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朝、と呼ぶべき時間。空は変わらず夜を映し出してはいるが、ロキと兄妹はファフニールが作った目玉焼きとベーコン、ふわふわのパンで朝の食卓を囲んでいた。あまりの美味しさにか、兄妹は落っこちてしまいそうな頬に手を添えながら、ご飯を頬張っている。
そんな彼等をニヤニヤと見守るロキ。
「それで? お前さん等はどうして森の中にいたんじゃ?」
「……」
ロキから少しは話を聞いたのだろう。ファフニールが唐突に兄妹へ問いかけた。唐突に、でもないだろうか。友人がひょんなことから連れてきたこの子供達が一体何者なのか、自分なりに見定めたいのかもしれない。
彼の質問に兄妹は、ロキが最初に問いかけた時よりはマシになったものの、まだ怯えた表情を見せている。
「無理して話さなくてもいいんだぜ?」
そんな彼等の態度に、ロキが優しげな声をかける。彼のその言葉にファフニールは眉を顰めながら「おい、ロキ!」と彼の身体を小突き、耳をぐいっと引き寄せて小声で話しかける。
「なぜ何も聞かんのだ?」
「……」
「気になるだろう? なんでこんなボロボロなんだって」
「……」
「……テメェ、昨日もはぐらかしたが。もしかしてこの子等がなんなのか知って保護しようとしておるのか? それならさっさと話っ――」
ファフニールの疑惑に「知らねぇよ。なんも知らねぇ」と強く言い放つ。しかし、それでも引き下がらないファフニールだったが、「あの」とナリの声でその戦いは一旦保留となる。
「話させてくれねぇか? もしかしたら俺達の事、少しでも分かるかもしれないから」
「?」
ナリの意味深げな言葉に、ロキは目を細める。
そして話し始めた。自分達の始まりのことを。
「俺達。記憶が無いんだ。俺とナル、自分達が兄妹だって事以外。ぜんぶ、な」
◆
「……」
少年が目を開けると、目の前に広がるのは薄汚れた天井だった。
ぼやける頭で、少年が身体をゆっくりと動かす。
そこは、ある部屋だった。暗い暗い夜空が見える窓、古びた机が二つ、埃まみれの本がぎっしりと詰まれた本棚。そして、少年自身が身を委ねている寝具――それがあともう一つ。彼の目の前に置かれている。
その寝具には、彼と同じように身を委ねている銀色の髪をした少女が居た。
その少女を見た途端、少年は息を呑み。
「ナルっ!」
少女――ナルの名を叫んだ。
「ナル! おい、大丈夫か! ナルっ!」
少年は、寝具から飛び跳ねながら降り立ち、急に動いたからか少し身体をよろけさせながらも、早く彼女の元へと行きたいという一心で、ナルの元へと駆け寄った。ナルの傍へと辿り着いた少年は、「ナル! ナル!」と少女の名を何度も何度も強く呼びかけながら、大きく彼女の身体を揺さぶる。
それを繰り返すうちに、ナルの口から「ううん……」と息が漏れる。その声を聞いた少年は畳み掛けるかのように話しかけていく。
「ナル! 俺だ、ナリだ! 分かるか!?」
少年――ナリの想いが届いたのか、ナルの瞼がゆっくりと開かれる。焦点の合わぬ瞳はゆらゆらと揺れながら、声のする方へと目線を泳がす。
その瞳が、銀色の髪と自分を見つめる必死な銀の瞳を映した。
「……な、り」
掠れた声で兄の名を絞り出し、その名を口にした瞬間。
「お兄ちゃん!」
少女の思考は鮮明になったのか、ガバッ、とナルは彼を強く強く抱きしめる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 本物? 本物だよね!」
ナルは瞳に涙を溢しながらも、彼の名を笑顔で何度も何度も呼ぶ。そんな彼女と同様に、ナリも一雫の涙を頬に流しながら、満面の笑みを向ける。
「もちろんさ! はぁ〜〜よかった……。俺、お前にく――」
ナリは安堵のため息を吐きながら、話し続けようとした。
が。何か思い当たる事が喉に引っかかった。だから、言葉はそこで止まってしまう。
今、自分は何を言いかけたのか。出そうで出ない。出してはいけないかもしれない得体の知れない言葉を、ナリは唾と共に飲み込んだ。
そんな彼を不思議に思ったナルは、首を傾げる。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
妹の問いかけに、「いや……」とナリは戸惑いの顔を見せるだけであった。
少年は、自分の頬に伝った涙を拭い、ついでに、ボロボロと零れ落ちている妹の涙もグイグイと強引に拭う。
なぜ、自分達は目覚めた瞬間に出逢えたことをこんなにも喜べたのだろうか。どっと湧いた喜びの感情が優先されていた思考に、ようやく『謎』という思考が浮かび上がった。
そして。
「なんで俺ら、ここにいるんだ?」
「……さぁ。……っ!」
「あっ、おい。ナル」
ナルは「この場所はどこなのか」という謎よりも、沢山の知識が詰まれているであろう本棚に興味をそそられたのか、兄から離れて、その本棚から一つ青い背表紙の本を手に取った。本を取った瞬間、彼女の周りに埃が大きく舞う。その埃を手で大きく払いのけながら、本の埃も丁寧に拭き取っては中身をペラペラと捲り、その中身をまじまじと読み始める。
そんな妹の行動に驚きながらも、ナリは声をかけずに、その部屋にあった唯一の窓へと近付く。
窓の外は、夜が広がっていた。星のない、鬱とした夜が。
周囲の状況を把握しようと、ナリは窓から身を乗り出して、広く視線を動かす。
兄妹が居るこの場所は高台となっているのか、鬱蒼と生える森を超えた下の方にはキラキラと灯りが輝いて見えている。
もしかしたら、人が住んでいるかもしれない。
ナリは窓から身体を離し、本に集中している妹を置いて、この部屋の扉に手をかける。
全体的に埃をかぶっている部屋だが、扉は彼がそこまで力を込めずとも簡単に開いてくれた。
そのまま一歩、一歩と足を進める。そうして、この場所――とある家の全体像が見えてきた。
ナリ達がいた部屋からすぐ近くに、また部屋があった。そこにも、本がぎっしり入った大きな本棚と、二人程入れそうな寝具があった。階段を降りた一階には台所と長机が置かれていて、残されていた食器が仲良さげに並べられている。
ひと通り散策を終えたナリが初めの部屋へと戻ると、ナルも本を読み終えたのか一息ついていた。
そんな妹にナリはある提案をする。
「なぁ、外に出てみないか?」
「……だ、大丈夫かな? 私、なんだか嫌な予感がする」
ナルは読んでいた本で顔を隠しながら、不安げな声を漏らす。その不安に「俺も、だけどさ」と同意の言葉をかける。
「でも、動かなくちゃ。……いけない気がする」
兄の言葉に、ナルは「それも……そうだね」と納得し、読んでいた本を本棚へと戻す。そして、その手は自然とナリの手へと向かう。
その手を、もう離さぬように。ギュッと強く握りしめた。
そんな彼等をニヤニヤと見守るロキ。
「それで? お前さん等はどうして森の中にいたんじゃ?」
「……」
ロキから少しは話を聞いたのだろう。ファフニールが唐突に兄妹へ問いかけた。唐突に、でもないだろうか。友人がひょんなことから連れてきたこの子供達が一体何者なのか、自分なりに見定めたいのかもしれない。
彼の質問に兄妹は、ロキが最初に問いかけた時よりはマシになったものの、まだ怯えた表情を見せている。
「無理して話さなくてもいいんだぜ?」
そんな彼等の態度に、ロキが優しげな声をかける。彼のその言葉にファフニールは眉を顰めながら「おい、ロキ!」と彼の身体を小突き、耳をぐいっと引き寄せて小声で話しかける。
「なぜ何も聞かんのだ?」
「……」
「気になるだろう? なんでこんなボロボロなんだって」
「……」
「……テメェ、昨日もはぐらかしたが。もしかしてこの子等がなんなのか知って保護しようとしておるのか? それならさっさと話っ――」
ファフニールの疑惑に「知らねぇよ。なんも知らねぇ」と強く言い放つ。しかし、それでも引き下がらないファフニールだったが、「あの」とナリの声でその戦いは一旦保留となる。
「話させてくれねぇか? もしかしたら俺達の事、少しでも分かるかもしれないから」
「?」
ナリの意味深げな言葉に、ロキは目を細める。
そして話し始めた。自分達の始まりのことを。
「俺達。記憶が無いんだ。俺とナル、自分達が兄妹だって事以外。ぜんぶ、な」
◆
「……」
少年が目を開けると、目の前に広がるのは薄汚れた天井だった。
ぼやける頭で、少年が身体をゆっくりと動かす。
そこは、ある部屋だった。暗い暗い夜空が見える窓、古びた机が二つ、埃まみれの本がぎっしりと詰まれた本棚。そして、少年自身が身を委ねている寝具――それがあともう一つ。彼の目の前に置かれている。
その寝具には、彼と同じように身を委ねている銀色の髪をした少女が居た。
その少女を見た途端、少年は息を呑み。
「ナルっ!」
少女――ナルの名を叫んだ。
「ナル! おい、大丈夫か! ナルっ!」
少年は、寝具から飛び跳ねながら降り立ち、急に動いたからか少し身体をよろけさせながらも、早く彼女の元へと行きたいという一心で、ナルの元へと駆け寄った。ナルの傍へと辿り着いた少年は、「ナル! ナル!」と少女の名を何度も何度も強く呼びかけながら、大きく彼女の身体を揺さぶる。
それを繰り返すうちに、ナルの口から「ううん……」と息が漏れる。その声を聞いた少年は畳み掛けるかのように話しかけていく。
「ナル! 俺だ、ナリだ! 分かるか!?」
少年――ナリの想いが届いたのか、ナルの瞼がゆっくりと開かれる。焦点の合わぬ瞳はゆらゆらと揺れながら、声のする方へと目線を泳がす。
その瞳が、銀色の髪と自分を見つめる必死な銀の瞳を映した。
「……な、り」
掠れた声で兄の名を絞り出し、その名を口にした瞬間。
「お兄ちゃん!」
少女の思考は鮮明になったのか、ガバッ、とナルは彼を強く強く抱きしめる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 本物? 本物だよね!」
ナルは瞳に涙を溢しながらも、彼の名を笑顔で何度も何度も呼ぶ。そんな彼女と同様に、ナリも一雫の涙を頬に流しながら、満面の笑みを向ける。
「もちろんさ! はぁ〜〜よかった……。俺、お前にく――」
ナリは安堵のため息を吐きながら、話し続けようとした。
が。何か思い当たる事が喉に引っかかった。だから、言葉はそこで止まってしまう。
今、自分は何を言いかけたのか。出そうで出ない。出してはいけないかもしれない得体の知れない言葉を、ナリは唾と共に飲み込んだ。
そんな彼を不思議に思ったナルは、首を傾げる。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
妹の問いかけに、「いや……」とナリは戸惑いの顔を見せるだけであった。
少年は、自分の頬に伝った涙を拭い、ついでに、ボロボロと零れ落ちている妹の涙もグイグイと強引に拭う。
なぜ、自分達は目覚めた瞬間に出逢えたことをこんなにも喜べたのだろうか。どっと湧いた喜びの感情が優先されていた思考に、ようやく『謎』という思考が浮かび上がった。
そして。
「なんで俺ら、ここにいるんだ?」
「……さぁ。……っ!」
「あっ、おい。ナル」
ナルは「この場所はどこなのか」という謎よりも、沢山の知識が詰まれているであろう本棚に興味をそそられたのか、兄から離れて、その本棚から一つ青い背表紙の本を手に取った。本を取った瞬間、彼女の周りに埃が大きく舞う。その埃を手で大きく払いのけながら、本の埃も丁寧に拭き取っては中身をペラペラと捲り、その中身をまじまじと読み始める。
そんな妹の行動に驚きながらも、ナリは声をかけずに、その部屋にあった唯一の窓へと近付く。
窓の外は、夜が広がっていた。星のない、鬱とした夜が。
周囲の状況を把握しようと、ナリは窓から身を乗り出して、広く視線を動かす。
兄妹が居るこの場所は高台となっているのか、鬱蒼と生える森を超えた下の方にはキラキラと灯りが輝いて見えている。
もしかしたら、人が住んでいるかもしれない。
ナリは窓から身体を離し、本に集中している妹を置いて、この部屋の扉に手をかける。
全体的に埃をかぶっている部屋だが、扉は彼がそこまで力を込めずとも簡単に開いてくれた。
そのまま一歩、一歩と足を進める。そうして、この場所――とある家の全体像が見えてきた。
ナリ達がいた部屋からすぐ近くに、また部屋があった。そこにも、本がぎっしり入った大きな本棚と、二人程入れそうな寝具があった。階段を降りた一階には台所と長机が置かれていて、残されていた食器が仲良さげに並べられている。
ひと通り散策を終えたナリが初めの部屋へと戻ると、ナルも本を読み終えたのか一息ついていた。
そんな妹にナリはある提案をする。
「なぁ、外に出てみないか?」
「……だ、大丈夫かな? 私、なんだか嫌な予感がする」
ナルは読んでいた本で顔を隠しながら、不安げな声を漏らす。その不安に「俺も、だけどさ」と同意の言葉をかける。
「でも、動かなくちゃ。……いけない気がする」
兄の言葉に、ナルは「それも……そうだね」と納得し、読んでいた本を本棚へと戻す。そして、その手は自然とナリの手へと向かう。
その手を、もう離さぬように。ギュッと強く握りしめた。