残酷な描写あり
24.鉱山の異変8
「「「「……………………」」」」
鉱山入り口から後方の離れた位置にある鉱夫達の宿舎があるエリアでは、待機している兵士達がセレスティア達と魔獣の戦闘を固唾を飲んで見守っていた。
「……なぁ」
「なんだよ?」
「あれが魔獣……なのか?」
「……そうだな、お前と俺の目が確かなら、あれが噂で聞く魔獣以外の何に見えるんだ?」
「そうか……本当に噂通り『災害』、だな」
「ああ……あれは、まさに災害だ。あんな化け物を倒そうとしてたなんて、俺たちはどうかしてたぜ」
「……だったらさ、その化け物を相手にしてまともに戦ってるあの3人は何なんだ?」
「そんなの決まってるだろ。化け物を相手に出来るのは、同じ土俵に立つ化け物だけだよ」
「じゃあ、もしあの3人が負けでもしたら……」
「そうなりゃ、俺達は文字通り全滅だろうさ。俺達は化け物じゃないんだからな」
「「「「……………………」」」」
その場にいた誰もが、兵士達の会話を無言で聞いていた。
そして一人、また一人と、戦闘中にも関わらず武器を持つ手を緩め、祈るように胸の前で手を組み始めた。
((((……頼む! 負けないでくれ!))))
◆ ◆
鉱夫達の宿舎エリアと、激しい戦闘を繰り広げているセレスティア達との丁度中間の位置でその様子を見守るのは、ヴァンザルデンが率いる魔獣殲滅の為に集められた総勢12名の精鋭部隊だ。
「……元帥、俺たちの任務とは一体なんでしたっけ?」
ヴァンザルデンにそう尋ねたのは、マイン領主軍の双璧と称えられる二将軍の一人である“ピーク”だ。
「なんだピーク、忘れたのか?」
「いえ、そうじゃないですよ。……ただ、もしかして俺が聞いた任務の内容が間違ってるんじゃないかと思ったんで、確認したいだけです」
仕方ないなとため息を吐く仕草をして、ヴァンザルデンは改めてこの精鋭部隊に与えられた任務の内容を口にした。
「俺たちの任務はこの場所で戦況を伺いつつ、必要であれば魔獣と戦う『淵緑の魔女』と『ドラゴンテール』の3人の助太刀に入り、これを援護することだ」
ヴァンザルデンの説明を聞いて、どうにも微妙な表情を浮かべ頭を掻くピーク。
やがて何かを決心したように言葉を紡いだ。
「……元帥、こんなことを言うのは兵を率いて先頭に立つ将軍としてあるまじき事かもしれませんが、あえて言わせてください。その任務、俺達の実力では到底実行できるとは思えない。俺達に彼らの援護は不可能だ。後退の許可を願いたい」
真っ直ぐにヴァンザルデンを見つめ、そう断言するピーク。
ピークのその言葉に全員が目を見張る中――。
「お、おいおい、どうしたんだピーク……まさかお前、怖気づいてんじゃあねえだろうなぁ? しっかりしてくれよぉ……マイン領主軍の双璧と言われる将軍の一人がこんな腰抜けだと知れ渡ったら、俺の評価まで落ちちまうじゃねぇか!」
白毛に爪痕のような黒い模様のある小さな耳と細長い尻尾を揺らしながら、ピークに悪態をついて挑発する獣人がいた。
マイン領主軍の双璧と称えられるもう一人の将軍“パイクス”だ。
「パイクス、いつもならお前のその安い挑発にワザと乗ってやるところだが、今はそんな事をしてる暇はない」
「――チッ! ……とか言いつつしっかり乗ってるじゃねえか」
普段の彼等ならそのまま口喧嘩に発展するのだが、いつもの舐めた口調ではなく真面目なトーンで言葉を返したピークが決してふざけて言っている訳じゃない事を、パイクスは長年の付き合いで培った経験で察した。
なので、舌打ちと小声で文句を垂れはしたが、それ以上突っかかる事はしなかった。
「……理由を聞かせてもらおうか?」
「はい。俺達の実力ではあの中に飛び込んだところで、彼らを援護するどころか足手まといにしかなりません。かと言って、ここで彼らの戦闘が終わるまで待機してるなんて情けない話です。それなら、後方に下がり、もしもに備えて兵を指揮する方が余っ程マシってもんですよ」
ピークの主張を聞き、ヴァンザルデンは考える仕草をしたが、ヴァンザルデンの中では既に答えは出ており、少し間を置いてからヴァンザルデンは新たな命令を下した。
「よかろう、全員直ちに後退せよ! パイクスとピークは後方にいるカールステンと合流し状況を説明しろ。その後はカールステンの指示に従い後方部隊の指揮をしろ! 残りの者も後退したらカールステンの指示で新たな持ち場に着け!」
「ま、待ってくれ元帥! こんな腰抜けの言うことを聞くのか!? こいつには無理だろうが、俺は戦えるぞ!」
ヴァンザルデンの命令に、パイクスは納得がいかない様子で激しく抗議した。そしてその抗議に、ヴァンザルデンではなくピークが反論した。
「パイクス、冷静に判断しろ! あれは俺達の手に負える相手じゃない。戦いに参加したところで邪魔になるだけだ!!」
「お前こそよく考えろピーク! 俺達は戦いの陣頭に立つ責任がある将軍だ。その将軍が、勝てないからと言って尻尾を巻いて逃げるなんて、恥さらしもいいとこだ! 将たる者は勇猛であるべきだろ!?」
「お前の言うことは一理あるが、それは俺達が戦いの先頭に立っていて引けない状況があってこそだ。だが、今この戦いで先頭に立っているのは誰だ? 俺達じゃないだろう? あそこで戦ってる『淵緑の魔女』と『ドラゴンテール』の二人だ。それに俺達は今、元帥の指揮下に入っている。なら、俺達は元帥の判断に従うべきだ!」
「実力が足りないお前はそうしたらいいさ……だが俺は違う! お前のように臆病じゃないし、魔獣相手に戦える自信がある!! 足手まといなんて言わせねぇ。よそ者より先に、俺が魔獣を仕留めてやるぜ!」
睨みを利かせながら激しく口論する二人の主張は平行線で、収まりが付く様子はなかった。
「二人ともそこまでだ!」
そんな二人の首根っこを掴んで持ち上げ、強制的に止めたのはヴァンザルデンだ。
まあ、この二人を止めれるのは、この場にはヴァンザルデン以外に適任はいないので、当然と言えば当然であった。
「パイクス、今は後退しろ。いいな?」
「だが元帥――」
「ハッキリ言わんと解らんか? お前が来たら俺の足手まといだ。役立たずは引っ込んでろ!」
パイクスを睨んでハッキリとそう言い放ったヴァンザルデンは、二人を掴んでいた腕を振って、二人を後方に向かって大きく放り投げた。
「ピーク、その分からず屋を任せたぞ!」
受け身を取り綺麗に着地したピークは、ヴァンザルデンの言葉に無言で頷き返した。そして、ヴァンザルデンに「役立たず」と言われた事がショックで、受け身もとれず尻餅をついて放心状態になっていたパイクスを担ぐと、足早に宿舎エリアの方に後退して行った。
「さあ、お前達も早く後退しろ!」
「「「「は、はい!!!!」」」」
ヴァンザルデンの命令で、残っていた他の者も次々と後退を開始した。
そんな中、前線を真っ直ぐに見つめ仁王立ちしているヴァンザルデンに、ヴェスパが声をかけた。
「……元帥はどうなさるのですか?」
「俺は元帥として、俺の任務をこなすだけだ。なぁに、俺なら囮役ぐらいにはなれるだろうさ」
そう言ってニカッと笑って見せるヴァンザルデンに、ヴェスパが掛けられる言葉は一つしかなかった。
「そうですか。では元帥……どうか、御武運を!」
ヴェスパはそれだけ言うと、ピーク達の後を追って後退して行った。
そしてその場には、後退して行くピーク達の後ろ姿を見送るヴァンザルデンだけになった。
「ふっ、御武運を、か……。期待には答えないとなぁ」
そう言うとヴァンザルデンは、背負っていた愛用の大剣を手に持ち、戦場へ向けて足を動かした。
先程ヴェスパに向けた笑顔はそこには無く、眼光は獲物を射貫こうとする野獣のように鋭く、厳つい表情は顔を覆う髭の所為で、更にその厳つさを増長させていた。
(心臓が煩いほど速く鼓動している。全身の血が滾り、毛が逆立つのを感じる。……こんな気分を味わうのは、いつ以来だろうか?)
ヴァンザルデンは久しぶりに味わう高揚感に胸を高鳴らせていた。
最後にこの感覚を味わったのはいつだったかをヴァンザルデンは思い出そうとしたが、すぐに思い出すことが出来なかった。
少なくともかなり昔だったということは確かなようだ。
(……そうだ、思い出した。確か、あれは修行時代の時だ。訪れた東の島で、あの二人に出会った時に似ている。あの時の俺は、まだまだ未熟だったな……。っと、いかんいかん。今はそんなことを思い出してる暇はないな)
頭を左右に振り、余計な考えを吹き飛ばすして、再び目の前のことに集中するヴァンザルデン。
「……さて、俺を楽しませてくれよ。災害とやら!」
鉱山入り口から後方の離れた位置にある鉱夫達の宿舎があるエリアでは、待機している兵士達がセレスティア達と魔獣の戦闘を固唾を飲んで見守っていた。
「……なぁ」
「なんだよ?」
「あれが魔獣……なのか?」
「……そうだな、お前と俺の目が確かなら、あれが噂で聞く魔獣以外の何に見えるんだ?」
「そうか……本当に噂通り『災害』、だな」
「ああ……あれは、まさに災害だ。あんな化け物を倒そうとしてたなんて、俺たちはどうかしてたぜ」
「……だったらさ、その化け物を相手にしてまともに戦ってるあの3人は何なんだ?」
「そんなの決まってるだろ。化け物を相手に出来るのは、同じ土俵に立つ化け物だけだよ」
「じゃあ、もしあの3人が負けでもしたら……」
「そうなりゃ、俺達は文字通り全滅だろうさ。俺達は化け物じゃないんだからな」
「「「「……………………」」」」
その場にいた誰もが、兵士達の会話を無言で聞いていた。
そして一人、また一人と、戦闘中にも関わらず武器を持つ手を緩め、祈るように胸の前で手を組み始めた。
((((……頼む! 負けないでくれ!))))
◆ ◆
鉱夫達の宿舎エリアと、激しい戦闘を繰り広げているセレスティア達との丁度中間の位置でその様子を見守るのは、ヴァンザルデンが率いる魔獣殲滅の為に集められた総勢12名の精鋭部隊だ。
「……元帥、俺たちの任務とは一体なんでしたっけ?」
ヴァンザルデンにそう尋ねたのは、マイン領主軍の双璧と称えられる二将軍の一人である“ピーク”だ。
「なんだピーク、忘れたのか?」
「いえ、そうじゃないですよ。……ただ、もしかして俺が聞いた任務の内容が間違ってるんじゃないかと思ったんで、確認したいだけです」
仕方ないなとため息を吐く仕草をして、ヴァンザルデンは改めてこの精鋭部隊に与えられた任務の内容を口にした。
「俺たちの任務はこの場所で戦況を伺いつつ、必要であれば魔獣と戦う『淵緑の魔女』と『ドラゴンテール』の3人の助太刀に入り、これを援護することだ」
ヴァンザルデンの説明を聞いて、どうにも微妙な表情を浮かべ頭を掻くピーク。
やがて何かを決心したように言葉を紡いだ。
「……元帥、こんなことを言うのは兵を率いて先頭に立つ将軍としてあるまじき事かもしれませんが、あえて言わせてください。その任務、俺達の実力では到底実行できるとは思えない。俺達に彼らの援護は不可能だ。後退の許可を願いたい」
真っ直ぐにヴァンザルデンを見つめ、そう断言するピーク。
ピークのその言葉に全員が目を見張る中――。
「お、おいおい、どうしたんだピーク……まさかお前、怖気づいてんじゃあねえだろうなぁ? しっかりしてくれよぉ……マイン領主軍の双璧と言われる将軍の一人がこんな腰抜けだと知れ渡ったら、俺の評価まで落ちちまうじゃねぇか!」
白毛に爪痕のような黒い模様のある小さな耳と細長い尻尾を揺らしながら、ピークに悪態をついて挑発する獣人がいた。
マイン領主軍の双璧と称えられるもう一人の将軍“パイクス”だ。
「パイクス、いつもならお前のその安い挑発にワザと乗ってやるところだが、今はそんな事をしてる暇はない」
「――チッ! ……とか言いつつしっかり乗ってるじゃねえか」
普段の彼等ならそのまま口喧嘩に発展するのだが、いつもの舐めた口調ではなく真面目なトーンで言葉を返したピークが決してふざけて言っている訳じゃない事を、パイクスは長年の付き合いで培った経験で察した。
なので、舌打ちと小声で文句を垂れはしたが、それ以上突っかかる事はしなかった。
「……理由を聞かせてもらおうか?」
「はい。俺達の実力ではあの中に飛び込んだところで、彼らを援護するどころか足手まといにしかなりません。かと言って、ここで彼らの戦闘が終わるまで待機してるなんて情けない話です。それなら、後方に下がり、もしもに備えて兵を指揮する方が余っ程マシってもんですよ」
ピークの主張を聞き、ヴァンザルデンは考える仕草をしたが、ヴァンザルデンの中では既に答えは出ており、少し間を置いてからヴァンザルデンは新たな命令を下した。
「よかろう、全員直ちに後退せよ! パイクスとピークは後方にいるカールステンと合流し状況を説明しろ。その後はカールステンの指示に従い後方部隊の指揮をしろ! 残りの者も後退したらカールステンの指示で新たな持ち場に着け!」
「ま、待ってくれ元帥! こんな腰抜けの言うことを聞くのか!? こいつには無理だろうが、俺は戦えるぞ!」
ヴァンザルデンの命令に、パイクスは納得がいかない様子で激しく抗議した。そしてその抗議に、ヴァンザルデンではなくピークが反論した。
「パイクス、冷静に判断しろ! あれは俺達の手に負える相手じゃない。戦いに参加したところで邪魔になるだけだ!!」
「お前こそよく考えろピーク! 俺達は戦いの陣頭に立つ責任がある将軍だ。その将軍が、勝てないからと言って尻尾を巻いて逃げるなんて、恥さらしもいいとこだ! 将たる者は勇猛であるべきだろ!?」
「お前の言うことは一理あるが、それは俺達が戦いの先頭に立っていて引けない状況があってこそだ。だが、今この戦いで先頭に立っているのは誰だ? 俺達じゃないだろう? あそこで戦ってる『淵緑の魔女』と『ドラゴンテール』の二人だ。それに俺達は今、元帥の指揮下に入っている。なら、俺達は元帥の判断に従うべきだ!」
「実力が足りないお前はそうしたらいいさ……だが俺は違う! お前のように臆病じゃないし、魔獣相手に戦える自信がある!! 足手まといなんて言わせねぇ。よそ者より先に、俺が魔獣を仕留めてやるぜ!」
睨みを利かせながら激しく口論する二人の主張は平行線で、収まりが付く様子はなかった。
「二人ともそこまでだ!」
そんな二人の首根っこを掴んで持ち上げ、強制的に止めたのはヴァンザルデンだ。
まあ、この二人を止めれるのは、この場にはヴァンザルデン以外に適任はいないので、当然と言えば当然であった。
「パイクス、今は後退しろ。いいな?」
「だが元帥――」
「ハッキリ言わんと解らんか? お前が来たら俺の足手まといだ。役立たずは引っ込んでろ!」
パイクスを睨んでハッキリとそう言い放ったヴァンザルデンは、二人を掴んでいた腕を振って、二人を後方に向かって大きく放り投げた。
「ピーク、その分からず屋を任せたぞ!」
受け身を取り綺麗に着地したピークは、ヴァンザルデンの言葉に無言で頷き返した。そして、ヴァンザルデンに「役立たず」と言われた事がショックで、受け身もとれず尻餅をついて放心状態になっていたパイクスを担ぐと、足早に宿舎エリアの方に後退して行った。
「さあ、お前達も早く後退しろ!」
「「「「は、はい!!!!」」」」
ヴァンザルデンの命令で、残っていた他の者も次々と後退を開始した。
そんな中、前線を真っ直ぐに見つめ仁王立ちしているヴァンザルデンに、ヴェスパが声をかけた。
「……元帥はどうなさるのですか?」
「俺は元帥として、俺の任務をこなすだけだ。なぁに、俺なら囮役ぐらいにはなれるだろうさ」
そう言ってニカッと笑って見せるヴァンザルデンに、ヴェスパが掛けられる言葉は一つしかなかった。
「そうですか。では元帥……どうか、御武運を!」
ヴェスパはそれだけ言うと、ピーク達の後を追って後退して行った。
そしてその場には、後退して行くピーク達の後ろ姿を見送るヴァンザルデンだけになった。
「ふっ、御武運を、か……。期待には答えないとなぁ」
そう言うとヴァンザルデンは、背負っていた愛用の大剣を手に持ち、戦場へ向けて足を動かした。
先程ヴェスパに向けた笑顔はそこには無く、眼光は獲物を射貫こうとする野獣のように鋭く、厳つい表情は顔を覆う髭の所為で、更にその厳つさを増長させていた。
(心臓が煩いほど速く鼓動している。全身の血が滾り、毛が逆立つのを感じる。……こんな気分を味わうのは、いつ以来だろうか?)
ヴァンザルデンは久しぶりに味わう高揚感に胸を高鳴らせていた。
最後にこの感覚を味わったのはいつだったかをヴァンザルデンは思い出そうとしたが、すぐに思い出すことが出来なかった。
少なくともかなり昔だったということは確かなようだ。
(……そうだ、思い出した。確か、あれは修行時代の時だ。訪れた東の島で、あの二人に出会った時に似ている。あの時の俺は、まだまだ未熟だったな……。っと、いかんいかん。今はそんなことを思い出してる暇はないな)
頭を左右に振り、余計な考えを吹き飛ばすして、再び目の前のことに集中するヴァンザルデン。
「……さて、俺を楽しませてくれよ。災害とやら!」