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残酷な描写あり R-15
どうして皆には一人しかお母さんがいないんだろう
 世界は暗号で満たされている。
 何が正しくて、何が間違っているんだろう。どうしてボクには五人のお母さんがいるんだろう。どうして皆には一人しかお母さんがいないんだろう。

 ボクとお父さんは、月曜日から金曜日まで日替わりでお母さんの家に帰る。月曜日のお母さん、火曜日のお母さん、水曜日のお母さん、木曜日のお母さん、そして金曜日のお母さん。土日はお父さんとホテルや旅館。だから月曜日の朝は通学するのがちょっときつい。
 どのお母さんもボクに愛情を注いでくれるから、どのお母さんから生まれたのか、なんて気にしたこともなかった。
「本当に碧ちゃんは可愛いわね。お人形さんみたい」
 どのお母さんもボクのルックスを褒めてくれる。長い髪を褒めて、髪を結ってくれるお母さん。小学校四年生から、ボクは髪を伸ばし始めた。
 スカートからパンツが覗かないか、心配するお母さん。ボクも普段はデニムだったから、学校指定のスカートは何か落ち着かない。
 アイドルにスカウトされたらどうしましょう、と嬉しそうに笑うお母さん。でもお父さんはひっそりと暮らせと言う。
 どのお母さんも、決まって言うんだ。
「パパに似なくてよかったね。ママに似て美人でよかったね」
 確かにどのお母さんも綺麗だ。ボクはどのお母さんに似たんだろう。皆に似てる気もするが、誰にも似てない気もする。
 小学校までは何だかんだ言って、お父さんがいつも送り迎えに来ていた。でも、春から中学校にあがり、さすがにそれはなくなった。……誰かに見られている感覚はあるんだけど。

 ところでボクには小学校より前の記憶がない。気づいたら、破天荒なお父さんと日替わりのお母さんたちと暮らしていたわけだ。それがボクの日常。


 でもね、中学生ともなると、色んなことに興味が出てくる。ボクは歴史が好きだ。日本の歴史も、アジアの歴史も、西洋の歴史も。かつて大災害に襲われた故郷の街もここ東京の帝町の歴史も。
 ただし例外がある。短期間で何人も王が変わったり、落ち着く前に国家の名称が変わったりするような浅すぎる歴史は嫌いだ。覚える意味も、学ぶべき価値も見いだせない。継承者問題で暗殺が実行された西。テロやクーデターを繰り返し行う中東の自称国家なんて酷いものだ。
 西朝鮮は朝鮮半島の中国側にある国で、朝鮮半島戦争により、韓国から分断された国だ。東経百二十七度線で区切られた独裁国家は、令和時代の今でも、繰り返し弾道ミサイルを発射し、原水爆の実験を行っている。現在の国家主席は、実の兄を暗殺したといわれているが、日本ではあまり報道されなかった。何故なら、暗殺直後に『三・一一』が発生したからだ。
 ある年の三月十一日。日本は未曽有の大震災に見舞われた。天罰が下ったと喜び、災害支援もしないアジアの隣国もあった。日本国内でも被災してない偉そうな大人たちは、モニター越しに語っている。
「神は乗り越えられる苦難しか起こさない」
 そんなの糞くらえだ。何万人もの人が死んでしまったというのに、何を言っているんだろう。だからボクは、神様を信じないことに決めたんだ。
 ボクに記憶がないのは、大震災のトラウマらしい。ともかく、ボクは中学校にあがり、明日から制服であるセーラー服に袖を通すことになる。さようなら、ランドセル。


 中学校に上がって、変わったことが二つある。
 一つは避難先だった仙台市内から、東京都内へ引っ越したこと。ボクは中高大一貫校の私立に通うことになった。お母さん達のお陰で、ボクの成績はトップクラスだ。
 もう一つは……ちょっと待って。まだ心の準備が。
 中学校からは一貫校なので、受験という面では少し気が楽だった。しかも、同小おなしょうの生徒がいないから、ボクの過去は誰にも知られていない。ボクは目立たず、ひっそりと暮らしたい。


 世界は暗号で満たされている。
 目に見えるものが、真実とは限らない。
 鏡に映る自分を見た。今日もかわいらしい。長い髪はツインテールにしてみた。ナチュラルに長い睫毛と大きな瞳。グロスなしでも、キスしたくなる唇。セーラー服の胸元の膨らみはまだない。

 それでも、短めのスカートから伸びるニーソが似合う脚は、異性と同性の視線を感じる。だけどボクは……鏡に映るボクは偽物なんだ。それでも、偽りのボクを演じ続けなければいけない。
 を言い出すお父さんは本当に迷惑!


 世界は暗号で満たされている。
 目に見えるものが、真実とは限らない。
 どうしてボクは、男の子なのに『女の子』の格好をさせられているんだろう。

 もう一つの変わったこと。それは、なぜか女の子になってしまったことだ。ボクは男子だ。確かに体つきは小さいし、かわいい顔だと言われるけど。ボクは、セーラー服を着せられ、女子生徒として入学させられた。同小は一人もいないから、担任も含めて誰もボクが男子だって知らない。書類上はどうなっているのか分からないけど。
 ねぇ、プールや修学旅行はどうする気? 流石に声変わりや体格の成長は、ごまかせないんじゃないの?
 でもお父さんは「大丈夫だ。問題ない」って無責任に言うんだ。
「だって、女はミステリアスな方が魅力的だろ」
 すっごいキメ顔してるけど、ボクは男の子だよ……。こんな無責任男のどこが良かったんだろ? お母さんたちを小一時間程、問い詰めたい。
 でも、お母さんたちも皆、お父さんの無茶な提案に反対するどころか、賛成した。しかもノリノリで。喜んで引越しまで済ませたってわけ。

 報告。帝都学院中等部の入学式も無事終わった。皆、ボクを女の子だと信じて疑わない。胸がチクチクするし、ドキドキもする。ひっそり暮らすも何も、こんな事がばれたら、それこそニュースで大騒ぎだ。なるべく、みんなと距離を置いて過ごすしかないだろう。多分無理だけど。
 ボクの家庭環境が変わっているのはそれだけではない。物心ついた頃から、日替わりで特殊訓練を受けてきた。変なスキルを教わるより、学習塾とか実用的な習い事とかあると思うんだけど。
 なのでここからは、非難と皮肉を込めて非日常なボクの日常をお伝えしようと思う。
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