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作者: 山のタル
残酷な描写あり
18.鉱山の異変2
 プアボム公国。それは世界大戦前に、大陸東の大部分を占めていたムーア王国で反乱を起こした複数の貴族家が集まり、団結して建国した国だ。
 
 大陸にある4つの国の中では国土が最も小さく、人口も他の3ヵ国に比べれば少ない。その所為で、国を守る役目を担う騎士や兵士の数も少なく、軍事力も他の3ヵ国と比べると差がある。
 
 しかし、大陸北東に位置するこの国には、他の3ヵ国よりも優れた豊かな自然が存在した。
 プアボム公国は建国以来その豊かな自然を利用した、林業・漁業・農業・工業などの様々な産業に力を入れ、右肩上がりに国を発展させた。
 そして今では最も小さい国ながらも、産業力では他の3ヵ国を上回る経済力を持っている。
 
 そんな産業特化したプアボム公国を統べているのは、『四大公しだいこう』と呼ばれるプアボム公国の建国に大きく貢献したとされる4つの大貴族家だ。
 この四大公が国土を4つに分割し、それぞれの領土を統治している。そして、四大公にはそれぞれ分家となる伯爵家が複数存在し、さらに領地を細かく分割統治しているのだが、それは今説明する必要はないだろう。
 
 その四大公と呼ばれる大貴族の一人、プアボム公国西側のディヴィデ大山脈に隣接する一帯を治めているのが、マイン公爵家現当主の“オリヴィエ・マイン公爵”だ。
 オリヴィエ・マイン公爵は女性でありながら、高い統治能力と分厚い人望を併せ持つ優秀な統治者である。
 
 そのオリヴィエ・マイン公爵が治める『マイン領』の特色の一つに、ディヴィデ大山脈から豊富な鉱石資源を産出する『ストール鉱山』と、その近隣に造られた『ストール鉱山都市』がある。
 ストール鉱山から採掘される鉱石は、大陸一とされる品質の高さから、様々な場所に高値で取引されている。
 
 そんなストール鉱山で働く人々や、鉱山で産出された鉱石を取引する商人、加工する鍛冶職人、それを販売する店舗が集約されているのがストール鉱山都市で、マイン領の中で最も活気に溢れている都市だ。しかし――。
 
「……ここに来るのは久しぶりだけど、この静まり様は間違いなく異常ね」
 
 鉱山都市の繁華街の大通りを歩くセレスティアは、思わずそう呟いてしまう。
 セレスティアがそう思うのも無理はない。普段であれば、この大通りは商人の馬車が次々と行き交い、店からは活気ある声がクロスボウの矢のように飛び交い、観光客があちらこちらでひしめき合う。それら全てが重なった時に生じる、独特の熱気が常に溢れる場所だったと、セレスティアは記憶していたからだ。
 
 しかし、今セレスティアが目にしてる光景は、そんな記憶とは程遠かった。
 大通りに並ぶ店舗の大部分は閉められ、「休業」と書かれたプレートをぶら下げ、普段の活気は見る影も無い。
 忙しなく行き来していたはずの商人や観光客の姿も無く、代わりに武装した兵士やハンターが、厳しい表情を浮かべながら動き回っている。
 そう、その光景はまるで、これから戦争が始まらんとしている様に見えた。
 
私達わたくしたちはよくここで、セレスティア様とミューダ様が実験に使用する素材を購入するのですが、ここまで殺伐とした雰囲気になるのを見るのは初めてですね……」
 
 普段からよくこの都市に来ているクワトルも異様な光景に驚く。一体、どんな異常事態がこの街を襲っているのか……セレスティアの不安は更に大きくなっていく。
 
「なんかみんなピリピリしてる。……ティンクこの雰囲気嫌い」
 
 ティンクも明らかにいつもと違うストール鉱山都市の雰囲気に、顔をしかめていた。
 ティンクとモランはセレスティアの屋敷の最寄り町に買い物に行っていたが、セレスティアが屋敷を出る前に「ストール鉱山都市に行くことになったから、今から迎えに行く」とティンクに連絡し、最寄りの町で二人と合流していた。
 そしてティンクは連れて行くことにしたが、モランはゴーレム馬に乗せて屋敷に帰らせていた。今回の事態は状況が全く不明でどんな危険があるか分からない以上、セレスティアは戦闘力の低いモランを連れてくるわけにはいかなかったのだ。
 
「……さて、行きましょうか。オリヴィエの所へ!」
 
 そしてセレスティア達は目的地に向かい足早に歩みを進める。このストール鉱山都市で一番大きな建物へと……。
 
 
 
「民間人の避難準備はどうなっている?」
「現在、民間人の避難準備は5割ほど完了している。準備が完了した民間人は1000人単位のグループを作り、そこにストール領地軍とハンターの『民間人護衛部隊』約50名をそれぞれ同行させ、順次マイン領北部への避難を開始しているところだ」
「避難は後どれくらいで完了する?」
「このペースでいくと、明日中には完了するだろう」
 
 ストール鉱山都市を統治しているのは、“ストール伯爵家”という貴族家だ。そのストール伯爵の邸宅は、ストール鉱山都市で一番大きな建物だと有名である。
 そんな伯爵邸の会議室では、会議室に集まった面々が慌ただしく会議を進行していた。
 
「部隊編成の方はどうなっている?」
「はい。現在『マイン領主軍』3000人と『ストール領地軍』1万、そして有志のハンター200人を含めた、合計1万3200人が集まっております。そこから『討伐部隊』に2000、『支援部隊』に700、『予備部隊』に3000、『防衛部隊』に3000、『民間人護衛部隊』に4500人と部隊を別けています。『民間人護衛部隊』の編成は最優先で完了させましたが、他の部隊に関してはいまだ最終調整が済んでいませんので、もう少し時間が掛かると思います」
 
 そうして慌ただしく会議が進む中で、その様子を静かに見守っている人物がいた。
 上品な貴族服を身に纏い、会議室の長テーブルの上座に座ってる事から、その人物が会議室にいる面々の中で、最も地位の高い人物だということは容易に想像がつく。
 しかし、上品な貴族服を着用しているにもかかわらず、その人物からは貴族のそれとは真逆の威圧感が放たれていた。
 上品な貴族服を内側からはち切ろうとするように膨れ上がり、その存在を激しく主張する屈強な肉体は、明らかに服装と不釣り合いだ。それはもはや「貴族」というよりも「歴戦の格闘家」と表現した方が誰もがしっくりくることだろう。
 そんな圧倒的強者のオーラを放つ異様な人物こそ、プアボム公国を統治する四大公しだいこうの一人で、マイン領の領主でもある“オリヴィエ・マイン公爵”その人だ。
 
「最終調整は、あとどれくらいで済むのかしら?」
「ハッ! 各部隊の最終調整は今日中には完了する予定です。最終調整が完了すれば、各部隊に状況説明と作戦概要を伝達します。ですので、本格的な作戦開始は明日からということになります!」
 
 マイン公爵の質問に、部隊編成と民間人の避難の指揮をしていたストール領地軍・騎士団長の“ヴェスパ”が答える。
 今回の事態に対応して、民間人の避難と対応部隊の編成は昨日開かれた会議で決定し、即座に実行されて、民間人には「都市に危機が迫っている為、直ぐに避難の準備をするように!」と既に指示が出されている。
 しかし、普通であれば何の状況説明も無しにいきなり避難指示を出せば、民間人は状況を理解出来ず不安になり、大きな混乱を招きやすいものだ。
 だが、避難指示はストール伯爵とヴェスパの名の元に報知したので、民間人に大きな混乱は起きることなく、僅か1日で迅速な避難を開始するに至っている。この事からストール伯爵とヴェスパの二人が、如何に民衆から信頼されているかがよく分かるというものだ。
 そして、各部隊の編成に関してもヴェスパが指揮したことで、いきなり招集が掛かったにも関わらず、兵士達の間には不安や混乱というものは一切見られなかった。
 それは、ヴェスパが女性でありながら騎士団長に任命される程の実力と高い統率力、兵士達から支持される厚い人望を十分に併せ持つ、誰もが騎士団長と認める人物からに他ならない。
 
「よろしい。……では、これから作戦会議を始めるわ!」
 
 マイン公爵のその一言で、会議室の空気が更なる緊張感に包まれた。
 
「本作戦の目的は、現在ストール鉱山で起きている異変の調査、及びその解決にある! 皆の忌憚きたんの無い意見を是非聞かせて欲しい」
「……よろしいですか?」
 
 まず最初に手を上げたのは、ハンター組合ストール鉱山都市支部の支部長を務める“ヨッヘリント”という男だ。
 彼は元ハンターということもあってガッシリとした体格をしており、胸に付けているハンター組合支部長の証であるバッジが、勲章の様にとても良く似合っていた。
 
「まず会議を始める前に一つ、どうしても確認しておきたいことがあります。昨日もお聞きましたが、今回の事態に“魔獣”が関わっている……これは疑いようの無い事実ですか?」
 
 『魔獣』。それは突如として顕現する、生物としての常識を超えた超生命体である。
 魔獣の姿形や強さはその時々により違いはあるが、その凶悪性に関しては一貫して極めて高い。魔獣は自身の周りにいる生物を襲い捕食するという特性を持っており、もし魔獣が一匹でも街に侵入したなら、あっという間に街は壊滅して多大な人命が簡単に消失するだろう。
 そして暴れるだけ暴れた魔獣は、何故かいつも唐突にその生命活動を停止する。
 予兆も無く現れては鏖殺おうさつの限りを尽くし、いつの間にかいなくなる。その特徴から、魔獣は『災害』と呼ばれ恐れられている。
 
「それについては、直接現場を偵察した私が説明します」
 
 ヨッヘリントの質問に答えたのは、ライトグリーンの髪に知的で落ち着つきのある顔立ちをした青年だ。
 
「そういえばカールステン殿は鉱山まで偵察に行っていたそうですね。で、どうですか? 魔獣の姿は確認できたのですか?」
「魔獣の姿はまだ確認していません。もし確認できるぐらい近くに行っていたなら、僕は今この場にいませんよ」
 
 カールステンと呼ばれた青年は、ヨッヘリントの質問に肩を竦めて答える。
 
「……ただ、鉱山の内部は異常な程に魔素の濃度が濃くなっている事は確認できました。これは先の偵察隊の報告を裏付けるものです。あれほどの濃度の魔素が充満する場所で活動できる生物など限られています。その観点からみても魔獣がいる可能性はかなり高いと推測され、確実にいると考えて作戦を立てた方がいいでしょう。いないに越したことはありませんが、最悪の事態を考えて作戦を立てるのは定石です」
 
 カールステンの説明に「確かに……」と口々に納得した様子の会議室の面々であったが、ヨッヘリントだけはまだ完全に納得した様子ではなかった。
 
「確かに、カールステン殿の言うことは分かる。だが、俺達ハンターは騎士様達と違って今回の作戦に参加するんだ。ハンター組合としては、依頼を受けるハンター達に情報を正確に伝える義務がある。そして、その依頼内容に見合った報酬も約束しなきゃならねぇ。今回集まってくれたハンター達は、この都市出身の奴等ばかりだ。緊急召集の概要をまだ発表してなくても、この都市を、家族を、仲間を守るために何かしたいと思ってる情のある奴等なんだ!そんな奴等を危険な魔獣討伐に行かせるなら、報酬額は最低でも1人当たり大銀貨1枚は約束してくれねえと割りに合わねぇ!」
「ヨッヘリント、バカを言うんじゃない! 大銀貨1枚がどらくらいの大金か分かっているのか!?」
 
 ヨッヘリントの提案に激怒したのは、ストール鉱山都市周辺を領地として統治を任されている“ギャランド・ストール伯爵”だ。
 普段は温厚なストール伯爵が激怒するのも当然だった。何故なら大銀貨1枚とは『Sランク』のハンターの年収、もしくは大貴族などの金持ちが持つような金額であるだからだ。
 そんな大金を集まったハンター200人全てに与える。いや、実際は殆どのハンターが民間人の護衛部隊の方に編成されているので、魔獣と戦うのは実質的に数十名ぐらいだろうが、それでも大銀貨数十枚などハンター組合のそれも一支部が持っているわけがなく、当然ストール鉱山都市の財源から捻出しなければならなくなるのは明らかだった。
 
「そんなことをしてみろ。例え魔獣を討伐できたとしても、もし鉱山や都市に大きな被害が出たら、ストール鉱山都市の財源では復興できなくなる可能性もあるのだぞ! そうなればどうするつもりだ!?」
「……わかったわ。オリヴィエ・マインの名に懸けて約束しましょう」
「なっ、マイン公爵様!?」
 
 ストール伯爵の抗議を手を上げて制し、マイン公爵は話を続ける。
 
「ただし、大銀貨1枚という報酬は、魔獣が実際に存在し、尚且つ討伐部隊に参加した者に限ることとします。それで良いかしら?」
「……俺の、いや、私のわがままを聞き入れてくださりありがとうございます」
「ストール伯爵、今回の件は鉱山都市だけじゃなくマイン領全体の危機でもあるの。だから報酬は当然私の方から出すわ。それなら文句はないでしょう?」
「……わかりました。マイン公爵様がそうおっしゃるなら、私からは何も言うことはありません」
 
 マイン公爵の機転により、なんとかその場は収まった。
 これで会議が再開できると、その場にいた全員がそう思っていた。
 しかし――。
 
「か、会議中に失礼いたします! 急ぎマイン公爵様にお伝えしたいことがございます!!」
 
 それを遮るように、門兵が扉を開けて会議室に飛び込んできた。
 門兵が「急ぎ」と言うならば聞かないわけにいかないので、会議は再び休止となった。
 しかし、そういった報告はこの地の領主であるストール伯爵にするべきはずだが、何故マイン公爵なのだろうか。そこが気になったマイン公爵は門兵に訊ねた。
 
「ストール伯爵ではなく、私にですか?」
「ハッ! 実は怪しい3人組が門の前に来ており、マイン公爵様に会いに来たと申しております!」
「怪しい……3人組?」
「はい、そのうち二人はハンターと思われるのですが、あとの一人が変な白い衣装を着た女性でして、何故かマイン公爵様のサインが書かれた手紙を持っておりました。お通しても良かったのですが、なにぶん怪しかったものでマイン公爵様に一度確認しようと――」
「す、直ぐにここまでお連れしなさい!」
「は? で、ですが――」
「早くしなさい!!」
「は、はい! 直ちにぃーー!!」
 
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