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作者: 山のタル
残酷な描写あり
1.資金難
 広大な大陸を東西に分断するように高くそびえる『ディヴィデ大山脈』。
 その山脈の東側のふもとに、深い緑の森が広がっている場所がある。
 人が立ち入ることさえ躊躇ためらう程の暗い暗いそんな森の中に、ひっそりと建つ一軒の屋敷があった。
 貴族の別荘と見間違える程の大きな屋敷だが、深く広大な森のほぼ中心という辺境の立地と、屋敷よりも背の高い森の木々が屋敷を上手く隠している環境のおかげで、この屋敷の存在を知る人間は殆どいない。
 
 そんな屋敷の食堂で一人、本を片手に紅茶をたしなむ女性がいた。
 海のような深い青色のショートヘアー、やや小柄の身長で体格より少し大きめの白衣を着用している。
 難しい内容が書かれた文字ばかりの本を読んでいるこの女性は、この屋敷の主人である“セレスティア”だ。
 
「……ふぅ。研究も一段落ついたし、たまにはこうしてのんびりするのも良いわね!」
 
 セレスティアは“錬金術”という術を研究している研究者だ。
 セレスティアはここ数日研究に取り掛かり続けていて、ようやく昨日その研究に一段落りついたばかりだった。だから今日は、久しぶりのオフモードを満喫していたのである。
 オフにも拘らずセレスティアが研究用の白衣を着ているのには特に理由はない。強いて言うなら、セレスティアにとっては白衣が普段着になっているだけであった。
 
「セレスティア様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
 
 まったりとくつろいでいたセレスティアの背後から、突然声が掛けられる。セレスティアが後ろを振り向くと、そこには執事服を着た男がティーポットを片手に持ち立っていた。
 セレスティアより背が高くスラリとした体格、プラチナブロンドの髪に黒の執事服。この男はセレスティアの屋敷で働く使用人の一人で、名前を“サムス”という。
 
「ありがとうサムス。頂くわ」
 
 紅茶のおかわりをカップに注いでもらい、読書の続きに戻ろうとするセレスティア。しかしサムスはセレスティアにまだ用事があったようで再び声を掛けた。
 
「ところでセレスティア様、今少しよろしいですか? 早急にお伝えしたい事があるのですが……」
 
 セレスティアはサムスの声色で、何かあったのだとすぐに察した。
 サムスは非常に事務処理能力が高く、セレスティアはサムスに屋敷の雑務全てを任せ、様々な事を管理させていた。
 そのサムスがセレスティアのオフ時間を割いてまで伝えたい事、それも早急ともなればセレスティアも話を聞かないわけにはいかない。
 
「……何かしら?」
「はい、実は――」
 
 
 ◆     ◆
 
 
「――ふふ、ここをこうして、ああして……」
 
 セレスティアの屋敷の地下のとある一室。
 沢山の本や道具が置かれている薄暗い部屋の中央でぶつぶつ呟きながら、膝を付いて床にチョークで何かの魔法陣を描いている男がいた。
 
「後は、こことここの回路を繋いで――」
 
 《ファーン、ファーン、ファーン――》
 
 そんな最中、突然けたたましいアラームの音が大音量で鳴り響く。
 
「そしてこの二つを同調させて――」
 
 しかし男は魔法陣に書くことに意識を集中しすぎていて、アラームの音が全く耳に入っていない。
 
 《…………》
 
 そしてアラームの音が途切れる。しかし男は最後まで気付づかずに作業を続けた。
 そしてついに何かの魔法陣が完成する。
 
「よしっ、いいぞ! 最後の仕上げに魔力を慎重に流せば――」
 
 ドタドタドタドタ――バンッ!
 
 その時、大きな足音と共に勢いよく扉を開け、セレスティアが部屋に飛び込んできた。
 
「こらミューダ何をしているの!? 早く来なさい!」
「うぉ!? ――あ、しまったッ!」
「えっ――?」
 
 セレスティアの突然の乱入と怒号に、作業に集中していた“ミューダ“と呼ばれた男も流石に驚いて飛び上がる。
 だがそれが原因でミューダの集中力が切れてしまった。その拍子に魔法陣に魔力を注ぎ過ぎてしまった。
 そして、魔力を過剰に注がれた魔法陣が暴走し――。
 
 ピカッ!
 ドォォォーーーン!!!!
 
 その結果、部屋が爆発した。
 
 
 ◆     ◆
 
 
「……で、一体何の用だったのだ?」
 
 焦げたにおいが漂う応接室で、ふてくされながら濡れタオルで顔の汚れを拭くミューダ。
 その対面には同じく濡れタオルで顔を拭きながら、申し訳なさそうに座るセレスティアがいた。
 
「いきなり部屋に飛び込んだのは悪かったと思ってるわ。でも、こっちも緊急事態だったのよ。緊急召集のアラームを鳴らしたのに、ミューダが何時まで経っても来なかったからイライラしてたのよ」
「何、アラームが鳴っていたのか?」
「鳴らしたわよ。最大音量でね」
「……むぅ、実験に集中して耳に入らなかったようだ。すまない……」
 
 緊急召集のアラームは屋敷の何処にいても聞こえるように設定されており、そのアラームが鳴れば直ぐさま応接室に集まることが屋敷の住人全員の約束事だった。
 ミューダの研究室にノックも無しにいきなり飛び込んだセレスティアも悪いのだが、緊急招集のアラームに反応しなかったミューダも悪かったのである。
 
「……もういいわ、この話は終わりにしましょう」
 
 お互いに謝ったことでこの件に区切りをつけ、屋敷に暮らす7人全員が集まっているのを確認して、セレスティアは本題に移ろうとした。
 
「それより全員集まったわね? 今回緊急招集をかけた理由だけど、とても重大な事実が――」
「離して下さい“アイン”! 私はただ、あの散らかった部屋を掃除しに行くだけですわよ!」
「ダメです。今は掃除よりも優先する事項があるはずですよ! “ニーナ”、いい加減あなたのその掃除癖を何とかしなさい!」
「何を言うのアイン! 私から掃除を取ったら、一体何が残るというの!?」
 
 だけどセレスティアが本題に移ろうとしたところで、そんな言い争いの声がセレスティアの言葉をかき消した。
 声のする方を見れば、赤い髪と同色の赤いメイド服を着ている“アイン”が、青い髪と同色の青いメイド服を着ている“ニーナ”を羽交い絞めにして抑え込んでいる姿があった。
 
 ニーナは先程の爆発で散らかった部屋の掃除に行こうと暴れているのだが、アインはニーナを抑え込める力を一向に緩める気配が無い。
 しかしそれでもニーナは諦めずに暴れ藻掻もがいていた。
 そんな二人の様子を見てセレスティアは頭を抱える。
 
 (このままだと話が進まない……仕方ないわね)
 
 意を決したようにセレスティアは立ち上げると、アインとニーナの方を向いて強い口調で言葉を飛ばす。
 
「ニーナいい加減にしなさい! 緊急事態なのよ! 掃除は後で好きなだけさせてあげるから、今は何を優先すべきか考えなさい!!」
「セ、セレスティア様……。も、申し訳ありませんでした……」
 
 セレスティアの強い口調に、流石のニーナも叱られた子供の様に大人しくなるしかなかった。
 
「はぁ~……話を戻すけど、とても重大な事実が発覚したわ。サムス、お願い」
「はい。今回の緊急招集の件ですが、この屋敷全体に関わる危機が発覚しました」
 
 セレスティアから説明を引き継いだサムスの言葉を聞いて、全員が険しい表情になる。
 
「屋敷全体だと? ……それほどの事態なのか?」
「その通りですミューダ様。それもお二人の今後の“研究”についても、確実に影響が出る程のです」
「……」
 
 ミューダも事の重大性を理解したようで、考え込むように目を閉じた。
 
「で、具体的にどんな危機なのですか? 早く説明して下さい」
 
 サムスに説明を急かすように言っているのはニーナだ。
 早く掃除に行きたくて急かしているのが丸分かりであった。
 
「実は先日屋敷の資金について纏めていたのですが、資金があと少しで底を付きそうになっているのが発覚しました……」
「な、何ぃ!?」
「「「「……!?」」」」
 
 そう、その危機とはこの屋敷の資金があと少しで無くなってしまう可能性があることであった。……えっ、なら働けば良いだろうって? ところがこの事態はそう簡単ではないのである。
 
 資金が無くなれば稼げばいいと普通は考えるだろう。
 しかしセレスティアとミューダは研究者で、毎日屋敷に籠ってそれぞれの研究に明け暮れる日々を送っている。そして屋敷にいる5人の使用人達は、そんな二人が研究に集中できるように屋敷の様々なことを任されている。つまり現状で、この屋敷の誰一人としてお金を稼いでる者はいないのだ。
 そしてお金を稼ぐにも……。この問題を解決しないことには始まらないのである。
 
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