転生先は地味な令嬢でした。
「本当に⋯⋯お嬢様は変わってらっしゃいますね」
朝露が残る庭に立ち、アミが苦笑したように言った。
日差しがゆっくりと庭の花壇を照らし始め、咲き始めのラベンダーが揺れている。
アミは私の専属の世話係で、物心ついた頃からずっと傍にいてくれる女性だ。年は二十代の半ば、落ち着いた物腰の中に、どこか姉のような親しみがある。
「令嬢たるもの、朝は紅茶と新聞で始めるべきかもしれないけれど私は草抜きがちょうどいいの」
そう答えながら、私は土に指を差し入れ、スコップで小さな根を探った。昨日降った雨のせいで、土はしっとりと湿っていて、草は軽く引くだけで面白いように抜ける。根っこが絡まっているのを見ると、なんだか達成感すらある。
「そんなことをしていたら、お嫁に行きそびれてしまいますよ?」
「そびれたほうが楽そうじゃない?」
冗談めかして言うと、アミは呆れたように肩をすくめた。
「またそんなことをおっしゃって、お嬢様、昔は結婚に憧れていたじゃありませんか。ご親戚の侯爵家のご子息とお会いした時「私、お兄様のお嫁さんになるの」と可愛らしいことをおっしゃっていたではないですか」
「それは、まだ前世の記憶がなかった頃の話よ──」
つい口を滑らせてしまって、私は一瞬だけ手を止めた。
アミは怪訝そうに眉をひそめたけれど、すぐに笑顔に戻る。もちろん、彼女に私の正体を話したことはないし、これからも話すつもりはない。
私がこの世界を認識したのは、十五の誕生日のほんの少し前。だから、侯爵家の子息にそんなことを言っていたのはそれより前。つまり「前世を思い出していないリアーナ・メイフィルド」の記憶に属する出来事なのだ。
前世、私はただの会社員だった。三十代半ば、独身、休日は寝て終わり、平日は仕事に追われ、行きたくない飲み会に参加し、人生と人間関係に疲弊していた。
特に夢も希望もなく、それでも惰性で生きていたある日。通勤の途中で、駅の階段を踏み外した。それが最後の記憶。
そして目を覚ましたとき、私はこの異世界の少女──子爵令嬢リアーナ・メイフィルドとして、新たな人生を歩んでいた。
リアーナは社交の場にはほとんど顔を出しておらず、屋敷の中で静かに暮らしていた。そのおかげで私が前世を思い出したことでおかしくなっていただろう挙動を誰も不審に思わなかったようで慣れと共に「私」と「リアーナ」はそう時間がかからず馴染むことができた。
そもそも人との関わりが少ない生活は、前世で疲弊していた私にはありがたかった。
けれど、この世界の空気に慣れ、日々を過ごすうちに、ある違和感が心をざわつかせ始めた。
──この世界、どこかで見たことがある。
貴族制度、魔法学園、登場人物の名前⋯⋯王子の名、制服のデザイン、華やかな舞踏会の描写。断片的な記憶が次第に繋がっていき、確信へと変わっていった。
この世界は、かつてプレイした乙女ゲーム『薔薇の檻で恋をして』の舞台そのものだと。
そのゲームでは、名門貴族の子女たちが集う学園を舞台に、主人公──平民出身の才色兼備な少女が、王子をはじめとするイケメン貴族たちとの恋愛を繰り広げる。甘くて切なくて、ちょっとスリリングな恋物語。
けれど、そこには「悪役令嬢」もいた。名はラリッサ・グレイ。主人公に嫉妬し、陰湿ないじめを仕掛ける典型的な悪役。リアーナ・メイフィルド──つまり、今の私は、そのラリッサに与する脇役の一人に過ぎなかった。
リアーナはラリッサの腰巾着のような存在で、ヒロインに冷たい視線を投げ、たまに嫌味を言うだけのキャラクター。セリフの数は少なく、立ち絵もほとんど出てこない。 けれど、その末路はゲーム中でも印象深かった。
ある日、王子にたった一言で断罪され、身分を剥奪され、国外追放。婚約話は破談どころか、縁談相手から絶縁状を叩きつけられ、両親は肩身が狭くなり、社交界から姿を消した。
悲鳴も涙もなく、ただ淡々と“消される”ように退場していくそのシーンは、プレイヤーの中でも「地味に怖い」と話題になっていた。
まさか、自分がその子になるなんて。
──そんな未来、絶対に嫌に決まってるじゃない!
私は即座に決意した。誰とも関わらない。物語の中心には近づかない。できるだけ地味に、静かに、平凡に暮らしていくのだと。
「学園では、無理に目立たずともいい。ただ、恥をかくような真似はしないようにな」
学園入学前夜、父がそう言ってくれた。
厳格な子爵家の主であり父。娘を想うその声は、どこか優しさに満ちていた。
「はい、お父様。心しております」
そう答えると、父は満足げにうなずき、私の頭にそっと手を置いた。普段はあまり感情を見せない人なのに、その仕草には確かな温もりがあった。
母はすでにこの世にいない。幼い頃に病で亡くなったと聞いている。だからか、父は私に対してどこか不器用で、けれど誠実な愛情を注いでくれる。
この家に生まれて良かったと、ふと思った。
──地味に生きるというのは、実はとても手間がかかる。
この決意のもと、私は“目立たずに目立たぬ努力”を重ねることにした。
たとえば服装。学園では色とりどりのドレスや華美なアクセサリーが流行している。けれど私は、規定の制服を地味にアレンジしただけの落ち着いた装いに留める。襟元のリボンも、目立たない色の絹を自分で選んだ。飾り気がなくとも、品は失わないよう心がける。
勉強も同様だ。落第しないように中の上を保つ。
礼儀作法や言葉遣いも蔑ろにはできない。
質問が飛んできそうな話題では口数を減らす。話の輪の中では、やわらかく笑って、中心には絶対に立たない。目立つ発言を避け、「空気」のように立ち回るのが理想だ。
それでも、貴族社会というものは容赦がない。ちょっとした言動でも「あの子、意外とできるのね」などと囁かれたら、それはもう危険信号だ。
なぜなら、物語の主役たちは、そういう“微妙に有能なモブ”を見逃さないから。
ラリッサも、王子も、ヒロインも。ちょっと目についた人物を巻き込んで、都合よくストーリーを進めようとする。ゲームとはいえ、世界は“選ばれた登場人物”のものなのだ。
だから、私は今日も慎重に、静かに、空気のように生きる努力を続けている。
だからこそ、私は今日も草を抜く。
庭の隅にある、小さな花壇。その一画を自分で手入れするようになったのは、転生して間もないころだった。朝早く目が覚めてしまった日、ふらりと庭に出て、しゃがみ込んで、なんとなく草を引き抜いた。
その瞬間、感じたのだ。根の手応え、引き抜いたときの快感。ひんやりと湿った土の感触。そして、誰にも気づかれず、ひとり黙々と作業できる、静けさ。
「これは、いい」と思った。
草を抜く作業は単純だけれど、奥が深い。うっかり力を入れすぎると茎だけがちぎれてしまうし、逆に慎重になりすぎると時間がかかりすぎる。柔らかい地面を選び、指の角度と力加減を工夫して、一気に根まで抜けたときの達成感は格別だ。
そして何より、草を抜いている間は“考えなくていい”のだ。
人間関係も、貴族の義務も、過去も未来も忘れられる。ただ、目の前の草と向き合って、黙々と土に触れる時間は、まるで瞑想のようだった。
アミにはよく小言を言われるけれど、それでも見守ってくれる。
「お嬢様、どうしてそんなに真剣なお顔で草を抜いてらっしゃるのか、使用人たちの間でも噂になってますよ」
「戦ってるのよ。自分の人生を守るために」
「また変なことを⋯⋯お嬢様は本当に変わってらっしゃる」
そう言いつつも、アミはいつもバスケットに水を入れて、作業後の手洗い用に用意してくれる。汗を拭くタオルや、水分補給のハーブティーも忘れずに。私の小さな“儀式”を、あきれながらも支えてくれる存在だ。
彼女は、「前世」と言う私の秘密を知らない。でも、私が人として間違ったことをしていない限り、忠義を尽くしてくれる。それが何よりありがたかった。
「さて、もうひと畝、終わらせてしまおうかしら」
私は立ち上がり、腰につけた小さなスコップの位置を直した。太陽の光が斜めに差し込み、足元の花壇を黄金色に照らす。小さな芽が、土の中から顔を出しているのが見える。雑草に埋もれた中でも、しっかりと伸びようとするその姿に、なぜか心が温かくなった。
この時間は、誰にも邪魔されない。何も考えなくていい。ただ、土と草と太陽の中で、自分という存在を感じることができる。
「アミ、お水を用意してもらえる?」
「はいはい。ただし、飲むのは手を洗ってからですからね?」
「わかってるわ」
にっこりと笑いながら答えた。アミは少し呆れたような顔をしながら、水差しから涼やかなハーブティーを注ぎ始める。
それを見ながら私はまずは最後の草むしりに集中した。抜いて、捨てて、土を撫でる。時にはしゃがみ、時には屈み込んで、泥がつくのも気にせずに。
──これは、私なりの生き方だ。
政略結婚や権力争いに巻き込まれることもなく、王子やヒロインたちと関わることもなく。ただ静かに、空気のように、平凡に日々を過ごす。
目立たず、嫌われず、注目されず。それでも、人としての品と誠実さは忘れずに。
そうやって日々を過ごしていけば、ゲームのシナリオにも巻き込まれず、やがて卒業を迎え、年相応の縁談に落ち着くこともできるかもしれない。安全圏で暮らし、趣味の園芸でも楽しんで、静かに歳を重ねていければそれでいい。
これは、逃げでも妥協でもない。私にとっては、人生を守るための戦い。
誰にも見られずとも、誰にも褒められずとも。地味で、平凡で、何の波風も立たない──そんな日々を築くことは、容易なことじゃない。
でも、私はそれを選んだ。
今日も、リアーナ・メイフィルドは、庭の草を抜いている。
静かに、慎ましく、けれど確かに──自分の意志で。
朝露が残る庭に立ち、アミが苦笑したように言った。
日差しがゆっくりと庭の花壇を照らし始め、咲き始めのラベンダーが揺れている。
アミは私の専属の世話係で、物心ついた頃からずっと傍にいてくれる女性だ。年は二十代の半ば、落ち着いた物腰の中に、どこか姉のような親しみがある。
「令嬢たるもの、朝は紅茶と新聞で始めるべきかもしれないけれど私は草抜きがちょうどいいの」
そう答えながら、私は土に指を差し入れ、スコップで小さな根を探った。昨日降った雨のせいで、土はしっとりと湿っていて、草は軽く引くだけで面白いように抜ける。根っこが絡まっているのを見ると、なんだか達成感すらある。
「そんなことをしていたら、お嫁に行きそびれてしまいますよ?」
「そびれたほうが楽そうじゃない?」
冗談めかして言うと、アミは呆れたように肩をすくめた。
「またそんなことをおっしゃって、お嬢様、昔は結婚に憧れていたじゃありませんか。ご親戚の侯爵家のご子息とお会いした時「私、お兄様のお嫁さんになるの」と可愛らしいことをおっしゃっていたではないですか」
「それは、まだ前世の記憶がなかった頃の話よ──」
つい口を滑らせてしまって、私は一瞬だけ手を止めた。
アミは怪訝そうに眉をひそめたけれど、すぐに笑顔に戻る。もちろん、彼女に私の正体を話したことはないし、これからも話すつもりはない。
私がこの世界を認識したのは、十五の誕生日のほんの少し前。だから、侯爵家の子息にそんなことを言っていたのはそれより前。つまり「前世を思い出していないリアーナ・メイフィルド」の記憶に属する出来事なのだ。
前世、私はただの会社員だった。三十代半ば、独身、休日は寝て終わり、平日は仕事に追われ、行きたくない飲み会に参加し、人生と人間関係に疲弊していた。
特に夢も希望もなく、それでも惰性で生きていたある日。通勤の途中で、駅の階段を踏み外した。それが最後の記憶。
そして目を覚ましたとき、私はこの異世界の少女──子爵令嬢リアーナ・メイフィルドとして、新たな人生を歩んでいた。
リアーナは社交の場にはほとんど顔を出しておらず、屋敷の中で静かに暮らしていた。そのおかげで私が前世を思い出したことでおかしくなっていただろう挙動を誰も不審に思わなかったようで慣れと共に「私」と「リアーナ」はそう時間がかからず馴染むことができた。
そもそも人との関わりが少ない生活は、前世で疲弊していた私にはありがたかった。
けれど、この世界の空気に慣れ、日々を過ごすうちに、ある違和感が心をざわつかせ始めた。
──この世界、どこかで見たことがある。
貴族制度、魔法学園、登場人物の名前⋯⋯王子の名、制服のデザイン、華やかな舞踏会の描写。断片的な記憶が次第に繋がっていき、確信へと変わっていった。
この世界は、かつてプレイした乙女ゲーム『薔薇の檻で恋をして』の舞台そのものだと。
そのゲームでは、名門貴族の子女たちが集う学園を舞台に、主人公──平民出身の才色兼備な少女が、王子をはじめとするイケメン貴族たちとの恋愛を繰り広げる。甘くて切なくて、ちょっとスリリングな恋物語。
けれど、そこには「悪役令嬢」もいた。名はラリッサ・グレイ。主人公に嫉妬し、陰湿ないじめを仕掛ける典型的な悪役。リアーナ・メイフィルド──つまり、今の私は、そのラリッサに与する脇役の一人に過ぎなかった。
リアーナはラリッサの腰巾着のような存在で、ヒロインに冷たい視線を投げ、たまに嫌味を言うだけのキャラクター。セリフの数は少なく、立ち絵もほとんど出てこない。 けれど、その末路はゲーム中でも印象深かった。
ある日、王子にたった一言で断罪され、身分を剥奪され、国外追放。婚約話は破談どころか、縁談相手から絶縁状を叩きつけられ、両親は肩身が狭くなり、社交界から姿を消した。
悲鳴も涙もなく、ただ淡々と“消される”ように退場していくそのシーンは、プレイヤーの中でも「地味に怖い」と話題になっていた。
まさか、自分がその子になるなんて。
──そんな未来、絶対に嫌に決まってるじゃない!
私は即座に決意した。誰とも関わらない。物語の中心には近づかない。できるだけ地味に、静かに、平凡に暮らしていくのだと。
「学園では、無理に目立たずともいい。ただ、恥をかくような真似はしないようにな」
学園入学前夜、父がそう言ってくれた。
厳格な子爵家の主であり父。娘を想うその声は、どこか優しさに満ちていた。
「はい、お父様。心しております」
そう答えると、父は満足げにうなずき、私の頭にそっと手を置いた。普段はあまり感情を見せない人なのに、その仕草には確かな温もりがあった。
母はすでにこの世にいない。幼い頃に病で亡くなったと聞いている。だからか、父は私に対してどこか不器用で、けれど誠実な愛情を注いでくれる。
この家に生まれて良かったと、ふと思った。
──地味に生きるというのは、実はとても手間がかかる。
この決意のもと、私は“目立たずに目立たぬ努力”を重ねることにした。
たとえば服装。学園では色とりどりのドレスや華美なアクセサリーが流行している。けれど私は、規定の制服を地味にアレンジしただけの落ち着いた装いに留める。襟元のリボンも、目立たない色の絹を自分で選んだ。飾り気がなくとも、品は失わないよう心がける。
勉強も同様だ。落第しないように中の上を保つ。
礼儀作法や言葉遣いも蔑ろにはできない。
質問が飛んできそうな話題では口数を減らす。話の輪の中では、やわらかく笑って、中心には絶対に立たない。目立つ発言を避け、「空気」のように立ち回るのが理想だ。
それでも、貴族社会というものは容赦がない。ちょっとした言動でも「あの子、意外とできるのね」などと囁かれたら、それはもう危険信号だ。
なぜなら、物語の主役たちは、そういう“微妙に有能なモブ”を見逃さないから。
ラリッサも、王子も、ヒロインも。ちょっと目についた人物を巻き込んで、都合よくストーリーを進めようとする。ゲームとはいえ、世界は“選ばれた登場人物”のものなのだ。
だから、私は今日も慎重に、静かに、空気のように生きる努力を続けている。
だからこそ、私は今日も草を抜く。
庭の隅にある、小さな花壇。その一画を自分で手入れするようになったのは、転生して間もないころだった。朝早く目が覚めてしまった日、ふらりと庭に出て、しゃがみ込んで、なんとなく草を引き抜いた。
その瞬間、感じたのだ。根の手応え、引き抜いたときの快感。ひんやりと湿った土の感触。そして、誰にも気づかれず、ひとり黙々と作業できる、静けさ。
「これは、いい」と思った。
草を抜く作業は単純だけれど、奥が深い。うっかり力を入れすぎると茎だけがちぎれてしまうし、逆に慎重になりすぎると時間がかかりすぎる。柔らかい地面を選び、指の角度と力加減を工夫して、一気に根まで抜けたときの達成感は格別だ。
そして何より、草を抜いている間は“考えなくていい”のだ。
人間関係も、貴族の義務も、過去も未来も忘れられる。ただ、目の前の草と向き合って、黙々と土に触れる時間は、まるで瞑想のようだった。
アミにはよく小言を言われるけれど、それでも見守ってくれる。
「お嬢様、どうしてそんなに真剣なお顔で草を抜いてらっしゃるのか、使用人たちの間でも噂になってますよ」
「戦ってるのよ。自分の人生を守るために」
「また変なことを⋯⋯お嬢様は本当に変わってらっしゃる」
そう言いつつも、アミはいつもバスケットに水を入れて、作業後の手洗い用に用意してくれる。汗を拭くタオルや、水分補給のハーブティーも忘れずに。私の小さな“儀式”を、あきれながらも支えてくれる存在だ。
彼女は、「前世」と言う私の秘密を知らない。でも、私が人として間違ったことをしていない限り、忠義を尽くしてくれる。それが何よりありがたかった。
「さて、もうひと畝、終わらせてしまおうかしら」
私は立ち上がり、腰につけた小さなスコップの位置を直した。太陽の光が斜めに差し込み、足元の花壇を黄金色に照らす。小さな芽が、土の中から顔を出しているのが見える。雑草に埋もれた中でも、しっかりと伸びようとするその姿に、なぜか心が温かくなった。
この時間は、誰にも邪魔されない。何も考えなくていい。ただ、土と草と太陽の中で、自分という存在を感じることができる。
「アミ、お水を用意してもらえる?」
「はいはい。ただし、飲むのは手を洗ってからですからね?」
「わかってるわ」
にっこりと笑いながら答えた。アミは少し呆れたような顔をしながら、水差しから涼やかなハーブティーを注ぎ始める。
それを見ながら私はまずは最後の草むしりに集中した。抜いて、捨てて、土を撫でる。時にはしゃがみ、時には屈み込んで、泥がつくのも気にせずに。
──これは、私なりの生き方だ。
政略結婚や権力争いに巻き込まれることもなく、王子やヒロインたちと関わることもなく。ただ静かに、空気のように、平凡に日々を過ごす。
目立たず、嫌われず、注目されず。それでも、人としての品と誠実さは忘れずに。
そうやって日々を過ごしていけば、ゲームのシナリオにも巻き込まれず、やがて卒業を迎え、年相応の縁談に落ち着くこともできるかもしれない。安全圏で暮らし、趣味の園芸でも楽しんで、静かに歳を重ねていければそれでいい。
これは、逃げでも妥協でもない。私にとっては、人生を守るための戦い。
誰にも見られずとも、誰にも褒められずとも。地味で、平凡で、何の波風も立たない──そんな日々を築くことは、容易なことじゃない。
でも、私はそれを選んだ。
今日も、リアーナ・メイフィルドは、庭の草を抜いている。
静かに、慎ましく、けれど確かに──自分の意志で。