残酷な描写あり
第二話「過ちの対価(上)」
あらすじ
俺――八岐大蛇はある日、竜では無く人間の身体となって『転生』してしまった。竜だった頃とはあまりにも異なっている人間の身体に気持ち悪さを覚えてしまう。
そんな中、俺はある女性と出会う。
その女性は、『ネフティス』と呼ばれる機密特殊任務部隊の本部長 錦野智優美であった。
目覚めてすぐにお偉い人との出会い。果たして彼女は俺に何を問うのか――
「八岐大蛇、ね。うん、もう覚えたわ。貴方も私の事を呼ぶときは智優美でもちゆみんでもどっちでも良いからねっ」
「は、はぁ……」
ここは普通に智優美さんと呼ぼう。初対面であだ名呼びは流石に無理がある。
……そんな話は頭の隅に置いておく。これからの事で聞きたいことが山のようにあるのだ。
今のうちにそれを一つ一つ崩していかなければ。
「……それで、智優美さんは何故ここに来たのだ?」
「おっ君には色々聞きたいことがあってねぇ……今時間あるかい? あるよね??」
「はぁ……」
まるで暇を潰してる人に対しての言い方みたいで腹が立つ。顔には出さないが。
それと何だそのおっ君って言うあだ名は。ネーミングセンスの欠片もありゃしない。あと勝手にあだ名をつけるな。
「俺も聞きたいことが山ほどあるので……」
「うん、そうだよねっ! じゃあ来て来て!!」
「えっ、ちょっ……!?」
智優美さんにぐいっと左腕を引っ張られながら、俺は部屋を出た。
ふと後ろを振り向くと、ドアに『治療室』と書かれていた。
「あ、言い忘れていたけど……これでも君、治ったばかりなんだよ? おっ君を拾ってきたばかりの時なんて心臓の傷口に火傷、切り傷が本当に酷かったんだよ〜っ?
でもここは治療のスペシャリストが集まってるから、何とか回復出来て、今に至っているんだよ。その分、魔力消費はかなり大きかったけどね……」
「……」
もしかしたら、この足と腕の先に広がる5本のそれはその火傷の跡みたいなものなのか。死んだ後に焼こうとしてたのだろうか。
一命を取り留める事は出来たものの、後遺症として残ってしまっているのだろうか。こればっかりは智優美さんに聞かないと分からない。
新たな謎を抱えたまま、俺は智優美さんと共にある部屋に入った。そこには『職務室』と書かれていた。
「あの……智優美さん、やっぱり俺罪人ですよね……?」
「違うよ、別に職務室に来たからって職務質問しかしないというわけじゃないよ。あと、仮に罪人だったら私じゃなくて他の人が代わりに来てたはずだよ」
とりあえず、俺は罪人ではないと言うことだ。それだけでも安堵したいところだが、せっかくのこの貴重な機会を逃すわけにはいかない。
――あらゆる事を全て聞き出してやる。
そう思い、口を開こうとした直前に人差し指で口を抑えられる。
「ふぐぅっ……!」
「ダメだよ、おっ君。今の地球にはレディーファーストっていう風習があるんだ。だから申し訳無いけど、おっ君は後でね」
「……。」
何だその滅茶苦茶な風習は。なら今の地球では、女性の方が位が高いということなのか。
女性が地球を、人類を支配する時代。これでは男性が酷い仕打ちを受けたり、理不尽に殺されているに違いない。逆も然り、だが。
レディーファーストを深く考え過ぎている俺に、早速智優美さんが質問を吹っ掛ける。
「話せる限りで構わないからね。じゃあ、早速だけど……まずは貴方の過去、教えてくれないかしら?」
「過去、か……」
少し考えただけで、すぐに過去の記憶がフラッシュバックされる。
家族と剣の腕を磨き上げた記憶。父バハムートとの模擬戦で1勝して喜んだ時の記憶。たった一人の恋によって家族を裏切った記憶。
その家族を裏切った俺を歓迎してくれた唯一の親友アレスとその家族と過ごした記憶。アレスの妹であり、一時の俺の恋人エレイナとの記憶。
そんな大切な恋人をこの手で殺めた記憶。
その罪滅ぼしに己の心臓に剣を突き刺した記憶――
「……」
上手く言い出せない。言いたくない。でも言わなければならない。これは俺の『過ち』なのだから。
ある程度言葉の整理がつき、俺は智優美さんに過去の出来事を話す。
「まずはすぐ生まれt――」
「分かった、もう大丈夫……だよっ……」
「……え?」
まだ何も言っていないのに、智優美さんは突然大粒の涙を流して、長机にポタポタと落ちる。
――どういう状況なんだこれ。訳が分からない。
「辛かったんだね……苦しかったんだね……。ごめんね、君の事まだ全然知らなかったよ……」
「えっと、今回が初対面ですよね……?」
本当に同情してるのかしてないのか分からなくなり、思わず困惑する。
「思った以上だよ……。たった一人に抱いた恋が、全てを破滅させることになったなんて……! 切ないにも程があるよ……っ!!」
何かここまで感情移入されるとこっちが困る。もしかして、これが情緒不安定というものなのだろうか。
それと、勝手に俺の過去に入り込んでほしくないのだが。
「うぅ……ぐすっ……、ごめんね、情けない所見せちゃって。私の能力っ……『対象の記憶を読み取る力』で簡単に理解したかっただけで……!」
『対象の記憶を読み取る力』。それが智優美さんの能力。無論、この力が後に禁忌として俺の身体に目覚める事など知るはずもない。
「えっと……、それは構わないのでそろそろ俺から質問、いいですか?」
何とか本題に戻すべく質問させるよう頼んだ。それに対して智優美さんは言葉に出さずに頷いた。
(それにしても、どうやって俺の過去を知れたんだ? よく分からない。あの泣き方で、自分で俺の過去を想像したとはとても思えない)
いや、そんな事は後だ……と心に思わせ、まずはこのモヤモヤを全て晴らそうとしたその時――
「えっと、まずこれから俺はどうすればっ………!!」
「――!!?」
刹那、何故か激しい頭痛が俺を襲った。当然原因は分からない。
「ちょっ、おっ君!?」
「あぁ………、ぁぁああっ……!!!」
痛い。熱い。脳が破裂しそうなくらい痛い。直接殴られた痛みではなく、脳から蝕まれるような痛み。
そして、炎に焼かれるような痛み。この現象が一体何なのか、俺は知る由もない。
「がぁぁぁああ……、ぁぁああああっ!!!!!」
再び過去のフラッシュバックが、一つ一つがコマとなって脳に映し出してくる。火の海と化した街、道を封じるかのように崩れ落ちる建物や燃え上がる木々。その下敷きになる多くの命……
「あぁ………、ぁぁああっ……!!!」
無意識に頭を抱え込む。思い出したくない。忘れたい。でも忘れられない。
それは『過ち』として、『ヤマタノオロチ』という魂に永遠に刻まれる。
決して拭えない罪。絶対に逃れられない事実。即ち、永久に解くことが無い呪い――宿命である。
「あああああ……!!!」
全身が震える。恐怖だ。今更なのは分かっている。今まで自分がやってきた事が恐ろしい。だがもう償えないではないか。決して解かれない禁忌となるだけではないか。
「ねぇ、大丈夫!? ……しっかりして!!」
「……ぁぁぁぁああああああああっ!!」
智優美さんは優しく、だけど強く俺の右手を両手で握る。
それでも痛みと体の震えは止まらない。まるで廃人になるのを待つかのように。
勢いよく扉が開く音がした。智優美さんが誰かに助けを求めたのだろうか。そんな思考を痛みが掻き消した。
「一体何がっ……!?」
「今すぐ治療部隊を呼んで! 早く!!」
「は、はいっ!」
職員の一人がこの状況を理解すると、勢いよく走り抜ける。その間に智優美さんが俺に回復魔法を唱える。
「『治癒』!!」
だが、状態は変わらないどころか悪化する一方だ。
「何でっ!? 回復魔法が効かない! これじゃ回復部隊も意味が無い……!!」
助けようがない。それでも運命は容赦無く俺を苦しめさせる一方だ。
「ねぇ、しっかりして!!」
今の智優美さんに出来る事は、痛みに苦しむ俺に声を届ける事だけだった。
俺――八岐大蛇はある日、竜では無く人間の身体となって『転生』してしまった。竜だった頃とはあまりにも異なっている人間の身体に気持ち悪さを覚えてしまう。
そんな中、俺はある女性と出会う。
その女性は、『ネフティス』と呼ばれる機密特殊任務部隊の本部長 錦野智優美であった。
目覚めてすぐにお偉い人との出会い。果たして彼女は俺に何を問うのか――
「八岐大蛇、ね。うん、もう覚えたわ。貴方も私の事を呼ぶときは智優美でもちゆみんでもどっちでも良いからねっ」
「は、はぁ……」
ここは普通に智優美さんと呼ぼう。初対面であだ名呼びは流石に無理がある。
……そんな話は頭の隅に置いておく。これからの事で聞きたいことが山のようにあるのだ。
今のうちにそれを一つ一つ崩していかなければ。
「……それで、智優美さんは何故ここに来たのだ?」
「おっ君には色々聞きたいことがあってねぇ……今時間あるかい? あるよね??」
「はぁ……」
まるで暇を潰してる人に対しての言い方みたいで腹が立つ。顔には出さないが。
それと何だそのおっ君って言うあだ名は。ネーミングセンスの欠片もありゃしない。あと勝手にあだ名をつけるな。
「俺も聞きたいことが山ほどあるので……」
「うん、そうだよねっ! じゃあ来て来て!!」
「えっ、ちょっ……!?」
智優美さんにぐいっと左腕を引っ張られながら、俺は部屋を出た。
ふと後ろを振り向くと、ドアに『治療室』と書かれていた。
「あ、言い忘れていたけど……これでも君、治ったばかりなんだよ? おっ君を拾ってきたばかりの時なんて心臓の傷口に火傷、切り傷が本当に酷かったんだよ〜っ?
でもここは治療のスペシャリストが集まってるから、何とか回復出来て、今に至っているんだよ。その分、魔力消費はかなり大きかったけどね……」
「……」
もしかしたら、この足と腕の先に広がる5本のそれはその火傷の跡みたいなものなのか。死んだ後に焼こうとしてたのだろうか。
一命を取り留める事は出来たものの、後遺症として残ってしまっているのだろうか。こればっかりは智優美さんに聞かないと分からない。
新たな謎を抱えたまま、俺は智優美さんと共にある部屋に入った。そこには『職務室』と書かれていた。
「あの……智優美さん、やっぱり俺罪人ですよね……?」
「違うよ、別に職務室に来たからって職務質問しかしないというわけじゃないよ。あと、仮に罪人だったら私じゃなくて他の人が代わりに来てたはずだよ」
とりあえず、俺は罪人ではないと言うことだ。それだけでも安堵したいところだが、せっかくのこの貴重な機会を逃すわけにはいかない。
――あらゆる事を全て聞き出してやる。
そう思い、口を開こうとした直前に人差し指で口を抑えられる。
「ふぐぅっ……!」
「ダメだよ、おっ君。今の地球にはレディーファーストっていう風習があるんだ。だから申し訳無いけど、おっ君は後でね」
「……。」
何だその滅茶苦茶な風習は。なら今の地球では、女性の方が位が高いということなのか。
女性が地球を、人類を支配する時代。これでは男性が酷い仕打ちを受けたり、理不尽に殺されているに違いない。逆も然り、だが。
レディーファーストを深く考え過ぎている俺に、早速智優美さんが質問を吹っ掛ける。
「話せる限りで構わないからね。じゃあ、早速だけど……まずは貴方の過去、教えてくれないかしら?」
「過去、か……」
少し考えただけで、すぐに過去の記憶がフラッシュバックされる。
家族と剣の腕を磨き上げた記憶。父バハムートとの模擬戦で1勝して喜んだ時の記憶。たった一人の恋によって家族を裏切った記憶。
その家族を裏切った俺を歓迎してくれた唯一の親友アレスとその家族と過ごした記憶。アレスの妹であり、一時の俺の恋人エレイナとの記憶。
そんな大切な恋人をこの手で殺めた記憶。
その罪滅ぼしに己の心臓に剣を突き刺した記憶――
「……」
上手く言い出せない。言いたくない。でも言わなければならない。これは俺の『過ち』なのだから。
ある程度言葉の整理がつき、俺は智優美さんに過去の出来事を話す。
「まずはすぐ生まれt――」
「分かった、もう大丈夫……だよっ……」
「……え?」
まだ何も言っていないのに、智優美さんは突然大粒の涙を流して、長机にポタポタと落ちる。
――どういう状況なんだこれ。訳が分からない。
「辛かったんだね……苦しかったんだね……。ごめんね、君の事まだ全然知らなかったよ……」
「えっと、今回が初対面ですよね……?」
本当に同情してるのかしてないのか分からなくなり、思わず困惑する。
「思った以上だよ……。たった一人に抱いた恋が、全てを破滅させることになったなんて……! 切ないにも程があるよ……っ!!」
何かここまで感情移入されるとこっちが困る。もしかして、これが情緒不安定というものなのだろうか。
それと、勝手に俺の過去に入り込んでほしくないのだが。
「うぅ……ぐすっ……、ごめんね、情けない所見せちゃって。私の能力っ……『対象の記憶を読み取る力』で簡単に理解したかっただけで……!」
『対象の記憶を読み取る力』。それが智優美さんの能力。無論、この力が後に禁忌として俺の身体に目覚める事など知るはずもない。
「えっと……、それは構わないのでそろそろ俺から質問、いいですか?」
何とか本題に戻すべく質問させるよう頼んだ。それに対して智優美さんは言葉に出さずに頷いた。
(それにしても、どうやって俺の過去を知れたんだ? よく分からない。あの泣き方で、自分で俺の過去を想像したとはとても思えない)
いや、そんな事は後だ……と心に思わせ、まずはこのモヤモヤを全て晴らそうとしたその時――
「えっと、まずこれから俺はどうすればっ………!!」
「――!!?」
刹那、何故か激しい頭痛が俺を襲った。当然原因は分からない。
「ちょっ、おっ君!?」
「あぁ………、ぁぁああっ……!!!」
痛い。熱い。脳が破裂しそうなくらい痛い。直接殴られた痛みではなく、脳から蝕まれるような痛み。
そして、炎に焼かれるような痛み。この現象が一体何なのか、俺は知る由もない。
「がぁぁぁああ……、ぁぁああああっ!!!!!」
再び過去のフラッシュバックが、一つ一つがコマとなって脳に映し出してくる。火の海と化した街、道を封じるかのように崩れ落ちる建物や燃え上がる木々。その下敷きになる多くの命……
「あぁ………、ぁぁああっ……!!!」
無意識に頭を抱え込む。思い出したくない。忘れたい。でも忘れられない。
それは『過ち』として、『ヤマタノオロチ』という魂に永遠に刻まれる。
決して拭えない罪。絶対に逃れられない事実。即ち、永久に解くことが無い呪い――宿命である。
「あああああ……!!!」
全身が震える。恐怖だ。今更なのは分かっている。今まで自分がやってきた事が恐ろしい。だがもう償えないではないか。決して解かれない禁忌となるだけではないか。
「ねぇ、大丈夫!? ……しっかりして!!」
「……ぁぁぁぁああああああああっ!!」
智優美さんは優しく、だけど強く俺の右手を両手で握る。
それでも痛みと体の震えは止まらない。まるで廃人になるのを待つかのように。
勢いよく扉が開く音がした。智優美さんが誰かに助けを求めたのだろうか。そんな思考を痛みが掻き消した。
「一体何がっ……!?」
「今すぐ治療部隊を呼んで! 早く!!」
「は、はいっ!」
職員の一人がこの状況を理解すると、勢いよく走り抜ける。その間に智優美さんが俺に回復魔法を唱える。
「『治癒』!!」
だが、状態は変わらないどころか悪化する一方だ。
「何でっ!? 回復魔法が効かない! これじゃ回復部隊も意味が無い……!!」
助けようがない。それでも運命は容赦無く俺を苦しめさせる一方だ。
「ねぇ、しっかりして!!」
今の智優美さんに出来る事は、痛みに苦しむ俺に声を届ける事だけだった。