残酷な描写あり
魔宰相の糺問③
--大賢者が誕生する? だとすれば、ほぼ同時期に勇者も現れるでゴザル! 人間側に魔族と戦う準備ができてしまう……。まさか冥王殿の狙いは……。
勇者とは、『七柱の真なる王』のうち、聖の陣営に属する神王ゼウス、海王ポセイドン、黄金龍アルハザード、妖精王ニヴィアンの力を魂に刻まれた者である。
ゼウスたちの力を刻み込まれた初代勇者の子孫たちにその因子が受け継がれ、その覚醒と共に四柱の王の力が改めて刻み込まれる。そうすることで、真なる王の一柱である魔王リュツィフェールに対抗できるだけの力を得るのだった。そして、大賢者の誕生は勇者の子孫たちに覚醒を促す要因となるということが分かっている……。
オカ=メギルは考えることを放棄したくなった。魔族、獣人族、エルフ・ドワーフ・人間たち……。それぞれに看過し難い影響を及ぼす冥王の狙いはドワーフたちの動乱を魔族と人間の大戦に繋げることであるという結論に至る。
--何ということを……。向上し始めた国力が民の命が大戦に持って行かれるでゴザル……。下手をすると以前までと同じように魔王様が……。
思考が悪い方向へと向かっていったオカ=メギルだったが、冥王に事情を問うことに意識を切り替える。いかに冥王といえども、意図して大賢者を誕生させることはできないからだ。大賢者の誕生は時の狭間にある古の大賢者アルネ・サクヌッセンムの啓示を受けることが必要であり、いかなる者も時の狭間に干渉することは不可能なはずである。
「ホホホ。先日のドワーフ七支族の動乱の後、黒土国の王都に赴いた際に墓場泥棒の皆さんにお会いしましてねえ」
冥王の返事でオカ=メギルを我に返る。
「墓場泥棒と大賢者に何の関係があるでゴザルか?」
「ホホホ。慌てないで欲しいですねえ。話には続きがあるのですよ」
「続き……でゴザルか?」
「墓場泥棒の皆さんにおしおきをするためにとっておきを使おうとしたら、大賢者アルネ・サクヌッセンムにその力を利用されましてねえ。墓場泥棒の一人を『時の狭間』に招き入れ、その者を今代の大賢者として鍛え上げるようなんですよねえ」
「ほう。貴様のとっておき……『冥王秘術』か」
魔王が何かに感づいたように呟く。
「ホホホ。生身ごと冥府に叩き落とそうとしたところ、行き先を『時の狭間』に変えられてしまいましてねえ。彼の地への行き来には莫大なエネルギーが必要なため、アルネ・サクヌッセンムでさえ自由にできませんからねえ」
「そうだな。ヤツ自身は『時の狭間』につながれた囚人に近い存在……。故に人間どもの一人に『啓示』とやらを与えてヤツの力の一部を行使できるようにするのが精々だったが……。ここ最近は変わりつつあるな」
冥王の言葉に魔王が記憶を辿るように言葉を返す。
「ホホホ。そうですねえ。先の『真魔大戦』では人形を依代にアルネ・サクヌッセンム本人が戦いに身を投じましたからねえ」
「現世に精神体を飛ばすのがやっとだったようだがな。色々と邪魔をされて鬱陶しかったわ。貴様との戦いの後に力を使い果たしてくれて助かったが」
「ホホホ。恥ずかしながら、お陰で100年ほど見動きできなくなったんですがねえ」
「ふん。オレも勇者のヤツにしてやられたから貴様のことは笑えんな」
「ホホホ。それは言いっこなしですよ。話を戻しますと、今回、アルネ・サクヌッセンムは『時の狭間』に引き込んだ人間を自身の代理として戦わせるようですねえ」
「なるほどな。ならば……」
「つまり、冥王殿は図らずとも今代の大賢者の誕生に手を貸してしまったということでゴザルか?」
魔王の言葉をオカ=メギルが遮ったため、魔王は眉を顰めるが、何を思ったのかニヤリと笑い静観を決め込むことにする。
「ホホホ。そういうことになるでしょうねえ」
「『そういうことになる』ではないでゴザル! 大賢者が誕生するということは勇者が覚醒するということ! ならば、人間領において大賢者と勇者によって犠牲になる者が出てくるということでゴザル! そんな気楽な話ではないでゴザル!」
雨が降ったから地面が濡れるという特に言うまでもない当たり前の話をしているような冥王の様子にオカ=メギルは声を荒げる。魔族領の外ーー人間領にも魔族は存在する。魔族領外の魔族は表立って人間たちと対立はしていないが、裏ではそれなりの事をしている者が存在するため、魔族たちは人間たちに発見され次第、討伐の対象となる。とは言え、魔族は基本的に人間よりも強い者が多いため、そうそう討伐は成功しない。それが魔族が人間たちに恐れられる由縁なのだが……。
しかし、大賢者と勇者が存在することでそれは変わる。その力は周囲にも影響し、『真なる王』の一柱である魔王ですら伐つにに至るからだ。
このように、大賢者の誕生は勇者の覚醒を促し、その存在は魔族のみならず魔王ですら脅かす。冥王のように気楽に話すことではないのだ。
「だから、こうして報告に来たのですよ。盟約にはワタシの行動について魔族に説明する旨は定められていないんですがねえ」
冥王の『教えただけありがたいと思え』と言わんばかりの言いようにスライムであるオカ=メギルにはないはずの血管が音を立てて破裂する感覚に見舞われる。
「冥王殿! 貴殿のなさりようは目に余るでゴザル! 今後は余計なことをせず、ただその力のみを魔王さまにお貸しいただきたいでゴザル!」
「ホホホ。先程申し上げたようにワタシの行動には魔王サンですらとやかく言われる筋合いがないのですよ。にも関わらず、そのようなことを仰るとは甚だ心外ですねえ」
冥王は魔王の様子を窺う。そして、魔王の真意を察する。
ーーやれやれ、魔王サンは相変わらずですねえ。
「それでは、アナタの要望を押し通したいのであれば、ワタシに力を示すといいでしょう」
そう冥王が言うや否や、冥王の周囲の空気が変わる。それは冥府への門が解き放たれたような不気味さを漂わせている。
「冥王様! お戯れが過ぎます!」
「宰相殿に手を出されるというのであれば、まず我らが……!」
オカ=メギルの傍に侍っていた書記官の女魔族がオカ=メギルを庇うように冥王の前に立つ。その言葉と裏腹に二人の顔面は蒼白となり、その脚は恐怖で震えている。
「ホホホ。アナタ方、少しはお出来になるようですが……。ワタシの相手をするには少々役者が足りないですねえ」
冥王は言外に退けと二人に言う。そんな二人にオカ=メギルも、
「グレイオス殿、フォウスコス殿。これは拙者と冥王殿の問題。貴女方の手を煩わせる話ではゴザらぬよ」
と言い、冥王に向かい歩を進める。
「ホホホ。では、始めると致しましょうかぁ!」
冥府の影を残し冥王の姿はかき消え……。
勇者とは、『七柱の真なる王』のうち、聖の陣営に属する神王ゼウス、海王ポセイドン、黄金龍アルハザード、妖精王ニヴィアンの力を魂に刻まれた者である。
ゼウスたちの力を刻み込まれた初代勇者の子孫たちにその因子が受け継がれ、その覚醒と共に四柱の王の力が改めて刻み込まれる。そうすることで、真なる王の一柱である魔王リュツィフェールに対抗できるだけの力を得るのだった。そして、大賢者の誕生は勇者の子孫たちに覚醒を促す要因となるということが分かっている……。
オカ=メギルは考えることを放棄したくなった。魔族、獣人族、エルフ・ドワーフ・人間たち……。それぞれに看過し難い影響を及ぼす冥王の狙いはドワーフたちの動乱を魔族と人間の大戦に繋げることであるという結論に至る。
--何ということを……。向上し始めた国力が民の命が大戦に持って行かれるでゴザル……。下手をすると以前までと同じように魔王様が……。
思考が悪い方向へと向かっていったオカ=メギルだったが、冥王に事情を問うことに意識を切り替える。いかに冥王といえども、意図して大賢者を誕生させることはできないからだ。大賢者の誕生は時の狭間にある古の大賢者アルネ・サクヌッセンムの啓示を受けることが必要であり、いかなる者も時の狭間に干渉することは不可能なはずである。
「ホホホ。先日のドワーフ七支族の動乱の後、黒土国の王都に赴いた際に墓場泥棒の皆さんにお会いしましてねえ」
冥王の返事でオカ=メギルを我に返る。
「墓場泥棒と大賢者に何の関係があるでゴザルか?」
「ホホホ。慌てないで欲しいですねえ。話には続きがあるのですよ」
「続き……でゴザルか?」
「墓場泥棒の皆さんにおしおきをするためにとっておきを使おうとしたら、大賢者アルネ・サクヌッセンムにその力を利用されましてねえ。墓場泥棒の一人を『時の狭間』に招き入れ、その者を今代の大賢者として鍛え上げるようなんですよねえ」
「ほう。貴様のとっておき……『冥王秘術』か」
魔王が何かに感づいたように呟く。
「ホホホ。生身ごと冥府に叩き落とそうとしたところ、行き先を『時の狭間』に変えられてしまいましてねえ。彼の地への行き来には莫大なエネルギーが必要なため、アルネ・サクヌッセンムでさえ自由にできませんからねえ」
「そうだな。ヤツ自身は『時の狭間』につながれた囚人に近い存在……。故に人間どもの一人に『啓示』とやらを与えてヤツの力の一部を行使できるようにするのが精々だったが……。ここ最近は変わりつつあるな」
冥王の言葉に魔王が記憶を辿るように言葉を返す。
「ホホホ。そうですねえ。先の『真魔大戦』では人形を依代にアルネ・サクヌッセンム本人が戦いに身を投じましたからねえ」
「現世に精神体を飛ばすのがやっとだったようだがな。色々と邪魔をされて鬱陶しかったわ。貴様との戦いの後に力を使い果たしてくれて助かったが」
「ホホホ。恥ずかしながら、お陰で100年ほど見動きできなくなったんですがねえ」
「ふん。オレも勇者のヤツにしてやられたから貴様のことは笑えんな」
「ホホホ。それは言いっこなしですよ。話を戻しますと、今回、アルネ・サクヌッセンムは『時の狭間』に引き込んだ人間を自身の代理として戦わせるようですねえ」
「なるほどな。ならば……」
「つまり、冥王殿は図らずとも今代の大賢者の誕生に手を貸してしまったということでゴザルか?」
魔王の言葉をオカ=メギルが遮ったため、魔王は眉を顰めるが、何を思ったのかニヤリと笑い静観を決め込むことにする。
「ホホホ。そういうことになるでしょうねえ」
「『そういうことになる』ではないでゴザル! 大賢者が誕生するということは勇者が覚醒するということ! ならば、人間領において大賢者と勇者によって犠牲になる者が出てくるということでゴザル! そんな気楽な話ではないでゴザル!」
雨が降ったから地面が濡れるという特に言うまでもない当たり前の話をしているような冥王の様子にオカ=メギルは声を荒げる。魔族領の外ーー人間領にも魔族は存在する。魔族領外の魔族は表立って人間たちと対立はしていないが、裏ではそれなりの事をしている者が存在するため、魔族たちは人間たちに発見され次第、討伐の対象となる。とは言え、魔族は基本的に人間よりも強い者が多いため、そうそう討伐は成功しない。それが魔族が人間たちに恐れられる由縁なのだが……。
しかし、大賢者と勇者が存在することでそれは変わる。その力は周囲にも影響し、『真なる王』の一柱である魔王ですら伐つにに至るからだ。
このように、大賢者の誕生は勇者の覚醒を促し、その存在は魔族のみならず魔王ですら脅かす。冥王のように気楽に話すことではないのだ。
「だから、こうして報告に来たのですよ。盟約にはワタシの行動について魔族に説明する旨は定められていないんですがねえ」
冥王の『教えただけありがたいと思え』と言わんばかりの言いようにスライムであるオカ=メギルにはないはずの血管が音を立てて破裂する感覚に見舞われる。
「冥王殿! 貴殿のなさりようは目に余るでゴザル! 今後は余計なことをせず、ただその力のみを魔王さまにお貸しいただきたいでゴザル!」
「ホホホ。先程申し上げたようにワタシの行動には魔王サンですらとやかく言われる筋合いがないのですよ。にも関わらず、そのようなことを仰るとは甚だ心外ですねえ」
冥王は魔王の様子を窺う。そして、魔王の真意を察する。
ーーやれやれ、魔王サンは相変わらずですねえ。
「それでは、アナタの要望を押し通したいのであれば、ワタシに力を示すといいでしょう」
そう冥王が言うや否や、冥王の周囲の空気が変わる。それは冥府への門が解き放たれたような不気味さを漂わせている。
「冥王様! お戯れが過ぎます!」
「宰相殿に手を出されるというのであれば、まず我らが……!」
オカ=メギルの傍に侍っていた書記官の女魔族がオカ=メギルを庇うように冥王の前に立つ。その言葉と裏腹に二人の顔面は蒼白となり、その脚は恐怖で震えている。
「ホホホ。アナタ方、少しはお出来になるようですが……。ワタシの相手をするには少々役者が足りないですねえ」
冥王は言外に退けと二人に言う。そんな二人にオカ=メギルも、
「グレイオス殿、フォウスコス殿。これは拙者と冥王殿の問題。貴女方の手を煩わせる話ではゴザらぬよ」
と言い、冥王に向かい歩を進める。
「ホホホ。では、始めると致しましょうかぁ!」
冥府の影を残し冥王の姿はかき消え……。