。
左手をスカートにやり、裾を手繰り寄せると、優衣香はまた何かを言おうとしたが、口を塞いだ。
優衣香の足の付け根に指先を這わせると、体温より熱くなっている。そこからもっと熱を帯びた場所へ指を伸ばすと、優衣香は腰を引いた。
指先でショーツの上から触れると、優衣香は口を離して、また『ダメ』と言う。
――どうしてダメなの? どうして?
優衣香は首を小さく横に振る。
◇
俺は今、お風呂洗い洗剤の詰替え用を本体に注いでいる。
スプレーボトルに書いてある『ピンクぬめり』の文言に下ネタでツッコミを入れる余裕は、無い。
――優衣ちゃんに怒られた。
米を研いでいる時に、手が濡れている時に、アレはよくなかった。優衣香は米を研ぎ始めたばかりで初回の水を捨てて水を張った所だった。
研いで、水を切って、としなくてはならないのに、俺は邪魔したんだ。
『お米が欠けちゃうでしょ!』
そう言った優衣香の怒った顔は怖かったけど、ちょっと可愛かった。
――でもぼくは米に負けたんだ。
またほんの少し、ライフが減少した気がした。
◇
午後七時四十六分
俺は今、洗い物をしている。
優衣香が『私、あんまり料理は好きじゃないんだよね』と言ったから、筋肉三点セットのブロッコリーとササミとゆで卵とご飯が出てくるのかと不安になった。だが俺はそれでも構わないし、海苔と納豆はあると言っていたからそれでいいと思ってた。
でも、優衣香が作ってくれた料理は美味しかった。
出汁巻玉子、豚肉と小松菜と炒り卵の入った炒め物、キュウリとワカメとカニカマの酢の物、漬物、ご飯に味噌汁、冷や奴、納豆、海苔。
実家に帰ったような、そんな気持ちになった。ちょっと卵が多い気がしたが、ダイニングテーブルに並べられた家庭料理はどれも美味しくて、無言で食べていたが優衣香は笑顔で俺を見ていた。
料理は好きじゃないと言うのは、手間のかかる料理はしたくないという意味だった。
『食材がよければ、煮る・焼く・蒸すの一工程で済む』
食材の単価は上がるが、食事に満足出来る上に手間が減るのならそれを選択する、と言う優衣香は男前だな、と思った。
美味しい夕飯だったから、俺のライフは元に戻った気がする。
◇
午後八時四分
俺は今、優衣香が仕事している姿を眺めている。
リビングに隣接する六畳の部屋の書斎スペースで優衣香は大量の書類や複数の判例タイムズや刑事記録を広げている。
――お役所が絡むと紙まみれになるよね。
時折、舌打ちや含み笑いや聞いたことの無い低い声が聞こえるが、俺は何も聞いていない。
俺は見てていいよと言われた優衣香が過去に使っていた過失割合の判例タイムズを眺めているが、ところどころに付箋が貼られていて、余白の部分に細かな字がびっしりと書いてある。
法改正や新たな判例が出ると加筆してあるようだった。だが、この判例タイムズ自体も定期的に刊行される。ということは、これまで加筆していたものは全て頭に入っているということなのだろう。
――ぼくは警察職員の職務倫理ナントカすら忘れているのに。
◇
本棚にデジタルフレームがあることに気づいた俺は、ソファから立ち上がって書斎に入った。
――実家にある優衣香と俺たちで撮った写真だ。
優衣香の実家が放火された時、優衣香は一人暮らしをしていた。子供の頃の写真や家族写真、卒業アルバムは、一部を除いて実家にあった。
母は、アルバムから優衣香が写る写真を探して渡したと言っていた。きっと、それを元にデジタル化したのだろう。
庭でビニールプールに入っている俺と優衣香は、三歳くらいだろうか。思わず頬が緩んだ。
数秒ごとに変わる写真を眺めていると、優衣香のおじさんとおばさんが若い時の写真になった。産まれたばかりの優衣香もいる。
――親戚から貰ったデータかな。
正月に親戚が集まったような、宴席の写真。誰かの結婚式の写真、観光地で撮られた写真。
どれも俺の記憶にあるおじさんとおばさんの姿だ。
優衣香は目元がおじさん似で、鼻と口元はおばさん似だ。
懐かしい気持ちになりながら、ずっと眺めていると、俺はあることに気づいた。
――おじさんはいつも短髪だ。
『優衣ねえは短い髪が好きみたいでね、こういう理容師が手掛ける昭和のいい男みたいな髪型がいいって言ってたよ』
ああ、そうか。優衣香は十八歳で父親を病気で亡くした女の子なんだった。
これまで付き合う男は皆、歳の離れた男だった。
――父親を重ねているのか。
俺が父親を亡くしたのは二十九歳の時だった。
でも優衣香は十八歳の時だった。
親の死を同じように乗り越えたのだろうと思ってたが、多分、違う。
でも、優衣香は同い年の俺の恋人になると決めた。
どうしてだろう。本当は年上の男がいいだろうに。
デジタルフレームから優衣香の背に視線を移すと、優衣香は背伸びをして椅子にもたれて、こちらを向いた。
「どうしたの?」
「ああ、写真を見てた」
「……おばさんがくれてね、本当に嬉しかったよ。ありがとう」
笑う優衣香の元に近寄って、俺が顔を近づけると、優衣香は俺の首に腕を回して引き寄せた。
「もう少し。だから待っててね」
「うん」
「……私だって、したいんだよ」
甘い声で囁かれた俺は、優衣香の唇を求めた。
◇
午後十一時十分
この前と同じだ。
優衣香が寝室に来るのを、俺はベッドで待っている。
ついに俺は優衣香を抱ける。優衣香を俺のものに出来る。
――想像しただけでギンギンなんですけど。
絶対にこれ、挿れたら即、ゴーゴーヘブンだと思う。だって俺、しばらくヤッて無いし。マズいな。どうしよう。一発、抜いとこうかな。でもな、優衣ちゃんはそろそろ来るみたいだし、抜いてる所を見られたら恥ずかしいな。
よし、じゃ、刑法と刑事訴訟法を思い出せば……と思ったけど、脳内映像の刑法はモザイクだったけど刑事訴訟法は真っ黒なんですけど。おかしいな、一生懸命覚えたような気がするんだけどな。じゃあ、警察職員のナントカを思い出してみ――
――優衣ちゃんが来た。
ワンピースとガウンに身を包む優衣香は、カールする髪を横に流しながら俺の元へ来た。
❐❐❐❐❐
ここまでご覧いただきありがとうございました。
次回、最終話です。