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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
3-1 祖父との外食
 木曜日。

「弥生」
「んー?日和さんどったの?」

 いつもにこにこと笑っている友人だが、話しかけるととても嬉しそうな笑みを見せる。
 よくよく考えたら自分から話しかけるのは初めてかもしれない。
 そう思うのは、それくらい弥生の方から話しかけてくるからだろうか。

「これから、なんだけど……お昼、水鏡さん達と食べる事になると思う……」
「え、そうなの?」
「いつも中庭やたまに学食に連れて行ってくれるのは嬉しいの。でも……」
「いいよいいよー。寧ろ毎度昼が紙パックだけとか日和がいつかぶっ倒れるんじゃないかって心配になるからさ、ちゃんと食べておいでよ」

 ニコニコと弥生は笑って、安心したような表情をしている。
 まさかそんな反応をされるとは思わなかった。

「拗ねたりとか……しないの?」
「え? 拗ねるよりも日和がちゃんとご飯食べてくれる方が安心でしょ。だって日和ってば私が何度言っても絶ぇーーー対紙パックでハイ終了!じゃん」
「う、うん……それはそう」

 そんな風に思われてたのか……とつい弥生と出会ってからの昼食を思い出す。
『は?なんで紙パックで終わりなの? なんか食べなよ』
『日和、パン買いすぎた。これ食べて』
『日和日和、今日の日替わり唐揚げ定食だって! 毎日決められないなら日替わり定食にしたら?』
……もしかして、過去のあの言動は全てこの心配から来ていたのだろうか。

「私はこれからも中庭に居るから、なんかあったらこっちに来ればいいよ! あ、ところで日和。明日の放課後は空いてる?どこか行かない?」
「え、明日? うーん……明日はおじいちゃんと食べに行くから……」
「あ、月1くらいでご飯食べに行くんだっけ? 明日なのかぁ、そりゃ邪魔できないなぁ……」

 どうやら一緒に遊びたかったらしい。
 なんとも申し訳ない話だ。
 しょんぼりとも、拗ねてるとも言えない弥生の表情だが、こういう時はどうしたら良いのだろうか。
 うーん、来週の予定でもとりあえず埋めておく……?

「ら、来週! 来週に予定空けておくから、その時に……いい?」
「わざわざ無理しなくていいよ! でもま、日和からのお誘いは嬉しいから楽しみにしておくね」
「うん……ごめん。ありがと」

 弥生は「それじゃ中庭に行くから後でねー!」と手を振って教室を出て行く。
 その背を見届けてから、ふと思った。
 そもそも弥生と一緒に遊んだ記憶が無い気がするが、何だかんだ弥生は何も言わずに受け止めてくれる。
 更に言うならこんな自分とよく付き合ってくれるなと思う。
 文句の一つや二つくらい言ってくれてもいいのに。
 そんな事を思いながら、日和は昼食へと屋上へ向かった。
 それから特別な事は何もなかった。
 漫然に時間は流れて帰宅時、今度は玲が付き添ってくれるらしい。
 
「日和ちゃんはお昼の皆に慣れた?まだ昨日の今日だけど……」
「えっと、大丈夫。誘ってくれてありがとうね」
「ううん。日和ちゃんは人が多い所とか知らない人とか苦手なのに、一緒にご飯食べてくれてありがとう」

 玲はにこりと笑って隣を歩く。
 確かに日和は過去、人自体を避けようとしたり人が多い場所は極力近寄らないような生活をしていた。
 玲は玲でそんな日和を気にしていたのだろう。

「毎日誰かしら、こうして帰ると思うけど……あまり窮屈な気持ちになるようなら教えてね。善処するから」
「ううん。皆で私の事を気にかけてくれてありがとう。兄さんも部活があるのに……」
「そこは気にしなくていいの。日和ちゃんを守る為だったら僕はなんだってするよ?」

 微笑む玲は簡単に言ってのけるが、話はすこぶる重い。
 そんなに危機に面することなど多くは無いだろうに。
 日和はそんな玲に「ありがと」と一言感謝を告げて帰路についた。
 「また明日ね」と手を振って別れ、日和は家の中へと帰って行く。
 そして迎えた金曜日。

「日和、今日は私が送るわ」
「え、そうなの?えっと……よろしくお願いします」

 変わらず玲・波音・竜牙と共に弁当を囲んでいると波音が堂々と言ってきたのだった。
 今日は波音が付き添いらしく、なんだかやる気に満ちた表情をしている。
 そんな彼女の感想、私の横を歩く波音は口を開いた。

「ふうん、貴女の家ってだったのね」
「水鏡さんは生徒の家の場所も把握していると思ってました」

 その言葉の意味だが、この学校区は二つの住宅街に挟まれている。
 小・中・高と学校が集まっているこの場所は、学校区と呼ばれている。
 その西側は『安月大原あづきおおはら』と呼ばれ、古くから続く大きな家が立ち並んでいて、ここには玲が住んでいる。
 一方反対の東側は『柳が丘やなぎ おか』という国営の文教地区でありながら新興住宅街が広がっており、私の家がある。
 波音の家はどうやら安月大原にあるらしい。
 そんな波音は人の昼食状況も知っているのだ。
 最早波音は何でも知っているだろうと思っていたのだが、そんな感想を漏らすので、意外に思った事をそのまま口に出してしまう。
 すると波音はつまらなそうに唇を突き出して、軽く不機嫌そうになった。

「さすがにそこまで人のプライバシー詮索しないわよ。仕事で支障があった時に調べる程度よ」
「そうなんですね。なんだか毎日お仕事があって忙しそうです」

 ありきたりな感想は自分も、だったかもしれない。
 玲や波音、竜牙は何をしているのかを知らないが、ふと呟いた言葉が悪かったのかと最初は思った。
 ぴたりと波音の足が止まり、体ごと日和へ向く。

「――ねえ、そういうの、やめましょ?」
「え?」
「私の事は波音で良いわ。私も、貴女を名前で呼んでいいかしら?」

 どうやら私が波音を苗字で呼び、敬語で話すことが気に入らなかったらしい。
 ギリギリ肩につく短い髪を手で後ろに流し、なかなか高圧的な態度を取る波音。
 だが、どうやらこれが彼女の普通のようだ。
 それならば、自分も普通でいるべきだろう。

「うん。じゃあ……波音、よろしく」
「ええ。よろしく、日和。喋り方も普通に崩していいわよ」
「波音はそれが普通なの?」

 互いに歩き出し、ちらりと波音へ視線を向ける。
 すると下に向けていた目線を正面に向け、口を開いた。

「……そうね、お母様からの教養として話していたらこっちの方が染み付いてしまったわね。水鏡の家にいる以上、私はこの形を崩すつもりは一切ないわ」

 『お母様』
 それだけで、波音の家がどれだけ敷居の高い家なのかと想像してしまう。
 寧ろ彼らは口々に仕事、と言っているがこの年で仕事とは…一体何を生業にしているのだろうか。

「そっか。波音の家も大変そうだね」
「この仕事を続ける為なら何も惜しまないわ。……ところで、今日は帰宅してから用事はあるのかしら?」

 波音がこちらを向いて、視線が合う。
脳にちらっと玲が浮かんで、大変な事を思い出してしまった。

「――あっ、兄さんに今日の予定伝えてない! えっと、後でおじいちゃんと外で食べる約束があって……」
「……いつも伝えていたのね。場所は?」
「天ぷら食べるって話をしたけど、どこだろう」
「まぁ、分かったわ。何かあったら連絡なさい。道中気をつけるのよ」
「う、うん……」

 波音の表情がいぶかしげに変わる。
 波音の言葉に頷くと「そろそろかしら?」と言われ、振り向くといつの間にか家が目の前に見えていた。

「ごめんね、ありがとう」
「貴女、それ毎回言ってるの?友人同士で帰るのに理由は要らないでしょ。それじゃ、また明日ね」
「うん、また明日」

 ……さらりと『友人』と言ってくれるあたりに波音の根は優しいのかもしれない。
 日和は波音と別れて家に入り、「ただいま」と声を上げた。

「ああ、日和ちゃんおかえり」

 声をかけると祖父がにこりと笑って居間から出てきた。
 既に外出用の衣服に着替えている。
 出かける気満々の様子だ。

「おじいちゃん早いね。私も今から着替えてくるね」
「ゆっくりでいいからね」

 2階へあがり、鞄を片付け衣服に着替える。
 制服を片付け、長袖のチェック柄ワンピースを着て部屋を出て、髪は簡単にゴムで結って首から横に流した。
 弥生が見るととても煩いだろうな、とは感じるが、生憎興味はこれっぽっちも沸かない。
 ……そうだ、お守りを忘れてはならない。
 日和はポケットに羽根を挟んだ生徒手帳を入れた。

「お待たせ、おじいちゃん」
「大丈夫だよ、日和ちゃん。さて…商店街のあたりまで行こうと思うけど…良いかな?」
「うん、大丈夫だよ」

 にこりと笑みを浮かべて二人で家を出る。
 日和は鍵をしっかりとかけ、スカートのポケットに入れた。
 家から商店街までは歩いて20分ほどかかるが、祖父はそんな事一切気に留めず歩く。
 そして日和自身も一切気にすることなく、一緒にその隣を歩いた。

 商店街は神流川かみるがわという市内では一番大きな川が隔てた先にある。
 そこに架かる一番大きな橋、神流川大橋を渡り、商店街の入り口が見える手前を一本横の道に逸れて二人は歩いていく。
 アーケードになった商店街の裏路地にも店が沢山並んでいる中で、祖父は笑顔で一軒の店を指差した。

「あった、ここだよ」

 のぼりが掛かった店の中はそこそこに人が入っていて、丁度正面に空いたカウンター席を二人で並んで座る。
 祖父はこちらを向いているが、何やら嬉しそうだ。

「どうしたの?おじいちゃん」
「いや……日和ちゃんは大きくなったな、と思ってね。友達は増えたかい?」
「んー……どうだろ。兄さんの友達?――の、一緒に行動してる人たちとは話すようにはなった」

 波音や竜牙をぼんやりと思い浮かべながら日和は答える。
 それでも十分だったようで、祖父は「そうか、そうか」と頷く。

「あ、それでもこの前みたいなのはやめてね。お父さんのこともあるのに、おじいちゃんまで居なくなったら私どうしたら良いか、わかんないから」
「ははは、そうだね。頑張るよ」

 祖父は朗らかに笑い飛ばしているが、どうにも不安は拭えない。
 先ほどの波音の言葉がちらつき、頼ろう、と心の中で誓うことになった。

「いただきます」
「いただきます」

 目の前に出来立ての天ぷらとご飯、味噌汁が並び、日和は食べ始める。
 動きのない祖父に思わず声をかけた。

「……どうしたの?おじいちゃん」
「なんでもないよ。せっかくの出来立てだから食べようか」

 にこりと微笑む祖父が若干気になりながら、一緒に天ぷらを頬張る。
 この時既に、生徒手帳に挟まれた羽根が染まりかけることなど、一切気付くことはなかった。
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