残酷な描写あり
第十七話 警告を胸にしまって
「サニーさん、お帰りなさい」
正面玄関から館へ戻ると、丁度玄関ホールを通りがかったらしいシェイドと再会した。
「あ、シェイドさん……」
「ケルティーはどうでしたか? ちゃんと餌は食べてくれましたか?」
「はい……。それは、大丈夫です」
「そうでしたか、それは良かった。人見知りの激しい子ですから、あるいはサニーさんから差し出された餌は口にしないかも、とも思いましたが杞憂だったようですね」
屈託のない優雅な笑みをサニーに向けるシェイド。普段の憂いを取り払ったような、彼本来の情緒が滲み出るその笑顔に対し、サニーは気重に告げる。
「いえ、あたしじゃないんです。悪戦苦闘しているとセレンさんが来て、ケルティーに飼葉を与えてくれました」
「セレンが、こんな時間に?」
シェイドの眉が驚きで上がる。
「はい。今はあたしが居るから、いつも通りに仕事を始めていたんじゃ間に合わないって言ってて……。見ませんでしたか?」
「いえ、私は会っていません。セレンは館に来たら、何よりも先に私に挨拶に来ます。普段からの習慣で強要してはおりませんが、彼女は一度も欠かした事はありません」
「……一度、家に帰ったんでしょうか?」
「かも知れませんが、ふむ……」
シェイドは顎に手を当て、考える仕草をする。
「サニーさん、もしかしてセレンから何か言われたりしませんでしたか?」
「えっ……!? 何かって、何をですかっ!?」
いきなり切り込まれてサニーの声が裏返る。
それで察したのか、シェイドは申し訳無さそうに眉を下げた。
「やはりそうでしたか……。彼女にも困ったものです」
やれやれ、というように首を振って、シェイドはサニーを見詰めた。
「セレンの非礼は謹んでお詫びします、サニーさん。どうも彼女はこの館を守ろうという気持ちが強すぎて、来客を好まない傾向がございますから」
「いえそんなっ! あたしは気にしてませんよ!」
サニーは慌てて手を振るが、シェイドは寂しそうに笑って玄関ホールを振り返る。
ここだけで結構な広さがあるにも関わらず、何処にも埃ひとつ落ちていない。大理石で出来た床も、壁の前に置かれた胸像もピカピカだ。
「働き者の良い娘なんですがね。昔は本当の兄のように遠慮なく私を慕ってくれたのに、近頃はすっかり距離を置かれてしまいました」
シェイドは胸像に手を伸ばし、頭の部分を愛おしそうに撫でる。立派なヒゲを生やした壮年の紳士を模したと思われる胸像が、シェイドの手付きに応えるように光を反射したような気がした。
話に聴くシェイドの父親がモデルなのだろうか?
「その胸像って、もしかしてシェイドさんの?」
「ええ、父です。父の没後、セレンにせがまれて発注した特別な品なんです。思えばあれが、長じてからセレンに言われた最後のワガママでしたね」
やはりそうか。しかしセレンの要望で置かれたものとは思わなかった。彼女も、心から慕っていた先代の姿を、こうした形で留めておきたいと願ったのだろうか。
「本来のセレンは、明るく快活で人当たりの良い性格なんです。出来ればサニーさんとも仲良くして頂きたいものなのですが」
「それは、あたしにも何となく分かります。ケルティーに餌を上げる時のセレンさん、すっごく優しそうな顔してましたし」
“ケルぴー”なんて愛称まで付けて可愛がっていた彼女だ。あの毒気の抜かれた表情は、サニーも見ていて悪くないと思った。確かにシェイドの言う通り、自分にももう少しその優しさを向けて欲しいところではあるが。
「でも……」
と、そこでどうしてもセレンが言っていた言葉を考えてしまう。
あの警告めいた発言の数々が何を意図しているのか……。サニーの想像は暗い方にばかり傾く。
「“でも”……? どうされましたか?」
「……いいえ、こっちの話です!」
シェイドの疑問を打ち消すように、サニーは暗い想像を振り払って明るい声を出した。
「セレンさんとは、あたしからも機会を見つけて話してみようと思います! 年も近いですし、折角知り合えたんだからお友達にもなりたいですしねっ!」
「ありがとうございます。そう言って頂けて安心しました。仕事一筋なセレンには同年代の友人が少なく、私も心配しておりましたから。サニーさんが彼女の良き友となって下さるのなら、望外の喜びです」
表情を綻ばせるシェイドを眺めながら、サニーは胸の内で密かに決意した。
(セレンさんの意図は、今は考えないようにしよう。あたしのしている事は、間違ってはいない筈。あの子とだって、きっと追々分かり合えるようになるよ!)
いつもながらの、前向きな考え。
それが自身の長所であり、短所でもあると知りつつ、サニーは尚も貫こうと決めたのだった。
正面玄関から館へ戻ると、丁度玄関ホールを通りがかったらしいシェイドと再会した。
「あ、シェイドさん……」
「ケルティーはどうでしたか? ちゃんと餌は食べてくれましたか?」
「はい……。それは、大丈夫です」
「そうでしたか、それは良かった。人見知りの激しい子ですから、あるいはサニーさんから差し出された餌は口にしないかも、とも思いましたが杞憂だったようですね」
屈託のない優雅な笑みをサニーに向けるシェイド。普段の憂いを取り払ったような、彼本来の情緒が滲み出るその笑顔に対し、サニーは気重に告げる。
「いえ、あたしじゃないんです。悪戦苦闘しているとセレンさんが来て、ケルティーに飼葉を与えてくれました」
「セレンが、こんな時間に?」
シェイドの眉が驚きで上がる。
「はい。今はあたしが居るから、いつも通りに仕事を始めていたんじゃ間に合わないって言ってて……。見ませんでしたか?」
「いえ、私は会っていません。セレンは館に来たら、何よりも先に私に挨拶に来ます。普段からの習慣で強要してはおりませんが、彼女は一度も欠かした事はありません」
「……一度、家に帰ったんでしょうか?」
「かも知れませんが、ふむ……」
シェイドは顎に手を当て、考える仕草をする。
「サニーさん、もしかしてセレンから何か言われたりしませんでしたか?」
「えっ……!? 何かって、何をですかっ!?」
いきなり切り込まれてサニーの声が裏返る。
それで察したのか、シェイドは申し訳無さそうに眉を下げた。
「やはりそうでしたか……。彼女にも困ったものです」
やれやれ、というように首を振って、シェイドはサニーを見詰めた。
「セレンの非礼は謹んでお詫びします、サニーさん。どうも彼女はこの館を守ろうという気持ちが強すぎて、来客を好まない傾向がございますから」
「いえそんなっ! あたしは気にしてませんよ!」
サニーは慌てて手を振るが、シェイドは寂しそうに笑って玄関ホールを振り返る。
ここだけで結構な広さがあるにも関わらず、何処にも埃ひとつ落ちていない。大理石で出来た床も、壁の前に置かれた胸像もピカピカだ。
「働き者の良い娘なんですがね。昔は本当の兄のように遠慮なく私を慕ってくれたのに、近頃はすっかり距離を置かれてしまいました」
シェイドは胸像に手を伸ばし、頭の部分を愛おしそうに撫でる。立派なヒゲを生やした壮年の紳士を模したと思われる胸像が、シェイドの手付きに応えるように光を反射したような気がした。
話に聴くシェイドの父親がモデルなのだろうか?
「その胸像って、もしかしてシェイドさんの?」
「ええ、父です。父の没後、セレンにせがまれて発注した特別な品なんです。思えばあれが、長じてからセレンに言われた最後のワガママでしたね」
やはりそうか。しかしセレンの要望で置かれたものとは思わなかった。彼女も、心から慕っていた先代の姿を、こうした形で留めておきたいと願ったのだろうか。
「本来のセレンは、明るく快活で人当たりの良い性格なんです。出来ればサニーさんとも仲良くして頂きたいものなのですが」
「それは、あたしにも何となく分かります。ケルティーに餌を上げる時のセレンさん、すっごく優しそうな顔してましたし」
“ケルぴー”なんて愛称まで付けて可愛がっていた彼女だ。あの毒気の抜かれた表情は、サニーも見ていて悪くないと思った。確かにシェイドの言う通り、自分にももう少しその優しさを向けて欲しいところではあるが。
「でも……」
と、そこでどうしてもセレンが言っていた言葉を考えてしまう。
あの警告めいた発言の数々が何を意図しているのか……。サニーの想像は暗い方にばかり傾く。
「“でも”……? どうされましたか?」
「……いいえ、こっちの話です!」
シェイドの疑問を打ち消すように、サニーは暗い想像を振り払って明るい声を出した。
「セレンさんとは、あたしからも機会を見つけて話してみようと思います! 年も近いですし、折角知り合えたんだからお友達にもなりたいですしねっ!」
「ありがとうございます。そう言って頂けて安心しました。仕事一筋なセレンには同年代の友人が少なく、私も心配しておりましたから。サニーさんが彼女の良き友となって下さるのなら、望外の喜びです」
表情を綻ばせるシェイドを眺めながら、サニーは胸の内で密かに決意した。
(セレンさんの意図は、今は考えないようにしよう。あたしのしている事は、間違ってはいない筈。あの子とだって、きっと追々分かり合えるようになるよ!)
いつもながらの、前向きな考え。
それが自身の長所であり、短所でもあると知りつつ、サニーは尚も貫こうと決めたのだった。