ありのままで
「やっと、思い出してくれたのか。あたしのこと」
摩耶の姿に薄っすらとだが当時の面影が重なった。摩耶の言っていた通り、あの頃の摩耶は引っ込み思案で常にオドオドしていて、よく泣いていた。体は平均よりかなり小さくて、運動は全くと言っていいほどできていなかった。
髪型もおでこが隠れるくらいの長髪で赤いリボンをつけていた。同じところをあげるなら顔がかわいいところと、笑顔が素敵なところくらいしかない。それくらい、今とは正反対の女の子だった。
「ええ。確か声掛けられた時もびっくりして泣きそうになってたし、一緒に食べようって言ったら泣き出して。突然すぎて、えっなんで泣くの?! って思っちゃって」
「あの時は友達がいなくて寂しくてさ。それで声掛けられるのに慣れてなかったからそれでびっくりして。それで一緒に食べようって言ってくれたからもう嬉しくさ」
それから私と摩耶は当時の思い出を笑いながら語り合った。ほんのさっきまで頭から消えていた記憶だったはずなのに、温泉のようにどんどん湧き上がってきた。
だけど、そうやって話しているうちにふと疑問に思った。なんで摩耶は変わったのだろうかと。
あの頃の摩耶のままだったとしても、間違いなく仲良くなれていたと思う。
現に、その頃はどの子よりも仲が良かった。それは幼い頃の摩耶だってよく分かっていたはずだ。変わる必要性はなかったはずだ。
「あのさあ、摩耶。話を戻すけど、どうして摩耶は今みたいな感じになろうとしたの? 仲良くするってだけなら、あの頃のままでも多分なれてたと思うんだけど」
私は摩耶に疑問をストレートにぶつけた。摩耶は恥ずかしそうに顔を赤らめながら黙り込む。それから少ししてから摩耶は口を開いた。
「……優衣の一番大好きな人になりたかったから」
「そ、それってどういうこと?」
「あたしはあの頃から優衣が大好きだった。どんな時でもあたしと一緒に居てくれた。優しくしてくれた。そんな優衣に惚れていたんだ。だから、引っ越す日の前日に優衣に聞いたんだ。『優衣ちゃんはどんな子が好きなの』って。それで優衣は『運動ができてカッコいい人が好き』って言ったんだ。その時にこう思ったんだ。今の自分のままじゃ優衣はあたしを好きになってくれないってね」
衝撃的な事実に驚かずにはいられなかった。正直言って私は全く憶えていない。私からすればそのくらい些細なことだったのだと思う。
だが、その些細なことが摩耶を今のような女の子に変えてしまっていたのだ。私は言葉の力を思い知った。
「だから優衣の一番大好きな人になろう、中学生になってもう一度会ったときにびっくりされるくらい変わってやろうって思った。そのために必死に頑張ってきた、努力してきた。そして今みたいな、理想の自分に生まれ変わることができたんだ」
月光に照らされた摩耶の顔が、その覚悟の強さと努力の量を物語っていた。
「優衣が小学生の頃のことをさっきまで忘れていたのは、確かにちょっと悲しかった。だけど、それ以上に嬉しかった。そのくらい変われたって思えたし、なにより理想の自分を手に入れたんだって思えたから。優衣が入学式であたしに一目惚れしたって聞いて、優衣の好きな人になれたんだなって思えて凄く嬉しかった。そして今もあたしのことをカッコいい王子様みたいに思ってくれているのことも凄く嬉しい」
私はただ黙って摩耶の話を聞き続けた。
「夢みたいなんだ。初恋の人と、優衣と恋人になれたのが。だから、あたし今すっごく幸せなんだ、優衣」
摩耶は澄み切った表情をしていた。ただ、どこか悲しそうな雰囲気も纏っていた。
「ごめん優衣。あたしのイメージ壊すような話をして。今日のことは忘れてもいいから。あたしもイメージを二度と壊さないように頑張るから。優衣の理想の王子様でいるから」
摩耶は静かに語った。摩耶はとんでもない勘違いをしていた。
私が好きなのは摩耶本人なのに、摩耶は王子様のような摩耶が好きだと思い込んでいる。このままだと摩耶は王子様の自分に縛られてしまう。
そうなれば努力家の摩耶はその役になりきりすぎるだろう。そしていつしか本当の自分を確実に見失ってしまう。
そんな摩耶を私は見たくない。だけど、このまま何も言わずに返してしまったら、間違いなくそうなってしまう。なんとか、どうにかして止めないといけない。だが、その一歩が、ひと声が出ない。
二人の間をあの茜空の時のような沈黙が包み込む。お互いに何も言えぬまま時だけが過ぎていく。
「今日はもう遅くなったからこれで。じゃあまた明日」
先に沈黙を破ったのは摩耶だった。摩耶はクールを気取ってこの場を去ろうとしていた。その時だった。私は咄嗟に思いっきり摩耶を抱きしめていた。
「ゆ、優衣っ。急に抱きしめて一体どうしたの?」
抱きしめられた摩耶は突然のことに動揺を隠せないでいた。対照的に私の心は落ち着いていた。
「摩耶。摩耶は私がカッコいい王子様のような摩耶が好きだって勘違いしてない」
「勘違いって、そうじゃないのか。だって優衣が惚れたのは男の子みたいで――」
「違う! 私が惚れるきっかけになったのはカッコいい王子様のような摩耶だけど、私が好きなのはカッコいい王子様のような摩耶だけじゃなくて、摩耶だよ!」
私の言葉に摩耶はハっと目を見開いていた。
「私のことを心配して泣いてくれる摩耶も、周りのことを気にして憶えている摩耶も、メルヘンティックな話が好きな摩耶も全部含めた摩耶だよ。そうじゃなかったら、私は恋人になってない。あの日の摩耶の告白を絶対に断ってる」
また、一段と摩耶を強く抱きしめる。摩耶は何も言わなかった。
「それにあの時教室で私言ったじゃない。私だけに弱いところを見せて欲しい。甘えて欲しい。そんな摩耶も受け入れられるからって。だから、ずっと無理して王子様を演じ続けようとしないでよ。そんな悲しい事しないでよ摩耶」
身体と心全体で私の想いを摩耶にぶつけた。私の両目ははらはらと涙を流している。摩耶は私を抱き返して、頭を優しく撫で始めた。
「ごめん優衣。あたしが間違ってた。無理に自分を演じることはやめる。自分を出すことから逃げないから。だからあたしから離れないでよ、優衣」
「うん。絶対に離さないよ、摩耶」
私と摩耶はお互い抱き合いながら、涙を流した。
摩耶の姿に薄っすらとだが当時の面影が重なった。摩耶の言っていた通り、あの頃の摩耶は引っ込み思案で常にオドオドしていて、よく泣いていた。体は平均よりかなり小さくて、運動は全くと言っていいほどできていなかった。
髪型もおでこが隠れるくらいの長髪で赤いリボンをつけていた。同じところをあげるなら顔がかわいいところと、笑顔が素敵なところくらいしかない。それくらい、今とは正反対の女の子だった。
「ええ。確か声掛けられた時もびっくりして泣きそうになってたし、一緒に食べようって言ったら泣き出して。突然すぎて、えっなんで泣くの?! って思っちゃって」
「あの時は友達がいなくて寂しくてさ。それで声掛けられるのに慣れてなかったからそれでびっくりして。それで一緒に食べようって言ってくれたからもう嬉しくさ」
それから私と摩耶は当時の思い出を笑いながら語り合った。ほんのさっきまで頭から消えていた記憶だったはずなのに、温泉のようにどんどん湧き上がってきた。
だけど、そうやって話しているうちにふと疑問に思った。なんで摩耶は変わったのだろうかと。
あの頃の摩耶のままだったとしても、間違いなく仲良くなれていたと思う。
現に、その頃はどの子よりも仲が良かった。それは幼い頃の摩耶だってよく分かっていたはずだ。変わる必要性はなかったはずだ。
「あのさあ、摩耶。話を戻すけど、どうして摩耶は今みたいな感じになろうとしたの? 仲良くするってだけなら、あの頃のままでも多分なれてたと思うんだけど」
私は摩耶に疑問をストレートにぶつけた。摩耶は恥ずかしそうに顔を赤らめながら黙り込む。それから少ししてから摩耶は口を開いた。
「……優衣の一番大好きな人になりたかったから」
「そ、それってどういうこと?」
「あたしはあの頃から優衣が大好きだった。どんな時でもあたしと一緒に居てくれた。優しくしてくれた。そんな優衣に惚れていたんだ。だから、引っ越す日の前日に優衣に聞いたんだ。『優衣ちゃんはどんな子が好きなの』って。それで優衣は『運動ができてカッコいい人が好き』って言ったんだ。その時にこう思ったんだ。今の自分のままじゃ優衣はあたしを好きになってくれないってね」
衝撃的な事実に驚かずにはいられなかった。正直言って私は全く憶えていない。私からすればそのくらい些細なことだったのだと思う。
だが、その些細なことが摩耶を今のような女の子に変えてしまっていたのだ。私は言葉の力を思い知った。
「だから優衣の一番大好きな人になろう、中学生になってもう一度会ったときにびっくりされるくらい変わってやろうって思った。そのために必死に頑張ってきた、努力してきた。そして今みたいな、理想の自分に生まれ変わることができたんだ」
月光に照らされた摩耶の顔が、その覚悟の強さと努力の量を物語っていた。
「優衣が小学生の頃のことをさっきまで忘れていたのは、確かにちょっと悲しかった。だけど、それ以上に嬉しかった。そのくらい変われたって思えたし、なにより理想の自分を手に入れたんだって思えたから。優衣が入学式であたしに一目惚れしたって聞いて、優衣の好きな人になれたんだなって思えて凄く嬉しかった。そして今もあたしのことをカッコいい王子様みたいに思ってくれているのことも凄く嬉しい」
私はただ黙って摩耶の話を聞き続けた。
「夢みたいなんだ。初恋の人と、優衣と恋人になれたのが。だから、あたし今すっごく幸せなんだ、優衣」
摩耶は澄み切った表情をしていた。ただ、どこか悲しそうな雰囲気も纏っていた。
「ごめん優衣。あたしのイメージ壊すような話をして。今日のことは忘れてもいいから。あたしもイメージを二度と壊さないように頑張るから。優衣の理想の王子様でいるから」
摩耶は静かに語った。摩耶はとんでもない勘違いをしていた。
私が好きなのは摩耶本人なのに、摩耶は王子様のような摩耶が好きだと思い込んでいる。このままだと摩耶は王子様の自分に縛られてしまう。
そうなれば努力家の摩耶はその役になりきりすぎるだろう。そしていつしか本当の自分を確実に見失ってしまう。
そんな摩耶を私は見たくない。だけど、このまま何も言わずに返してしまったら、間違いなくそうなってしまう。なんとか、どうにかして止めないといけない。だが、その一歩が、ひと声が出ない。
二人の間をあの茜空の時のような沈黙が包み込む。お互いに何も言えぬまま時だけが過ぎていく。
「今日はもう遅くなったからこれで。じゃあまた明日」
先に沈黙を破ったのは摩耶だった。摩耶はクールを気取ってこの場を去ろうとしていた。その時だった。私は咄嗟に思いっきり摩耶を抱きしめていた。
「ゆ、優衣っ。急に抱きしめて一体どうしたの?」
抱きしめられた摩耶は突然のことに動揺を隠せないでいた。対照的に私の心は落ち着いていた。
「摩耶。摩耶は私がカッコいい王子様のような摩耶が好きだって勘違いしてない」
「勘違いって、そうじゃないのか。だって優衣が惚れたのは男の子みたいで――」
「違う! 私が惚れるきっかけになったのはカッコいい王子様のような摩耶だけど、私が好きなのはカッコいい王子様のような摩耶だけじゃなくて、摩耶だよ!」
私の言葉に摩耶はハっと目を見開いていた。
「私のことを心配して泣いてくれる摩耶も、周りのことを気にして憶えている摩耶も、メルヘンティックな話が好きな摩耶も全部含めた摩耶だよ。そうじゃなかったら、私は恋人になってない。あの日の摩耶の告白を絶対に断ってる」
また、一段と摩耶を強く抱きしめる。摩耶は何も言わなかった。
「それにあの時教室で私言ったじゃない。私だけに弱いところを見せて欲しい。甘えて欲しい。そんな摩耶も受け入れられるからって。だから、ずっと無理して王子様を演じ続けようとしないでよ。そんな悲しい事しないでよ摩耶」
身体と心全体で私の想いを摩耶にぶつけた。私の両目ははらはらと涙を流している。摩耶は私を抱き返して、頭を優しく撫で始めた。
「ごめん優衣。あたしが間違ってた。無理に自分を演じることはやめる。自分を出すことから逃げないから。だからあたしから離れないでよ、優衣」
「うん。絶対に離さないよ、摩耶」
私と摩耶はお互い抱き合いながら、涙を流した。