▼詳細検索を開く
作者: わんころ餅
残酷な描写あり R-15
仲直り
 教室は静寂に包まれていた。
 サクラとサムが去った後、残されたのは重い空気と、向き合う二人の影。
 レンはリコを鋭く見つめ、リコは視線を耐えきれず、顔を引きつらせて震えた。
 ――嫌われた。また、間違えてしまった……。
 リコは絶望に顔を歪め、膝を抱えて床に座り込んだ。
 呼吸が荒くなり、視界が揺らぐ。
 過去の嘲笑や冷たい視線が脳裏をよぎり、彼女を飲み込もうとする。

「リコ!」

 メリルの声が響き、リコの意識を引き戻した。
 気を失わずに済んだ彼女は、メリルの横長の瞳孔を見つめる。

 ――心の傷だ。昔のことが原因か。

 メリルはリコの瞳に宿る想いを読み取った。
 心の傷は魔法では癒せない。
 【治癒】の魔法は細胞を活性化させて治癒する効果の為、心には効果がないのだ。

「レン。怒っているのは分かる。気が進まなくても、話を聞いてくれるか」

「……先生がそう言うなら」

 レンは不満を顔に浮かべつつ、耳を傾ける姿勢を見せた。
 メリルはリコに向き直り、口を開く。

「リコ。レンのために尽くしたいというお前の気持ちは素晴らしい。献身的で、純粋だ」

 ――結局、仲直りの話じゃん……。
 レンは内心で舌打ちし、メリルの意図をそう解釈した。だが、メリルの言葉は続く。

「だが、道具として自分を差し出すのは違う。リコ、お前は野狐族だ。確かにいろんな噂を立てられて卑屈になるのもわかる。だが、レンはお前を道具ではなく、【リコ】というヒトとして見てくれている。それなのに、自分を道具だと貶める言葉を聞いて、喜ぶと思うか? お前は役に立てて満足かもしれない。だが、レンは決して嬉しくない。そうだな、レン」

「えっ?……まあ、そうですけど……」

 突然話を振られ、レンは戸惑いながら頷いた。

「レンが怒ったのは、お前を大切に思うからだ。道具扱いなんて、絶対にしたくないんだ」

 リコの目が揺れる。彼女は唇を噛み、声を絞り出す。

「私は……それでもいい! 野狐族は裏切り者の血筋。ハブられても、いじめられても……ヒグッ……。役に立てれば……使い捨てでも……グスッ……。私なんか、そんな価値しかない!」

 その瞬間、レンの手が動いた。
 彼はリコの肩を強くつかみ、正面から見つめた。

「やめてよリコさん!オレはそんな言葉聴きたくないっ!」

 教室に響く声は、怒りと悲しみに震えていた。
 リコは驚き、言葉を失う。
 レンの瞳には涙が浮かび、握りしめた拳が震える。

「ごめん、リコ。俺、受け入れられない。お前のその考え、間違ってる」

 突き放されてしまったと受け取ったリコは立ち上がり、教室を飛び出した。
 メリルは追わず、廊下に待機していたサムに指示を飛ばす。

「サム! ルゥに学園の防御結界を強化しろと伝えろ。誰も外に出すな!」

「了解! じゃあ、サクラ、また明日!」

 サムは窓を飛び越え、競技場へ向かった。
 サクラは一瞬レンを気遣うが、リコの匂いを追うことを決める。
 ――レンくんは先生が何とかしてくれる。リコを追うのが先……よね?
 犬族ほどではないが、サクラの鼻は鋭い。リコの残り香を辿り、彼女は走り出す。

 教室に残されたレンとメリル。レンは床を見つめ、涙をこぼす。

「グスッ……」

「レン。リコの言葉、許せなかったんだな」

「……いじめられてきたのは、俺も同じだ。だから分かる。リコの気持ち、痛いほど分かる……。だから俺はリコを道具になんてできない! リコと一緒にいるから、毎日が楽しいんだ。リコだから、俺は何でも話せた!」

 レンは感情を爆発させ、涙を流す。メリルは彼の頭を胸に引き寄せ、背中を撫でる。

「お前はリコを本当に好きなんだな」

「……えっ? な、なんで……!?」

 レンは慌ててメリルから離れて狼狽えていた。
 メリルは笑みを浮かべ、続ける。

「お前たちの気持ちは見ていて分かる。お前はリコの事が好きで守りたい。一方リコはお前のことが好きだから、お前に役に立ちたいと考えているんだよ」

「えっ……って、リコが俺のこと!?」

「気づかなかったのか? あの子、お前にゾッコンだ。以前にお前が助けてくれたことが、よほど嬉しかったんだろう。私はお前たちのキューピットってところかな」

 リコの好意を知り、レンは衝撃を受ける。同時に、彼女の肩を掴み、怒鳴った自分の行動を悔いる。

「もうダメだ……リコに嫌われた……」

「逆だ。お前が嫌ったと思ってるのはリコの方だ。そのことは明日、謝るといい。今日は私に任せて、明日、ちゃんと仲直りしろ。リコは私が部活に連れていく」

「あはは……分かりました……」

 メリルは教室を後にし、レンは一人残される。
 だが、彼は待てなかった。
 覚悟を決め、学園内を走り、リコを探し始める。

 一方、サクラはリコの匂いを追って学園の裏庭にたどり着く。
 そこには、膝を抱えて座るリコの姿があった。

「リコ!」

 サクラの声に、リコは顔を上げる。
 涙で濡れた目が、サクラを見つめる。

「サクラさん……どうして……」

「突然教室を飛び出すから、驚いたわ。……どうしてそうなったの?」

 リコは唇を震わせ、言葉を絞り出す。

「私は……レンに嫌われたくなかった。ただ、役に立ちたかっただけなのに……」

 サクラはリコの隣に座り、優しく肩に手を置く。

「レンくん、道具扱いするのが嫌だったんだよ。って先生も言ってたよね……。なんて言うか……アタシはレンくんがいじめられてるの見てたから、もしかしたらアンタのことと自分のこと、重ねちゃったんじゃない?」

 リコの目から新たな涙がこぼれる。サクラは続ける。

「野狐族の過去、聞いたよ。でもさ、リコはリコだよ。レンくんはその辺はしっかりと分けて考えてくれてるんじゃない?だって、一度も『野狐族だから〜〜だ!』なんて言ってないでしょ?」

 リコはハッとし、顔を上げる。サクラの言葉が、彼女の心に小さな光を灯す。

 その時、裏庭にレンの声が響く。

「リコさん!」

 レンは息を切らし、リコを見つける。
 サクラは立ち上がり、二人にスペースを譲る。

「ほら、早く話しなさいよ!アタシだって、ギスギスしたままの部活なんて嫌だからね?」

 サクラの言葉に思わず苦笑いしてしまう。
 レンはリコに近づき、膝をつく。

「リコ、ごめん。オレ……怒りすぎた。リコさんの気持ち、全然考えてなかった……」

 リコは目を伏せ、震える声で答える。

「レンくん……ごめんなさい。私も自分のこと道具とか、言わなきゃよかった……」

「違う!そんな風に思うのが、オレが嫌なんだ!リコさんはオレにとって、ただの道具なんかじゃない。リコさんだから、オレは……」

 レンは言葉を切り、深呼吸する。

「君が一緒にいてくれたから、毎日楽しいし、もっと強くなりたいって思えるんだ。だからこれからも一緒にいて欲しい。リコさんと一緒ならどんなことも乗り越えられる気がするんだ」

 リコの目が大きく見開く。
 彼女は初めて、自分の存在が誰かに必要とされていることを感じた。

「明日も……部活に行って良いですか?」

「もちろん。ね?サクラさん」

「……あ、当たり前じゃない!」

 リコは嬉しそうな顔で立ち上がり、涙を拭う。
 【太陽】が夜を迎える中、密かに防御結界が強化されたのだった。
 三人は寮へと続く廊下を歩いていると、レンは少し緊張していた。
 ――危なかった……。思わず好きって言いそうになっちゃった……!
 想いを吐き出せば楽になれるとは思いつつ、まだ心にしまっておく事にしたレンなのであった。
Twitter