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作者: Siranui
残酷な描写あり
第六十四話「憩いの場所」
 ――4月から金星にある養成学校に入学することになった俺達4人は、疲れ切った身体を休ませるために博士の家でくつろいでいた。
 実はパリに行く前に博士から合鍵を貰っていたので、博士が仕事中でも自由に家を出入りする事が出来る。要するに博士は俺達にとても強い信頼を寄せているのだ。

「はぁ……まさか任務じゃなくて学校だとは思わなかったぜ……くそだりぃ」
「まぁまぁ正義、学校なら流石にシンデレラ宮殿の時程命のリスクは背負わなくても大丈夫だと思うから」

 ……まぁ、わざわざ地球ではなく金星にあるからな。やはりそれほどネフティスの情報は世間に知れ渡らせたくないのだろう。過去に引き受けた依頼人からも、ネフティスは『影の公安』とも言われてたらしいしな。

「まぁそうだけどよぉ、今までは竜坊(優羽汰)や蒼乃パイセンとか凪沙パイセンがいてくれたから生き延びてるようなもんだろ? でも今回に限っては俺等だけで、しかも未知の場所へ行くんだぜ?」
「その分、総長が俺達に期待してるのかもしれないな」
「それはあるかもしれないね……私達結構頑張ったもんね!」

 あれだけ強気の正義が不安になっているのを見たからか、エレイナと亜玲澄が正義を何とか励ます。
 だが実際その通りだと俺も思う。これまでの任務でネフティス側も俺達の戦闘能力を大方把握してるはずだ。特にシンデレラ宮殿での任務ではパンサーの裏にひそむ黒幕を暴き、パンサーを逮捕及びスタニッシュリングの奪還にも成功した。我ながらかなりこの功績は大きいと思っている。

 更に、あの任務で俺達は少し成長したのもこの身に実感しだしている。前より禁忌魔法を使いこなせるようになったし、亜玲澄はより二重人格ダブルフェイサーを状況に応じて使い分けられるようにもなった。
 優羽汰いわく、正義は即興で『恋鐘』という新たな技を習得したらしい。エレイナもマリエルの頃から健在の回復や防御魔法は勿論、魔力を使った攻撃系の魔法も使えるようになった。

 任務を通じて、俺は守る側だけでなく守られる側にもなったような気がする。それ程皆が俺に信頼を寄せている証拠でもあるし、過去にこれ程仲間に救われた事は無かった。だから前よりも良い未来に向かって進んでいるように思えるようになった。

 運命の変え方、少しは分かった気がするな――

「――黒坊、聞いてるか?」
「……? 何の事だ」
「おいおい聞いてねぇのかよ! ったくもう一回説明しねぇといけねぇのか面倒くせええ!!」
「すまない……考え事をしていた」
「ま、まぁ良いけどよぉ……また後で話してやらぁ」

 一体何の話をしていたか気になったが、かなり長い話だったのか、正義は少し疲れた顔をして言ってきたので心の中で正義に謝った。

 そんな時にドアが開く音が聞こえ、博士が仕事から帰ってきた。

「ただいま〜! 皆おまたせ〜!!」
「あ、おかえりなさいマヤネーン博士!」
「エレイナちゃ〜ん! 僕の名前覚えていてくれたのかい? ありがとう嬉しいよ〜!!」

 いつの間にか名前を覚えたエレイナに喜ぶ博士を見て、俺達は揃って苦笑いを浮かべた。
 
「あ、今日は5人分のハンバーガーセット買っておいたから皆で食べようか!」
「な、何だそれは……! その袋からめちゃいい匂いがぷんぷんとするぜ!!」
「うん! 食べる食べる!!」
「よし、じゃあテーブルに置いとくから好きなの取って待ってて。僕は今から着替えてくるから」

 俺達にそう指示し、博士は隣の部屋に入っていった。俺達4人で好きなハンバーガーとポテト、そしてドリンクを手に取り、自分の目の前に置いた。そして博士が着替え終えるのを待ってる時に、俺はある事に気づいた。

「おい……お前ら、服ボロボロになってないか?」
「あ……」

 全員が自分の服を確認する。エレイナは特に損傷は無かったが、亜玲澄の服には腹部に風穴の跡が、俺は右腕の部分が破けており、がっしりとした腕があらわになっていた。

「嬢ちゃん以外全員ボロボロじゃねぇか……」
「正義、お前が一番酷いからな」

 正義に関してはあらゆる部分が斬られており、たくましい赤い和服がボロボロになっていた。

「皆、ここまで傷ついて戦ったんだね……」
「それほど今回の任務は難しかったと言っていい。『黒花』が突然現れたから尚更な」

 正直生きてきた中での任務で一番困難だったと思う。不良軍団やサーシェス、黒花という任務対象外の敵との対峙が増えたからな。その分自分の成長に繋がっているのだろうと無理矢理納得するしかない。

「……よし、早速皆で食べるか!!」
「いや〜、待ちくたびれたぜ!!」
「……まだ5分しか経ってないだろ」
「あはは……」
 
 安定の俺と正義のやり取りに亜玲澄とエレイナが揃って苦笑いする。そんな中で博士が俺達と向かいに座り、袋から自分のハンバーガーを取り出す。

「へぇ〜、この『春のてり焼き卵バーガー』誰も食べないんだ……期間限定なのにな〜」

 ……いや、実際初めてハンバーガーとやらを食べるわけだし、誰も最初から期間限定のものに手を出す方がおかしいだろ。中にはそういう変わった人もいるかもしれないが。

「んじゃ……いただきまーす!!」

 全員で両手を合わせて唱える。そしてそれぞれ選んだハンバーガーを頬張る。

 ――そういえば、芽依と2人でハンバーガー食べたな……あの時は無理矢理食わされたが、今思うと至福だったのかもしれないな……

 もうやって来ない怪盗との食事を思い出しながら、俺はあの時彼女と一緒に食べたベーコンレタスバーガーを口にした。
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