残酷な描写あり
第十三話「誓った約束（下）」
緊急任務：攫われたマリエルの捜索及び救出、『海の魔女』アースラの討伐
遂行者：黒神大蛇、白神亜玲澄、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹
犠牲者：0名
燃え尽きて崩れ落ちる炭と化した一帯の森。死闘が繰り広げられたここ周辺の木々が斬り落とされ、夕日が沈んでいくのがはっきりと見える。
夕日が照らすは焼け落ちた木々と血で染められた二刀の剣。それと地面に倒れた2人の青年を暖かく照らす。
そんな姿を見て泣き崩れたマリエルに、さっきまで拘束していた兵士が優しく慰めている。
「お、おい大丈夫か！」
「と、とりあえず泣き止ますぞ！」
もう残酷だよ……。こんな戦いに意味は無いって、敵味方共にただ尊い命が失われるだけだって……何で分からないのっ……！？
しかも、マリエルがあれほど好きで、憧れていた人間がやっているから尚更だ。
昔、人間は愚かだって言葉を聞いた事があるけど、この事なのかな……なんて思ったりしている。
この気持ちを口から思い切りこの思いを叫びたいけど、アースラとの契約で声が出せない。
「くっ……うぅっ……ぁぁああっっ！！」
体をふらつかせながら、正義は死にものぐるいで立ち上がり、こっちに向かって歩き出す。
うそ……あの人、まだ生きてるの……！？
右腕を斬られて、胸から頭まで真っ二つに斬られてるのにまだ生きてるのは最早奇跡なんてものでは無い。
本当に人間なのかと思ってしまう。むしろこの瞬間人間をやめたと思った方が納得がいく。
それに大蛇君が目覚めない今、あの人はこのまま私を殺す気なのだろう。でも今の私は戦う事が出来ない。抗う術は無い。
もうどうしようもないのだ。動いたらきっと私を捕まえている兵士が抑えるだろう。
何も出来ないまま、正義はよろめきながら段々私の方へと近づいていく。
「がっ……、ぁぁああっっ……！！」
お父様、姉さん、大蛇君、亜玲澄君……センリ、ルイス、皆……。
ごめんなさい。私はもうここまでだわ。もしアースラに会ったら言って。私は人間に殺されたって……
何度もこの場所で同じ思いをしただろう。もう慣れてしまった。絶望に慣れて感覚が麻痺している。
さあ、剣士さん。私を殺すなら今のうちよ。左手に持つ剣で私を刺して。アースラなんかに殺されるくらいならここで死んだ方が良い。
だから、ほら……。私の心臓に、その剣を刺して……
そして、正義はマリエルの目の前で立ち止まった。時が来た。運命の終わりを告げる時が。
私は死ぬ覚悟を示すために、きつく目を閉じた。
さよなら、皆。アースラを……、絶対倒してね……
――ごめんね、大蛇君……私を助けるためにここまでボロボロになってまで戦ってくれたのに……台無しになっちゃうね……
またやり直しになっちゃうね。ごめんね…………
………。
…………………。
………………………何で？ 何で殺さないの？
しかし、いつまで待っても刺してくる気配がしない。
「………。」
ゆっくり瞼を開くと、目の前には左手で刀を地面に突き刺したまま立っている正義の姿があった。
「……」
何で……？ 何で殺さないの……？ 貴方は私を殺す為に大蛇君と戦ったんじゃないの……？
「……」
あれだけ激しい口調で話してた正義が今では無口だ。頭が真っ二つに斬られてるので話せないのは当然だろうけど。
だけど、マリエルはそんな正義を見て突如涙をポロポロと零した。
「 。」
「…………！！！」
今、心の中で私に何か言った気がする。
「『海の魔女』はお前らが倒せ」って。
感じ取ったのが分かったのか、正義は私に微かに微笑み、左手に剣の柄を握ったまま目を瞑った。
何でだろう。敵のはずなのに。何でこんな悲しい気持ちになるんだろう……
ポロポロと大粒の涙を乾いた地面に零しながら考える。でも、もう分かってる。
敵とか味方とか関係無く、『一人の人間が無意味な事で死ぬ』のが嫌なんだ。今が正にそうだ。
大蛇君も、過去に理不尽に人を殺しては自分を恨み、嘆き、あの時永遠の死を臨んでいた……
『俺は数多の命をこの手で殺した。こんな所で寝かせてないで早く地獄に落とした方が良いんじゃないか？』
『――その過ちが消える事は絶対に無い』
『俺が生まれ変わった所で辿る末路は変わらない』
……本当にそうなっちゃったな。しかも私のせいで。アースラとこんな契約をしなければこんな事になんかなってなかった。
私は……、私はどうすればっ……！！
己の無力さで胸が締め付けられる。無意識に両拳をぎゅっと握る。望みも祈りも通じない。だけど、こんな自分を……運命を変えたい。今の大蛇君のように。微かしか無い可能性でもそれを信じて戦い続ける彼のように。
（私も……自分の運命と戦い続ける！！！！）
刹那、優しい声が聞こえた。私に似てるようで違う、優しくて暖かくて……癒やされる声。彼女が喋るとこんな感じの声なのだろうかと思わせてくれる。
『貴方……、やっぱり私なのね』
あ、貴方はっ……！？
『この前も貴方に憑依したんだけど、記憶にはもう無いのかしら？』
この前……一体いつの話をしているのか。
……いやそれより、貴方の名前を知りたい。
『これで2度目になるけど……忘れたならそれでも良いわ。これから「過去の貴方」である私、エレイナ・ヴィーナスが貴方の力になってあげる。マリエル……いえ、『星神明音』ちゃん……と言うべきかしら』
エレイナっ……！？
知っている。前に何度か聞いたことがある名前だ。だがそれは人魚である時では無く、もっと前にだ。
そう、私という存在が生まれた時から――
『ふふっ、ごめんなさいね。さ、そろそろ始めましょうか。――彼らに天の光を照らしましょう……』
瞬間、マリエルから無数の光が真っ赤に染まった森を白く塗り替える。
青緑のスカートが神々しい白いスカートに変化し、髪も赤から淡い栗色になる。両腕には黄金の腕輪がつけられてある。
自分の今の状態に理解が出来無いマリエルだったが、エレイナは私の身体を使って正義の方に歩いた。その後ろには首の左半分を斬られて倒れている大蛇の姿もあった。
「『干天之慈雨』」
『……！！』
エレイナが両手を翳した途端、優しい雨が血で濡れた地面を優しく潤す。夕日とはまた違う、雨上がりの太陽のような優しい光が水星を照らす。
傷ついた二人の剣士を優しい雨と光が癒やす。あれだけボロボロだった二人の身体が雨の雫に当たる度に癒えていく。斬られた頭も、首も、腕も元に戻っていく。流れていた血も雨と共に地面に流れていく。
二人の周りにはそれぞれ水溜りが出来た。白い光が雨に濡れた二人を暖める。血で濡れていた正義の赤髪と大蛇の黒髪が輝きを取り戻す。
そして、血が付いた鬼丸と反命剣もそれぞれ輝きを取り戻した。二人の髪と同じように――
何……この力は……
「くっ……！」
「うぅっ……」
狙っていたかと思う程同じタイミングで2人は起き上がった。後に2人は互いの顔を見合う。驚いたのはその後だ。
「はぁっ……！？ ど、どういうことだ！ 何で俺達は生きているんだ！？」
「腕も回復しているし、何なら傷一つも無い……。一体誰の魔法だ？」
「良かった……、2人共無事でっ……！」
「「っ……！？」」
あれは、マリエル……では無かった。だが顔つきはかなり似ている。でも、何処かで見た事が……
「そこの嬢ちゃん、一体何者だ？」
「私はマリエル……とは、流石にいかないよね。私はエレイナ・ヴィーナス。……久しぶりだね、『大蛇君』」
「……！！」
エレイナ・ヴィーナス……あの時俺が命に代えても守ると誓った少女の名前。
でも何故だ。何故あの子が生きているんだ……。
「お前……何で……」
「く、黒坊っ！ あの嬢ちゃんお前の知り合いなのかよっ！！」
……水星に限らず、この世界は根本からおかしい。俺が殺したはずの皆が生きている。
「さて、無事を確認したところで……、今からあなた達にお説教をしますっ！」
「……は？ 説教？」
「はぁ……」
どう考えてもこんな状況でするべきじゃ無いだろと心底思いながら、2人は大人しくエレイナの説教を喰らう。
俺が聞きたいのは説教じゃなくてお前が生きているこの状況だ……
「私だけの為に命を捨てる事はもう止めてっ！ 私は聖杯でも何でも無いのよ。
だから二人共、こんな無意味な戦いは止めて！ 争ってる暇があるなら助け合おうよ。
敵同士だって関係無いよっ！ だって昨日の敵は今日の友って言うでしょ？ だから今は敵同士でも、明日からは笑い合えるよ！！」
「「……！！！」」
エレイナのその言葉一つ一つから意志の強さを感じる。まるで過去に一度自分も経験したかのように。
正直説教と言うよりは、あの死闘の最中にマリエルが思ってた事を直接俺達にぶつけたという感じがした。
「なんか、ガキの頃を思い出すぜ……」
「怒られまくったのか？」
「あぁ。それもそうだが、ふと思い出したんだ……、親父からこの『鬼丸』を託された時の事をよぉ。
……特別サービスだ。俺の過去を話してやる。敵とはいえ、この俺と互角に戦ったお前にな！ 滅多に聞く奴はいねぇからある意味貴重だぜ？」
「ちょっと私の言う事聞いてるの〜っ！？」
それは、俺がまだ小学生だった時の事――
◇
京都府 京都市 武刀家――
あの頃、俺は木刀を持って道場で素振りしていた時に、師匠が突然俺を庭へと呼んで話してくれた。
「すまぬな、正義。儂が死ぬ前にお前さんに言っておかないといけない話があってな」
「な……何でしょう、師匠」
「今は師匠と呼ぶな。これから言う話はお前の祖父『武刀正也』としてお前に話すつもりだ」
「……！」
俺は驚いた。生まれてから師匠は師匠だったから、親として俺に話すのは今回が生まれて初めてだ。
「正義。お前が大人になるときに一度大きな戦争が起こる。真偽はまだ分からないが、お前が生きてる頃にそれが起こると言っておこう。
しかも、そいつが約200万年前に起きた聖戦の再来だって事じゃ」
当時の俺は親父が何言ってるかなんてこれっぽっちも分からなかった。でも何故か、これだけは真剣に聞いていた。
「師匠……いや、親父。それってそんなにやべぇやつなのか？」
「あぁ……何といってもその聖戦は、天地次元をも裂くとも言われているのじゃ。……だから正義よ。お前にお願いがあるのじゃ」
そう言うと親父は、腰に差していた刀を鞘ごと抜き、俺に差し出した。
「お前がこの『鬼丸』でその聖戦を終わらせてくれ。消してくれ。お前も儂と同じ『沖田総司』の血が流れていると儂は信じている。正義、お前が人類を……世界を守れ。無意味な争いに終止符を打つのじゃ。世界はそんな運命を望んでおらん……」
正義の肩に両手をポンッと置き、頼んだぞと言わんばかりの表情をした後、親父は突如体をふらつかせていた。
「お、親父！ 大丈夫か！！」
最初は酒の飲み過ぎで酔っ払ってるのかと思っていた。そうだと信じたかった。だが親父の顔を見た途端、親父はもう死にそうだった。
「おい、嘘だろっ……親父ぃっ！！」
「正義、お前は……武刀家の最後の要じゃからな。頼んだぞ、正義……。
良い報告………待ってる……ぞ……」
「おい親父っ！ 親父ぃっ！！ 返事しろよっ……このクソ親父ぃぃぃぃっっっ！！！！！！」
――その一言を残して俺の親父 武刀正也は静かに息を引き取った。しばらく泣き叫び、右手を握っては畳の床を何度も何度も殴りつけて、親父をひたすら呼んでいた。
あれから月日が経ち、中学生になってようやく一人前の剣士として旅立つ事になった。
旅立つに俺は親父の墓石に花を添え、手を合わせると同時に、天国の親父に誓った。
「天国で見ててくれ、親父。俺が必ずその約束……果たしてやるから」
その報告を持ってからそっちに行ってやるから、それまで待っててくれ。
その誓いは涙として形に現れた――
◇
「それがきっかけでその鬼丸を受け継いでいると言う事か」
「御名答だぜ、黒坊」
エレイナの説教を無視して勝手に話をして楽しんでいる大蛇と正義を見て、思わず溜め息と笑みが溢れる。
「もう、全く男というのは……。でも良かった、友達になれそうで」
「「ん？ 友達？」」
2人は、揃ってきょとんとした顔をしてエレイナを見る。あれだけ戦ってた2人が、何故か可愛らしく見えてしまう。
「な〜に言ってんだ！ 俺達はあの戦いからこうなる運命なんだぜ？ なっ黒坊！」
「その割には本気で殺そうとしてただろ」
「あれは流石に申し訳ねぇって思ってるぜ……。本当はk」
「本当に怖かったんだからね！ 今の貴方とは段違いにっ！！」
「ほ、本当にすみませんでした……」
「というかマリエル、何で生きてr」
「ほら大蛇君、『魔女』を倒すんでしょっ！ 早く行くよ〜っ！！」
「おい、待てっ……」
俺は先に行くエレイナを引き止めようとするが、声をかけることすら出来なかった。
「……正義殿」
「お前ら、全兵に伝えろ。『マリエル達と同盟を組み、新生第二次新選組として奴をぶっ潰しに行く』ってな」
「はっ！」
マリエル……いや、エレイナを捕らえていた2人の兵士は森の奥へと走っていった。
「ふぅ……、同盟仲間っつう事で、改めて名乗らせて貰うぜ。俺は第二次新選組総長の武刀正義。これからよろしく頼むぜ、黒坊！」
「黒神大蛇だ。しばらくの間だが共に戦おう」
互いに名乗った後、死闘を繰り広げた2人は共に手を取り合う。
こうして俺は共に戦う仲間となった武刀正義と共にエレイナの後を追った。
――そしてこの時点で、また一つ運命を変えた事は誰も知る筈もない。
遂行者：黒神大蛇、白神亜玲澄、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹
犠牲者：0名
燃え尽きて崩れ落ちる炭と化した一帯の森。死闘が繰り広げられたここ周辺の木々が斬り落とされ、夕日が沈んでいくのがはっきりと見える。
夕日が照らすは焼け落ちた木々と血で染められた二刀の剣。それと地面に倒れた2人の青年を暖かく照らす。
そんな姿を見て泣き崩れたマリエルに、さっきまで拘束していた兵士が優しく慰めている。
「お、おい大丈夫か！」
「と、とりあえず泣き止ますぞ！」
もう残酷だよ……。こんな戦いに意味は無いって、敵味方共にただ尊い命が失われるだけだって……何で分からないのっ……！？
しかも、マリエルがあれほど好きで、憧れていた人間がやっているから尚更だ。
昔、人間は愚かだって言葉を聞いた事があるけど、この事なのかな……なんて思ったりしている。
この気持ちを口から思い切りこの思いを叫びたいけど、アースラとの契約で声が出せない。
「くっ……うぅっ……ぁぁああっっ！！」
体をふらつかせながら、正義は死にものぐるいで立ち上がり、こっちに向かって歩き出す。
うそ……あの人、まだ生きてるの……！？
右腕を斬られて、胸から頭まで真っ二つに斬られてるのにまだ生きてるのは最早奇跡なんてものでは無い。
本当に人間なのかと思ってしまう。むしろこの瞬間人間をやめたと思った方が納得がいく。
それに大蛇君が目覚めない今、あの人はこのまま私を殺す気なのだろう。でも今の私は戦う事が出来ない。抗う術は無い。
もうどうしようもないのだ。動いたらきっと私を捕まえている兵士が抑えるだろう。
何も出来ないまま、正義はよろめきながら段々私の方へと近づいていく。
「がっ……、ぁぁああっっ……！！」
お父様、姉さん、大蛇君、亜玲澄君……センリ、ルイス、皆……。
ごめんなさい。私はもうここまでだわ。もしアースラに会ったら言って。私は人間に殺されたって……
何度もこの場所で同じ思いをしただろう。もう慣れてしまった。絶望に慣れて感覚が麻痺している。
さあ、剣士さん。私を殺すなら今のうちよ。左手に持つ剣で私を刺して。アースラなんかに殺されるくらいならここで死んだ方が良い。
だから、ほら……。私の心臓に、その剣を刺して……
そして、正義はマリエルの目の前で立ち止まった。時が来た。運命の終わりを告げる時が。
私は死ぬ覚悟を示すために、きつく目を閉じた。
さよなら、皆。アースラを……、絶対倒してね……
――ごめんね、大蛇君……私を助けるためにここまでボロボロになってまで戦ってくれたのに……台無しになっちゃうね……
またやり直しになっちゃうね。ごめんね…………
………。
…………………。
………………………何で？ 何で殺さないの？
しかし、いつまで待っても刺してくる気配がしない。
「………。」
ゆっくり瞼を開くと、目の前には左手で刀を地面に突き刺したまま立っている正義の姿があった。
「……」
何で……？ 何で殺さないの……？ 貴方は私を殺す為に大蛇君と戦ったんじゃないの……？
「……」
あれだけ激しい口調で話してた正義が今では無口だ。頭が真っ二つに斬られてるので話せないのは当然だろうけど。
だけど、マリエルはそんな正義を見て突如涙をポロポロと零した。
「 。」
「…………！！！」
今、心の中で私に何か言った気がする。
「『海の魔女』はお前らが倒せ」って。
感じ取ったのが分かったのか、正義は私に微かに微笑み、左手に剣の柄を握ったまま目を瞑った。
何でだろう。敵のはずなのに。何でこんな悲しい気持ちになるんだろう……
ポロポロと大粒の涙を乾いた地面に零しながら考える。でも、もう分かってる。
敵とか味方とか関係無く、『一人の人間が無意味な事で死ぬ』のが嫌なんだ。今が正にそうだ。
大蛇君も、過去に理不尽に人を殺しては自分を恨み、嘆き、あの時永遠の死を臨んでいた……
『俺は数多の命をこの手で殺した。こんな所で寝かせてないで早く地獄に落とした方が良いんじゃないか？』
『――その過ちが消える事は絶対に無い』
『俺が生まれ変わった所で辿る末路は変わらない』
……本当にそうなっちゃったな。しかも私のせいで。アースラとこんな契約をしなければこんな事になんかなってなかった。
私は……、私はどうすればっ……！！
己の無力さで胸が締め付けられる。無意識に両拳をぎゅっと握る。望みも祈りも通じない。だけど、こんな自分を……運命を変えたい。今の大蛇君のように。微かしか無い可能性でもそれを信じて戦い続ける彼のように。
（私も……自分の運命と戦い続ける！！！！）
刹那、優しい声が聞こえた。私に似てるようで違う、優しくて暖かくて……癒やされる声。彼女が喋るとこんな感じの声なのだろうかと思わせてくれる。
『貴方……、やっぱり私なのね』
あ、貴方はっ……！？
『この前も貴方に憑依したんだけど、記憶にはもう無いのかしら？』
この前……一体いつの話をしているのか。
……いやそれより、貴方の名前を知りたい。
『これで2度目になるけど……忘れたならそれでも良いわ。これから「過去の貴方」である私、エレイナ・ヴィーナスが貴方の力になってあげる。マリエル……いえ、『星神明音』ちゃん……と言うべきかしら』
エレイナっ……！？
知っている。前に何度か聞いたことがある名前だ。だがそれは人魚である時では無く、もっと前にだ。
そう、私という存在が生まれた時から――
『ふふっ、ごめんなさいね。さ、そろそろ始めましょうか。――彼らに天の光を照らしましょう……』
瞬間、マリエルから無数の光が真っ赤に染まった森を白く塗り替える。
青緑のスカートが神々しい白いスカートに変化し、髪も赤から淡い栗色になる。両腕には黄金の腕輪がつけられてある。
自分の今の状態に理解が出来無いマリエルだったが、エレイナは私の身体を使って正義の方に歩いた。その後ろには首の左半分を斬られて倒れている大蛇の姿もあった。
「『干天之慈雨』」
『……！！』
エレイナが両手を翳した途端、優しい雨が血で濡れた地面を優しく潤す。夕日とはまた違う、雨上がりの太陽のような優しい光が水星を照らす。
傷ついた二人の剣士を優しい雨と光が癒やす。あれだけボロボロだった二人の身体が雨の雫に当たる度に癒えていく。斬られた頭も、首も、腕も元に戻っていく。流れていた血も雨と共に地面に流れていく。
二人の周りにはそれぞれ水溜りが出来た。白い光が雨に濡れた二人を暖める。血で濡れていた正義の赤髪と大蛇の黒髪が輝きを取り戻す。
そして、血が付いた鬼丸と反命剣もそれぞれ輝きを取り戻した。二人の髪と同じように――
何……この力は……
「くっ……！」
「うぅっ……」
狙っていたかと思う程同じタイミングで2人は起き上がった。後に2人は互いの顔を見合う。驚いたのはその後だ。
「はぁっ……！？ ど、どういうことだ！ 何で俺達は生きているんだ！？」
「腕も回復しているし、何なら傷一つも無い……。一体誰の魔法だ？」
「良かった……、2人共無事でっ……！」
「「っ……！？」」
あれは、マリエル……では無かった。だが顔つきはかなり似ている。でも、何処かで見た事が……
「そこの嬢ちゃん、一体何者だ？」
「私はマリエル……とは、流石にいかないよね。私はエレイナ・ヴィーナス。……久しぶりだね、『大蛇君』」
「……！！」
エレイナ・ヴィーナス……あの時俺が命に代えても守ると誓った少女の名前。
でも何故だ。何故あの子が生きているんだ……。
「お前……何で……」
「く、黒坊っ！ あの嬢ちゃんお前の知り合いなのかよっ！！」
……水星に限らず、この世界は根本からおかしい。俺が殺したはずの皆が生きている。
「さて、無事を確認したところで……、今からあなた達にお説教をしますっ！」
「……は？ 説教？」
「はぁ……」
どう考えてもこんな状況でするべきじゃ無いだろと心底思いながら、2人は大人しくエレイナの説教を喰らう。
俺が聞きたいのは説教じゃなくてお前が生きているこの状況だ……
「私だけの為に命を捨てる事はもう止めてっ！ 私は聖杯でも何でも無いのよ。
だから二人共、こんな無意味な戦いは止めて！ 争ってる暇があるなら助け合おうよ。
敵同士だって関係無いよっ！ だって昨日の敵は今日の友って言うでしょ？ だから今は敵同士でも、明日からは笑い合えるよ！！」
「「……！！！」」
エレイナのその言葉一つ一つから意志の強さを感じる。まるで過去に一度自分も経験したかのように。
正直説教と言うよりは、あの死闘の最中にマリエルが思ってた事を直接俺達にぶつけたという感じがした。
「なんか、ガキの頃を思い出すぜ……」
「怒られまくったのか？」
「あぁ。それもそうだが、ふと思い出したんだ……、親父からこの『鬼丸』を託された時の事をよぉ。
……特別サービスだ。俺の過去を話してやる。敵とはいえ、この俺と互角に戦ったお前にな！ 滅多に聞く奴はいねぇからある意味貴重だぜ？」
「ちょっと私の言う事聞いてるの〜っ！？」
それは、俺がまだ小学生だった時の事――
◇
京都府 京都市 武刀家――
あの頃、俺は木刀を持って道場で素振りしていた時に、師匠が突然俺を庭へと呼んで話してくれた。
「すまぬな、正義。儂が死ぬ前にお前さんに言っておかないといけない話があってな」
「な……何でしょう、師匠」
「今は師匠と呼ぶな。これから言う話はお前の祖父『武刀正也』としてお前に話すつもりだ」
「……！」
俺は驚いた。生まれてから師匠は師匠だったから、親として俺に話すのは今回が生まれて初めてだ。
「正義。お前が大人になるときに一度大きな戦争が起こる。真偽はまだ分からないが、お前が生きてる頃にそれが起こると言っておこう。
しかも、そいつが約200万年前に起きた聖戦の再来だって事じゃ」
当時の俺は親父が何言ってるかなんてこれっぽっちも分からなかった。でも何故か、これだけは真剣に聞いていた。
「師匠……いや、親父。それってそんなにやべぇやつなのか？」
「あぁ……何といってもその聖戦は、天地次元をも裂くとも言われているのじゃ。……だから正義よ。お前にお願いがあるのじゃ」
そう言うと親父は、腰に差していた刀を鞘ごと抜き、俺に差し出した。
「お前がこの『鬼丸』でその聖戦を終わらせてくれ。消してくれ。お前も儂と同じ『沖田総司』の血が流れていると儂は信じている。正義、お前が人類を……世界を守れ。無意味な争いに終止符を打つのじゃ。世界はそんな運命を望んでおらん……」
正義の肩に両手をポンッと置き、頼んだぞと言わんばかりの表情をした後、親父は突如体をふらつかせていた。
「お、親父！ 大丈夫か！！」
最初は酒の飲み過ぎで酔っ払ってるのかと思っていた。そうだと信じたかった。だが親父の顔を見た途端、親父はもう死にそうだった。
「おい、嘘だろっ……親父ぃっ！！」
「正義、お前は……武刀家の最後の要じゃからな。頼んだぞ、正義……。
良い報告………待ってる……ぞ……」
「おい親父っ！ 親父ぃっ！！ 返事しろよっ……このクソ親父ぃぃぃぃっっっ！！！！！！」
――その一言を残して俺の親父 武刀正也は静かに息を引き取った。しばらく泣き叫び、右手を握っては畳の床を何度も何度も殴りつけて、親父をひたすら呼んでいた。
あれから月日が経ち、中学生になってようやく一人前の剣士として旅立つ事になった。
旅立つに俺は親父の墓石に花を添え、手を合わせると同時に、天国の親父に誓った。
「天国で見ててくれ、親父。俺が必ずその約束……果たしてやるから」
その報告を持ってからそっちに行ってやるから、それまで待っててくれ。
その誓いは涙として形に現れた――
◇
「それがきっかけでその鬼丸を受け継いでいると言う事か」
「御名答だぜ、黒坊」
エレイナの説教を無視して勝手に話をして楽しんでいる大蛇と正義を見て、思わず溜め息と笑みが溢れる。
「もう、全く男というのは……。でも良かった、友達になれそうで」
「「ん？ 友達？」」
2人は、揃ってきょとんとした顔をしてエレイナを見る。あれだけ戦ってた2人が、何故か可愛らしく見えてしまう。
「な〜に言ってんだ！ 俺達はあの戦いからこうなる運命なんだぜ？ なっ黒坊！」
「その割には本気で殺そうとしてただろ」
「あれは流石に申し訳ねぇって思ってるぜ……。本当はk」
「本当に怖かったんだからね！ 今の貴方とは段違いにっ！！」
「ほ、本当にすみませんでした……」
「というかマリエル、何で生きてr」
「ほら大蛇君、『魔女』を倒すんでしょっ！ 早く行くよ〜っ！！」
「おい、待てっ……」
俺は先に行くエレイナを引き止めようとするが、声をかけることすら出来なかった。
「……正義殿」
「お前ら、全兵に伝えろ。『マリエル達と同盟を組み、新生第二次新選組として奴をぶっ潰しに行く』ってな」
「はっ！」
マリエル……いや、エレイナを捕らえていた2人の兵士は森の奥へと走っていった。
「ふぅ……、同盟仲間っつう事で、改めて名乗らせて貰うぜ。俺は第二次新選組総長の武刀正義。これからよろしく頼むぜ、黒坊！」
「黒神大蛇だ。しばらくの間だが共に戦おう」
互いに名乗った後、死闘を繰り広げた2人は共に手を取り合う。
こうして俺は共に戦う仲間となった武刀正義と共にエレイナの後を追った。
――そしてこの時点で、また一つ運命を変えた事は誰も知る筈もない。