学校の私
月曜日は学校が始まる憂鬱な一日だ。多くの学生は間違いなくそう感じているはずだし、私もそう感じている。
だけど、私にとっての憂鬱はそれだけではない。かなり嫌みっぽい言い方だけど、女の子にもてる上に告白される――女子高だからというのもあるけど――。しかも遊びではなく本気でだ。
今朝も登校すると靴箱に、ラブレターが入れられていた。その内容を簡単に言うと、とても回りくどい表現で、先輩のことが好きだから告白したいです。
なので、昼休みに空き教室に来てくださいというものだ。こういう手紙がここ二週間の間に、今日含めて十回も入れられている。その度に断っているから、精神的にも参ってしまう。
だったらいっそのこと、付き合えばいいのかもしれない。そうすればこんな悩みとはおさらばだ。私もかわいい女の子は大好きだから、別にそれでいいのかもしれない。
だけど、私はそれをしたくない。まず、好きでもない子と恋人になるという思想が私にはない。そしてもう一つ理由があり、それが一番大きな理由であるのだが。
こんなことを考えていると、待ち合わせの時間の五分前になっていた。呼び出された側とはいえ、遅れていくのは私のポリシーに反する。私は少しだけ急いで、その子が待つ教室に向かった。
少しするとその教室に前に来た。左袖を少しだけめくり、手首を内側に捻る。腕時計は待ち合わせ時間の一分前を指している。ギリギリではあるが間に合ったようだ。
教室をそっとのぞくと、ラブレターを書いたとみられる女の子が、椅子にも座らず顔を赤らめて、身体をくねくねさせている。遠くから見ても、緊張しているというのが丸わかりだ。
そんな子を振ってしまうのは何度経験しても慣れないし、なにより心が痛む。でも、ここで逃げてもどうしようもない。私は覚悟を決めてドアを開いた。
「あ、ふ、ふっ、藤井先輩!」
私が一声かける前に、その子が私の方を向いてくれた。
「やあ、こんにちは。君が今朝の手紙を書いた子かい?」
「は、はい! わわ、私です!」
カミカミになりながらも、しっかり答えてくれた。分かってはいたが、やはり手紙の送り主だったようだ。
私はこの子を見ながら、靴箱に入っていた手紙を思い返していた。その手紙は、薄いピンクを背景に、リボンとトイプードルの絵柄をあしらった、実に女の子らしいものだった。
「そうか。君だったのか。とてもキュートな手紙をありがとう」
私の一言に、女の子はとても照れ臭そうに黒髪のおさげを触っていた。
「こ、こちらこそ。先輩はこういうのが嫌いだと思ってたので、喜んでもらえてうれしいです」
なるほど、嫌いね。やっぱり、私をそういう風に捉えているのか。私はひどくがっかりした。その気分のまま、少し意地悪なことを聞いてみようとしたがやめた。
「じゃあ本題に入ろうか。どうして私を呼び出したのかな?」
「え、えっと…………、せ、先輩のことがずっと前から好きでした! だから、私と付き合ってください!」
その子は少しだけ目線を下げ、ギュッと手を強く握っていた。やっぱり私が思っていた通り、告白だったみたいだ。
「一つだけ聞いていいかな?」
「な、なんでしょうか」
緊張がほぐれてきたのか、ちょっとだけ緩んだ雰囲気を出していた。
「なんで、私のことが好きなの? 一言でいいから教えて欲しいな」
予想していない質問だったからか、一瞬、狐につままれたような表情を浮かべていた。しばらくすると、また恥ずかしそうに手をこすっていた。
「え、えっと、背が高くて、スタイルもよくて、運動も勉強もできて、…………でも一番はかっこいいところです!」
かっこいいか。私が予想していた通り、テンプレートの典型ともいえるような答えだった。この時点で、この告白に対する私のアンサーは決まった。
「ありがとう。こうやって告白してくれてとてもうれしいよ。だけど、君の想いには、応えてあげられないみたいだ。ごめんね」
この言葉を告げられた瞬間、その子の中で何かが壊れたような音が、私の耳に聞こえてきたような気がした。
「い、いえ。ちゃんと先輩に気持ち、伝えられたので大丈夫です。来てくださってありがとうございました、し、失礼しました!」
その子は私を一切見ないで、勢いよく教室を出ていった。おそらくその目には、涙を浮かべているだろう。ずいぶんと見慣れた光景ではあるが、その様子に心を痛めた。
「結局、今日もこうなっちゃったか」
誰もいない教室で一人タメ息を吐いた。
午後七時。部活が終わり部室から出ると陽はすっかり傾き、夕焼けが私の黒髪をオレンジ色に染める。ぴゅーと吹いた風は少しではあるが、涼しさを感じさせてくれた。
どうやら秋は、思っているよりもずっと近いようだ。季節の変わり目を感じながら、私は上機嫌で校舎を後にする。
しばらく道なりに歩いていると、櫨並木が見えてきた。葉の色は、まだまだ生命感あふれる緑ではあるが、この調子なら十月くらいには、きっと美しい紅葉を見せてくれるだろう。まだ見ぬ美しい景観に、想いを馳せながら歩いていると、
「せんぱーい! 奈々先輩!」
聞き覚えのある、柔らかな声が聞こえてきた。声のする方を向くと、正体はやはり朱里ちゃんだった。朱里ちゃんは部活の後輩で、ブラウンの髪とふわふわした雰囲気が特徴的な、とてもかわいらしい小柄な女の子だ。
「朱里ちゃんか。どうしたんだい?」
「えっと、先輩の側に居たかったので呼び止めちゃいました」
朱里ちゃんはてへっと、舌をだしてあざとそうな反応を見せた。
「それはうれしいよ。けどなんでこう、いつも途中でこうやって呼び止めているの?」
「えっと、ここなら先輩と二人きりでいれるからですよ」
そう言って、朱里ちゃんはギュッと私の腕に抱き付いてきた。朱里ちゃんは、顎を撫でられた猫のように、とても幸せそうな顔をしていた。
「朱里ちゃん、暑かったりしないの?」
「全然ですよぅ。先輩とこうしていられればどんな状態でも満足ですぅ」
どうも朱里ちゃんが離れてくれそうにないので、このまま歩き続けることにした。こんな感じで、朱里ちゃんは私にとても懐いている。これは朱里ちゃんが入学してきた、五カ月ほど前からずっとだ。
面識があったかなあと時々振り返るが、そもそも小学校も中学校も違っていたし、部活の大会や練習試合でも朱里ちゃんの出身校とは対戦したことはなかった。
なので、面識は全くないはずだ。そう考えると、なんとも不思議なものだ。
「そういえば先輩、また振ったんですよね」
しばらくすると唐突に、朱里ちゃんからあまり思い出したくない話を、切り出された。
「ま、まあね」
私は後ろめたさから、歯切れが悪くなる。
「昼から一年生の教室はずっとその話題で持ちきりでしたよー。先輩も罪な人なんですねえ」
朱里ちゃんはニヤニヤしながら、私をじっと見てきた。
「だって、自分が本当に好きって言えない人と付き合っても、相手が困るだけだろうからさ……」
「先輩らしい理由ですねぇ」
朱里ちゃんはクスッと笑いだした。その後も朱里ちゃんとたわいもない雑談をしていると、十字路に着いた。この道を私は左に、朱里ちゃんは右に曲がるのでここでお別れだ。
「ありがとうね。楽しかったよ。じゃあまた明日ね」
私が左に曲がろうとした時、朱里ちゃんがそっと制服の袖をつかんできた。いつもなら、何か一言交わす程度で別れるのだが、どうしたのだろうか。
今週どこかに遊びに行こう、みたいなものなんだろうか。これなら予定を調べればいいか。だが、告白じみたないようなら、ちょっと対応を考えないといけない。
「どうしたの? 朱里ちゃん」
私は覚悟を決めて朱里ちゃんに聞いてみた。どうか面倒な内容でありませんように、と願いながら。
「先輩! いつか、先輩の家にお邪魔してもいいですか?」
雰囲気とは裏腹に、とてもありきたりなものだった。それでも、朱里ちゃんは息を少し乱し、顔を赤らめている。
かなり勇気を出して言ったということが、ダイレクトに伝わってくる。こんな簡単なお願いなら、大体の人が好意的な答えを出すだろう。
「えーっと、いいんだけど、家って親戚とかがよく来るから、なかなか難しいかもしれないかな……」
だけど私はウソをついた。これが朱里ちゃんのためなんだ、と心の奥底で思いながら。
「そうですか……。分かりました! では大丈夫そうな日があったら教えてください! その時に行きますので!」
朱里ちゃんは、少しだけうつむきながら残念そうにしていたが、少しすると笑顔を作ってポジティブな答えを出してくれた。いくらバレたくないとはいえ、本当にこれでいいのだろうか。私はまた罪悪感に苛まれた。
だけど、私にとっての憂鬱はそれだけではない。かなり嫌みっぽい言い方だけど、女の子にもてる上に告白される――女子高だからというのもあるけど――。しかも遊びではなく本気でだ。
今朝も登校すると靴箱に、ラブレターが入れられていた。その内容を簡単に言うと、とても回りくどい表現で、先輩のことが好きだから告白したいです。
なので、昼休みに空き教室に来てくださいというものだ。こういう手紙がここ二週間の間に、今日含めて十回も入れられている。その度に断っているから、精神的にも参ってしまう。
だったらいっそのこと、付き合えばいいのかもしれない。そうすればこんな悩みとはおさらばだ。私もかわいい女の子は大好きだから、別にそれでいいのかもしれない。
だけど、私はそれをしたくない。まず、好きでもない子と恋人になるという思想が私にはない。そしてもう一つ理由があり、それが一番大きな理由であるのだが。
こんなことを考えていると、待ち合わせの時間の五分前になっていた。呼び出された側とはいえ、遅れていくのは私のポリシーに反する。私は少しだけ急いで、その子が待つ教室に向かった。
少しするとその教室に前に来た。左袖を少しだけめくり、手首を内側に捻る。腕時計は待ち合わせ時間の一分前を指している。ギリギリではあるが間に合ったようだ。
教室をそっとのぞくと、ラブレターを書いたとみられる女の子が、椅子にも座らず顔を赤らめて、身体をくねくねさせている。遠くから見ても、緊張しているというのが丸わかりだ。
そんな子を振ってしまうのは何度経験しても慣れないし、なにより心が痛む。でも、ここで逃げてもどうしようもない。私は覚悟を決めてドアを開いた。
「あ、ふ、ふっ、藤井先輩!」
私が一声かける前に、その子が私の方を向いてくれた。
「やあ、こんにちは。君が今朝の手紙を書いた子かい?」
「は、はい! わわ、私です!」
カミカミになりながらも、しっかり答えてくれた。分かってはいたが、やはり手紙の送り主だったようだ。
私はこの子を見ながら、靴箱に入っていた手紙を思い返していた。その手紙は、薄いピンクを背景に、リボンとトイプードルの絵柄をあしらった、実に女の子らしいものだった。
「そうか。君だったのか。とてもキュートな手紙をありがとう」
私の一言に、女の子はとても照れ臭そうに黒髪のおさげを触っていた。
「こ、こちらこそ。先輩はこういうのが嫌いだと思ってたので、喜んでもらえてうれしいです」
なるほど、嫌いね。やっぱり、私をそういう風に捉えているのか。私はひどくがっかりした。その気分のまま、少し意地悪なことを聞いてみようとしたがやめた。
「じゃあ本題に入ろうか。どうして私を呼び出したのかな?」
「え、えっと…………、せ、先輩のことがずっと前から好きでした! だから、私と付き合ってください!」
その子は少しだけ目線を下げ、ギュッと手を強く握っていた。やっぱり私が思っていた通り、告白だったみたいだ。
「一つだけ聞いていいかな?」
「な、なんでしょうか」
緊張がほぐれてきたのか、ちょっとだけ緩んだ雰囲気を出していた。
「なんで、私のことが好きなの? 一言でいいから教えて欲しいな」
予想していない質問だったからか、一瞬、狐につままれたような表情を浮かべていた。しばらくすると、また恥ずかしそうに手をこすっていた。
「え、えっと、背が高くて、スタイルもよくて、運動も勉強もできて、…………でも一番はかっこいいところです!」
かっこいいか。私が予想していた通り、テンプレートの典型ともいえるような答えだった。この時点で、この告白に対する私のアンサーは決まった。
「ありがとう。こうやって告白してくれてとてもうれしいよ。だけど、君の想いには、応えてあげられないみたいだ。ごめんね」
この言葉を告げられた瞬間、その子の中で何かが壊れたような音が、私の耳に聞こえてきたような気がした。
「い、いえ。ちゃんと先輩に気持ち、伝えられたので大丈夫です。来てくださってありがとうございました、し、失礼しました!」
その子は私を一切見ないで、勢いよく教室を出ていった。おそらくその目には、涙を浮かべているだろう。ずいぶんと見慣れた光景ではあるが、その様子に心を痛めた。
「結局、今日もこうなっちゃったか」
誰もいない教室で一人タメ息を吐いた。
午後七時。部活が終わり部室から出ると陽はすっかり傾き、夕焼けが私の黒髪をオレンジ色に染める。ぴゅーと吹いた風は少しではあるが、涼しさを感じさせてくれた。
どうやら秋は、思っているよりもずっと近いようだ。季節の変わり目を感じながら、私は上機嫌で校舎を後にする。
しばらく道なりに歩いていると、櫨並木が見えてきた。葉の色は、まだまだ生命感あふれる緑ではあるが、この調子なら十月くらいには、きっと美しい紅葉を見せてくれるだろう。まだ見ぬ美しい景観に、想いを馳せながら歩いていると、
「せんぱーい! 奈々先輩!」
聞き覚えのある、柔らかな声が聞こえてきた。声のする方を向くと、正体はやはり朱里ちゃんだった。朱里ちゃんは部活の後輩で、ブラウンの髪とふわふわした雰囲気が特徴的な、とてもかわいらしい小柄な女の子だ。
「朱里ちゃんか。どうしたんだい?」
「えっと、先輩の側に居たかったので呼び止めちゃいました」
朱里ちゃんはてへっと、舌をだしてあざとそうな反応を見せた。
「それはうれしいよ。けどなんでこう、いつも途中でこうやって呼び止めているの?」
「えっと、ここなら先輩と二人きりでいれるからですよ」
そう言って、朱里ちゃんはギュッと私の腕に抱き付いてきた。朱里ちゃんは、顎を撫でられた猫のように、とても幸せそうな顔をしていた。
「朱里ちゃん、暑かったりしないの?」
「全然ですよぅ。先輩とこうしていられればどんな状態でも満足ですぅ」
どうも朱里ちゃんが離れてくれそうにないので、このまま歩き続けることにした。こんな感じで、朱里ちゃんは私にとても懐いている。これは朱里ちゃんが入学してきた、五カ月ほど前からずっとだ。
面識があったかなあと時々振り返るが、そもそも小学校も中学校も違っていたし、部活の大会や練習試合でも朱里ちゃんの出身校とは対戦したことはなかった。
なので、面識は全くないはずだ。そう考えると、なんとも不思議なものだ。
「そういえば先輩、また振ったんですよね」
しばらくすると唐突に、朱里ちゃんからあまり思い出したくない話を、切り出された。
「ま、まあね」
私は後ろめたさから、歯切れが悪くなる。
「昼から一年生の教室はずっとその話題で持ちきりでしたよー。先輩も罪な人なんですねえ」
朱里ちゃんはニヤニヤしながら、私をじっと見てきた。
「だって、自分が本当に好きって言えない人と付き合っても、相手が困るだけだろうからさ……」
「先輩らしい理由ですねぇ」
朱里ちゃんはクスッと笑いだした。その後も朱里ちゃんとたわいもない雑談をしていると、十字路に着いた。この道を私は左に、朱里ちゃんは右に曲がるのでここでお別れだ。
「ありがとうね。楽しかったよ。じゃあまた明日ね」
私が左に曲がろうとした時、朱里ちゃんがそっと制服の袖をつかんできた。いつもなら、何か一言交わす程度で別れるのだが、どうしたのだろうか。
今週どこかに遊びに行こう、みたいなものなんだろうか。これなら予定を調べればいいか。だが、告白じみたないようなら、ちょっと対応を考えないといけない。
「どうしたの? 朱里ちゃん」
私は覚悟を決めて朱里ちゃんに聞いてみた。どうか面倒な内容でありませんように、と願いながら。
「先輩! いつか、先輩の家にお邪魔してもいいですか?」
雰囲気とは裏腹に、とてもありきたりなものだった。それでも、朱里ちゃんは息を少し乱し、顔を赤らめている。
かなり勇気を出して言ったということが、ダイレクトに伝わってくる。こんな簡単なお願いなら、大体の人が好意的な答えを出すだろう。
「えーっと、いいんだけど、家って親戚とかがよく来るから、なかなか難しいかもしれないかな……」
だけど私はウソをついた。これが朱里ちゃんのためなんだ、と心の奥底で思いながら。
「そうですか……。分かりました! では大丈夫そうな日があったら教えてください! その時に行きますので!」
朱里ちゃんは、少しだけうつむきながら残念そうにしていたが、少しすると笑顔を作ってポジティブな答えを出してくれた。いくらバレたくないとはいえ、本当にこれでいいのだろうか。私はまた罪悪感に苛まれた。