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作者: 夜門シヨ
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「アングルボザから聞き出してほしいのは、三体の怪物兵器に関してだ」

 バルドルは、ロキが逃げないように彼の首元を掴んだまま、話を進めていく。
 
「怪物兵器だぁ?」
「フギンとムニンの情報によると、アングルボザがなんらかの実験で造ったものらしい。それを知ったお父様が『拝見したい』と仰るから、トール率いる部隊にお願いをしに言ったんだ」
「トールが行く時点でお願いじゃねーだろ」

 ロキの言葉にバルドルはだんまり、トールは「ぬはは!」と笑うだけだった。

「ん? そこでなんでボクの番なんだ? ミョルニルで脅せば一発だろ」
「あら野蛮」
「まぁ聞け。巨人の国についてアングルボザに話を進めると――」

 バルドルが苦笑いを見せながら、トールへと目配せをする。それを受け取ったトールは、一つ咳払いをしていつもよりも可愛いらしい声を出す。
 
「コホン――『ロキに会わせてくれたら、見せてあげるわよん! あと、そのリボン可愛いわね雷神様!』って言われたものだから」

 トールの声真似はさておき。その言葉を聞いたロキは、それを言ったであろう本人を思い出したのか、顔をしわくちゃにさせる。
 
「ボクを生贄にする気なんだな」
「そんなに嫌だとは思わなかったのよ〜会わせるぐらいならいいかなぁって」
「よくねぇ! よりにもよって、あのアングルボザ! 一番会いたくねぇ奴を引きやがって!」
「なぁ、ロキ。そのアングルボザってどういう奴なんだ?」

 今まで話に入れなかった兄妹。しかし、ソワソワしていたナリが先頭を切って、嫌悪感を露わにしているロキに問いかける。彼の問いかけに頭を掻きながら一言。

「とてつもなく変な奴だよ」

 たった一言。それだけかもしれないが、彼の表情が物語る想像により、それだけで理解は事足りるのだ。いや、それだけで理解してもらわないと説明するロキも苦しいのだろう。

「そ、そうなのか……」
「そうなんだよ。はぁ……まぁ、引き受けちまったんなら仕方ない。さっさと済ませようぜ」
「気張れよ、ロキ。それじゃあな」

 ロキはバルドルの手を振り払い、背伸びをする。帰る隙を伺っていたファフニールは皆に頭を下げ、畳んでいた翼を大きくはためかせて、スッ――と巨体を浮かし、闇が浮かぶ夜空へと飛び立っていった。
 これが澄み切った青空であれば、どれだけあの紅が美しく映えただろうか。
 彼の姿が雲に隠れると、バルドルはロキの肩を叩く。

「やる気になってくれて助かるよ。彼女は確か、先に謁見の間に向かってるはずだ」
「へーへー」
 
 ロキとバルドルが歩き出すのに釣られて、兄妹も彼等の後ろにピッタリとついて行こうとした。のだが。

「君達は留守番」

 突如、背後を振り向いたロキは兄妹を指差しながらそう言い放った。
 
「は? なんで」
「話聞いてたか? 変な奴。要するに危ない奴なんだよ。目ぇつけられねぇように部屋篭っとけ」

 ロキの言葉に、背後にいたバルドルとトールもうんうんと頷いている。そんな彼等の態度に「なんなんだよー!」とナリはいつも通りロキの身体をポカポカと叩く。そんな彼の頭をロキは笑いながらわしゃわしゃと撫でる。子供扱いするロキにまたも怒りを見せるナリを、いつもならナルが宥めるのだが。

「…………………………ロキさんが」

 今日の彼女は違った。
 
「ロキさんが、私達を心配するのは。……シギュンさんに似ているからですか」

 ロキは、答えなかった。
 驚いたから――彼女がシギュンの事を知っていたから。戸惑ったから――それが、本心に近かったから。
 ナルは彼をじっと見つめる。彼が愛する女と同じ瞳で。
 ロキは――彼女から目を逸らしてしまった。

「――っ」
 
 それを見てしまったナルは「変なこと聞いてすみません」と言って、城内の方へと走り出してしまう。ナリはロキと妹の背中を交互に見ながら、ぎゅっと顔を萎ませては「ごめんロキ!」と言い残して、妹を追いかけていった。
 自分の元を去っていく兄妹の背中を目で追うロキ。親友である彼の滅多に見ない悲壮感に満ちた表情に、バルドルは戸惑いながらも、拳をギュッと握って声をかける。
 
「本当に、シギュンさんに似てるから助けたのか?」
 
 その答えに、ロキは軋む胸をぎゅうと掴む。
 
「……さぁ? ボクにもわかんねぇや」



 ロキの元から走り去ったナルは、息を切らせながら庭園でうずくまっていた。
 
「ナル」

 そこに、追いついたナリが息を乱れさせている妹の背中を優しくさすりながら名を呼ぶ。

「……ごめん」
「謝るのは俺じゃないと思うぞ」

 その言葉に、ナルはより一層顔を腕に埋めていく。
 
「シギュンさんの事聞いて、色々思うことあるだろうけどさ」
「お兄ちゃんは、どうも思わないの?」

 埋めてしまっていた顔をあげると、その瞳には既に溢れそうな後悔の涙がゆらゆらと溜まっている。

「だって、誰かの代わりだなんて虚しいじゃない」
「……」
「私達は記憶が無いから。ロキさんに頼るしかなくて」
「うん」
「優しくしてくれるのだって、何か理由があるんだって。分かってた。分かってたのに……」
「うん」

 彼女の溜まっていた涙が溢れていく。
 
「シギュンさんが見つかったら……ロキさん、もう私達を見てくれないのかな」

 ナリは、彼女の左耳についているお揃いの耳飾りを弄る。
 
「ロキは……そういう奴じゃないと思うぜ」

 そして、妹を優しく抱き寄せた。

「あとで、兄ちゃんと一緒に謝りに行こうな。そんで、色々話してさ……ナルを泣かせた罪で一発殴ってやるんだ!」
「……」
「ナルも一緒に殴るか?」

 兄の提案に、ナルは鼻を啜りながらも「う、ん!」と彼女らしい笑顔で頷いた。


 
 そう決めた兄妹であったが、すぐにロキと会うことは叶わなかった。
 兄妹が彼等と別れてすぐのこと。ロキや主要な神族達は、三体の怪物兵器の討伐に駆り出されたのだ。
 ロキに会わせるという約束を達成させたアングルボザは、彼等に三つの鎖を見せる。その三つの鎖は、怪物兵器達を縛る鎖なのだと彼女は高笑いを見せる。
 
『私の最高傑作達を見たいのよね! じゃあ、戦ってきなさい神族達!』
 
 その言葉と同時に、多くの女騎士達が謁見の間に入ってくる。彼女達は口を揃えて報告した。

『中層部の北地帯の自然が全て腐り落ちています!』――生なるもの全て腐らす屍女ヘラ
『中層部の海に、大蛇を発見! 彼奴が起こした津波で、東地帯は水で埋もれています!』――母なる海を操り舞う大蛇ヨルムンガンド
『中層部全域。……冬が訪れました。いえ、それ以上の寒さが襲ってきて……身体を凍りつかせてきます!』――凍てつく息吹を吐く氷狼フェンリル

 夜だけとなった世界やレムレスの解明だけでも頭を悩ましていたというのに、この異常事態は神族や最高神オーディンも予想外のものであった。光の神は頭を抱え、邪神はそんな彼を見ながら苦笑いを見せ、雷神も眉を顰めて唸りながら自身の武器を優しく撫でる。そんな彼等の狼狽える様子に、アングルボザは口が裂けんばかりに楽しそうに笑っている。
 それでも最高神は、この場に似つかわしいほんわかとした笑みを見せている。
 あぁ、恐ろしい。

『なんとも面白いことを考えてきたね、アングルボザ。素晴らしい舞台だ。……よし、行ってきなさい。バルドル、ロキ、トール』
『『『……はい/あぁ/うむ、最高神様』』』

 そうして、一週間の間に事態は収束しつつあった。
 屍女はバルドルが保護し、大蛇は一週間トールが食わず寝ず決闘し勝利を掴み取った。
 しかし、氷狼はどこを探しても見つからなかった。
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