残酷な描写あり
17.鉱山の異変1
「――よし、このぐらいでいいかな?」
屋敷に戻ってから、自室で作業をしていたセレスティアは、背伸びをして椅子にもたれかかると「ふ~ッ」と息を吐き出した。
「……ちょっと疲れたわね。まさか普通に作るよりも神経を使うとは思わなかったわ」
そう呟いて、セレスティアは机の上に大量に山積みにされた鉄の塊から、一つを手に取って眺める。
「カグヅチさんに渡す為に、現在の製鉄技術で作ることのできる最高品質の鉄を真似たはいいけど、不純物を敢えて残さないといけないから、錬金術も慎重に扱わないといけなくなるとは予想外だったわね。……いや、そうじゃないわね。今だからそう感じるだけで、昔の私はこの程度の鉄を作るのにも精一杯の技術しかなかったわね」
セレスティアは昔を懐かしむように瞳を閉じた。
今のセレスティアなら、鉄鉱石から不純物が一切無い純度100%の鉄を作ることなど、赤子の手を捻るより簡単に出来る。
しかし、最初からそんな事が出来たわけではない。錬金術というこの世界の誰も手にしたことの無い未知の術を習得し、長い年月を使って磨き上げ、熟成させてきたからこそ出来るようになった。
最初の頃など、セレスティアが今手にしている程度の物を作るだけでも精一杯だった。
「それが今では、未完成の物を作る方が手間が掛かるようになってしまうなんて……、成長したのか退化したのか解らなくなるわね」
そう皮肉を呟いてみるが、セレスティアは小さくクスッと笑うと顔を綻ばせる。
(いやいや、これは喜ぶべきね。私は確かに成長している。それは、この鉄を見ても明らかだわ。昔精一杯だったものが、今では手を抜かないと作れない。ということは、それだけこの錬金術という今まで誰も知らなかった未知の術を、しっかり確立して磨き上げることが出来ている何よりの進化の証だわ)
セレスティアが自身と錬金術の確かな成長を感じ、そして、今までしてきた様々な研究や実験などが着実に実を結んでいることへの喜びを噛み締めていると――。
――コン、コン。
「おはようございます、セレスティア様。朝食の用意が出来ました」
ノックだけで部屋には入って来ないが、声でアインだとセレスティアにはすぐ分かった。
そしてアインは、それだけ言うとセレスティアの返事も聞かずに戻って行く。
普通ならばノックの後は部屋に入って来たり、扉の前で返事を聞いてから去ってい行くものだが、この部屋はセレスティアの実験室で普段は研究に集中していることが多く、ノックの音や声をかけられても気づかない場合が多い。
そして、返事が無いからと言って実験中に突然部屋に入ってしまえば、セレスティアの集中力が乱れてしまって事故が起きてしまうかもしれない。……以前にミューダがそうなってしまったように。
なのでセレスティアは、緊急の用事でもない限りノックと声かけだけで部屋には入らないよう、アイン達に伝えてあったのだ。
「さて、丁度一段落ついたし朝御飯でもいただこうかな」
セレスティアは机の上に山積みになっている大量の鉄を革袋に入れて片付けると、食堂へと足を運んだ。
◆ ◆
今日の朝食は、蜂蜜ジャムを塗ったトーストに、サラダと干し肉のスープだった。
私はそれらを素早く空きっ腹に収納して、アインの入れた珈琲を飲み一息ついた。
うん、今日も美味しかった!
「そういえば、皆の姿をまだ見てないけど、何処にいるの?」
私が食堂に来たときから食堂にいたのはアインだけで、クワトルやティンク、モランは顔を見せてこなかった。少し気になった私は、食器を片付けていたアインに尋ねてみた。
……え、ミューダ? 彼はどうせ自室だ。食事に呼んでも来ないなど、いつもの事だから気にするだけ無駄だろう。
「クワトルなら今は畑の方に行っています。久しぶりなのでしっかり手入れをすると言っていました。ティンクはモランを連れて町に買い物に行っています。買い物ついでに、今後のためにも行きつけの店の方々と顔合わせさせようと思いまして。それと、ミューダ様は用事があるそうで朝早くに屋敷を出ました」
なん……だと……!?
「……セレスティア様、驚く気持ちは解りますが、そんなにあからさまな驚愕の表情をされると、流石にミューダ様にも失礼かと」
「でも、あのミューダよ!? 屋敷に来てから殆どの時間を自室に籠って魔術の実験に費やし、自室からは元より屋敷の外にも出ることがなかった、あの引き籠りのミューダなのよ!?」
「それは、セレスティア様も同じ様なものなのでは?」とアインがツッコミを入れてくるが、今はそれよりもミューダの事だ!
「詳しくは私も聞いていませんが、今朝私が食堂で朝食の準備をしていたところにミューダ様がやって来てまして、『少し用事で出かけてくる』とそれだけ言って直ぐに屋敷を出発されました」
「用事、ねぇ……」
いつも実験ばっかりしてるのに、一体どういう風の吹き回しかしら?
実験の材料が足りなくなった? それとも新しい材料が必要になった?
……いや、それならいつもアイン達に調達を頼んでいるし、わざわざ自分で行く必要はないはず。
「う~ん」と、ミューダが出かけた用事について考えてみたが、これといった答えは浮かんで来なかった。
「そういえば、昨日モランをミューダ様に紹介した時に、ミューダ様が何か気になった様子でモランの顔をじっと見てたのですが、何か関係あるのでしょうか?」
「う~ん、どうかしら? ……まあ、ミューダの事だから心配する必要も無いでしょう。どこに行っていたのかは用事が済んで戻って来てから確かめることにしましょう」
「それもそうですね。……あら?」
話を終えて席を立とうとしたその時、食堂の開いていた窓から一羽の鳥が飛び込んできた。
鳥は真っ直ぐに私の目の前に飛んで来ると、飛んで来た勢いを殺すためにバサッと翼を大きく動かして、机の上に柔らかく着地した。
飛んで来た鳥は体長が60センチ程もある大柄の鳥だった。全身は夜の闇に紛れるほどの漆黒で、光沢のある鋭い嘴、知性が宿っているかの様な大きく丸い目が特徴的だ。
しかし、セレスティアとアインの視線は鳥の特徴より、鳥の首にぶら下がっている筒に向いていた。
「これは、使い鳥のようですね。筒を持っているという事は手紙を運ぶ伝書鳥でしょうか?」
「おそらくね。どれどれ……」
伝書鳥から筒を外して中を確認すると、アインの言った通り手紙が一枚入っていた。
手紙を取り出してアインと一緒に内容を確認する。そこには短くこう書かれていた。
――――――
緊急事態、至急応援求む!
ストール鉱山都市のストール伯爵邸までお越し願います!
――オリヴィエ・マイン
――――――
「……これは、どういう事でしょうか?」
アインの困惑した質問に私は言葉を返せなかった。何故なら、私もアインと同じ気持ちだからだ。
手紙にはそれしか書かれておらず、どんな緊急事態が起きていて、何故助けを求めているのか、それをこの文章だけで読み取れというのが無茶だった。
ただ、ひとつ確かな事がある。それは手紙の差出人であるオリヴィエが、事態を長々と説明する余裕が無いほどに切迫した状況に置かれている事だ。
兎にも角にも、まずはオリヴィエに会って話を聞かなくてはならない。
「アイン!」
「はい、すぐに準備いたします!」
アインは正確に私の意図を汲み取ると、すぐに準備に取りかかり、ものの数十分で出発準備を整えてくれた。流石の手際だ。
アインには屋敷の留守を任せ、私は畑の手入れをしていたクワトルと共に出発した。
目指す場所は、オリヴィエが手紙で指示していた『ストール鉱山都市』だ!
屋敷に戻ってから、自室で作業をしていたセレスティアは、背伸びをして椅子にもたれかかると「ふ~ッ」と息を吐き出した。
「……ちょっと疲れたわね。まさか普通に作るよりも神経を使うとは思わなかったわ」
そう呟いて、セレスティアは机の上に大量に山積みにされた鉄の塊から、一つを手に取って眺める。
「カグヅチさんに渡す為に、現在の製鉄技術で作ることのできる最高品質の鉄を真似たはいいけど、不純物を敢えて残さないといけないから、錬金術も慎重に扱わないといけなくなるとは予想外だったわね。……いや、そうじゃないわね。今だからそう感じるだけで、昔の私はこの程度の鉄を作るのにも精一杯の技術しかなかったわね」
セレスティアは昔を懐かしむように瞳を閉じた。
今のセレスティアなら、鉄鉱石から不純物が一切無い純度100%の鉄を作ることなど、赤子の手を捻るより簡単に出来る。
しかし、最初からそんな事が出来たわけではない。錬金術というこの世界の誰も手にしたことの無い未知の術を習得し、長い年月を使って磨き上げ、熟成させてきたからこそ出来るようになった。
最初の頃など、セレスティアが今手にしている程度の物を作るだけでも精一杯だった。
「それが今では、未完成の物を作る方が手間が掛かるようになってしまうなんて……、成長したのか退化したのか解らなくなるわね」
そう皮肉を呟いてみるが、セレスティアは小さくクスッと笑うと顔を綻ばせる。
(いやいや、これは喜ぶべきね。私は確かに成長している。それは、この鉄を見ても明らかだわ。昔精一杯だったものが、今では手を抜かないと作れない。ということは、それだけこの錬金術という今まで誰も知らなかった未知の術を、しっかり確立して磨き上げることが出来ている何よりの進化の証だわ)
セレスティアが自身と錬金術の確かな成長を感じ、そして、今までしてきた様々な研究や実験などが着実に実を結んでいることへの喜びを噛み締めていると――。
――コン、コン。
「おはようございます、セレスティア様。朝食の用意が出来ました」
ノックだけで部屋には入って来ないが、声でアインだとセレスティアにはすぐ分かった。
そしてアインは、それだけ言うとセレスティアの返事も聞かずに戻って行く。
普通ならばノックの後は部屋に入って来たり、扉の前で返事を聞いてから去ってい行くものだが、この部屋はセレスティアの実験室で普段は研究に集中していることが多く、ノックの音や声をかけられても気づかない場合が多い。
そして、返事が無いからと言って実験中に突然部屋に入ってしまえば、セレスティアの集中力が乱れてしまって事故が起きてしまうかもしれない。……以前にミューダがそうなってしまったように。
なのでセレスティアは、緊急の用事でもない限りノックと声かけだけで部屋には入らないよう、アイン達に伝えてあったのだ。
「さて、丁度一段落ついたし朝御飯でもいただこうかな」
セレスティアは机の上に山積みになっている大量の鉄を革袋に入れて片付けると、食堂へと足を運んだ。
◆ ◆
今日の朝食は、蜂蜜ジャムを塗ったトーストに、サラダと干し肉のスープだった。
私はそれらを素早く空きっ腹に収納して、アインの入れた珈琲を飲み一息ついた。
うん、今日も美味しかった!
「そういえば、皆の姿をまだ見てないけど、何処にいるの?」
私が食堂に来たときから食堂にいたのはアインだけで、クワトルやティンク、モランは顔を見せてこなかった。少し気になった私は、食器を片付けていたアインに尋ねてみた。
……え、ミューダ? 彼はどうせ自室だ。食事に呼んでも来ないなど、いつもの事だから気にするだけ無駄だろう。
「クワトルなら今は畑の方に行っています。久しぶりなのでしっかり手入れをすると言っていました。ティンクはモランを連れて町に買い物に行っています。買い物ついでに、今後のためにも行きつけの店の方々と顔合わせさせようと思いまして。それと、ミューダ様は用事があるそうで朝早くに屋敷を出ました」
なん……だと……!?
「……セレスティア様、驚く気持ちは解りますが、そんなにあからさまな驚愕の表情をされると、流石にミューダ様にも失礼かと」
「でも、あのミューダよ!? 屋敷に来てから殆どの時間を自室に籠って魔術の実験に費やし、自室からは元より屋敷の外にも出ることがなかった、あの引き籠りのミューダなのよ!?」
「それは、セレスティア様も同じ様なものなのでは?」とアインがツッコミを入れてくるが、今はそれよりもミューダの事だ!
「詳しくは私も聞いていませんが、今朝私が食堂で朝食の準備をしていたところにミューダ様がやって来てまして、『少し用事で出かけてくる』とそれだけ言って直ぐに屋敷を出発されました」
「用事、ねぇ……」
いつも実験ばっかりしてるのに、一体どういう風の吹き回しかしら?
実験の材料が足りなくなった? それとも新しい材料が必要になった?
……いや、それならいつもアイン達に調達を頼んでいるし、わざわざ自分で行く必要はないはず。
「う~ん」と、ミューダが出かけた用事について考えてみたが、これといった答えは浮かんで来なかった。
「そういえば、昨日モランをミューダ様に紹介した時に、ミューダ様が何か気になった様子でモランの顔をじっと見てたのですが、何か関係あるのでしょうか?」
「う~ん、どうかしら? ……まあ、ミューダの事だから心配する必要も無いでしょう。どこに行っていたのかは用事が済んで戻って来てから確かめることにしましょう」
「それもそうですね。……あら?」
話を終えて席を立とうとしたその時、食堂の開いていた窓から一羽の鳥が飛び込んできた。
鳥は真っ直ぐに私の目の前に飛んで来ると、飛んで来た勢いを殺すためにバサッと翼を大きく動かして、机の上に柔らかく着地した。
飛んで来た鳥は体長が60センチ程もある大柄の鳥だった。全身は夜の闇に紛れるほどの漆黒で、光沢のある鋭い嘴、知性が宿っているかの様な大きく丸い目が特徴的だ。
しかし、セレスティアとアインの視線は鳥の特徴より、鳥の首にぶら下がっている筒に向いていた。
「これは、使い鳥のようですね。筒を持っているという事は手紙を運ぶ伝書鳥でしょうか?」
「おそらくね。どれどれ……」
伝書鳥から筒を外して中を確認すると、アインの言った通り手紙が一枚入っていた。
手紙を取り出してアインと一緒に内容を確認する。そこには短くこう書かれていた。
――――――
緊急事態、至急応援求む!
ストール鉱山都市のストール伯爵邸までお越し願います!
――オリヴィエ・マイン
――――――
「……これは、どういう事でしょうか?」
アインの困惑した質問に私は言葉を返せなかった。何故なら、私もアインと同じ気持ちだからだ。
手紙にはそれしか書かれておらず、どんな緊急事態が起きていて、何故助けを求めているのか、それをこの文章だけで読み取れというのが無茶だった。
ただ、ひとつ確かな事がある。それは手紙の差出人であるオリヴィエが、事態を長々と説明する余裕が無いほどに切迫した状況に置かれている事だ。
兎にも角にも、まずはオリヴィエに会って話を聞かなくてはならない。
「アイン!」
「はい、すぐに準備いたします!」
アインは正確に私の意図を汲み取ると、すぐに準備に取りかかり、ものの数十分で出発準備を整えてくれた。流石の手際だ。
アインには屋敷の留守を任せ、私は畑の手入れをしていたクワトルと共に出発した。
目指す場所は、オリヴィエが手紙で指示していた『ストール鉱山都市』だ!