残酷な描写あり
19-3 覚醒
清依の言葉は正しい。
占いというよりはお告げに近く、言われた通りに移動するとなんの苦難もなく空色の鷹を見つけられた。
時雨橋とは神流川に架かる橋の一つで、安月大原から繋がる小さな橋だ。
工業区へは近道になるのだが、今日はメンテナンス工事をしていたらしく通行止めとなっていた。
鷹はいつもの道を案内していく。
追いかければまた城の門へ、そして城内へと導いてくれた――。
――目を開けると、目の前に広がった景色は王城の食堂だろうか。
とても長細い部屋に合わせたように同じく長細いテーブルにはテーブルクロスがかけられ、等間隔に燭台が並んでいる。
石が積まれた壁には赤地に金糸のタペストリーが並んで垂れていて、間には金の装飾がついた燭台がかけられている。
とても立派で壮麗、厳かな空間だ。
「ほら、今日も来られたでしょう? あなたの占い師はとても有能なのね」
目を瞑ってくすくすと笑うのは城の主、ラニアだ。
ただ珍しいのは、今日はお茶菓子も無くただ微笑んで目の前に立っている。
「ラニア……こうなるのを、分かっていたのですね?」
土曜日なのにこの場所に来られたことも、清依に呼ばれたことも、占われたことも、何も不思議にはならなかった。
ラニアはきっと――いや、確実にこうなることを知っていたはずだ。
だからこそ、日和は問う。
ラニアならきっと首を縦に振ってくれるだろう。
そう思っていたのだが……問題のラニアは首を横に振った。
「いいえ、私は……――可能性が高いと思っていただけ」
「可能性が?」
よく分からず、日和は首を傾げる。
「たとえ未来を知る占い師でも、神様でも、未来を外してしまう事があるわ。それは、どんなに小さなことでも"選ばなかった選択"があるから。確定された未来は、"選ばれた選択"があるから確定されるのであって、絶対というものは存在しないの。全て選ばれた選択の積み重ねなの」
「……? よく、分かりません……」
「今はまだ知らなくていいわ。でもあなたはきっと、まだ先の未来で知ることになる」
ラニアは目を開き、日和の目――寧ろその奥を、じっと見た気がした。
まるで、日和の本質そのものを見るような目だ。
「……忠告として、覚えておきます。……そうだ、これを持っていくよう言われました」
ふと、日和は屋敷を出る際、鞄にしまっていた紙袋の存在を思い出した。
鞄からそれを取り出し、ラニアに差し出す。
「あら、これが占い師様からのお土産ね? ちゃんと準備してくれたのね」
受け取ったラニアはくすくすと笑いながら中身を取り出す。
そこには日和の指輪の石に似た石――いや、割れてしまっているが、これが本物の指輪の石だ。
どうしてそんなものがここに。
「えっ……」
そういえば、『指輪の石を取り換えた』と言っていた。
いつの間に……?
「ごめんなさいね、最初この指輪は招待状、と言ったけれど……本当は違うの」
「そうなんですか?」
「この石はあなたの力を狙う女王が準備した物よ。彼はあなたには効果が強すぎたから、似た、力もない普通の石に取り替えたのでしょうね。でも今度は……ちゃんと方法を教えるから、私の力を受け取ってくれないかしら。多分これが無いと……あなたは負けてしまうでしょうから」
「どういう事、ですか?」
少し寂しそうな表情を浮かべるラニアだが、彼女の目には一体何が見えているのだろうか。
ラニアは夜の石を回収すると、代わりに同じような大きさの空色の綺麗な石を取り出した。
「これはね、『妖の核』と呼ばれている物よ。つまり、妖の心臓であり、私の力がここに集められているの。さっきの石ではなくて、私の力を……受け取ってくれないかしら?」
「これが、ラニアの力……。それを、私が受け取るのですか?」
ラニアはにこりと頷く。
「ええ、受け取って欲しいの。これで今のあなたが妖になることはほぼないわ。あなたの力が強くなるだけ。……お願いしても、いい?」
(でも、私は……)
答えは、出ない。
術士になる訳でもないのにどうして自分が受け取る必要があるのか分からないし、受け取って良いのかも分からない。
そもそも石は何故師隼の屋敷にあったのか。
そういえば指輪を嵌めた翌日、気付けば師隼の屋敷で眠っていた。
きっとその時に……――
「――あの、私……師隼の屋敷で寝ていた日に、その石を替えて貰ったと思うんです。何故師隼は、取り替えたのですか?効果が強いっていうのは……」
止まらぬ疑問にラニアの表情が、動きが止まった。
「……」
そして何事も無かったかのように、ラニアはにこりと笑う。
「……やっぱり日和さんは聡い子ね。この夜色の石はあなたの術士の力を増幅させる物よ。この石を授けようとした女王はあなたがこれに耐えられなければ妖になるようにしていたの。だから……取り除いたのでしょうね」
ラニアには"選ばれた選択"も"選ばれなかった選択"も見えているはずだ。
未来を知るラニアだからこその処置、という事だったのだろうか。
「そう、ですか……」
「ねえ、日和さん。あなた、最近強いお祈りをしなかった?」
「え……?」
思考を巡らせる。
強いお祈り。
一体何を祈っただろうか。
そんなにも祈るようなこと、あっただろうか。
そう思った時、ふと竜牙の姿が思い浮かんだ。
「あ、ハンカチ……」
「日和さん、あなたは門を開いた。その力を扱うのならば、私は余計にこの力が必要だと思うわ」
何かを懸念するように、ラニアは先ほどまでの夜色の石とは真逆のような空色の石を目の前に置く。
「……それを断れば、私はどうなりますか?」
「いくつか存在する分かたれた未来の殆どは、『死』よ」
一瞬、父の姿がフラッシュバックした。
同時に、布をかけられた祖父を思い出す。
自分自身も、その姿に近い位置にいるという事を、瞬時に理解した。
「死……そんな簡単に、私は死ぬんですか……?」
「ええ、あなたは一度必ず死ぬわ。問題なのは、その先なの」
「先?」
「……大丈夫、怖がることは無いわ。強い心で、希望を持って。その為にも、どうかこの力を、受け取ってくれないかしら……」
両手で大事に抱えた石をラニアは差し出す。
何故かその石が、一瞬だけ卵に思えた。
大事な卵を抱える母親鳥。
……ラニアを信じるべきだろうか。
『ありったけ、話を聞くべき』
先ほど言われたばかりの清依の言葉が頭の中に木霊した。
そうだ、先ほど言われたばかりじゃないか。
たったその一言だけが、日和の心に勇気を灯す。
「――わかりました。ラニアの力を、私に下さい」
「……ありがとう」
にこりと、ラニアは微笑む。
その手に収まる空色に光る石を日和は手に取った。
星の代わりに陽の光を溜めたようなその石はゆらりと力が溢れ、日和の周りを漂う。
そして一瞬で日和を包み込み、体の中へと染み込んでいく。
「うっ、ぐ……!」
ぞわりと悪寒のようなものが全身に周り、気持ち悪さがせり上がってくる。
身体がそれを拒むように嫌な汗が流れ、それでもラニアをじっと見つめた。
ラニアは目を瞑り、日和の石を持つ手を優しく握って微笑む。
力を受け入れる日和を信じているのだろうか。
それとも苦しさを和らげてくれているのだろうか。
「ラニア……私はラニアの力を……」
「ええ、受け取って」
ラニアがにこりと母親のような優しい微笑みを見せ、同時に周囲の嫌な空気が消えた。
全身がびりびりと痺れて、変な感じがする。
「……結果的に術士の力も増えてしまったのだけど、あなたなら大丈夫よね。これであなたはあなたの力を使えるわ。心を強く、そして深く祈りなさい」
「私の、力……心を、強く……」
まるで神様の啓示のようにラニアの声が頭に響く。
「あなたに関わる人全てに気を配りなさい。あなたに向けられる周りの人間の気持ちが、あなたの力になるわ」
「私に向けられる人の、気持ち……」
ぼう、と頭の中が無になる。
ラニアの響く声に日和の意識も無、若しくは宙の中に投げ出された気分になった。
「……日和さん、次は明後日に逢いましょう。今日はお茶が飲めなかったわね――」
急にラニアに声が生々しく、そして遠くなって別れの時間を予感させる。
そしてそれは的中したように、いつの間にか城から出されていた。
頭がぼーっとして、思考ができない。
そんな中でふと、どこか遠い場所によく知る気配を感じた。
「…………竜牙?」
いつもの場所で、商店街の方面から竜牙が近付いてくる。
お迎えだろうか?
感じる気配は街の中の色々な空気や人の感じの中で、明らかに異質で、明らかに普通じゃないもの。
これが、術士というものなのだろうか。
日和は思い切って自分から竜牙の方へと向かっていく。
その姿を、少し離れた場所から一人の少女がじっと見ていた。
「あれ、日和……?」
占いというよりはお告げに近く、言われた通りに移動するとなんの苦難もなく空色の鷹を見つけられた。
時雨橋とは神流川に架かる橋の一つで、安月大原から繋がる小さな橋だ。
工業区へは近道になるのだが、今日はメンテナンス工事をしていたらしく通行止めとなっていた。
鷹はいつもの道を案内していく。
追いかければまた城の門へ、そして城内へと導いてくれた――。
――目を開けると、目の前に広がった景色は王城の食堂だろうか。
とても長細い部屋に合わせたように同じく長細いテーブルにはテーブルクロスがかけられ、等間隔に燭台が並んでいる。
石が積まれた壁には赤地に金糸のタペストリーが並んで垂れていて、間には金の装飾がついた燭台がかけられている。
とても立派で壮麗、厳かな空間だ。
「ほら、今日も来られたでしょう? あなたの占い師はとても有能なのね」
目を瞑ってくすくすと笑うのは城の主、ラニアだ。
ただ珍しいのは、今日はお茶菓子も無くただ微笑んで目の前に立っている。
「ラニア……こうなるのを、分かっていたのですね?」
土曜日なのにこの場所に来られたことも、清依に呼ばれたことも、占われたことも、何も不思議にはならなかった。
ラニアはきっと――いや、確実にこうなることを知っていたはずだ。
だからこそ、日和は問う。
ラニアならきっと首を縦に振ってくれるだろう。
そう思っていたのだが……問題のラニアは首を横に振った。
「いいえ、私は……――可能性が高いと思っていただけ」
「可能性が?」
よく分からず、日和は首を傾げる。
「たとえ未来を知る占い師でも、神様でも、未来を外してしまう事があるわ。それは、どんなに小さなことでも"選ばなかった選択"があるから。確定された未来は、"選ばれた選択"があるから確定されるのであって、絶対というものは存在しないの。全て選ばれた選択の積み重ねなの」
「……? よく、分かりません……」
「今はまだ知らなくていいわ。でもあなたはきっと、まだ先の未来で知ることになる」
ラニアは目を開き、日和の目――寧ろその奥を、じっと見た気がした。
まるで、日和の本質そのものを見るような目だ。
「……忠告として、覚えておきます。……そうだ、これを持っていくよう言われました」
ふと、日和は屋敷を出る際、鞄にしまっていた紙袋の存在を思い出した。
鞄からそれを取り出し、ラニアに差し出す。
「あら、これが占い師様からのお土産ね? ちゃんと準備してくれたのね」
受け取ったラニアはくすくすと笑いながら中身を取り出す。
そこには日和の指輪の石に似た石――いや、割れてしまっているが、これが本物の指輪の石だ。
どうしてそんなものがここに。
「えっ……」
そういえば、『指輪の石を取り換えた』と言っていた。
いつの間に……?
「ごめんなさいね、最初この指輪は招待状、と言ったけれど……本当は違うの」
「そうなんですか?」
「この石はあなたの力を狙う女王が準備した物よ。彼はあなたには効果が強すぎたから、似た、力もない普通の石に取り替えたのでしょうね。でも今度は……ちゃんと方法を教えるから、私の力を受け取ってくれないかしら。多分これが無いと……あなたは負けてしまうでしょうから」
「どういう事、ですか?」
少し寂しそうな表情を浮かべるラニアだが、彼女の目には一体何が見えているのだろうか。
ラニアは夜の石を回収すると、代わりに同じような大きさの空色の綺麗な石を取り出した。
「これはね、『妖の核』と呼ばれている物よ。つまり、妖の心臓であり、私の力がここに集められているの。さっきの石ではなくて、私の力を……受け取ってくれないかしら?」
「これが、ラニアの力……。それを、私が受け取るのですか?」
ラニアはにこりと頷く。
「ええ、受け取って欲しいの。これで今のあなたが妖になることはほぼないわ。あなたの力が強くなるだけ。……お願いしても、いい?」
(でも、私は……)
答えは、出ない。
術士になる訳でもないのにどうして自分が受け取る必要があるのか分からないし、受け取って良いのかも分からない。
そもそも石は何故師隼の屋敷にあったのか。
そういえば指輪を嵌めた翌日、気付けば師隼の屋敷で眠っていた。
きっとその時に……――
「――あの、私……師隼の屋敷で寝ていた日に、その石を替えて貰ったと思うんです。何故師隼は、取り替えたのですか?効果が強いっていうのは……」
止まらぬ疑問にラニアの表情が、動きが止まった。
「……」
そして何事も無かったかのように、ラニアはにこりと笑う。
「……やっぱり日和さんは聡い子ね。この夜色の石はあなたの術士の力を増幅させる物よ。この石を授けようとした女王はあなたがこれに耐えられなければ妖になるようにしていたの。だから……取り除いたのでしょうね」
ラニアには"選ばれた選択"も"選ばれなかった選択"も見えているはずだ。
未来を知るラニアだからこその処置、という事だったのだろうか。
「そう、ですか……」
「ねえ、日和さん。あなた、最近強いお祈りをしなかった?」
「え……?」
思考を巡らせる。
強いお祈り。
一体何を祈っただろうか。
そんなにも祈るようなこと、あっただろうか。
そう思った時、ふと竜牙の姿が思い浮かんだ。
「あ、ハンカチ……」
「日和さん、あなたは門を開いた。その力を扱うのならば、私は余計にこの力が必要だと思うわ」
何かを懸念するように、ラニアは先ほどまでの夜色の石とは真逆のような空色の石を目の前に置く。
「……それを断れば、私はどうなりますか?」
「いくつか存在する分かたれた未来の殆どは、『死』よ」
一瞬、父の姿がフラッシュバックした。
同時に、布をかけられた祖父を思い出す。
自分自身も、その姿に近い位置にいるという事を、瞬時に理解した。
「死……そんな簡単に、私は死ぬんですか……?」
「ええ、あなたは一度必ず死ぬわ。問題なのは、その先なの」
「先?」
「……大丈夫、怖がることは無いわ。強い心で、希望を持って。その為にも、どうかこの力を、受け取ってくれないかしら……」
両手で大事に抱えた石をラニアは差し出す。
何故かその石が、一瞬だけ卵に思えた。
大事な卵を抱える母親鳥。
……ラニアを信じるべきだろうか。
『ありったけ、話を聞くべき』
先ほど言われたばかりの清依の言葉が頭の中に木霊した。
そうだ、先ほど言われたばかりじゃないか。
たったその一言だけが、日和の心に勇気を灯す。
「――わかりました。ラニアの力を、私に下さい」
「……ありがとう」
にこりと、ラニアは微笑む。
その手に収まる空色に光る石を日和は手に取った。
星の代わりに陽の光を溜めたようなその石はゆらりと力が溢れ、日和の周りを漂う。
そして一瞬で日和を包み込み、体の中へと染み込んでいく。
「うっ、ぐ……!」
ぞわりと悪寒のようなものが全身に周り、気持ち悪さがせり上がってくる。
身体がそれを拒むように嫌な汗が流れ、それでもラニアをじっと見つめた。
ラニアは目を瞑り、日和の石を持つ手を優しく握って微笑む。
力を受け入れる日和を信じているのだろうか。
それとも苦しさを和らげてくれているのだろうか。
「ラニア……私はラニアの力を……」
「ええ、受け取って」
ラニアがにこりと母親のような優しい微笑みを見せ、同時に周囲の嫌な空気が消えた。
全身がびりびりと痺れて、変な感じがする。
「……結果的に術士の力も増えてしまったのだけど、あなたなら大丈夫よね。これであなたはあなたの力を使えるわ。心を強く、そして深く祈りなさい」
「私の、力……心を、強く……」
まるで神様の啓示のようにラニアの声が頭に響く。
「あなたに関わる人全てに気を配りなさい。あなたに向けられる周りの人間の気持ちが、あなたの力になるわ」
「私に向けられる人の、気持ち……」
ぼう、と頭の中が無になる。
ラニアの響く声に日和の意識も無、若しくは宙の中に投げ出された気分になった。
「……日和さん、次は明後日に逢いましょう。今日はお茶が飲めなかったわね――」
急にラニアに声が生々しく、そして遠くなって別れの時間を予感させる。
そしてそれは的中したように、いつの間にか城から出されていた。
頭がぼーっとして、思考ができない。
そんな中でふと、どこか遠い場所によく知る気配を感じた。
「…………竜牙?」
いつもの場所で、商店街の方面から竜牙が近付いてくる。
お迎えだろうか?
感じる気配は街の中の色々な空気や人の感じの中で、明らかに異質で、明らかに普通じゃないもの。
これが、術士というものなのだろうか。
日和は思い切って自分から竜牙の方へと向かっていく。
その姿を、少し離れた場所から一人の少女がじっと見ていた。
「あれ、日和……?」