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作者: カラコルム
第三十五話 最後の夜
 バース炭鉱封鎖の報せは、その日の内にアンダーイーヴズ中を駆け巡った。
 シェイドとサニーは疲れ切った身体を押して、事情を説明する会見の席を設けた。
 連日で続いた怪事に、住民達の間に流れる緊張と警戒の度合いはとうとうピークに達し、サニーへ向ける疑念と憎悪も限界にまで膨れ上がり、今にも暴動が起きかねない程の一触即発とした空気が流れたが、

「街の呪いは、今夜を持って終わりです」

 シェイドの放ったその一言で、場は水を打ったように静まり返った。
 その後シェイドは、レッド・ダイヤモンドが呪いの元凶であったこと、自分達の手で全ての決着をつけたことを語ったが、父親が黒幕であったこと、そしてセレンがその片棒を担いでいたこと等の詳細は伏せた。

「安心して下さい、皆さん。長きに渡って皆さんを苦しめた『エゴ』の呪いは、本日をもって終息します。私と、こちらのサニーさんが原因を突き止め、それを排除したのです。彼女の協力無くして、今日の結果を導き出す事は出来ませんでした」

「で、ではもう……太陽を恐れる必要は無いのですか!? 自分の影に、怯えなくとも良くなったのですか!?」

「はい、誓って約束します。今夜を最後に、皆さんは再び陽の光の下で生きてゆけるようになるでしょう。皆さんの忍耐は報われました。四十年に及ぶアンダーイーヴズの暗闇も、とうとう夜明けを迎える時が来たのです」

「おお……! おおお……っ!」

 誰からともなく、感嘆の声が上がる。その波は次々と人々の間に広がり、瞬く間に大きな歓声となって街中を埋め尽くした。
 喜びの渦に熱狂する人々を尻目に、サニーは壇上に立つシェイドの横顔を仰ぎ見た。
 一切の煩悶も苦悩も乗り越えたようにすら見える穏やかな表情の中で、しかし目だけが決意の色を滾らせて光っていた。


◆◆◆


「あんな風に言い切っちゃって良かったんですか?」

 会見を終えた後、人目が途切れた事を確かめつつサニーはシェイドにそう問いかけた。

「セレンさんが……レッド・ダイヤモンドがどうなったのか、ハッキリした事はまだ分かってないのに」

「大丈夫です、サニーさん。もう何も、心配する必要はございません」

 確信の込もった声でそう断言するシェイド。口調にも顔にも、一片の疑問すら含まれていない。
 一皮むけたというべきか、それとも振り切れ過ぎて精神に変調を来していると思うべきか。サニーには、どちらとも判断がつかなかった。
 それもこれも、シェイドが何も言ってくれない所為だ。

 バース炭鉱からの脱出後、シェイドとサニーは放心したように館へ帰ってきた。
 時計を見ると、時刻は既に正午を回っていた。
 玄関をくぐると、シェイドはすぐに館で働く使用人の為の部屋、所謂セレン専用の個室へと急いだ。
 彼女が、そこにシェイドの祖母の手紙を隠してあると言っていたからだ。
 破棄する事も、館の外へ持ち出す事も出来ない保護の魔術が施されているというセレンの言葉を信じれば、祖母の手紙はセレンの自宅ではなく、こちらに移されていると考えるのが妥当だった。

「……! あった……!」

 果たして、手紙は本当にそこにあった。
 何処に隠すでもなく、机の上にぽつんと、無造作に置かれて。
 念の為に、サニーが先にそれを検めた。間違いなく、胸像の中にあったあの手紙と同一の物だった。
 差し出された手紙を、震える手でシェイドが受け取る。
 そして、自我すら芽生えていない時期に亡くなってしまった、記憶の中にも居ない祖母に対して崇敬の念を捧げるように手紙を額の上に推し戴いてから、慎重な手付きで中を開き、一字一句を脳裏に染み込ませるように文面を目で追った。
 サニーは、真剣さを通り越して鬼気迫る様相で手紙を読むシェイドの姿を、部屋に備え付けてあったソファに座ってただボンヤリと眺めていた。
 そうしていると、昨夜から溜まりに溜まった疲労が一気に身体にのしかかって来るのを感じた。
 サニーは眠るまいと抗ったものの、いつしか忍び寄る睡魔に負け、そのまま重力に従って落っこちるように微睡みへと沈んでいった。

「ん……? んん〜……?」

 気付いた時には、窓から見える空は既に朱に染まっていた。
 起き上がろうとすると、身体から毛布がずり落ちる。シェイドが掛けてくれたようだ。
 だが、そのシェイドの姿は此処には無い。

「自室に戻ったのかな……? ……っ! 痛た……!」

 意識が覚醒してくると共に、身体の節々から上がる悲鳴が届くようになる。生半可に休息を取った所為で、却ってそれまでの蓄積したダメージが表に顕れてきたようだ。
 正直、このまままだ身を横たえていたいところだが、そうもいかない。シェイドのところに行かなくてはならない。
 軋む身体を押して、サニーが立ち上がろうとした時、まさにそのシェイドが顔を出した。

「起きていましたか、サニーさん。丁度良かった」

 シェイドの顔にも声にも力と張りが戻っていた。

「お疲れのところ、大変申し訳ありません。最後にもう一仕事、ご一緒して頂けますか?」

 滑らかな仕草で彼が手を差し出してくる。サニーはしばしぼんやりと、シェイドの温かながらも確かな意志の込もった瞳を見つめていた。

「さあ、行きましょう。そろそろ街の人々が活動を始める時間ですから」

 そう強く促されて、サニーはようやく我へとかえる。彼女は言われるがまま差し出された手を受け取り、シェイドと共に夕暮れ深まるアンダーイーヴズへ繰り出して行った。
 憑き物が落ちたかのようなシェイドの様子を訝り、道々に詳しい事情を尋ねてみたが、その都度はぐらかされて確かな説明は貰えず終いだった。
 そして今に至るのである。

「着きましたよ、サニーさん。昨日、今日と、本当にお疲れ様でした。今夜は一切の不安を棄て、存分にお身体を休めて下さい」

「あ、あのっ!」

 再び館に帰り着き、さっさと自室に戻ろうとするシェイドの背中に、サニーは声を張り上げた。

「シェイドさん……。本当に、もう大丈夫なんですよね? 街の人々に言っていたように、全部終わったんですよね?」

「ええ。嘘ではありませんよ。今夜で、アンダーイーヴズの呪いは終焉を迎えます」

 顔だけを僅かに此方に向けると、シェイドは平坦な口調でそう断言した。
 そして、立ち尽くすサニーを置いて、廊下の奥へとさっさと引っ込んでいく。

「……」

 シェイドの様子に揺らぎは無い。
 それなのに、サニーはどうしても安心出来なかった。
 一体何が、シェイドにあのような確信を抱かせたのか。
 祖母の手紙には、サニーには知り得ない、シェイドにだけ分かる何かが刻まれてあったのか。
 
「シェイドさんのおばあさん。貴女は、自分の子供に、あるいは孫に、本当は何を伝えたかったのですか……?」

 サニーは記憶の糸を手繰り、シェイドの祖母の手紙の内容を思い返した。
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