残酷な描写あり
冥王vs魔王①
この世界には『冥王』と呼ばれる存在が二つあると云われている。一つは冥府に在る『冥王ハデス』。もう一つは『冥王を僭称する魔族』である。
その昔、ある魔族が冥府に立ち入り、ハデスからその神器である『二股の矛』と『剣』を奪い、冥王の権能を得て冥王を僭称したと人間及び魔族の歴史で語られている。
こうして『冥王を僭称する魔族』と云われる存在は『冥王』として戦いの歴史に姿を現したのだった……。
もっとも、実際に何があったのかは歴史の闇の中である。
◇◆◇
上空では、魔王と冥王の力がぶつかり合う。それを万魔殿の魔族たちは目の当たりにするが、戦いに魅入ってしまい、しばし呆然となってしまった。自身の王である魔王リュツィフェールが復活を果たしてから60年。復活を果たしてから全力で戦闘する姿を見るのは初めてだったからだ。
「あぁっ、魔王さま……!」
万魔殿の壮麗な庭園で右脚が義足である老魔族が涙を流す。160年前の『真魔大戦』では魔王の近衛として戦った。最後の戦いで運良く生き残ったが、魔王が勇者に伐たれてしまったことを後悔しながらも無気力に万魔殿の庭師をしながら生きてきた。魔王が復活を果たしてからの60年は少しでも魔王の役に立つためにと思いながらも魔王の姿を避けて生きてきた。この老魔族にとって、在りし日の魔王の姿を再び見ることは震えるほどの幸福を感じさせた。
万魔殿の至る所でこのような光景が見られ、会議室で会議に参加していた魔族たちもその例に漏れなかった。自分たちに見せてこなかった
「……! 魔王さま! 加勢に行きますぞ!」
軍の元帥である覇王グランバーズが我に返る。魔王が全力で戦う姿に見入ってしまっていたのだ。戦いに加勢すべく体に力を入れる。
「我らも!」
周囲の魔族たちも加勢に向かおうとした時だった。
「ヒョヒョヒョ! そうはさせぬぞ!」
冥王が立っていたところから、兜をかぶったスケルトンが現れた。両腕には足下から胸くらいの長さがある骨を持っている。
「『餓骨杖』よ! その力を顕せ!」
スケルトンは手にした骨を床に突き立てると、その上半分の表面はひび割れ、ぱらぱらと破片が落ちていく。破片が落ちて現れたものは、骨のみとなった亡骸の上半身だった。そして亡骸の頭が動き、その口を開け、何かを吸い始める。
「餓骨杖? あれは『真魔大戦』で失われたはずでは……!」
「力が吸い取られていく……! 我らに対しこのような真似ができるとは……、餓骨杖で間違いない!」
「では、あのスケルトンは冥魔将ラクシュバリーさま?」
「いや、あのお方は餓骨杖と共に滅びたはず……」
魔族たちはあまりのことに混乱する。餓骨杖とは、冥王軍最強の武具ーーあるいは呪具ーーと言われるもので、かつて魔将随一と謳われた冥魔将ラクシュバリーの武器である。冥魔将ラクシュバリーとは、『最強最古のアンデット』と呼ばれた存在で、生前は最強を謳われた剣聖だった。ラクシュバリーは全てを呪い死んだのだが、その呪いを受け、冥王がアンデッドにして配下としたのだ。そして、非業の死を遂げたラクシュバリーの主君とも恋人とも云われる者の遺骸をこれまた冥王が餓骨杖と呼ばれるようになった杖へと変化させ、アンデッドとなったラクシュバリーの武具として振るわれたのだった……。
「私はそのような名ではないわ!」
スケルトンが叫ぶと、スケルトンの背中から左右二対、四本の腕が生えてくる。腕の手の甲には数字が浮かび上がる。一つの手の甲に一つの数字。1から4の数字だ。そして、それぞれの手に武具が握られた様子は、スケルトンに二対の翼が生えたようにも見えたのだった……。
◇◆◇
「ほう……。我が魔族の精鋭たちをたった一体のスケルトンで足止めだと……。随分強気だな、冥王」
「ホホホ。彼らを冥府に送るのではなく、足止めするのであれば、ガイコツさんでも大丈夫ですよ」
上空で戦っていた魔王と冥王は下の会議室の様子を見ながら言葉を交わす。
「ガイコツだと? あれはラクシュバリーではないのか? 餓骨杖共々、ゼウスの雷霆で焼き払われ消滅したと思っていたのだが……」
「ホホホ。冥魔将ラクシュバリーは消えましたよ。今、その座にあるのは、あのガイコツさんですよ」
「そうか。餓骨杖に触れられる者は、あの哀れな聖女をあのような姿に変えたお前とラクシュバリーのみだったはずだが……。まあいい」
魔王は冥王に視線を移すと、六対の黒翼から何かが放たれる。そして放たれた黒いものは数多の羽となり、魔王と冥王がいる空間をひらひらと漂うのだった……。
◇◆◇
冥界にある死者たちを裁く場である冥府の一室に冥女王ペルセポネーは佇んでいた。
「アーシェリリー、いえ、アーシェ。餓骨杖が再び使われるようですね」
ペルセポネーは一室の中央に座しているしゃがんだ者がすっぽり入るくらいの大きさの水晶球に話しかける。
水晶球の中には一人の少女が胎児のように眠りについている。色もなく虚ろで時折り、人の形が崩れてしまう。生前にあまりの仕打ちを受けたために魂が引き裂かれたため、死後の裁きにも輪廻の輪に乗ることも適わず、こうして眠っている。怨念に囚われた魂は現世に残り、傷ついた魂がこうして眠りについているのだ。
話しかけても反応がないいつもの様子にペルセポネーが踵を返そうとしたとき、水晶球から声が聞こえた。
「リリー……」
「アーシェ。再び貴女が輪廻の螺旋に乗るとき、如何なる因業が貴女に降りかかるか私には分かりません。現世に残ったもう一人の貴女ともども、どうなるのか……。前世においては最強の剣聖が側にいましたが、来世は如何ようになるか……。それでも貴女は輪廻の螺旋に乗らなければならない……。全ては冥王さまの御心を叶えるために……」
ペルセポネーは目の前の少女の魂と現世に残された彼女の片割れである、もう一つの魂に運命の無情を思うのだった。
その昔、ある魔族が冥府に立ち入り、ハデスからその神器である『二股の矛』と『剣』を奪い、冥王の権能を得て冥王を僭称したと人間及び魔族の歴史で語られている。
こうして『冥王を僭称する魔族』と云われる存在は『冥王』として戦いの歴史に姿を現したのだった……。
もっとも、実際に何があったのかは歴史の闇の中である。
◇◆◇
上空では、魔王と冥王の力がぶつかり合う。それを万魔殿の魔族たちは目の当たりにするが、戦いに魅入ってしまい、しばし呆然となってしまった。自身の王である魔王リュツィフェールが復活を果たしてから60年。復活を果たしてから全力で戦闘する姿を見るのは初めてだったからだ。
「あぁっ、魔王さま……!」
万魔殿の壮麗な庭園で右脚が義足である老魔族が涙を流す。160年前の『真魔大戦』では魔王の近衛として戦った。最後の戦いで運良く生き残ったが、魔王が勇者に伐たれてしまったことを後悔しながらも無気力に万魔殿の庭師をしながら生きてきた。魔王が復活を果たしてからの60年は少しでも魔王の役に立つためにと思いながらも魔王の姿を避けて生きてきた。この老魔族にとって、在りし日の魔王の姿を再び見ることは震えるほどの幸福を感じさせた。
万魔殿の至る所でこのような光景が見られ、会議室で会議に参加していた魔族たちもその例に漏れなかった。自分たちに見せてこなかった
「……! 魔王さま! 加勢に行きますぞ!」
軍の元帥である覇王グランバーズが我に返る。魔王が全力で戦う姿に見入ってしまっていたのだ。戦いに加勢すべく体に力を入れる。
「我らも!」
周囲の魔族たちも加勢に向かおうとした時だった。
「ヒョヒョヒョ! そうはさせぬぞ!」
冥王が立っていたところから、兜をかぶったスケルトンが現れた。両腕には足下から胸くらいの長さがある骨を持っている。
「『餓骨杖』よ! その力を顕せ!」
スケルトンは手にした骨を床に突き立てると、その上半分の表面はひび割れ、ぱらぱらと破片が落ちていく。破片が落ちて現れたものは、骨のみとなった亡骸の上半身だった。そして亡骸の頭が動き、その口を開け、何かを吸い始める。
「餓骨杖? あれは『真魔大戦』で失われたはずでは……!」
「力が吸い取られていく……! 我らに対しこのような真似ができるとは……、餓骨杖で間違いない!」
「では、あのスケルトンは冥魔将ラクシュバリーさま?」
「いや、あのお方は餓骨杖と共に滅びたはず……」
魔族たちはあまりのことに混乱する。餓骨杖とは、冥王軍最強の武具ーーあるいは呪具ーーと言われるもので、かつて魔将随一と謳われた冥魔将ラクシュバリーの武器である。冥魔将ラクシュバリーとは、『最強最古のアンデット』と呼ばれた存在で、生前は最強を謳われた剣聖だった。ラクシュバリーは全てを呪い死んだのだが、その呪いを受け、冥王がアンデッドにして配下としたのだ。そして、非業の死を遂げたラクシュバリーの主君とも恋人とも云われる者の遺骸をこれまた冥王が餓骨杖と呼ばれるようになった杖へと変化させ、アンデッドとなったラクシュバリーの武具として振るわれたのだった……。
「私はそのような名ではないわ!」
スケルトンが叫ぶと、スケルトンの背中から左右二対、四本の腕が生えてくる。腕の手の甲には数字が浮かび上がる。一つの手の甲に一つの数字。1から4の数字だ。そして、それぞれの手に武具が握られた様子は、スケルトンに二対の翼が生えたようにも見えたのだった……。
◇◆◇
「ほう……。我が魔族の精鋭たちをたった一体のスケルトンで足止めだと……。随分強気だな、冥王」
「ホホホ。彼らを冥府に送るのではなく、足止めするのであれば、ガイコツさんでも大丈夫ですよ」
上空で戦っていた魔王と冥王は下の会議室の様子を見ながら言葉を交わす。
「ガイコツだと? あれはラクシュバリーではないのか? 餓骨杖共々、ゼウスの雷霆で焼き払われ消滅したと思っていたのだが……」
「ホホホ。冥魔将ラクシュバリーは消えましたよ。今、その座にあるのは、あのガイコツさんですよ」
「そうか。餓骨杖に触れられる者は、あの哀れな聖女をあのような姿に変えたお前とラクシュバリーのみだったはずだが……。まあいい」
魔王は冥王に視線を移すと、六対の黒翼から何かが放たれる。そして放たれた黒いものは数多の羽となり、魔王と冥王がいる空間をひらひらと漂うのだった……。
◇◆◇
冥界にある死者たちを裁く場である冥府の一室に冥女王ペルセポネーは佇んでいた。
「アーシェリリー、いえ、アーシェ。餓骨杖が再び使われるようですね」
ペルセポネーは一室の中央に座しているしゃがんだ者がすっぽり入るくらいの大きさの水晶球に話しかける。
水晶球の中には一人の少女が胎児のように眠りについている。色もなく虚ろで時折り、人の形が崩れてしまう。生前にあまりの仕打ちを受けたために魂が引き裂かれたため、死後の裁きにも輪廻の輪に乗ることも適わず、こうして眠っている。怨念に囚われた魂は現世に残り、傷ついた魂がこうして眠りについているのだ。
話しかけても反応がないいつもの様子にペルセポネーが踵を返そうとしたとき、水晶球から声が聞こえた。
「リリー……」
「アーシェ。再び貴女が輪廻の螺旋に乗るとき、如何なる因業が貴女に降りかかるか私には分かりません。現世に残ったもう一人の貴女ともども、どうなるのか……。前世においては最強の剣聖が側にいましたが、来世は如何ようになるか……。それでも貴女は輪廻の螺旋に乗らなければならない……。全ては冥王さまの御心を叶えるために……」
ペルセポネーは目の前の少女の魂と現世に残された彼女の片割れである、もう一つの魂に運命の無情を思うのだった。