残酷な描写あり
第百二十一話「憶測」
西暦2005年 8月3日 東京都足立区 地球防衛組織ネフティス本部――
「やっぱり、僕の憶測通りだったか……」
雨が降りそうで降らない程の青空何一つない空を休憩室の窓越しから眺めながら、僕――マヤネーン博士はただ一人呟いた。
深いため息をついた直後、窓ガラスに一滴の水が付着する。それは徐々に数を増やし、やがてザーッという音も加わり室内に響き渡ったモスキート音がかき消された。
「……最悪な展開だ。これからこの国は、この世界はどうなるんだ」
これから訪れるであろう最悪の展開に頭を悩ませてる最中、誰かが入ってくる音がした。
「ん〜? 博士、元気ないね?」
「凪沙ちゃん、まだいたんだ」
もう夜の8時だというのに、まだ帰ってきて無かったのか。でも丁度いい。
「……凪沙ちゃん」
「なぁに、博士?」
「……落ちついて聞いてほしいんだ。これから起こること、そして今実際に起こっている事を」
あまりにも真剣な表情を浮かべながら言ったからか、凪沙もその空気に喰われるかのようにつばを飲む。
「情報が遅くなって申し訳無いが、先月中旬に5年ぶりとなる剣血喝祭で大蛇君達が生徒会長及び副会長を倒したそうだ」
「えっ!? すご〜い! さっすが、私の可愛い後輩だね!!」
「いや、問題はそこじゃない」
生徒会長をひれ伏せた大蛇達に喜びを隠せない凪沙に対し、僕は今だ深刻な表情のまま話を続けた。
「そこでの戦闘の際に大蛇君が……死器に接触した」
「死器?」
「死器……簡単に言うと禁忌魔法の武器版だよ。
禁忌魔法同様、怒りや憎しみといった負の力と生命力を魔力源として力を発揮する。
でも禁忌魔法と大きく違う点が2つ。
1つ目はそれら全ては自身を人間……魔術師に変化させる事が出来る。つまり周りとのコミュニケーションがとれる。使用者の命令に従い、あるいは己の意志で行動出来る。
一見凄いとは思うが、それが暴走となれば話は別。使用者も歯止めが効かなくなり大勢の犠牲を生むことになる」
凪沙は表情には出していないもののピクリとも動かなくなった。そう、これは恐怖だ。未知なる闇に対する恐怖だ。
僕は凪沙の表情だけを読み取り、更に続ける。
「そして2つ目、それは使用条件が無い。つまり死器は一般人でも触れる事が出来るんだ。さっき言った1つ目の条件と噛み合わせてみるといい。そうなると想像なんて容易に出来るだろう……」
――人によっては死器を悪用し、大勢の被害を生むうちに国一つ滅ぼす事になりかねない。
「――!!」
勘づいたのか、凪沙は驚きを隠せず口元を両手で覆った。きっと想像してしまったのだろう……大蛇が死器を使って大勢の人を殺戮する世界線を――
「それじゃ……大蛇君は…………」
「大丈夫だよ。それはごく一部に限られる。それに、禁忌魔法継承者でもある大蛇君ならきっと死器も正しく使いこなせるよ」
まるで目の前の絶望を眺めるかのような表情を浮かべる凪沙に僕は優しく声をかける。まだそうだと完璧に決まった訳では無い。あくまでも僕の憶測なのだから。
「これは僕の憶測に過ぎないけどね……今後これが将来大きく関わると思うんだ。僕達じゃなくて、大蛇君のね」
「それって……どういう事っ……?」
今にも雫が溢れ出そうな目をしながら見てくる凪沙に思わずため息をつく。これ以上言ったらきっと2日以上はショックで動けなくなるかもしれない……
でももしこれが本当だとしたら、ここで言わないと取り返しのつかない事になる。それで後悔なんて……僕はしたくない!
一度深呼吸をして心身共に落ち着かせ、凪沙の顔を見ながら憶測を吐き出した。
「……近い将来、大蛇君は殺される。それも僕達ネフティスによってね」
「っ――!!?」
「僕自身もこんな事言いたくないし受け入れたくない! あくまでこれは憶測だ。でもだとしても見えるんだよ。僕の脳がくっきりとその未来を夢であるかのように見せてくるんだよ! でも、もしこれが現実になったらって思うと……それで本当に大蛇君が殺されて一生後悔するなんて僕は絶対嫌だっ!!」
休憩室が一瞬青白く光った。その約10秒後、轟く雷鳴が耳元で鳴り響いた。更に雨は音と量と速度を増していく。まるでその未来の予兆かのように。
「――凪沙ちゃん」
なるべく優しく両手で凪沙の肩を掴み、僕は言った。遺言でも残すかのように。優しく、強く。
「……もしこの話がネフティスに広まって、メンバーの皆が大蛇君に刃を向ける事になったとしても、せめて凪沙ちゃんだけは大蛇君の味方でいてほしいんだ」
「博士っ……」
「君にしか、出来ないんだ。お願いだ。たとえ蒼乃ちゃんを敵に回そうとも、大蛇君に手を差し伸べてほしい」
その思いを込め、僕は泣き崩れた凪沙を優しく両手で包みこんだ。胸の中で凪沙の身体が小刻みに震える。次第に背中に手を回し、震えを止めさせるべく強く抱きしめる。
この憶測こそ、今まで彼が阻止してきた運命というものなのだろう。一体いつの時代の大蛇君の魂が今の身体に憑依されてるのかは分からないが、これからはその運命というものを任務というものさしでは計れない。
「……彼の復讐劇は、なにがあっても終わらせてはいけないよ」
「ぐすっ……うん」
凪沙は僕の胸の中でコクリと頷いた。凪沙の顔を見ないように強く抱きしめた。
――凪沙ちゃん。今度は君が大蛇君にこうしてあげてね。
そう、何度も言うがこれはまだ憶測に過ぎない。憶測という名の夢、予兆、未来。どれに当てはまるかは僕でさえまだ分からない。
せめて、この憶測がただの夢となって消える事を祈るだけ――
「やっぱり、僕の憶測通りだったか……」
雨が降りそうで降らない程の青空何一つない空を休憩室の窓越しから眺めながら、僕――マヤネーン博士はただ一人呟いた。
深いため息をついた直後、窓ガラスに一滴の水が付着する。それは徐々に数を増やし、やがてザーッという音も加わり室内に響き渡ったモスキート音がかき消された。
「……最悪な展開だ。これからこの国は、この世界はどうなるんだ」
これから訪れるであろう最悪の展開に頭を悩ませてる最中、誰かが入ってくる音がした。
「ん〜? 博士、元気ないね?」
「凪沙ちゃん、まだいたんだ」
もう夜の8時だというのに、まだ帰ってきて無かったのか。でも丁度いい。
「……凪沙ちゃん」
「なぁに、博士?」
「……落ちついて聞いてほしいんだ。これから起こること、そして今実際に起こっている事を」
あまりにも真剣な表情を浮かべながら言ったからか、凪沙もその空気に喰われるかのようにつばを飲む。
「情報が遅くなって申し訳無いが、先月中旬に5年ぶりとなる剣血喝祭で大蛇君達が生徒会長及び副会長を倒したそうだ」
「えっ!? すご〜い! さっすが、私の可愛い後輩だね!!」
「いや、問題はそこじゃない」
生徒会長をひれ伏せた大蛇達に喜びを隠せない凪沙に対し、僕は今だ深刻な表情のまま話を続けた。
「そこでの戦闘の際に大蛇君が……死器に接触した」
「死器?」
「死器……簡単に言うと禁忌魔法の武器版だよ。
禁忌魔法同様、怒りや憎しみといった負の力と生命力を魔力源として力を発揮する。
でも禁忌魔法と大きく違う点が2つ。
1つ目はそれら全ては自身を人間……魔術師に変化させる事が出来る。つまり周りとのコミュニケーションがとれる。使用者の命令に従い、あるいは己の意志で行動出来る。
一見凄いとは思うが、それが暴走となれば話は別。使用者も歯止めが効かなくなり大勢の犠牲を生むことになる」
凪沙は表情には出していないもののピクリとも動かなくなった。そう、これは恐怖だ。未知なる闇に対する恐怖だ。
僕は凪沙の表情だけを読み取り、更に続ける。
「そして2つ目、それは使用条件が無い。つまり死器は一般人でも触れる事が出来るんだ。さっき言った1つ目の条件と噛み合わせてみるといい。そうなると想像なんて容易に出来るだろう……」
――人によっては死器を悪用し、大勢の被害を生むうちに国一つ滅ぼす事になりかねない。
「――!!」
勘づいたのか、凪沙は驚きを隠せず口元を両手で覆った。きっと想像してしまったのだろう……大蛇が死器を使って大勢の人を殺戮する世界線を――
「それじゃ……大蛇君は…………」
「大丈夫だよ。それはごく一部に限られる。それに、禁忌魔法継承者でもある大蛇君ならきっと死器も正しく使いこなせるよ」
まるで目の前の絶望を眺めるかのような表情を浮かべる凪沙に僕は優しく声をかける。まだそうだと完璧に決まった訳では無い。あくまでも僕の憶測なのだから。
「これは僕の憶測に過ぎないけどね……今後これが将来大きく関わると思うんだ。僕達じゃなくて、大蛇君のね」
「それって……どういう事っ……?」
今にも雫が溢れ出そうな目をしながら見てくる凪沙に思わずため息をつく。これ以上言ったらきっと2日以上はショックで動けなくなるかもしれない……
でももしこれが本当だとしたら、ここで言わないと取り返しのつかない事になる。それで後悔なんて……僕はしたくない!
一度深呼吸をして心身共に落ち着かせ、凪沙の顔を見ながら憶測を吐き出した。
「……近い将来、大蛇君は殺される。それも僕達ネフティスによってね」
「っ――!!?」
「僕自身もこんな事言いたくないし受け入れたくない! あくまでこれは憶測だ。でもだとしても見えるんだよ。僕の脳がくっきりとその未来を夢であるかのように見せてくるんだよ! でも、もしこれが現実になったらって思うと……それで本当に大蛇君が殺されて一生後悔するなんて僕は絶対嫌だっ!!」
休憩室が一瞬青白く光った。その約10秒後、轟く雷鳴が耳元で鳴り響いた。更に雨は音と量と速度を増していく。まるでその未来の予兆かのように。
「――凪沙ちゃん」
なるべく優しく両手で凪沙の肩を掴み、僕は言った。遺言でも残すかのように。優しく、強く。
「……もしこの話がネフティスに広まって、メンバーの皆が大蛇君に刃を向ける事になったとしても、せめて凪沙ちゃんだけは大蛇君の味方でいてほしいんだ」
「博士っ……」
「君にしか、出来ないんだ。お願いだ。たとえ蒼乃ちゃんを敵に回そうとも、大蛇君に手を差し伸べてほしい」
その思いを込め、僕は泣き崩れた凪沙を優しく両手で包みこんだ。胸の中で凪沙の身体が小刻みに震える。次第に背中に手を回し、震えを止めさせるべく強く抱きしめる。
この憶測こそ、今まで彼が阻止してきた運命というものなのだろう。一体いつの時代の大蛇君の魂が今の身体に憑依されてるのかは分からないが、これからはその運命というものを任務というものさしでは計れない。
「……彼の復讐劇は、なにがあっても終わらせてはいけないよ」
「ぐすっ……うん」
凪沙は僕の胸の中でコクリと頷いた。凪沙の顔を見ないように強く抱きしめた。
――凪沙ちゃん。今度は君が大蛇君にこうしてあげてね。
そう、何度も言うがこれはまだ憶測に過ぎない。憶測という名の夢、予兆、未来。どれに当てはまるかは僕でさえまだ分からない。
せめて、この憶測がただの夢となって消える事を祈るだけ――