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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
23-2 女王の目醒め
 日和と竜牙の様子を見たが、結果としてなんの問題も見られなかった。
 竜牙の呪詛は綺麗さっぱり祓われ、傷口は跡形もなく消えていた。
 力を使ったと思われる日和は特に何も変わった様子はなく、ただ……本人は何をしたのか一切覚えていない様子。
 何事もなく、無事でよかった。
 無事でよかったが、まだまだ問題が落ち着いたとは言えない。
 負傷した波音、玲も夏樹も回復の力を使って消耗している。
 竜牙は呪詛を受けて疲弊したことだろう。
 女王によってやられた傷は大きく、明らかに分は悪い。
 それでも日和を確実に生かし、助けねばならない。
 今の所、自分に出来ることはもう限界を迎えた。
 あとは皆が選ぶ道が同じ道でありますように。
 ……念の為に竜牙と日和を休ませた夜、少しずつ体から何かが抜けていく感覚があった。

「……ああ、もう十月か。今年は、なんだか早いな……」

 師隼の体から力という力が抜けていく。
 同時に何もかも抜いてしまったような白い髪は、ゆっくりと銀色に染まっていった。
 金だった目も忌まわしい程に青い色が出ていることだろう。

「……いっそ倒れてしまいなさい。私から贈る話は、その後よ」

 呟く師隼の隣にいつの間にか、いつになく神妙な麗那が立っていた。
 相変わらず、タイミングを図ったように現れる。

「麗那……ああ、すまない。助けてくれないか?」

 12時を過ぎ、日付が変わった。
 既に術士達の位置は感知できそうにない。
 麗那は深いため息を吐いて、闇の従者を出した。
 黒い腕が椅子に座る師隼の体を乱暴に掴み、隣の部屋のベッドへ放り投げる。
 確か最近も似たようなことがなかっただろうか。

「ぐえっ……! もう少し丁寧に、お願いできないかな……」
「レディにそんな重労働頼む方が悪いのよ。してくれるだけマシだと思って欲しいわ」

 麗那はつん、とそっぽを向いた。
 ははは、と力無く笑い、師隼はそのままベッドに身を預ける。
 体は重く、しばらく動かせそうにない。

「……それで、麗那は何を見つけたんだい?」
「……問題の女王を見つけたわ。それと、12年目の亡霊をね……」

 髪をかき上げ、鬱々そうな表情をする魔女。
 珍しく静かな姿に少しだけ同情しながら、師隼は麗那に視線を向ける。
 麗那は先ほどまで自分が座っていた椅子に座ると、当然のように足を組み頬杖をついた。

「そうか……君は金詰蛍に術の扱い方を学んだのだったな」
「あの子が生まれてから少し、それから先生が死ぬまでの3年近くだったかしら。毎日世話になっていたわ」

 麗那の言葉にふと、疑問を覚えた。

「だったら、彼女に会ったことはあるんじゃないのかい?」
「あるわよ。私が世話していたのだから」

 麗那は当然のように言葉を返す。
 体の怠さからだろうか、いや、そこまで考えていなかったのかもしれない。
 自分はどうやら二人の関係を全く想像していなかったらしい。

「……日和は憶えていないのか」
「憶えている訳ないでしょ。あの日、あの子を保護して真っ先にんだから」
「……それも金詰蛍が教えたのか?」

 用意周到でしょ、と魔女の笑みで麗那は笑う。

「それがあの人の言葉で、意志だもの。私は先生の言葉に従うまでよ」
「だから彼を連れてこなかったのか」

 師隼の言葉に麗那はじろりと問題発言の主を睨む。
 どうやら力や思考力だけでなく、判断力すらも鈍っているらしい。
 もういっそ眠ったほうがいいのかもしれない。

「……連れてきたら、貴方死ぬわよ?」
「……ああ、そうか。確かにそうだな」

 力無く師隼は笑う。
 麗那はため息を吐き、ぐったりとした銀髪の男を睨みつけた。

「後のことは私が請け負うわ。貴方は一ヶ月そうやっていつくばってなさい」
「一週間で落ち着く。それまで頼むよ……」

 師隼の目がゆっくりと落ちていき、やがて穏やかな寝息が聞こえてきた。

「……もうすぐね。今日の20時、ここから皆を派遣させるわ」



***
 夜が明ける。
 月は変わり、朝を迎え、長く蔓延はびこっていた女王は人間の目覚めのように体を起こし、伸ばした。
 長かった終わりの時が始まる。
 ずっとずっと、長く張っていた準備がようやく終わり、最後の1日が始まる。
 昨日は眠れなかった。
 ここ1カ月を過ぎてからは何もかもが楽しみすぎて気が気でなかった。
 あまりにも長かった目標が近づいている。
 それだけで胸が高鳴って、色々なものが溢れ出てしまいそうで、思わず口角が上がってしまうのを抑えられない。

 弥生はにこにこと嬉しそうに笑う。
 心の奥底から明るい気持ちが溢れだし、ついつい小躍りしたくなる。
 水鏡波音は多分、今日の夜まで起きないだろう。
 置野正也は式神と共に負傷して弱くなっている。
 もしかしたら最後まで呪いが解けないかもしれない。それはそれで目標通りだ。
 高峰玲と小鳥遊夏樹はふんだんに力を使う治癒能力を使わせたから、きっとかなり疲弊している筈だろう。
 全て計算ずくだ。
 『脳』は目標の為に何でもやってくれる。
 これで自分が目標を達成できる確率は格段に上がっただろう。
 弥生はスマートフォンを片手ににんまりと笑うと、おもむろに耳に当てる。

「おはよ、日和! 明日、誕生日でしょ?今から駅行かない?」

 スマートフォンからくぐもった声が聞こえた。

『駅……? なんで?』
「折角だから、駅でお買い物して沢山遊ぼうよ! ……だめ?」

 いつもの調子で問う弥生に、電話の向こうでは小さなため息が洩れた。

『……仕方ないなぁ。良いよ』

 返事と裏腹に、その声は少し嬉しそうに聞こえる。
 弥生は心の底から嬉しくなった。

「やったー! じゃあ1時間後に駅前公園で待ち合わせ!いける?」
『うん、分かった。11時に駅前公園ね』
「あ、できればそのまま夜ご飯も食べたいな! 大丈夫?」
『それはー……わかった、考えてみる』
「それじゃあとでね! 準備するー」
『うん、またあとで』

 日和の夕食の約束は取り付けられなかったけど、別に問題はない。
 どっちにしても日和には会えるのだから。
もう少し。私の計画も、あと少し……。

「ああ、早く食べたいなぁ……日和、私と一緒になろ……? ふふふ……あははははっ」
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