R-15
Ally-35:困惑なる★ARAI(あるいは、フィールso/ヘビーアビエーション)
と、ちょっとうまくは言い表せない感じの何でかな感が胸焼けのように僕の中に、もわんと湧いたのだけれど。
行くちょらい、実行委員らの詰所がいにじょぉぁッ!! と、表面上はいつもの感じに戻ったかのようなアライくんではあったけれど、割と僕なんかもう付き合い長いからね、揺蕩う不自然さは察せられてしまうよ。振り向いたその、いつもは眼力がよくも悪くも漲っているその黒い瞳に、揺れ動く何かを感じ取ってしまう。
な、なんかあったの……? との僕の問いかけをひらりと交わすかのように、御大は肩にかけたいつもの赤白のスタジャンの両袖をはためかせながら、殊更勢いよく、この音楽室の前方に床から一段迫り出しているところに飛び乗ってみせる。そして、
「そん前に、ちょこと発表がばいがあるあちごッ!!」
わざとらしい直立不動で、その張り出した前髪を一度びよんと跳ねさせながら、少し上向いて言い放つ。でもその仕草にも何となくの無理してる感。ほんとにどうしちゃったの……?
「あー、突然だっど、我ぁの渡米がば決まっちょうらずッ!!」
何かを吹っ切るようなしゃがれた大声、それはいつも通り……とは思えなかった。何かうつろに響いたから。それに「渡米」って……ひとことも聞いてない。
え、渡米って……? と、僕ら四人全員を代弁してくれるかのように三ツ輪さんがそうおずおずと聞いてくれるけど。
「親父さんの義理の妹ごつ人がんな、ピッツバーグちゃるとこに住んどるもんとよ。で、一緒に暮らさねっかっちゅう誘いばを受けとったんば。で、まあ丁度いいがに思ってら、行ってみることにしちゃいうだけのことげに」
こういう平坦な言葉の流れは、アライくんが何か気持ちを抑えつけたり隠そうとしている時のものだ。
「お父さんの行方が分かったってこと……?」
との僕の問いに、んにゃ、とだけ答えると、言葉を探しあぐねてるのか、七分くらいで絞ったカーキ色のフライトパンツのポケットに両手を入れて前後に身体を揺らす素振りをしてから、
「親父さんは色々探したんげば、今はどこいるかわっかんねっど。だ、だど、その義妹さんの所にも何年か前に顔出したことがあるてなこと言っとっちゃらい。また来るがも知れんちょぉじ、そいも丁度いが」
そう取って付けたように言うけど、言いたい事が、よく分からないよ。でも僕は僕で、何かを返そうとはしたけれど、それはクッ、みたいな空気が漏れ出ただけで言葉にはならなかった。
「……そ、そいに、今いるとこに、あんま迷惑ばかけとぉ無いっつうが」
アライくんは詳しくは教えてくれなかったけど、今は遠い親戚筋の家(同じ京急長沢駅の最寄だけど招かれたことは無い)に居候のようなかたちで住まわっているそうだ。過去に何度も何か所もそんな「親戚筋」の家をたらい回されてたばい、みたいに笑い話のように語ってくれたことはあったものの。
「え、で、え? いつ行って、いつ帰ってくるって話なの?」
いやな予感はもちろん背中辺りにざわついていたけれど、僕は何とか平静を装って、目を合わせてくれなくなったその横顔の挙動をすがるように凝視しながら、そんな場違いとも思える言葉を発するしかないのだけれど。
「月曜の昼に羽田を発って、何やか一か所を経由してピッツバーグじょら事みとぉど。15時間くらいかかるらしこんけっど、ま、飛行機の中で無茶くそ寝れる人間じゃこからいね、我ぁは。問題は無かよぉ」
ゴカカ、と乾いた笑い声を無理やり出してるけど。いや、そんなの知らないよ。いや、そうじゃなくて……
「日本には多分、もう帰らんじょき」
殊更に軽く言い放ったかに思えるその言葉は、僕の鼓膜には届いたけど、その音波をうまく言葉の意味に咀嚼することが出来なかったわけで。だもんで、
「え? 月曜って来週の? 今日水曜……え? あと五日? え、いやそんな急な……え? ほんと? ええ?」
いつかのリコ御姉様のように、言いたい事の上を上滑るようにして数多の「え」が声帯からどんどん発せられてしまう……きっと顔から表情も抜け落ちてるんだろう。
「こん『祭り』はぎりぎり間に合おばって参加ばできるがばち、御前らに要らんこつ考えさしち、変な空気にぼなるっちゃもアレじゃったご、黙っときたかったんだじょぼ、けど何ぞ、ここまでいやがらせばされちょまでやり切るこつも無かがっと、ふと思ったがで」
何で。何でそんなに感情を抑えて喋ってるんだよ……!?
「いや待ってよ。意味分からないから。なんで、なんの……?」
僕の喋る言葉も、もはや意味を為していないほどであったけれど。
「……これ以上、『元老院』ちょばに目ぇ付けられるのも、うまく無ぇじゃろがち。ジローもシアンも、他の二人も、まだまだこん高校での生活は長ぉなる。それにシアンのらは、あんのけったい三姉妹らと、『家族』やろがち。家族がいがみ合うっつぅのは、やっぱ良くねえな、とか思っちゃりがしたらぁよ」
口をひん曲げて笑みのかたちに顔を持っていこうとしてるけど、全然笑えてないから。
「な、わけでば。我ぁが代表者どして、ちょっくら元老院の方々らぁに、モノ申して来るばが。そんでもうちっとマシな部屋あてがわれたら良し、ダメならまたあの『動画』ばチラつかせて無理を通してくるばい。そんでのの恨み買うのんは我ぁだけで良かがっちよ、どうせすぐに消える人間ちょらいしが」
あの時は勢いでいけたけど、冷静に考えたらあれだけの動画で、本当にどうこうは出来ないって。それは分かってるでしょ? 分かってて……言ってるの?
行くちょらい、実行委員らの詰所がいにじょぉぁッ!! と、表面上はいつもの感じに戻ったかのようなアライくんではあったけれど、割と僕なんかもう付き合い長いからね、揺蕩う不自然さは察せられてしまうよ。振り向いたその、いつもは眼力がよくも悪くも漲っているその黒い瞳に、揺れ動く何かを感じ取ってしまう。
な、なんかあったの……? との僕の問いかけをひらりと交わすかのように、御大は肩にかけたいつもの赤白のスタジャンの両袖をはためかせながら、殊更勢いよく、この音楽室の前方に床から一段迫り出しているところに飛び乗ってみせる。そして、
「そん前に、ちょこと発表がばいがあるあちごッ!!」
わざとらしい直立不動で、その張り出した前髪を一度びよんと跳ねさせながら、少し上向いて言い放つ。でもその仕草にも何となくの無理してる感。ほんとにどうしちゃったの……?
「あー、突然だっど、我ぁの渡米がば決まっちょうらずッ!!」
何かを吹っ切るようなしゃがれた大声、それはいつも通り……とは思えなかった。何かうつろに響いたから。それに「渡米」って……ひとことも聞いてない。
え、渡米って……? と、僕ら四人全員を代弁してくれるかのように三ツ輪さんがそうおずおずと聞いてくれるけど。
「親父さんの義理の妹ごつ人がんな、ピッツバーグちゃるとこに住んどるもんとよ。で、一緒に暮らさねっかっちゅう誘いばを受けとったんば。で、まあ丁度いいがに思ってら、行ってみることにしちゃいうだけのことげに」
こういう平坦な言葉の流れは、アライくんが何か気持ちを抑えつけたり隠そうとしている時のものだ。
「お父さんの行方が分かったってこと……?」
との僕の問いに、んにゃ、とだけ答えると、言葉を探しあぐねてるのか、七分くらいで絞ったカーキ色のフライトパンツのポケットに両手を入れて前後に身体を揺らす素振りをしてから、
「親父さんは色々探したんげば、今はどこいるかわっかんねっど。だ、だど、その義妹さんの所にも何年か前に顔出したことがあるてなこと言っとっちゃらい。また来るがも知れんちょぉじ、そいも丁度いが」
そう取って付けたように言うけど、言いたい事が、よく分からないよ。でも僕は僕で、何かを返そうとはしたけれど、それはクッ、みたいな空気が漏れ出ただけで言葉にはならなかった。
「……そ、そいに、今いるとこに、あんま迷惑ばかけとぉ無いっつうが」
アライくんは詳しくは教えてくれなかったけど、今は遠い親戚筋の家(同じ京急長沢駅の最寄だけど招かれたことは無い)に居候のようなかたちで住まわっているそうだ。過去に何度も何か所もそんな「親戚筋」の家をたらい回されてたばい、みたいに笑い話のように語ってくれたことはあったものの。
「え、で、え? いつ行って、いつ帰ってくるって話なの?」
いやな予感はもちろん背中辺りにざわついていたけれど、僕は何とか平静を装って、目を合わせてくれなくなったその横顔の挙動をすがるように凝視しながら、そんな場違いとも思える言葉を発するしかないのだけれど。
「月曜の昼に羽田を発って、何やか一か所を経由してピッツバーグじょら事みとぉど。15時間くらいかかるらしこんけっど、ま、飛行機の中で無茶くそ寝れる人間じゃこからいね、我ぁは。問題は無かよぉ」
ゴカカ、と乾いた笑い声を無理やり出してるけど。いや、そんなの知らないよ。いや、そうじゃなくて……
「日本には多分、もう帰らんじょき」
殊更に軽く言い放ったかに思えるその言葉は、僕の鼓膜には届いたけど、その音波をうまく言葉の意味に咀嚼することが出来なかったわけで。だもんで、
「え? 月曜って来週の? 今日水曜……え? あと五日? え、いやそんな急な……え? ほんと? ええ?」
いつかのリコ御姉様のように、言いたい事の上を上滑るようにして数多の「え」が声帯からどんどん発せられてしまう……きっと顔から表情も抜け落ちてるんだろう。
「こん『祭り』はぎりぎり間に合おばって参加ばできるがばち、御前らに要らんこつ考えさしち、変な空気にぼなるっちゃもアレじゃったご、黙っときたかったんだじょぼ、けど何ぞ、ここまでいやがらせばされちょまでやり切るこつも無かがっと、ふと思ったがで」
何で。何でそんなに感情を抑えて喋ってるんだよ……!?
「いや待ってよ。意味分からないから。なんで、なんの……?」
僕の喋る言葉も、もはや意味を為していないほどであったけれど。
「……これ以上、『元老院』ちょばに目ぇ付けられるのも、うまく無ぇじゃろがち。ジローもシアンも、他の二人も、まだまだこん高校での生活は長ぉなる。それにシアンのらは、あんのけったい三姉妹らと、『家族』やろがち。家族がいがみ合うっつぅのは、やっぱ良くねえな、とか思っちゃりがしたらぁよ」
口をひん曲げて笑みのかたちに顔を持っていこうとしてるけど、全然笑えてないから。
「な、わけでば。我ぁが代表者どして、ちょっくら元老院の方々らぁに、モノ申して来るばが。そんでもうちっとマシな部屋あてがわれたら良し、ダメならまたあの『動画』ばチラつかせて無理を通してくるばい。そんでのの恨み買うのんは我ぁだけで良かがっちよ、どうせすぐに消える人間ちょらいしが」
あの時は勢いでいけたけど、冷静に考えたらあれだけの動画で、本当にどうこうは出来ないって。それは分かってるでしょ? 分かってて……言ってるの?