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作者: 夜門シヨ
13頁
「お兄ちゃん?」
「……」

 瞳に映るのは、見慣れた天井。隣には、兄を心配な面持ちで見つめる妹の姿があった。いつの間に自分の部屋に戻ってきていたのか。頭を掻きながら起き上がると、いまだに妹がじっと自分の顔を見つめているのに気がつく。

「どうした? ナル」
「ねぇ……悲しい夢でも見た?」
「えっ?」

 ナルの言葉に驚きながら、彼は自分の目元を拭う。指先は、ほんのり濡れていた。

「……」
「お兄ちゃん?」
 
 彼の頭の中は、混乱状態であった。
 夢の中に出てきた謎の人物。あの夢は、その人物のものなのか。なら、どうしてそれを自分が見たのか。自分とその人物は、何か関係があるのか。
 そもそもだ。
 自分はどうしてこの部屋で眠っていたのか。自分には部屋へと無事に戻った記憶は無い。戻ろうとして、けれどあの歌を聴いてどうしてもそこに行きたくて。――なら、誰がここまで連れてきたのか。
 それを思い出そうとした奥底に響く、声一つ。

『馬鹿ナリ。二度もひっかかんな』
 
「あの声は……。――っ」

 ふと、腰回りに腕が絡みついてくる感触があった。背後へと視線を向けると。ナルがジト目を向けながら彼に抱きついている光景があった。
 
「……ナル」
「うん」
「あー、えっと」
「……」
「……………………………………。悪い。なんでもない」
 
 「そっか」と、彼女はより一層兄を抱きしめる力を強める。ナルは、優柔不断な兄の態度に対して、文句も言わず、そして何も聞こうとしなかった。強く聞いたとしても、きっとこのままはぐらかされるのだと分かっていたからだ。そんな妹の頭を、申し訳なさそうに撫でるナリ。
 彼は撫でながら、記憶に関係ある事かもしれないと分かっていても、「毎日お前が謝ってくる夢見てる」なんて、いつまでも言えないな。と思うのであった。
 


 いつもの時間に、ロキが兄妹の部屋へとやってきた。ナルとロキがまたいつものように話しているのを、ナリはじぃと聞いていた。そんな彼の様子に気付いたロキは「……どうした?」と彼へと声をかける。その言葉と共に、ナルも兄を不安げな目で見つめる。
 そんな中、ナリは自身の中である答えを導き出す。

「……なぁ、ナリ。昨日……」
「そっか。あの声――アンタに似てる」
「? ――っ! 伏せろっ!」

 兄妹の頭を鷲掴みにして、地面へと強く伏せさせる。同時に窓がなんらかの衝撃で割れた。
 窓から現れたのは、複数の黒い靄――レムレスだ。
 ロキは兄妹を守りながら、現れたレムレスに向かって自慢の炎を浴びせる。レムレス達は耳をつんざく叫び声を出しながら、灰となって消えてしまう。

「……はぁ。おい、怪我してないか」
「しいていうなら、頭が痛いです」
「……悪い」
「……………………」

 ナリは冷や汗を垂らしながら、ジッと割れた窓を見つめている。ロキが兄妹の安否確認をしていると、遠くの廊下から兵士達が走ってくる音が聞こえてきた。

「ロキ様! ナリ君やナルちゃんも無事ですか!」
「あぁ、無事だよ。それより、レムレスがいきなり襲ってきやがったんだが何か知らないか?」

 ロキは兄妹から離れて、兵士達の近くへと行く。
 
「実は……世界樹の森から、多くのレムレスが湧いてきているのです」

 森――それは、昨日ナリが歌に導かれて迷い込んでしまった場所だ。

「まさか世界樹の森からレムレスが湧くだなんて」
「今はまだ抑えきれていますが。森からレムレスが無限に湧いてきていて……このままでは消耗戦になります」
「生み出してる奴を潰さねぇと駄目ってわけか……オーディンは?」
「オーディン様もそのお考えです。なので――」

 傍で彼等の話を聞いていた兄妹。怯えるナルが、兄の服をぎゅと握っている。けれど、ナリは今でも割れた窓から件の森を見つめている。決意の瞳で。
 そんな兄妹に、一人の兵士が近づく。

「ナリくん、ナルちゃん。俺と安全な場所へ――」
「……俺、行かなきゃ」
 
 ナリは「ごめんな」と、自分の服を掴むナルの手を優しくけれど半ば無理矢理離させ、その兵士に妹を押し付けて立ち上がる。そして彼は、兵士の腰に下がっていた剣をサッと抜き取り、割れた窓から――飛び降りた。
 
「お兄ちゃん!」

 ナルは兄の突拍子もない行動に慌てふためきながら、自身も割れた窓から飛び降りようとした。「待てナルちゃん!」と、ロキが寸前のところで止めてみせた。それでも「離してください!」と暴れるナルを大人の力で押さえつけながら、彼は窓の外へと視線を向ける。
 ナリはこの五階から難なく着地したようで、世界樹の森へ颯爽と走っていく後ろ姿がロキの瞳に映った。

 ◇

 ナリは息を切らせながら、迷うそぶりを見せず、ひたすらに森の中を突き進んでいく。行く手を多くのレムレス達が阻んでくるものの、彼は数日の鍛錬の成果を持ってきた剣にのせ、一掃する。レムレスの叫び声を背後に、ナリは足を止めない。
 何がこんなにも彼を掻き立てるのか。それは、彼自身にも分かっていない。それでも、彼は行かないといけないのだ、彼は彼女に会わないといけないのだ、惑わされず、狂わされずに。彼のままの意思で。
 そうして、不思議と月明かりが集まっているひらけた場所へと辿り着く。
 そこに、美しい者がいた。彼女は、ナリが夢に見た人物の姿そのままであった。黄緑色の髪と瞳、神族とはまた違った上品な顔立ち、高く結い上げた髪が風で揺れるたびに彼女の甘い香りがナリの鼻をくすぐらせる。
 その時、頭に鈍痛と目眩が襲いかかってきたものの、ナリは自身の頬を叩き、息を整えながら彼女へと近づく。彼女もまた、ナリへと歩み寄る。そして互いに目の前へと辿り着くと、彼女の方はナリに向かって跪いた。

「お会いできて嬉しいです。ナリ様」

 彼女は大粒の涙を流しながら彼の名を呼ぶ。そして彼もまた、拳に力を込めながら彼女の名を呼ぶのである。

「――エアリエル」
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