昼休みのキャッチボール
翌日の昼休み。いつも伸哉は教室の片隅の席に座り、一人で弁当を食べていたが今日は違う。なんと、咲香と一緒に中庭のベンチで昼食を取ろうと誘われたのだ。
昨日の事はまるで何もなかったかのように笑顔で接してくる咲香に、伸哉は驚きつつも、一緒に昼食をとることにした。
「伸哉くん。このウインナーもらっていい?」
咲香はかわいこぶった笑顔で聞いてきた。
「別にいいけど……」
伸哉はあげたくはなかったが、あまりにも咲香の目がキラキラと輝いて、もの欲しそうに見ていたため、仕方なくあげることにした。
「ありがと伸哉クン!」
咲香は嬉しそうに伸哉の弁当箱に箸を伸ばし、ウインナーを掴んで、そのまま口に入れる。
「うーんおいひい!」
ウインナーをむしゃむしゃと食べている光景は、幸せを絵に表したかのようだ。それを見て伸哉は、咲香の魅力に惹かれていった。
ずるいよ村野さん。こんなの見せられたら、誰だってときめくよ。と伸哉は心の中で言った。
そして伸哉は心臓をバクバクさせながら、咲香の横顔を見つめていた。
「ん? どうひたの?」
「いや、なんでもない」
目があってしまったことで恥ずかしくなり、顔を赤くしながら慌てて視線を外す。
咲香は何のことかわからずキョトンとしている。
「いや、本当になにもないから。大丈夫だから」
伸哉は顔を朱に染めたまま横を向いている。それを見て咲香はなんとなく笑っていた。
「そう? じゃあそういうことにしておくね。あと、昼ごはん食べたらちょっとグラウンドに出てみない?」
咲香は、無邪気に伸哉に言った。
「ま、まあいいけど。何するの?」
「それはその時のお楽しみということで、とりあえず、食べよっか」
咲香は再び箸を取って食べ始めた。
食後、咲香に連れられて行ったのは、誰もいない昼休みのグラウンドだった。
「ここに来たのはいいけど、何するの?」
伸哉が聞くと、咲香は持って来たバックを開いて、軟式の野球ボールを取り出した。
「キャッチボールだけど、なにか?」
「キャッチボールって、グローブは?」
「ないけど、軟式だから大丈夫じゃない?」
確かに軟式のボールは硬球と比べると、そこまと硬くない。それにグローブがなくても、ある程度加減をして投げればそんなには痛くないが、問題はその点ではない。
「それはいいんだけど、村野さん取れるの?」
「大丈夫! あたし小学校まで野球やってたし、今でも小学生の弟とキャッチボールくらいするからへーきへーき!」
「なら、大丈夫か…」
遊園地にいった小学生のようなテンションの咲香を見て、伸哉は少々躊躇したものの、キャッチボールをすることにした。
とは言っても、いきなりすると肩に異常をきたす可能性もあるので、伸哉と咲香は肩を少しストレッチしてから、キャッチボールを始めた。
「村野さん、随分筋がいいね」
何球かキャッチボールをしているうちに、咲香は野球が上手いことが分かった。
「え、そう?!」
「うん。十分上手いよ」
咲香は少々疑っていたようだが、伸哉の言葉に偽りは一切なかった。
野球の上手い下手というのは、キャッチボールをした時に如実に出ると言われている。
例えば相手にボールを投げる時。上手い人はボールが常に取りやすいコース、つまり、胸元付近にボールが来る。
また、取る時もそういった差が出てくる。下手な人は、ボールを迎えにいくようは変な取り方をしてしまいがちだ。
しかし、咲香の取り方は上手い人のそれで、投げる時も胸元付近にちゃんとボールが来て、その上、女の子投げ――肩よりも肘が下がった投げ方。主に、女性や小さい子どもにこの投げ方をする人が多い――という投げ方ではなく、ちゃんとした投げ方をしている。
「ほんと?! ありがとう! 野球上手い人に褒められるってめっちゃ嬉しい!」
伸哉に褒められたのが嬉しかったのか、咲香はかなりはしゃいでいた。
「ところで村野さん。小学生の頃野球やってたって言ってたけど、どうして?」
キャッチボールを続けながら、咲香に聞いてみた。
「お父さんが凄い野球好きで、小さい時からずっとお父さんと野球を見てきて、気づいたらあたしも好きになっちゃてたんだ」
「かなり意外だね」
「それで、小学生の頃はずっと野球やってたんよ。軟式の方だけどね。本当は中学まで続けたかったけど、学年が上がるにつれてどんどん周りと体力の差が開いて、それで、諦めてバスケに進んだ」
咲香の顔は、心なしかいつもより暗かった。
「私もわかってたんよ。年が進めばいづれこうなるって。悔しい形で諦めたけど、野球は嫌いになれんかった。嫌いになろうって思っといても出来んかったし。それに、こうやって伸哉くんとキャッチボールしてると、野球好きでよかったなって感じる」
咲香の言った言葉は、意外な一言だった。
「僕と、キャッチボールして?」
「そうよ。だって、こんな上手い人とやれるってなかなかないけんね」
咲香がボールを投げようとした時、昼休み終了五分前を知らせる予鈴のチャイムが、二人だけの空間を打ち砕くように鳴り響いた。
「あー、終わりか。もっとやりたかったけど、楽しかった!じゃあ教室に戻ろう。次現社――現代社会の略語――やけんさ」
「う、うん」
「それからさ、あたしのこと村野さんじゃなくて、下の名前で読んで! なんかよそよそしいけんさ」
「わ、分かりました。咲香さん」
「じゃあ、戻ろ。やばい、あと三分だ!」
二人はグラウンドから、ダッシュで教室へと戻っていった。
結局、時間内に教室には戻れなかったが、現社の先生が三十分遅刻するという事態が発生し、遅刻はバレずに済んだ。
昨日の事はまるで何もなかったかのように笑顔で接してくる咲香に、伸哉は驚きつつも、一緒に昼食をとることにした。
「伸哉くん。このウインナーもらっていい?」
咲香はかわいこぶった笑顔で聞いてきた。
「別にいいけど……」
伸哉はあげたくはなかったが、あまりにも咲香の目がキラキラと輝いて、もの欲しそうに見ていたため、仕方なくあげることにした。
「ありがと伸哉クン!」
咲香は嬉しそうに伸哉の弁当箱に箸を伸ばし、ウインナーを掴んで、そのまま口に入れる。
「うーんおいひい!」
ウインナーをむしゃむしゃと食べている光景は、幸せを絵に表したかのようだ。それを見て伸哉は、咲香の魅力に惹かれていった。
ずるいよ村野さん。こんなの見せられたら、誰だってときめくよ。と伸哉は心の中で言った。
そして伸哉は心臓をバクバクさせながら、咲香の横顔を見つめていた。
「ん? どうひたの?」
「いや、なんでもない」
目があってしまったことで恥ずかしくなり、顔を赤くしながら慌てて視線を外す。
咲香は何のことかわからずキョトンとしている。
「いや、本当になにもないから。大丈夫だから」
伸哉は顔を朱に染めたまま横を向いている。それを見て咲香はなんとなく笑っていた。
「そう? じゃあそういうことにしておくね。あと、昼ごはん食べたらちょっとグラウンドに出てみない?」
咲香は、無邪気に伸哉に言った。
「ま、まあいいけど。何するの?」
「それはその時のお楽しみということで、とりあえず、食べよっか」
咲香は再び箸を取って食べ始めた。
食後、咲香に連れられて行ったのは、誰もいない昼休みのグラウンドだった。
「ここに来たのはいいけど、何するの?」
伸哉が聞くと、咲香は持って来たバックを開いて、軟式の野球ボールを取り出した。
「キャッチボールだけど、なにか?」
「キャッチボールって、グローブは?」
「ないけど、軟式だから大丈夫じゃない?」
確かに軟式のボールは硬球と比べると、そこまと硬くない。それにグローブがなくても、ある程度加減をして投げればそんなには痛くないが、問題はその点ではない。
「それはいいんだけど、村野さん取れるの?」
「大丈夫! あたし小学校まで野球やってたし、今でも小学生の弟とキャッチボールくらいするからへーきへーき!」
「なら、大丈夫か…」
遊園地にいった小学生のようなテンションの咲香を見て、伸哉は少々躊躇したものの、キャッチボールをすることにした。
とは言っても、いきなりすると肩に異常をきたす可能性もあるので、伸哉と咲香は肩を少しストレッチしてから、キャッチボールを始めた。
「村野さん、随分筋がいいね」
何球かキャッチボールをしているうちに、咲香は野球が上手いことが分かった。
「え、そう?!」
「うん。十分上手いよ」
咲香は少々疑っていたようだが、伸哉の言葉に偽りは一切なかった。
野球の上手い下手というのは、キャッチボールをした時に如実に出ると言われている。
例えば相手にボールを投げる時。上手い人はボールが常に取りやすいコース、つまり、胸元付近にボールが来る。
また、取る時もそういった差が出てくる。下手な人は、ボールを迎えにいくようは変な取り方をしてしまいがちだ。
しかし、咲香の取り方は上手い人のそれで、投げる時も胸元付近にちゃんとボールが来て、その上、女の子投げ――肩よりも肘が下がった投げ方。主に、女性や小さい子どもにこの投げ方をする人が多い――という投げ方ではなく、ちゃんとした投げ方をしている。
「ほんと?! ありがとう! 野球上手い人に褒められるってめっちゃ嬉しい!」
伸哉に褒められたのが嬉しかったのか、咲香はかなりはしゃいでいた。
「ところで村野さん。小学生の頃野球やってたって言ってたけど、どうして?」
キャッチボールを続けながら、咲香に聞いてみた。
「お父さんが凄い野球好きで、小さい時からずっとお父さんと野球を見てきて、気づいたらあたしも好きになっちゃてたんだ」
「かなり意外だね」
「それで、小学生の頃はずっと野球やってたんよ。軟式の方だけどね。本当は中学まで続けたかったけど、学年が上がるにつれてどんどん周りと体力の差が開いて、それで、諦めてバスケに進んだ」
咲香の顔は、心なしかいつもより暗かった。
「私もわかってたんよ。年が進めばいづれこうなるって。悔しい形で諦めたけど、野球は嫌いになれんかった。嫌いになろうって思っといても出来んかったし。それに、こうやって伸哉くんとキャッチボールしてると、野球好きでよかったなって感じる」
咲香の言った言葉は、意外な一言だった。
「僕と、キャッチボールして?」
「そうよ。だって、こんな上手い人とやれるってなかなかないけんね」
咲香がボールを投げようとした時、昼休み終了五分前を知らせる予鈴のチャイムが、二人だけの空間を打ち砕くように鳴り響いた。
「あー、終わりか。もっとやりたかったけど、楽しかった!じゃあ教室に戻ろう。次現社――現代社会の略語――やけんさ」
「う、うん」
「それからさ、あたしのこと村野さんじゃなくて、下の名前で読んで! なんかよそよそしいけんさ」
「わ、分かりました。咲香さん」
「じゃあ、戻ろ。やばい、あと三分だ!」
二人はグラウンドから、ダッシュで教室へと戻っていった。
結局、時間内に教室には戻れなかったが、現社の先生が三十分遅刻するという事態が発生し、遅刻はバレずに済んだ。