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作者: 夜門シヨ
17頁
「これは新しい薪束、それと追加の毛布です。耐えられなかったら遠慮なく薪を焚べて部屋を温かくするのです。貴方達は人間族。神族や我等女騎士と違って弱いのですから」
 
 アングルボザが怪物兵器を中層部に放ってから一週間と数日。
 いまだに、彼等の討伐に向かった神族達は帰ってきていない。それは最後の一体、氷狼フェンリルが見つかっていないからだ。くまなく捜索しているが見つからず、中層部は一帯全てが凍りつき、しまいには此処神の国まで氷の脅威が迫ってきていた。

「分かってる分かってるよ、ブリュンヒルデ。心配してくれてありがとう」
 
 保護担当であったロキが不在の今。この蒼の髪と瞳を持つ女騎士長ブリュンヒルデが、兄妹のお世話係をしてくれているようだ。

「なにか欲しいものがあればすぐに命令してください。私は、部屋の前で待機していますからね」

 彼女はそう言って、扉を閉めた。ナリは貰った薪束を暖炉近くに置き、毛布を寝台に重ねていく。そのついでに、毛布から少しはみ出している妹の顔を覗きこむ。彼女は眠っていたのだが、その寝顔はほんの少し苦しげだった。
 ナリは妹の頭を優しく撫で、暖炉の火を強くし、共に眠りに落ちた。
 ――それから少し経ち。ナルの傍に、影一つ。

〈ミツケタ〉





 
◆ぽ◆と◆ん◆

 あるところに、醜悪な女がいました。女はある一族に勝利するために、三体の怪物を造りました。女にとって最高傑作とも言える代物でした。
 しかし、その最高傑作でも敵対する一族に勝つことは叶いませんでした。
 その三体はそれぞれ、死の国の管理を任せられ、海の管理を任せられ……。残り一体、獰猛で命令を聞かない【×××××】は、神の国で監視されることとなりました。
 怪物は思いました。
 怪物として造られただけで、なぜこんなにも虐げられなければいけないのか、恐れられなければいけないのか。
 怪物の心は冷たく冷たく凍っていきました。
 自分が――生きる理由はなんだ。
 怪物の四脚全てに重苦しい鎖が巻き付けられ、ある男神以外は寄り付かぬ牢屋に放り込まれてから、幾つもの年月が過ぎました。

『ここさむいなぁ……あれ』

 愛らしい、けれど怪物にとっては煩わしい少女の声が牢屋に響きました。

『わぁ! おおきいイヌさん!』

 少女の瞳や髪は、弱々しい松明が一つしかない牢屋の中でも輝いていました。
 少女は恐れることはなく、目を輝かせて怪物を見つめています。そんな状況が初めてな怪物は、狼狽えながらも柵ギリギリまで顔を近づけて、少女を脅すのです。
 小娘。俺様が怖くはないのかと。神族が恐れる怪物なのだぞ。と。
 琥珀色の濁ってギラついた瞳に、鋭い牙を見せつけても、少女は怖がる素振りを見せませんでした。

『うん。こわくないよ』

 怪物は、彼女の瞳に吸い込まれそうになりました。それほどまでにまっすぐで、あたたかくて、美しかったからです。
 それから。少女は怪物の元を一週間に一度、欠かさずに訪れていました。大切な家族の話を、大好きな友達の話を、毎週怪物に語っているのです。彼女がほんの少し女性に近づくまでずっと。
 はじめは煩わしかった怪物ですが、だんだんと彼女が来ることを密かに楽しみにしている自分がいることにまだ気づいていないようです。
 しかし、終わりは突然やってくるもの。

『◾️◾️様?』
 
 怪物の世話係をしている男神にとうとう見つかってしまったのです。男神はすぐさま◾️◾️を怪物の牢屋から剥がし、外へと引っ張っていきました。怪物は勢いよく立ち上がりましたが、男神の背中を見つめ、牙を剥き出しにして吠えるしか術がありませんでした。
 頼む、連れて行かないでくれ。などと、牙を全て抜かれても言えない怪物。それでも、彼の中に一抹の寂しさはあったのです。

『なぜこのようなところにいるのですか! あの怪物の恐ろしさは、この腕の話をした時に教えたでしょう!』
『うん。貴方が思っているとおり、あのイヌさんは怖くないよ』

 ◾️◾️の言葉に、男神は忙しなく動かしていた足を止めました。
 そして、暗い牢屋では見えにくいけれど、彼は一粒の涙を流して微笑むのです。

『えぇ。そうでしょう。……それと、彼はオオカミですよ』
 
 それから。男神は最高神に掛け合って、怪物は条件付きで牢屋から出ることを許されました。
 その条件は――◾️◾️の護衛役になることでした。

『これからは、ずっと一緒ですね! よろしくお願いします【×××××】さん!』
『……あぁ、そうだな。よろしく、女』
『それは私の名前じゃないです。◾️◾️です』
『名前なんてどうでもいいだろ』
『良くないですよ! 呼んでくださいよ!』

 【×××××】と◾️◾️は互いに思い合いながら、仲間達と共に幸せに、暮らしましたとさ。

 あの終焉の日が来るまで。

◆ネ◆ム◆ロ◆ウ◆




「…………………」

 目を覚ましたナルの瞳に最初に映ったのは、黒い狼の姿に赤い瞳――レムレスだった。レムレスは寝台の傍らで彼女の姿を覗き込むように見ていたのだ。しかし、彼女は。自身の部屋にレムレスがいることに驚く素振りも恐怖心も見せず、むしろそれに触れようと手を伸ばした。が、レムレスはその手に触れまいとスッとかわす。

「……貴方は、誰なの?」
 
 彼女の問いかけにレムレスが答えるはずもなく。レムレスは部屋の扉へと向かい、その前に座り込むと再びナルの方へ顔を向ける。
 
「もしかして。ついてきて欲しいの?」
 
 ナルのその言葉に、レムレスは頷いた。彼女は寝台から降り、椅子に掛けていた上着を寝巻きの上から着用し、長靴を履き、扉へと向かおうとした――が。腕を、強く掴まれる。
 
「どこ行くんだ」
「お兄ちゃん……」

 兄ナリが起きてしまった。ナリは妹の腕を振り払われぬように、強く握りしめながら扉の前に座っているレムレスに目を向ける。彼もまた、そのレムレスに恐怖心は見せなかった。
 
「そのレムレスなんだよ」
「……わかんない。目が覚めたら、隣にいて。でも襲ってこないし……どこかへ連れて行こうとしてる」
「行くのか?」
「うん」

 迷いのない瞳と頷き。そんな彼女の決意に、ナリはため息をひとつ。
 
「……分かった。俺も行く」

 ナリは彼女を止めることはせず、自身も上着と長靴、剣を腰に差してと準備を進めていく。その姿にナルは口を閉じることを忘れてしまう。
 
「? 止めないの?」
「……止めても行くんだろ? 逆に聞くけど。ナルこそ俺がついていくことは怒らないのか?」

 ナリは小さめの毛布をローブのように羽織らせる。兄からの問いかけに、妹は目をオロオロとさせながら右小指を彼に突き出した。
 
「お兄ちゃんが知ってること、全部話すって約束してくれたら。いいよ」
「……うん。俺が知ってること全部話すよ」

 彼もまた左小指で妹の小指を巻き付けて約束した。半分だけ、約束を交わしたのだ。

「さて。出るにしても、扉の外にはブリュンヒルデがいるわけだけど……」

 話が終わるのを見計らっていたのか、兄妹の元に狼型のレムレスが寄って来る。

「お前、そもそもどうやって此処に入ってきたんだよ」

 以前のエアリエルと同じようなものではないと理解しながらも、ナリはレムレスと意思疎通を取ろうとする。が、彼奴は何も言わず口をガバッと開ける。

「「は?/え?」」

 そして、兄妹を飲み込んだ。
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