入部の決意
早朝六時。早く目が覚めた彰久はベッドの中から携帯を開いた。開くと、二時五十分にL○NEが一通届いていた。どうせ、大したことないものだと思って目をこすりながら宛先を見た。
「えっ、嘘……」
彰久は言葉を失った。なんとそのL○NEは伸哉からのものだった。
もしかしたらという期待を込めながらメッセージを見てみると
“野球部に入部しようと思います。薗部先生にも話しておきますので、その時はよろしくお願いします”
まさに、彰久が期待した通りの内容だった。
「よっしゃーーーーー!!!」
ベッドの上で彰久は大きく強く飛び跳ねた。
「おーい。涼紀!」
「はいっ!先輩」
あまりの嬉しさに彰久は、一時間目の休み時間に偶然見つけた涼紀に声をかけた。
「明日、伸哉が来てくれるぜ! なんと、野球部に入部するためだ!!」
「ほ、ほんとうですか?!」
「本当だ。お前の行動は無駄じゃ無かったんだ」
「やったーーーー!!」
涼紀は周囲の同級生から一瞬振り向かれるくらい、大きな声で叫びながら両の拳を握り締めていた。
昼休みの職員室。彰久は薗部に伸哉が本当に入部することを伝えたのかを確かめに来ていた。
「ええ。確かに朝野球部に入りたいのですが、と言ってきましたよ」
薗部は笑顔で淡々と答えた。
「よかったあ。伸哉にも教室の近くで直接聞いたけど、あれは嘘じゃなかったんだ」
彰久は本当なのかを確かめたくて、本人に直接聞きに行ったようだった。
「だから伸哉君は朝から機嫌が悪そうだったのか」
薗部は伸哉が不機嫌だった理由が分かった。彰久の顔を見ても何の悪意は無いようだが、朝のホームルームの時の伸哉の顔からして相当嫌だったようだ。
「彰久君。悪意の無い行動も時と場合によっては人を傷つけるんですよ。そこはちゃんと注意してから行動して下さいね」
「はい。分かりました」
彰久はイマイチ理解してないが、取り敢えず返事をした。
「ただ、このまま入部させても納得出来ない奴はいると思います」
「確かに、もう新体制で動き出していますからね」
薗部もそのことは重々承知だった。
「それでですよ。金曜日に……というのはどうでしょうか?」
「いい考えですね。そうしましょう」
「監督にも出来るだけ来てもらいたいのですが」
「するのなら当然ですよ。私も直接、その実力を確認したいので」
「では、よろしくお願いします」
彰久は満足した顔で職員室から出ていった。
金曜日。朝七時半。
伸哉は通学バックと、今日からまた使い始める野球道具を詰めたエナメルバックを持って、新しい環境に心踊らせながら玄関で出発する準備をしていた。
「伸哉」
「父さん」
スーツ姿の隆哉が伸哉に声をかけた。息子がもう一度野球をするということが、よほど喜ばしかったのかその表情はいつもより少し緩んでいた。
「もう一度野球をやるって言ってくれて、本当に嬉しいよ。今度はみんなと上手くいくといいな」
「うん。今度は野球を楽しんでやっていこうと思うんだ」
「そうか……。伸哉はやっぱり父さんの子なんだな」
伸哉には今更何を言っているのか分からなかった。
「実を言うと、父さんも中学時代に一度野球から離れてたんだ」
「え?!」
「本当さ。伸哉と似たようなことがあってな。その時も今くらいの時期まで野球をやってなかたけど、最後はやりたくなってまた戻ったんだ。今度は野球を楽しむって決めてな……」
同じような過程を辿った息子と昔の自分を重ね合わせてみたのか、隆哉は感慨深そうな顔をしていた。
「………あっ、いけない! もうこんな時間だ!! そろそろ行って来るよ!」
「おう。いってらっしゃい」
笑顔で答えながら玄関を出た伸哉を優しく見守った。
「また、あの子が野球を始めるのね」
後に続くようにキッチンから妻の梨沙が出て来た。
「ああ。伸哉は思ってる以上に強いんだな」
「そうよ。あの子を見てると、あの頃の干からびた魚みたいだった、お父さんを思い出すわ」
「ばっ、その事はいわないっていっただろ」
「分かってるわよ。それに、朝食の時の伸哉が、またあの日のお父さんにそっくりだったわ」
「ははは。……俺もまた、伸哉以上に頑張らないとな」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、行って来る」
ネクタイを締め直して隆也も玄関を出た。
放課後のグラウンド。
「おお、伸哉か」
部活が始まる十分前。グラウンドに伸哉の姿が現れた。彰久は早速伸哉の元へ駆け寄った。
「本当に来てくれるとは思わんかったから、すげえ心配したんだぜ」
彰久は伸哉が来てくれて、ホッとしているようだ。その雰囲気は伸哉にも十二分に伝わってきた。
「逃げないよ。それに僕は野球をとことんまで楽しむつもりだしね」
「それは何よりだ。監督! 伸哉を部室に案内して来ます」
そういうと薗部は腕を交差してバツ印を出した。
「いや、彰久君は残って一緒に全体練習をやってて。部室の案内は涼紀君にさせて」
「分かりました。仕方が無いが涼紀。後は頼んだぞ」
「はい!!」
彰久は渋々ながら涼紀に役割を譲った。そして、涼紀が伸哉を部室へと案内した。
「あの。この前は、悪かったな」
「別に、もう気にしてなんかないから謝らなくてもいいよ。というか、謝るべきは僕の方だと思う……」
強引に話をしてきた水曜日とは別人のように豹変した態度を見て少し話しやすくなった。
「いや、でもさ。なんか謝まらないといけないかなって」
「ならお互い様ってことで、もうこれ以上はなしにしようよ。それより荷物はここのロッカーの中でいいんだよね?」
どんよりした空気を切るように、少し乱暴な言い方で涼紀に尋ねた。
「そこでいい。それともう五月で新体制での役割とかも決まってるから、伸哉のことよく思ってない連中もいるかもしれない。だから、先輩が監督と話し合ってテストをするようにしたんだ」
「だから?」
「いや、そのさ、別に俺はお前の事は認めてるし、手を抜かなけりゃ合格出来ると思ってるさ」
真剣な顔で涼紀が忠告して来るのを少し笑いそうになりながら聞いていた。
「ご忠告ありがとう。けど僕がマウンドで手を抜いた一度もないから。だから、そんなことで心配する必要もされる必要もない」
「ば、ばか! 俺は心配してやってんのに。お前なんか知らねえ!!」
伸哉だけを残して逃げるようにグラウンドに戻っていった。
「ふぅー」
伸哉はゆっくり着替えた。着替え終わった伸哉がグラウンドへ姿を表すと、周りが一気に騒がしくなった。
伸哉はそれを気に止めることなくゆっくり深々と一礼をし、グラウンドの中へと入った。
「野球部にようこそ伸哉君」
薗部自ら駆け寄って声をかけてきた。
「私としてはウェルカムだけど、とりあえず実力を見せてもらうよ。場合によっては入部を許可しないけどそれでも大丈夫?」
「全然問題ないです」
早く投げたい、野球をしたいという湧き立つ感情を押さえて、静かに伸哉は返事をした。
「あれが新入りか」
「どんな球放るんだ」
伸哉と彰久の肩慣らしのキャッチボールに野球部員は釘付けになる。
「そろそろ肩も暖まってきたので。始めて大丈夫でしょうか?」
ぐるぐると肩をゆっくり回しながら言った。
「分かった。では、監督! 始めます」
「うん。それじゃ、どうぞ」
監督の一声で辺りがシーン、と静まり返る。
“もう一度野球部に入る”
入学したその時には全く考えてすらいなかった事だ。だが、それが今、目の前で現実になろうとしていた。
随分遠い回り道をしちゃったな。でも、もう僕は絶対迷わない。
右足を少し引き、スッと上半身を伸ばす。そこから腰をいつもより少し大きく捻る。
さあて。また野球を楽しんでいくとしますか!
投げられたストレートは、美しく糸を引くように彰久の構えたミットへと吸い込まれていった。
「えっ、嘘……」
彰久は言葉を失った。なんとそのL○NEは伸哉からのものだった。
もしかしたらという期待を込めながらメッセージを見てみると
“野球部に入部しようと思います。薗部先生にも話しておきますので、その時はよろしくお願いします”
まさに、彰久が期待した通りの内容だった。
「よっしゃーーーーー!!!」
ベッドの上で彰久は大きく強く飛び跳ねた。
「おーい。涼紀!」
「はいっ!先輩」
あまりの嬉しさに彰久は、一時間目の休み時間に偶然見つけた涼紀に声をかけた。
「明日、伸哉が来てくれるぜ! なんと、野球部に入部するためだ!!」
「ほ、ほんとうですか?!」
「本当だ。お前の行動は無駄じゃ無かったんだ」
「やったーーーー!!」
涼紀は周囲の同級生から一瞬振り向かれるくらい、大きな声で叫びながら両の拳を握り締めていた。
昼休みの職員室。彰久は薗部に伸哉が本当に入部することを伝えたのかを確かめに来ていた。
「ええ。確かに朝野球部に入りたいのですが、と言ってきましたよ」
薗部は笑顔で淡々と答えた。
「よかったあ。伸哉にも教室の近くで直接聞いたけど、あれは嘘じゃなかったんだ」
彰久は本当なのかを確かめたくて、本人に直接聞きに行ったようだった。
「だから伸哉君は朝から機嫌が悪そうだったのか」
薗部は伸哉が不機嫌だった理由が分かった。彰久の顔を見ても何の悪意は無いようだが、朝のホームルームの時の伸哉の顔からして相当嫌だったようだ。
「彰久君。悪意の無い行動も時と場合によっては人を傷つけるんですよ。そこはちゃんと注意してから行動して下さいね」
「はい。分かりました」
彰久はイマイチ理解してないが、取り敢えず返事をした。
「ただ、このまま入部させても納得出来ない奴はいると思います」
「確かに、もう新体制で動き出していますからね」
薗部もそのことは重々承知だった。
「それでですよ。金曜日に……というのはどうでしょうか?」
「いい考えですね。そうしましょう」
「監督にも出来るだけ来てもらいたいのですが」
「するのなら当然ですよ。私も直接、その実力を確認したいので」
「では、よろしくお願いします」
彰久は満足した顔で職員室から出ていった。
金曜日。朝七時半。
伸哉は通学バックと、今日からまた使い始める野球道具を詰めたエナメルバックを持って、新しい環境に心踊らせながら玄関で出発する準備をしていた。
「伸哉」
「父さん」
スーツ姿の隆哉が伸哉に声をかけた。息子がもう一度野球をするということが、よほど喜ばしかったのかその表情はいつもより少し緩んでいた。
「もう一度野球をやるって言ってくれて、本当に嬉しいよ。今度はみんなと上手くいくといいな」
「うん。今度は野球を楽しんでやっていこうと思うんだ」
「そうか……。伸哉はやっぱり父さんの子なんだな」
伸哉には今更何を言っているのか分からなかった。
「実を言うと、父さんも中学時代に一度野球から離れてたんだ」
「え?!」
「本当さ。伸哉と似たようなことがあってな。その時も今くらいの時期まで野球をやってなかたけど、最後はやりたくなってまた戻ったんだ。今度は野球を楽しむって決めてな……」
同じような過程を辿った息子と昔の自分を重ね合わせてみたのか、隆哉は感慨深そうな顔をしていた。
「………あっ、いけない! もうこんな時間だ!! そろそろ行って来るよ!」
「おう。いってらっしゃい」
笑顔で答えながら玄関を出た伸哉を優しく見守った。
「また、あの子が野球を始めるのね」
後に続くようにキッチンから妻の梨沙が出て来た。
「ああ。伸哉は思ってる以上に強いんだな」
「そうよ。あの子を見てると、あの頃の干からびた魚みたいだった、お父さんを思い出すわ」
「ばっ、その事はいわないっていっただろ」
「分かってるわよ。それに、朝食の時の伸哉が、またあの日のお父さんにそっくりだったわ」
「ははは。……俺もまた、伸哉以上に頑張らないとな」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、行って来る」
ネクタイを締め直して隆也も玄関を出た。
放課後のグラウンド。
「おお、伸哉か」
部活が始まる十分前。グラウンドに伸哉の姿が現れた。彰久は早速伸哉の元へ駆け寄った。
「本当に来てくれるとは思わんかったから、すげえ心配したんだぜ」
彰久は伸哉が来てくれて、ホッとしているようだ。その雰囲気は伸哉にも十二分に伝わってきた。
「逃げないよ。それに僕は野球をとことんまで楽しむつもりだしね」
「それは何よりだ。監督! 伸哉を部室に案内して来ます」
そういうと薗部は腕を交差してバツ印を出した。
「いや、彰久君は残って一緒に全体練習をやってて。部室の案内は涼紀君にさせて」
「分かりました。仕方が無いが涼紀。後は頼んだぞ」
「はい!!」
彰久は渋々ながら涼紀に役割を譲った。そして、涼紀が伸哉を部室へと案内した。
「あの。この前は、悪かったな」
「別に、もう気にしてなんかないから謝らなくてもいいよ。というか、謝るべきは僕の方だと思う……」
強引に話をしてきた水曜日とは別人のように豹変した態度を見て少し話しやすくなった。
「いや、でもさ。なんか謝まらないといけないかなって」
「ならお互い様ってことで、もうこれ以上はなしにしようよ。それより荷物はここのロッカーの中でいいんだよね?」
どんよりした空気を切るように、少し乱暴な言い方で涼紀に尋ねた。
「そこでいい。それともう五月で新体制での役割とかも決まってるから、伸哉のことよく思ってない連中もいるかもしれない。だから、先輩が監督と話し合ってテストをするようにしたんだ」
「だから?」
「いや、そのさ、別に俺はお前の事は認めてるし、手を抜かなけりゃ合格出来ると思ってるさ」
真剣な顔で涼紀が忠告して来るのを少し笑いそうになりながら聞いていた。
「ご忠告ありがとう。けど僕がマウンドで手を抜いた一度もないから。だから、そんなことで心配する必要もされる必要もない」
「ば、ばか! 俺は心配してやってんのに。お前なんか知らねえ!!」
伸哉だけを残して逃げるようにグラウンドに戻っていった。
「ふぅー」
伸哉はゆっくり着替えた。着替え終わった伸哉がグラウンドへ姿を表すと、周りが一気に騒がしくなった。
伸哉はそれを気に止めることなくゆっくり深々と一礼をし、グラウンドの中へと入った。
「野球部にようこそ伸哉君」
薗部自ら駆け寄って声をかけてきた。
「私としてはウェルカムだけど、とりあえず実力を見せてもらうよ。場合によっては入部を許可しないけどそれでも大丈夫?」
「全然問題ないです」
早く投げたい、野球をしたいという湧き立つ感情を押さえて、静かに伸哉は返事をした。
「あれが新入りか」
「どんな球放るんだ」
伸哉と彰久の肩慣らしのキャッチボールに野球部員は釘付けになる。
「そろそろ肩も暖まってきたので。始めて大丈夫でしょうか?」
ぐるぐると肩をゆっくり回しながら言った。
「分かった。では、監督! 始めます」
「うん。それじゃ、どうぞ」
監督の一声で辺りがシーン、と静まり返る。
“もう一度野球部に入る”
入学したその時には全く考えてすらいなかった事だ。だが、それが今、目の前で現実になろうとしていた。
随分遠い回り道をしちゃったな。でも、もう僕は絶対迷わない。
右足を少し引き、スッと上半身を伸ばす。そこから腰をいつもより少し大きく捻る。
さあて。また野球を楽しんでいくとしますか!
投げられたストレートは、美しく糸を引くように彰久の構えたミットへと吸い込まれていった。