残酷な描写あり
19-2 女王のお茶会と占い
2日目は、近くまで竜牙が一緒だ。
何も言わずに出てしまった昨日は流石に罪悪感が強く、少し気持ちが辛くなった。
「この辺り、で良いのか?」
「多分……」
かなり遠くまで来ていたらしい。
女王の城は商店街の奥、オフィス街に近い工業区の中にあったようだ。
道を歩けば次第に見覚えのある景色が広がりってきた。
確かこの辺りだった気がする、と辺りを見回すものの、それとも一人で来るべきだっただろうか、と日和は思い悩む。
「何かあれば直ぐに呼べ」
「すみません、分かりました」
ふらりと巡回に消えていく竜牙に頭を下げ、少しだけ歩く。
しばらく彷徨うと、昨日と同じ場所で空色の鷹が待っていた。
そしてまた、鳥の案内を受ける。
誘われる先はまた同じ所だろうと思っていた。
しかし次に見た景色は睡蓮が咲き乱れる池の中心の孤島だった。
東屋があり、テーブルには中国茶が準備されている。
「貴女の騎士様は行儀の良い子ね」
開口一番にそう呟くラニアは、両手でカップを傾げた。
「えっと……竜牙の事ですか?」
「ふふ、昨日のお土産はどうだったかしら?」
昨日のお土産。
それはきっと、赤いリボンのことだろう。
しかしあれは一瞬にして崩れて消えてしまった。
その事実をにこにことしているラニアには伝えづらい。
竜牙のことを聞いてのことならば、あれはもしかして竜牙に向けての物だったのだろうか?
それでも日和は正直に答える。
「すごく動揺してて、苦手そうな雰囲気でした……」
「……そう。なら、安心したわ」
「えっ?」
ふふ、とラニアは笑う。
あまりにも予想外の反応だ。
「ちゃんと忘れてなくて、安心したわ」
「ラニアは……竜牙を知ってるんですか?」
ラニアは返事をしない。
代わりにまた一口、茶で喉を潤す。
「彼の呪いが一つ外れたわ。だけど彼はそれをしっかりと理解はしていないようね」
「呪い……? 女王の、ですか?」
呪いと聞いて浮かんだのは孤独の女王だ。
しかしラニアの表情は変わらない。
「それもあるけど、今回外れたのは血の呪いね。……そうだわ、もっと昔の話。今日は、神話の話をしましょうか」
ラニアがにこりと笑うと、周囲の睡蓮の花びらがぶわりと舞い上がった。
ラニアの小さな口は物語を口ずさむ。
***
「昔々、全知全能の神様は八人の子供達を造りました。
子供達は“王”という名の種族となりそれぞれ個別の力を与えられました。
しかし彼らは自らその力を使うことは出来ません。
そこで、神は王達に人間と共に生活させることを強い、選ばれた人間達と暮らしていました。
その生活は最初こそ平和でしたが、一番末っ子の王は『神様になるという』隠れた野望があります。
その野望の為に、選んだ相手となる少女を使って、神様になろうとしました。
少女の名前は…そうね、『朱』にしましょうか。
末っ子の王は年長者の王とその相手である男、『星』という男を誑かして、朱の優しい心を真っ黒にしてしまいました。
それは神も望まなかった行動と結果。
これが原因で、朱は人でもなければ神でもない、背中に虫の翅を生やした紛い物の存在になってしまいました。
神になることに失敗した末っ子の王の心に、人の感情はありません。
朱の事など一切気にすることなくもう一度、神様になろうとしました。
今度は最初に誑かした男、星と共に。
一方朱は、自分の姿にすっかり生きる気持ちを失ってしまいました。
当時はいくら人の姿をしていても、違うものがあれば化物だと迫害されるような時代だったからです。
そこに手を伸ばしたのは銀髪青目の青年。
彼は元々、朱との結婚を約束した仲でした。
朱から話を聞いた青年は、朱と共に神になろうとする王を止めようと決意しました。
病気がちで体の弱い朱と先人から罪人の血を受け、同じく罪人の烙印を押された青年。
二人は互いが互いを支え合い、互いを守る為にも結婚しました。
それから星から執拗に追い回されながら、青年と朱は他の兄弟の王を説得していきます。
彼らに選ばれた人間の困りごとを解決し、試練に立ち向かい、残りの王全員を味方につけていく。
多少の困難はあったものの、その中で朱と青年には夫婦以上の絆が生まれました。
二人の絆は特別なもの。
揃ってその存在を認められて、二人で一つの神様になったのです。
そして二人は協力して神様の力を使い、見事末っ子の王を倒して平和が訪れたのでした。…めでたしめでたし」
ラニアの長い睫が動き、瞑っていた目が開いた。
「……不思議な神話ですね」
「ふふ、そうでしょう? この地に伝わる神話なのよ」
「二人は、どうなったんですか? それと……星さんも」
にこにこと微笑むラニアはくすりと笑い、机の上に肘を立てて手を組む。
その上に顎を乗せ、「気になる?」と首を傾げた。
「朱の存在は神様に許されて、青年と二人で一つの新たな神様になったわ。二人は人々の平和を願って、その地の神様として長く生きた。
一方星は元々一族を根絶やしにした罪人だったから、死ぬ運命を受ける事にしたの。心優しい朱でもその運命は変えられない。だからせめて彼が無事に輪廻転生できるように、彼が負った罪だけを残して魂を送ったわ」
「……先も、見たように知ってるんですね。……星さんが負った罪は、どうなったんですか?」
「星と同じ一族の末裔だった、朱と共にいた青年が引き継いだわ。その後は……どうだったかしら」
ラニアは目を瞑り、首を傾げている。
日和は喉に流した中国茶を置き、ラニアを見つめる。
するとラニアは「貴方の騎士様には秘密よ」と人差し指を口元に立てた。
何故、竜牙には秘密なのだろう。
「次はまた明日。何のお話をしようかしら」
「ラニア、明日は――」
「大丈夫よ、また明日」
***
土曜日となったが、波音に呼ばれた。
場所は波音の家かと思いきや師隼の屋敷だ。
「急に呼び出してごめんなさいね。お父様がどうしてもって言うものだから」
そう説明する波音の隣には小柄で攻撃的な波音から闘志を抜いて、代わりに温厚さを突っ込んだような男がいる。
163cmの日和とほぼ変わらぬ身長だが、なんとなく見覚えある姿だ。
「いやぁ、聖華のお友達と聞いたら会ってみたくなってしまって」
そう言ってにこりと笑うのは波音の父、清依。
その笑顔は狐目になればどことなく焔に似ているが、日和が感じたのは別の人間である。
「なんだか、既視感が……。佐艮さん、です……?」
「あはは、よく言われるよ。従兄弟なんだ。従兄さんは元気かい?」
「!?」
清依の口から飛び出したのは意外な関係性だった。
という事は、正也と波音は親戚同士ということになる。
「僕は直系じゃないし、ほぼ無関係なんだけどね。従兄さんに紹介されて蓮深さんに出会ったんだ」
蓮深さんとは、波音の母親だろう。
それにしても正也と波音が親戚関係とはまた意外だ。
「お父様ったら喋りすぎよ。またお母様が怒るわよ?」
ため息を漏らす波音に清依は「そうかな?」と明るい笑みを見せる。
あまりにも明るさが際立つ笑顔に日和は気になった事が言いづらくなった。
それでも、ぼそぼそと口に出てしまう。
「えっと……背……」
「あ、僕小さいでしょ? 背が高いのは直系だけなんだよ。竜牙君見たら分かるんじゃないかな」
置野家は揃いも揃って背が大きい家系のような気がする。
先祖である竜牙に現在の当主・佐艮。
竜牙と佐艮はそれぞれ似た身長だが、見たところでは185cmはありそうだ。
正也は波音と頭一つ分だった気がするので170前後だろうか。
成長期が来れば、もしかしたらもっと伸びるかもしれない。
そしてそういう事も教えてくれる水鏡清依という人間は本当に温厚で、怒らない。
寧ろ何でも答えてくれそうな雰囲気だ。
「で、お父様。そういう話をしたくて日和を呼んだの?」
横目でちらりと波音は視線を向ける。
清依は、あはは、と笑いながら後頭部に手を当て撫でた。
「ああ、そうだった。まずは、名前をお聞きしていいかな?」
「えっと……? 金詰日和です」
「ふむ。じゃあ次は……誕生日を聞いても良いかな?」
突然名前を聞くなり清依は懐から紙とペンを取り出す。
言われるがまま、日和の名前をさらさらと書き、数字をつけていく。
「10月2日です」
「聖華が早生まれだから……よし。最近気になることはあるかい? あ、言い辛ければ口にはしなくていいよ」
これは、もしかして本物の占いだろうか。
清依の言葉に、ふとラニアの姿が浮かんだ。
あと1時間程すれば会いに行かないといけない。
「……ふむ、2週間後から鬼門だね。今の君の動きで誕生日を迎える君の未来が変わるだろう。今一番近くにいる友人の話をよおく聞いておきなさい。……あ、手土産のオススメは師隼君が持っているようだ。今日が一番運気が良いから取りに行った方がいいね。聖華、頼めるかい?」
「えっ、今?」
「うん。『夜の石を清依が欲している』と言えばきっと伝わるよ」
矢継ぎ早に話す清依はやはり占いを始めていたらしい。
突然使いを頼まれた波音は怪訝な顔を見せるが、すぐにため息をついて「わかったわ」と続ける。
よくあることなのか、慣れているように見えた。
「えっと……占い、ですよね?」
「そ。水鏡の男は術士にはなれない――と言っても僕はそもそも力が無いんだけどね、何も出来ないのは心細いから覚えたんだよ。まあ、できたのは子供の頃からだけど」
それは才能ではないだろうか、と思いながら言葉を飲む。
清依はおはじきを机にばらまくと「ふむ……」と指を口元に、左手を腰に当てた。
(あ、当て方が波音と一緒……)
どうやら波音の癖は父親譲りのようだ。
「んー……ここまでアドバイスし辛い子も珍しいねぇ。一つ言えるのは、今友人は安全な場所にはいる。でも今夜から運気が悪いね。保って3日かな」
「それ、は……」
「君が思い描いている子の事だよ」
伝えられた占い結果に息を呑む。
ラニアが見つかってしまうのだろうか。
妖だから当たり前のはずなのに、不安が過る。
「君ができることは、ありったけ、話を聞くことだよ。彼女の言葉は全てが情報だ。本当は喉から手が出るほど欲しい、と言う人もいると思うのだけど、彼女は君を選んだからね」
「どうして、私なんでしょう」
「それは……今はまだ分からないな」
ふと思った疑問が口に出たらしい。
清依は困った笑顔を見せる。
「明後日の話は特に大事に聞きなさい。上手く行けば、その次がある」
「はい……」
それは、希望なのだろうか。
出来れば、その明後日を見てみたいと思った。
「――持ってきたわよ、お父様」
一通り話を終えたらしい、空気が静まると波音が戻ってきた。
清依はにこりと笑う。
「ありがとう、早かったね。師隼君は何か言っていたかい?」
「理由は聞かれたわね。さっきの説明をしたら、『後日聞く』ですって」
ふぅ、と波音は息をついて小さな紙袋を清依に渡す。
しかし清依はそのまま日和に渡した。
「そうか、分かったよ。……これは日和さんが持っていなさい」
「私、ですか?」
「君に良い未来が在らんことを。そろそろ行かないと間に合わなくなってしまうよ」
時計を見ると、あと30分程だった。
まだ少し早い気がするが、占いが出来る清依の言葉だ。
拒否はできない。
「送りましょうか?」
波音が動こうとするものの、ぱしっ、と動きが止まる。
清依が波音の手首を掴んでいた。
「残念だけど……聖華はこっち。ほら」
「お母、様……。――ごめんなさい、私行くわ」
後ろを振り返った清依の視線の先には真紅色の髪の女性が立っている。
どうやら母親らしく、波音は名残惜しそうに場を離れた。
清依は日和に向き直ると、にこりと笑う。
「時雨橋を通らず、ちゃんと大橋を通って行くんだよ」
何も言わずに出てしまった昨日は流石に罪悪感が強く、少し気持ちが辛くなった。
「この辺り、で良いのか?」
「多分……」
かなり遠くまで来ていたらしい。
女王の城は商店街の奥、オフィス街に近い工業区の中にあったようだ。
道を歩けば次第に見覚えのある景色が広がりってきた。
確かこの辺りだった気がする、と辺りを見回すものの、それとも一人で来るべきだっただろうか、と日和は思い悩む。
「何かあれば直ぐに呼べ」
「すみません、分かりました」
ふらりと巡回に消えていく竜牙に頭を下げ、少しだけ歩く。
しばらく彷徨うと、昨日と同じ場所で空色の鷹が待っていた。
そしてまた、鳥の案内を受ける。
誘われる先はまた同じ所だろうと思っていた。
しかし次に見た景色は睡蓮が咲き乱れる池の中心の孤島だった。
東屋があり、テーブルには中国茶が準備されている。
「貴女の騎士様は行儀の良い子ね」
開口一番にそう呟くラニアは、両手でカップを傾げた。
「えっと……竜牙の事ですか?」
「ふふ、昨日のお土産はどうだったかしら?」
昨日のお土産。
それはきっと、赤いリボンのことだろう。
しかしあれは一瞬にして崩れて消えてしまった。
その事実をにこにことしているラニアには伝えづらい。
竜牙のことを聞いてのことならば、あれはもしかして竜牙に向けての物だったのだろうか?
それでも日和は正直に答える。
「すごく動揺してて、苦手そうな雰囲気でした……」
「……そう。なら、安心したわ」
「えっ?」
ふふ、とラニアは笑う。
あまりにも予想外の反応だ。
「ちゃんと忘れてなくて、安心したわ」
「ラニアは……竜牙を知ってるんですか?」
ラニアは返事をしない。
代わりにまた一口、茶で喉を潤す。
「彼の呪いが一つ外れたわ。だけど彼はそれをしっかりと理解はしていないようね」
「呪い……? 女王の、ですか?」
呪いと聞いて浮かんだのは孤独の女王だ。
しかしラニアの表情は変わらない。
「それもあるけど、今回外れたのは血の呪いね。……そうだわ、もっと昔の話。今日は、神話の話をしましょうか」
ラニアがにこりと笑うと、周囲の睡蓮の花びらがぶわりと舞い上がった。
ラニアの小さな口は物語を口ずさむ。
***
「昔々、全知全能の神様は八人の子供達を造りました。
子供達は“王”という名の種族となりそれぞれ個別の力を与えられました。
しかし彼らは自らその力を使うことは出来ません。
そこで、神は王達に人間と共に生活させることを強い、選ばれた人間達と暮らしていました。
その生活は最初こそ平和でしたが、一番末っ子の王は『神様になるという』隠れた野望があります。
その野望の為に、選んだ相手となる少女を使って、神様になろうとしました。
少女の名前は…そうね、『朱』にしましょうか。
末っ子の王は年長者の王とその相手である男、『星』という男を誑かして、朱の優しい心を真っ黒にしてしまいました。
それは神も望まなかった行動と結果。
これが原因で、朱は人でもなければ神でもない、背中に虫の翅を生やした紛い物の存在になってしまいました。
神になることに失敗した末っ子の王の心に、人の感情はありません。
朱の事など一切気にすることなくもう一度、神様になろうとしました。
今度は最初に誑かした男、星と共に。
一方朱は、自分の姿にすっかり生きる気持ちを失ってしまいました。
当時はいくら人の姿をしていても、違うものがあれば化物だと迫害されるような時代だったからです。
そこに手を伸ばしたのは銀髪青目の青年。
彼は元々、朱との結婚を約束した仲でした。
朱から話を聞いた青年は、朱と共に神になろうとする王を止めようと決意しました。
病気がちで体の弱い朱と先人から罪人の血を受け、同じく罪人の烙印を押された青年。
二人は互いが互いを支え合い、互いを守る為にも結婚しました。
それから星から執拗に追い回されながら、青年と朱は他の兄弟の王を説得していきます。
彼らに選ばれた人間の困りごとを解決し、試練に立ち向かい、残りの王全員を味方につけていく。
多少の困難はあったものの、その中で朱と青年には夫婦以上の絆が生まれました。
二人の絆は特別なもの。
揃ってその存在を認められて、二人で一つの神様になったのです。
そして二人は協力して神様の力を使い、見事末っ子の王を倒して平和が訪れたのでした。…めでたしめでたし」
ラニアの長い睫が動き、瞑っていた目が開いた。
「……不思議な神話ですね」
「ふふ、そうでしょう? この地に伝わる神話なのよ」
「二人は、どうなったんですか? それと……星さんも」
にこにこと微笑むラニアはくすりと笑い、机の上に肘を立てて手を組む。
その上に顎を乗せ、「気になる?」と首を傾げた。
「朱の存在は神様に許されて、青年と二人で一つの新たな神様になったわ。二人は人々の平和を願って、その地の神様として長く生きた。
一方星は元々一族を根絶やしにした罪人だったから、死ぬ運命を受ける事にしたの。心優しい朱でもその運命は変えられない。だからせめて彼が無事に輪廻転生できるように、彼が負った罪だけを残して魂を送ったわ」
「……先も、見たように知ってるんですね。……星さんが負った罪は、どうなったんですか?」
「星と同じ一族の末裔だった、朱と共にいた青年が引き継いだわ。その後は……どうだったかしら」
ラニアは目を瞑り、首を傾げている。
日和は喉に流した中国茶を置き、ラニアを見つめる。
するとラニアは「貴方の騎士様には秘密よ」と人差し指を口元に立てた。
何故、竜牙には秘密なのだろう。
「次はまた明日。何のお話をしようかしら」
「ラニア、明日は――」
「大丈夫よ、また明日」
***
土曜日となったが、波音に呼ばれた。
場所は波音の家かと思いきや師隼の屋敷だ。
「急に呼び出してごめんなさいね。お父様がどうしてもって言うものだから」
そう説明する波音の隣には小柄で攻撃的な波音から闘志を抜いて、代わりに温厚さを突っ込んだような男がいる。
163cmの日和とほぼ変わらぬ身長だが、なんとなく見覚えある姿だ。
「いやぁ、聖華のお友達と聞いたら会ってみたくなってしまって」
そう言ってにこりと笑うのは波音の父、清依。
その笑顔は狐目になればどことなく焔に似ているが、日和が感じたのは別の人間である。
「なんだか、既視感が……。佐艮さん、です……?」
「あはは、よく言われるよ。従兄弟なんだ。従兄さんは元気かい?」
「!?」
清依の口から飛び出したのは意外な関係性だった。
という事は、正也と波音は親戚同士ということになる。
「僕は直系じゃないし、ほぼ無関係なんだけどね。従兄さんに紹介されて蓮深さんに出会ったんだ」
蓮深さんとは、波音の母親だろう。
それにしても正也と波音が親戚関係とはまた意外だ。
「お父様ったら喋りすぎよ。またお母様が怒るわよ?」
ため息を漏らす波音に清依は「そうかな?」と明るい笑みを見せる。
あまりにも明るさが際立つ笑顔に日和は気になった事が言いづらくなった。
それでも、ぼそぼそと口に出てしまう。
「えっと……背……」
「あ、僕小さいでしょ? 背が高いのは直系だけなんだよ。竜牙君見たら分かるんじゃないかな」
置野家は揃いも揃って背が大きい家系のような気がする。
先祖である竜牙に現在の当主・佐艮。
竜牙と佐艮はそれぞれ似た身長だが、見たところでは185cmはありそうだ。
正也は波音と頭一つ分だった気がするので170前後だろうか。
成長期が来れば、もしかしたらもっと伸びるかもしれない。
そしてそういう事も教えてくれる水鏡清依という人間は本当に温厚で、怒らない。
寧ろ何でも答えてくれそうな雰囲気だ。
「で、お父様。そういう話をしたくて日和を呼んだの?」
横目でちらりと波音は視線を向ける。
清依は、あはは、と笑いながら後頭部に手を当て撫でた。
「ああ、そうだった。まずは、名前をお聞きしていいかな?」
「えっと……? 金詰日和です」
「ふむ。じゃあ次は……誕生日を聞いても良いかな?」
突然名前を聞くなり清依は懐から紙とペンを取り出す。
言われるがまま、日和の名前をさらさらと書き、数字をつけていく。
「10月2日です」
「聖華が早生まれだから……よし。最近気になることはあるかい? あ、言い辛ければ口にはしなくていいよ」
これは、もしかして本物の占いだろうか。
清依の言葉に、ふとラニアの姿が浮かんだ。
あと1時間程すれば会いに行かないといけない。
「……ふむ、2週間後から鬼門だね。今の君の動きで誕生日を迎える君の未来が変わるだろう。今一番近くにいる友人の話をよおく聞いておきなさい。……あ、手土産のオススメは師隼君が持っているようだ。今日が一番運気が良いから取りに行った方がいいね。聖華、頼めるかい?」
「えっ、今?」
「うん。『夜の石を清依が欲している』と言えばきっと伝わるよ」
矢継ぎ早に話す清依はやはり占いを始めていたらしい。
突然使いを頼まれた波音は怪訝な顔を見せるが、すぐにため息をついて「わかったわ」と続ける。
よくあることなのか、慣れているように見えた。
「えっと……占い、ですよね?」
「そ。水鏡の男は術士にはなれない――と言っても僕はそもそも力が無いんだけどね、何も出来ないのは心細いから覚えたんだよ。まあ、できたのは子供の頃からだけど」
それは才能ではないだろうか、と思いながら言葉を飲む。
清依はおはじきを机にばらまくと「ふむ……」と指を口元に、左手を腰に当てた。
(あ、当て方が波音と一緒……)
どうやら波音の癖は父親譲りのようだ。
「んー……ここまでアドバイスし辛い子も珍しいねぇ。一つ言えるのは、今友人は安全な場所にはいる。でも今夜から運気が悪いね。保って3日かな」
「それ、は……」
「君が思い描いている子の事だよ」
伝えられた占い結果に息を呑む。
ラニアが見つかってしまうのだろうか。
妖だから当たり前のはずなのに、不安が過る。
「君ができることは、ありったけ、話を聞くことだよ。彼女の言葉は全てが情報だ。本当は喉から手が出るほど欲しい、と言う人もいると思うのだけど、彼女は君を選んだからね」
「どうして、私なんでしょう」
「それは……今はまだ分からないな」
ふと思った疑問が口に出たらしい。
清依は困った笑顔を見せる。
「明後日の話は特に大事に聞きなさい。上手く行けば、その次がある」
「はい……」
それは、希望なのだろうか。
出来れば、その明後日を見てみたいと思った。
「――持ってきたわよ、お父様」
一通り話を終えたらしい、空気が静まると波音が戻ってきた。
清依はにこりと笑う。
「ありがとう、早かったね。師隼君は何か言っていたかい?」
「理由は聞かれたわね。さっきの説明をしたら、『後日聞く』ですって」
ふぅ、と波音は息をついて小さな紙袋を清依に渡す。
しかし清依はそのまま日和に渡した。
「そうか、分かったよ。……これは日和さんが持っていなさい」
「私、ですか?」
「君に良い未来が在らんことを。そろそろ行かないと間に合わなくなってしまうよ」
時計を見ると、あと30分程だった。
まだ少し早い気がするが、占いが出来る清依の言葉だ。
拒否はできない。
「送りましょうか?」
波音が動こうとするものの、ぱしっ、と動きが止まる。
清依が波音の手首を掴んでいた。
「残念だけど……聖華はこっち。ほら」
「お母、様……。――ごめんなさい、私行くわ」
後ろを振り返った清依の視線の先には真紅色の髪の女性が立っている。
どうやら母親らしく、波音は名残惜しそうに場を離れた。
清依は日和に向き直ると、にこりと笑う。
「時雨橋を通らず、ちゃんと大橋を通って行くんだよ」