残酷な描写あり
6.散策
メールという職員に連れられて、労働組合の奥にある個室の一つに入る。
個室の中は意外と広く、10人が入っても余裕があるくらい広い造りになっていた。部屋の真ん中には長方形の長テーブルが置かれ、そのテーブルを挟むようにテーブルと同じ長さのソファーが設置されている。
私とメールは対面するようにソファーに腰かけた。広いソファーにお互い一人で座ると空いてる空間が目立つので、個室の中が更に広く感じられた。
「では改めまして、今回担当をさせていただく“メール”といいます~。よろしくお願いします~」
「ミーティアです。よろしくお願いします」
ミーティアという名前はもちろん偽名だ。ミューダとセレスティアの名前を足して割って作った安直な名前だ。でも意外と響きがよかったのですぐに気に入って使うことにした。
「ミーティア様ですね~。求人募集のご依頼と伺っておりますが、どういった内容の募集でしょうか~?」
私はメールに簡単に新しく使用人を雇いたいという事を伝え、求人募集の詳細を決める打ち合わせが始まった。
募集を出す際、張り紙に掲示する情報は『募集内容・募集人数・仕事詳細・給料・その他・募集主名』の6項目だ。
その中でも労働組合側としっかり打ち合わせして決める必要があるのは『募集人数・仕事詳細・給料・その他』の4項目である。
この4項目はしっかり決めて分かりやすく掲示しないと、後々トラブルになることが多いそうだ。
というのも、募集の張り紙を見た人が仕事内容を把握できず募集希望者が来なかったり、内容を勘違いして募集していざ働いてみると想像していた仕事と違いすぐに辞めてしまう等のトラブルが過去にはあったそうだ。
その為、求人募集を出す際は労働組合側と募集主とでしっかりと打ち合わせをすることが義務付けられている。
こうすることで、仕事内容でお互いの認識がずれることが少なくなり、募集希望者にも仕事内容を理解しやすく伝えることができ、トラブルの解消に繋がったそうだ。
そんな前説を聞いた後に打ち合わせを始めたが、特に問題なく順調に進んであっと言う間に終了した。
というのもこの“メール“という女性、気が抜けるおっとりした話し方をしているが、その喋り方からは想像できないほど頭の回転が早かったのだ。
今回打ち合わせで一番時間を使うと思っていたのが、給料の金額を決めることだった。
というのも、ニーナ達が働いて稼いだ金額から雇った使用人の給料と私達の研究費、屋敷全体で必要な経費を引いても尚、黒字にしないといけないからだ。
その為、雇った使用人に払う給料は出来る限り少なくしたい。しかしかと言って安くしすぎると、募集希望者がそもそも来なくなってしまう。なので丁度良い落とし所を探すのは難しいだろう……そう思っていた時期が私にもありました。
だがその問題は、このメールという職員がいとも簡単に解決してくれた。
『・仕事内容は屋敷の使用人として、基本的には家事全般の仕事がメイン。
・住み込みで個室と三食食事付き。
・仕事で使う衣服、道具は全て支給。
・屋敷の広さは管理棟よりも小さい2階建て。
・週休1日。』
この条件で最低限の給料はどれくらいになるかと質問すると、メールは「少しお待ちください~」と手元の紙に素早く何かを計算し始めた。
そしてものの数十秒で、私が提示した条件に見合う最低限の給料額を提示してくれた。
その給料額は私が想定していたよりも遥かに安い、日給黄銅貨5枚というものだった。
私は一般的な給料額というものを知らなかったので、事前にサムスからその辺りの一般的な金銭感覚をレクチャーしてもらっていたのだが、一般的に屋敷の使用人ならば日給は白銅貨5枚~10枚程度が相場らしい。
白銅貨は1枚で黄銅貨10枚分の価値があるので日給黄銅貨5枚ならば、一般的な使用人の日給の10分の1~20分の1に給料を抑えることが出来るという事になる。
あまりにも安い給料額に気になってメールに詳しく理由を聞いてみると、「そういった仕事の普通の相場は白銅貨5枚~10枚程なのですが、今回のような条件であるなら黄銅貨5枚でも特に問題はないですよ~」とのことだった。
ミューダの提案した住み込みで雇う案は、結果的に大当たりだった。
もちろん私はその給料案で募集を出すことを即決した。というより、それ以外の選択肢などあるはずがなかった。
「では、この内容で張り出しておきますね~。お疲れ様でした~」
「ええ、お願いするわ。メールが担当してくれたおかげで、有意義な打ち合わせになったわ。ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして~。また何かありましたら受付の時に、是非ご指名ください~」
「ええ、その時はまたお願いするわね」
こうして予定よりも早く求人募集を出すことができ、私は労働組合を後にした。
「さてと……」
求人募集を出し終えた私は、この後どうしようかと考えた。
ニーナ達とは現在別行動しているし、それぞれの用事が終わったら夜の刻に東門の広場で集合する約束にしている。
労働組合を出る前にチラッと受付にあった時計を確認したら、時計の針はまだ夕の1時を指したばかりだった。
今から東門の広場に行っても、3時間も待たないといけない。
そんな事をするくらいなら、都市を散策して時間を潰す方が有意義ね。
「そうなると何処を見に行くかだけど……」
何処に行こうかと考えていると、中央塔の案内所で説明を聞いていた時に、求人募集を出した後『工業区画』に寄ってみようと考えていた事を思い出した。
「思い立ったが吉日って言葉もあるし、早速行ってみようかしら。……いえ、この場合は「思い出したが吉日」と言った方いいのかな?」
などと余計な考えをしながら、私は貿易都市北側にある“工業区画“に足を運ぶことにした。
しばらく北側に向かって歩くと、沢山の工房や工場が建ち並ぶ場所になってきた。
どうやらこの辺りからが、工業区画のようだ。
私は案内所で聞いた工業区画の説明を思い出しながら探索を開始した。
工業区画とはその名の通り沢山の工場や工房が建ち並ぶ区画で、新技術や新製品の開発が日夜盛んに行われている場所だ。
工業区画では他にも商業区画で販売する商品を作ったり、代理店に商品を卸したりもしているらしい。
だが鍛冶屋や薬屋などの一部の工房では商品を作って卸すだけではなく、工房とお店を併用して直接販売する所もあると聞いた。そういうお店は必然的に専門的な商品が数多く取り揃えられているはずだ。
一研究者としては、そういった自分の知らない専門的な技術や知識に触れるのに非常に興味があったので、私はそういったお店を中心に見て回ることにした。
「――しかし、鍛錬技術などは目を見張るものがあるけれど、素材の質が良くないせいか良い物は中々見つからないわね……」
あの後、私は意気揚々といくつかの鍛冶師の工房を見て回った。そして今は何件目かになる鍛冶師の工房に入って、棚に並べられた商品を物色している。
だけど並んでいる商品を見て、私はついボソッとそんなことを呟いた。
と言うのも、どのお店も鍛練技術や加工技術等は素晴らしいと言えるものがあったのは間違いない。
しかしその割にはどうも鉄鉱石等の素材の質が悪いようで、殆どの金物商品には不純物が多く含まれており、お世辞にも良質とは言えなかった。
だがそれを技術で無理やりカバーすることで、最低限の商品レベルにまで仕上げていたのには正直驚いた。
「これで素材の質が良ければ、もっと良い物商品になるだろうに……勿体ないわね」
私が素材の質まで詳しく分かるのかと言うと、それは私が研究している“錬金術”の力の一つ、“物質解析”を使用しているからだ。
“物質解析”はその名の通り物質に含まれる様々な情報を解析する術である。私は“物質解析”を使い鍛冶師達の作った商品を解析して、そこに含まれている成分や構造などを調べていたのだ。
「ハーッハッハッ! 一目でそこまで見抜くとは、なかなか良い目を持ったお嬢さんじゃねえか!」
私がボソッと呟いた独り言に言葉を返す様に、突然店の奥から一人の大男が姿を現した。
男の体格は私よりも二回り程大きく、半袖薄着のオーバーオールの上からでも筋肉の割れ目がハッキリと分かるくらい筋骨隆々なゴツイ体格をしていた。
スキンヘッドの頭からは大量の汗が噴き出し、顔を伝って床にポタポタと落ちている。その様子から、つい先程まで灼熱の炎を前にして仕事をしていたのは、簡単に想像がついた。
噴き出す汗を首にかけたタオルで拭き取りながら、にこやかな笑顔を見せる大男は、誰が見ても「鍛冶師」と理解できる見た目をしている。
……ただ一部、頭から反り返るように生えている二本の角を除けば……。
「その角は……もしかして“鬼人”ですか?」
「ほう、この角を見ても怯える様子もねぇのか。目が良いだけじゃなくて肝っ玉もしっかりしたお嬢さんだな! ハッハッハッーー!!」
……これは、誉めてるのだろうか?
「はぁ……それはどうも」
誉められた感じのしない鬼人の言葉と、そのテンションの高さに私は若干引いていた。
「お嬢さんの言う通り俺は“鬼人”だ。そしてこの鍛冶屋の店主でもある!」
鬼人はそう言うと腰に手を当てて、胸を大きく張ってドヤ顔を決める。
それを見た私の感想は「暑苦しい鬼人……」の一言であった。
個室の中は意外と広く、10人が入っても余裕があるくらい広い造りになっていた。部屋の真ん中には長方形の長テーブルが置かれ、そのテーブルを挟むようにテーブルと同じ長さのソファーが設置されている。
私とメールは対面するようにソファーに腰かけた。広いソファーにお互い一人で座ると空いてる空間が目立つので、個室の中が更に広く感じられた。
「では改めまして、今回担当をさせていただく“メール”といいます~。よろしくお願いします~」
「ミーティアです。よろしくお願いします」
ミーティアという名前はもちろん偽名だ。ミューダとセレスティアの名前を足して割って作った安直な名前だ。でも意外と響きがよかったのですぐに気に入って使うことにした。
「ミーティア様ですね~。求人募集のご依頼と伺っておりますが、どういった内容の募集でしょうか~?」
私はメールに簡単に新しく使用人を雇いたいという事を伝え、求人募集の詳細を決める打ち合わせが始まった。
募集を出す際、張り紙に掲示する情報は『募集内容・募集人数・仕事詳細・給料・その他・募集主名』の6項目だ。
その中でも労働組合側としっかり打ち合わせして決める必要があるのは『募集人数・仕事詳細・給料・その他』の4項目である。
この4項目はしっかり決めて分かりやすく掲示しないと、後々トラブルになることが多いそうだ。
というのも、募集の張り紙を見た人が仕事内容を把握できず募集希望者が来なかったり、内容を勘違いして募集していざ働いてみると想像していた仕事と違いすぐに辞めてしまう等のトラブルが過去にはあったそうだ。
その為、求人募集を出す際は労働組合側と募集主とでしっかりと打ち合わせをすることが義務付けられている。
こうすることで、仕事内容でお互いの認識がずれることが少なくなり、募集希望者にも仕事内容を理解しやすく伝えることができ、トラブルの解消に繋がったそうだ。
そんな前説を聞いた後に打ち合わせを始めたが、特に問題なく順調に進んであっと言う間に終了した。
というのもこの“メール“という女性、気が抜けるおっとりした話し方をしているが、その喋り方からは想像できないほど頭の回転が早かったのだ。
今回打ち合わせで一番時間を使うと思っていたのが、給料の金額を決めることだった。
というのも、ニーナ達が働いて稼いだ金額から雇った使用人の給料と私達の研究費、屋敷全体で必要な経費を引いても尚、黒字にしないといけないからだ。
その為、雇った使用人に払う給料は出来る限り少なくしたい。しかしかと言って安くしすぎると、募集希望者がそもそも来なくなってしまう。なので丁度良い落とし所を探すのは難しいだろう……そう思っていた時期が私にもありました。
だがその問題は、このメールという職員がいとも簡単に解決してくれた。
『・仕事内容は屋敷の使用人として、基本的には家事全般の仕事がメイン。
・住み込みで個室と三食食事付き。
・仕事で使う衣服、道具は全て支給。
・屋敷の広さは管理棟よりも小さい2階建て。
・週休1日。』
この条件で最低限の給料はどれくらいになるかと質問すると、メールは「少しお待ちください~」と手元の紙に素早く何かを計算し始めた。
そしてものの数十秒で、私が提示した条件に見合う最低限の給料額を提示してくれた。
その給料額は私が想定していたよりも遥かに安い、日給黄銅貨5枚というものだった。
私は一般的な給料額というものを知らなかったので、事前にサムスからその辺りの一般的な金銭感覚をレクチャーしてもらっていたのだが、一般的に屋敷の使用人ならば日給は白銅貨5枚~10枚程度が相場らしい。
白銅貨は1枚で黄銅貨10枚分の価値があるので日給黄銅貨5枚ならば、一般的な使用人の日給の10分の1~20分の1に給料を抑えることが出来るという事になる。
あまりにも安い給料額に気になってメールに詳しく理由を聞いてみると、「そういった仕事の普通の相場は白銅貨5枚~10枚程なのですが、今回のような条件であるなら黄銅貨5枚でも特に問題はないですよ~」とのことだった。
ミューダの提案した住み込みで雇う案は、結果的に大当たりだった。
もちろん私はその給料案で募集を出すことを即決した。というより、それ以外の選択肢などあるはずがなかった。
「では、この内容で張り出しておきますね~。お疲れ様でした~」
「ええ、お願いするわ。メールが担当してくれたおかげで、有意義な打ち合わせになったわ。ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして~。また何かありましたら受付の時に、是非ご指名ください~」
「ええ、その時はまたお願いするわね」
こうして予定よりも早く求人募集を出すことができ、私は労働組合を後にした。
「さてと……」
求人募集を出し終えた私は、この後どうしようかと考えた。
ニーナ達とは現在別行動しているし、それぞれの用事が終わったら夜の刻に東門の広場で集合する約束にしている。
労働組合を出る前にチラッと受付にあった時計を確認したら、時計の針はまだ夕の1時を指したばかりだった。
今から東門の広場に行っても、3時間も待たないといけない。
そんな事をするくらいなら、都市を散策して時間を潰す方が有意義ね。
「そうなると何処を見に行くかだけど……」
何処に行こうかと考えていると、中央塔の案内所で説明を聞いていた時に、求人募集を出した後『工業区画』に寄ってみようと考えていた事を思い出した。
「思い立ったが吉日って言葉もあるし、早速行ってみようかしら。……いえ、この場合は「思い出したが吉日」と言った方いいのかな?」
などと余計な考えをしながら、私は貿易都市北側にある“工業区画“に足を運ぶことにした。
しばらく北側に向かって歩くと、沢山の工房や工場が建ち並ぶ場所になってきた。
どうやらこの辺りからが、工業区画のようだ。
私は案内所で聞いた工業区画の説明を思い出しながら探索を開始した。
工業区画とはその名の通り沢山の工場や工房が建ち並ぶ区画で、新技術や新製品の開発が日夜盛んに行われている場所だ。
工業区画では他にも商業区画で販売する商品を作ったり、代理店に商品を卸したりもしているらしい。
だが鍛冶屋や薬屋などの一部の工房では商品を作って卸すだけではなく、工房とお店を併用して直接販売する所もあると聞いた。そういうお店は必然的に専門的な商品が数多く取り揃えられているはずだ。
一研究者としては、そういった自分の知らない専門的な技術や知識に触れるのに非常に興味があったので、私はそういったお店を中心に見て回ることにした。
「――しかし、鍛錬技術などは目を見張るものがあるけれど、素材の質が良くないせいか良い物は中々見つからないわね……」
あの後、私は意気揚々といくつかの鍛冶師の工房を見て回った。そして今は何件目かになる鍛冶師の工房に入って、棚に並べられた商品を物色している。
だけど並んでいる商品を見て、私はついボソッとそんなことを呟いた。
と言うのも、どのお店も鍛練技術や加工技術等は素晴らしいと言えるものがあったのは間違いない。
しかしその割にはどうも鉄鉱石等の素材の質が悪いようで、殆どの金物商品には不純物が多く含まれており、お世辞にも良質とは言えなかった。
だがそれを技術で無理やりカバーすることで、最低限の商品レベルにまで仕上げていたのには正直驚いた。
「これで素材の質が良ければ、もっと良い物商品になるだろうに……勿体ないわね」
私が素材の質まで詳しく分かるのかと言うと、それは私が研究している“錬金術”の力の一つ、“物質解析”を使用しているからだ。
“物質解析”はその名の通り物質に含まれる様々な情報を解析する術である。私は“物質解析”を使い鍛冶師達の作った商品を解析して、そこに含まれている成分や構造などを調べていたのだ。
「ハーッハッハッ! 一目でそこまで見抜くとは、なかなか良い目を持ったお嬢さんじゃねえか!」
私がボソッと呟いた独り言に言葉を返す様に、突然店の奥から一人の大男が姿を現した。
男の体格は私よりも二回り程大きく、半袖薄着のオーバーオールの上からでも筋肉の割れ目がハッキリと分かるくらい筋骨隆々なゴツイ体格をしていた。
スキンヘッドの頭からは大量の汗が噴き出し、顔を伝って床にポタポタと落ちている。その様子から、つい先程まで灼熱の炎を前にして仕事をしていたのは、簡単に想像がついた。
噴き出す汗を首にかけたタオルで拭き取りながら、にこやかな笑顔を見せる大男は、誰が見ても「鍛冶師」と理解できる見た目をしている。
……ただ一部、頭から反り返るように生えている二本の角を除けば……。
「その角は……もしかして“鬼人”ですか?」
「ほう、この角を見ても怯える様子もねぇのか。目が良いだけじゃなくて肝っ玉もしっかりしたお嬢さんだな! ハッハッハッーー!!」
……これは、誉めてるのだろうか?
「はぁ……それはどうも」
誉められた感じのしない鬼人の言葉と、そのテンションの高さに私は若干引いていた。
「お嬢さんの言う通り俺は“鬼人”だ。そしてこの鍛冶屋の店主でもある!」
鬼人はそう言うと腰に手を当てて、胸を大きく張ってドヤ顔を決める。
それを見た私の感想は「暑苦しい鬼人……」の一言であった。