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作者: 夜門シヨ
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 あの部屋から動かなければ、何も進まない。それは正解ではあるが、間違いでもあった。
 今だけは。

「……なんだ、これ」

 兄妹が降りた先、人間の国は混乱の渦の中にあった。それもそのはずだ。
 今、兄妹が目覚めたこの時に、夜だけの世界は始まったのだから。

「なんなんだいったい!」
「急に空が暗くなりやがった! なんでだ? まだ真昼間だろ!」
「ママ〜! お月さん、怖い〜!」

 人間族達は時間を無視して異様な夜へと衣装替えをした空に向かって、戸惑い、悲しみ、怒り、怖がり、震えていた。
 そんな中へとやってきてしまった兄妹。多くの人間が困惑する姿を、兄妹は呆然と見つめていた。が、ナリが先に正気を取り戻し、唇を噛み締めながら妹を繋ぐ手を更に強く握りしめる。

「ナル、こんな状態じゃ話しかけるなんて無理だ。とりあえず、この場から離れ――っ」
「おい」

 人間の男に、声をかけられてしまった。背中越しからも、この異様な状況に理解が追いつけずに苛ついているという事が分かるほどに、放つ言葉は刺々しかった。

「見かけねぇ奴だな……」

 男は一歩と兄妹に近付く毎に、兄妹は一歩後ずさる。

「なんなんだお前ら? どっから来やがった?」

 一歩、一歩と後ずさる。その度に兄妹は群衆の中心へと無意識に辿り着いてしまう。
 空へと集まっていた視線は、すべて彼らへと向けられる。
 嫌なほど目立つ、煌めく銀色に。
 好奇、恐怖、恐怖、畏れ、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、好奇、
 恐怖。

「まさか、お前らがやったのか?」

 それは、思考を狂わせる。

「――っ」

 男の唐突な言葉に、ナリは言葉を失う。

「ち、違いますっ! 私達は――」
「なんなら証明しろやぁ!」

 男の理不尽な怒りの拳がナルへと襲いかかる。
 が、その拳をすんでのところでナルの頬を掠った。いや、ナリが驚きで動けぬナルを動かしたのだ。
 そして、彼は足を思いっきり速く動かして怒りで我を失いかけている男から離れる。
 その男以外、兄妹に危害を加えようとする者はいなかったものの、誰も助けようとはぜず、恐怖で道をあけ、けれど興味で瞳は兄妹を離さず、ただただ見ているだけだ。
 兄妹は群衆の好奇と恐怖が入り混じった視線をグサグサと感じながら、一度たりとも足を止めず、人間の国を後にしたのだった。



「……で。数日かけて国から出て森まで逃げてきたはいいものの、途中でレムレスに見つかっちまったってことか」

 ロキは兄妹の話を聞き終え、顎に手を置き、考えるそぶりを見せる。

「記憶が無い、ねぇ」
「……信じて、くれるか?」
 
 不安げに聞くナリに「もちろん信じるさ!」とロキは彼を安心させたい為か、食い気味に言い放つ。が、「でも、なぁ」と目線を下に向けて自信の無い声を漏らす。

「ただ、君達が期待してたようなヒントは何もねぇんだよな」
「……それはお前が仕事をサボって、そういう情報に疎いからでは無いのか?」

 ファフニールは言いたい事をグッと堪えながら、別の言葉をのせる。
 
「今はそれ関係ねぇよ」
「あるかもしれんぞ」
「……ねぇよ。……多分」

 ファフニールの言葉に、ロキはベーと下を出す。

「悪いな、せっかく勇気出して話してくれたのによ」

 ロキの言葉に、兄妹は仲良く首を横にふり、「そんな事ないよ」という思いを示す。
 
「で、これからどうするんじゃ? 記憶が無いなら記憶探しの旅。ってのもいいじゃろう」
「そうだなぁ。その目的は勿論だけど……どこに行こうか」
「どこに、なんて決まってるだろう?」

 ファフニールの提案に悩むロキの背後から、ある者が現れる。
 
「っ! そ、その声は……」

 ある凛とした男の声が、彼等の背後からした。その声に、ロキは冷や汗を一つ。

「まったく。こんな所で子供を保護しているとは、想定外だ」

 ロキと同じ白い服に身を包み、金色に輝く美しい髪と瞳を持つ男が唐突に現れる。
 彼の金色の瞳は、兄妹を鋭く捉える。その瞳に目を奪われた兄妹は肩をびくりとさせる。
 男は「銀色の髪と瞳……似てるな」とぶつぶつと呟きながらも、兄妹に向けて何かを話すわけでもなく、再びロキに向けて言葉を放つ。

「話は少し聞いていたんだけれど……行く場所は、もちろん。神のアースガルドだよな?」
「「えっ?」」

 金色のキリッとした瞳はロキをじっと見つめる。ロキはその瞳から目を逸らし「あーははは、しまったなぁ」と、苦笑いをこぼす。そして、兄妹は【神の国】という言葉に反応する。

「アースガルド……神の国」
「ほう。記憶が無いとは言ってたが、国のことは知っておるのか?」
「私達が目を覚ましたところに本があったので、ちょっとだけ読んだんです。……ということは。貴方は、神族なんですか?」 

 ナルの問いかけに、バルドルは身なりを整え、兄妹にお辞儀をする。

「初めまして。私はバルドル。お嬢さんの言う通り、神族の一員だ」
「バルドルって……最高神オーディンの息子!」

 興奮気味のナリのその一言に、バルドルは苦笑いを一つ。
 
「でも、なんでそんな人が此処に。それに、ロキさんの知り合いって――あっ!」

 ナルは改めてロキの名を口にし、ある事に気づいてしまったのか。驚きで口元を手で覆う。その様子を見ていたロキは、面白かったのか大声で笑い出した。
 
「なんだ! 知識はあったのに今気づいたのかよ!」

 兄妹は口角を引き攣らせながら、目を合わせ。共に、ロキを凝視する。
 そしてロキは立ち上がって、改まって兄妹に仰々しくお辞儀をし、自己紹介をしてみせる。
 
「そ。ボクは、あの邪神ロキさ」

 悪戯げに、片目をつぶって。
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