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作者: 山のタル
残酷な描写あり
25.鉱山の異変9
「……流石にしぶといわね」
 
 戦闘が始まってから何度目かになる、魔獣の傷が再生していく姿を見て私はそう呟いた。
 私達三人は手数の多さを活かして、闘いを有利に進めていた。……だがそれも、今はかなり拮抗し始めてきている。
 
 魔獣は生物ではない。厳密にいうと膨大な魔力の塊だ。それが生物の殻を被って動いてるだけだと、ミューダが言っていた。
 そんな魔獣を倒す方法は意外とシンプルだ。魔力の塊が動いているだけなのだから、その魔力を使い切らせれば魔獣は動かなくなる。つまり、倒すことが出来るというわけだ。因みに、これもミューダからの受け売りだ。
 まあ、そもそも魔獣は普段から魔力を垂れ流していて、しかも魔力を補充するよりも消費するスピードの方が早い。ということは、放っておいてもそのうち魔力が底を尽き、自然に活動を停止するのだ。
 魔獣は突然現れて、暴れるだけ暴れ、いつの間にかその動きを止めている。これが魔獣が生物ではなく“災害”と呼ばれる所以だ。
 
 だが、そのうち活動を停止すると言っても魔獣の魔力は膨大で、自然に活動を停止するにはかなりの日数を要する。無論、私はそんなのを待っていられる程暇じゃない。
 そこで、魔獣が持つ再生能力を利用することにした。魔獣は手足が千切れても、全身を焼かれようとも、首が無くなろうとも、直ぐに元通りに回復する脅威的な再生能力がある。
 しかし、それには魔獣に取って寿命と言える魔力を消費する行為なのだ。
 なので、私達は三人掛かりで魔獣を攻撃し、再生能力をどんどん使わせて魔力を消費させる作戦を決行したのだ。
 更に、私とティンクが展開している魔力蓄変換陣が、魔獣から溢れ出る魔力を魔獣に戻る前に吸収しているので、魔獣の魔力消費はかなり早いものになっていた。
 
 そして作戦通りに私達は手数の多さで魔獣を圧倒して、魔力をどんどん消費させることに成功している。……しかし、ここで予想外の事態が起きた。
 それに気付いたのは、魔獣が五度目の再生を終えたぐらいだったと思う。魔獣が徐々にだが、私達の攻撃に対応し始めたのだ。
 最初こそ私達の攻撃に手も足も出なかった魔獣が、次第に攻撃を避けたり、受け流したり、僅かな隙を狙って反撃をしてくるようになった。
 そして今では無駄な動作が少なくなり、動きも素早くなって、私達の攻撃が当たらなくなってきた。
 更に、早さが乗った魔獣の攻撃は鋭くなり、威力も増大している。クワトルも攻撃を仕掛けるより、避けて受け流す事が多くなってきている。
 
 ……恐らくだが、魔獣は再生能力を使う度に、ただ再生してた訳じゃない。
 これもミューダの受け売りになるが、魔獣は時に、驚異的な早さで成長することがあるそうだ。ミューダはそれを『進化』と呼んでいた。
 つまりこの魔獣は、私達の攻撃に対応できるように進化していたのだろう。
 
「――グゥゥゥウウウウ!!」
 
 再生を終えた魔獣は低い唸り声を上げて威嚇する。
 これでまた進化しているなら、更に困難な相手になったに違いない。
 
「行け!」
 
 私はすかさず二本の大剣を魔獣に目掛けて風を切る勢いで飛ばし、挟み撃ちする様に左右から同時に斬りかかった。
 だが、魔獣は素早く上空に大きくジャンプして、これを回避した。
 ――しかし、それは狙い通りだ。
 
「隙あり!」
 
 魔獣の動きを予想していたティンクが、ジャンプした魔獣の更に上空から、錬金術で作った複数の巨大な岩や氷の塊を、魔獣に向けて落下させた。
 岩や氷は錬金術で圧縮錬成されており、見た目以上の質量が備わっている。
 それが勢いを付けて堕ちてくるのだ。いかに頑丈な甲殻を持っていても、ただで済むはずがない。そして、ジャンプした魔獣は上空では自由に見動きが取れないので、回避行動は出来ず、間違いなく直撃する……はずだった。
 
 ブシュゥゥ、――シュパァッ!
 
 だが、魔獣は岩や氷が直撃する寸前に、腹部後端からネット状の糸を大量に射出して、降ってくる岩や氷をその糸で全て包んで受け止めたのだ。
 
「うそぉ!?」
 
 これにはティンクは元より、私とクワトルも驚くしかなかった。
 そして魔獣はお返しと言わんばかりに、岩や氷の塊を包んで出来た巨大な塊を上空で掴むと、クワトル目掛けて思いっきり叩き落とした。
 
「――ッ!? クワトル避けて!!」
 
 私は咄嗟にクワトルに向かって叫んだ。
 しかしクワトルは私が声を上げるよりも早く行動しており、間一髪のところで回避に成功した。
 
 ズドォォォォォーーーーン!!!!
 
 落下した巨大な塊は、クワトルが先程まで立っていた地面を大きく抉り、空気を震わす爆音と共に砂煙を高く舞い上げた。
 
 アレはマズイ……。あんなのが直撃したら、私とクワトルは無事じゃ済まない。
 
「ティンク、岩や氷で攻撃するのはなるべく控えて! もしそれで攻撃するなら、大きさを小さくして質量よりもスピード重視にしなさい。そして糸に絡み取られないように、四方八方から同時にぶつけるのよ!」
「はい!」
 
 ティンクに指示を飛ばし、私は魔獣が着地した瞬間を狙って大剣で攻撃を仕掛ける。
 着地した瞬間は、体制を立て直すのに一瞬だが隙が生まれる。その為、瞬発的な回避行動は困難になる。そこを狙っての攻撃だ。
 だが魔獣は、脚の一本を大剣の軌道上に斜め向きに突き出し、大剣を脚の上で滑らせて受け流した。進行方向を変えられた大剣は、惜しくも魔獣の上を掠めるだけだった。
 私はすぐさまもう一本の大剣で斬り掛かるが、既に体勢を立て直していた魔獣は、機敏に動いてこれを躱していく。更に、さっき躱された大剣も加えて二本掛かりで攻め立てるが、これも難なく躱されてしまう。
 魔獣の動きは先程よりも洗練され、明らかに俊敏になっていた。
 
「簡単に避けてくれるわね……。なら、これならどうかしら!」
 
 当たらないなら、手数を増やすまでだ!
 魔獣を攻撃している二本の大剣に、更にもう一本追加して、三本掛かりで攻撃を仕掛ける。
 上段からの振り下ろし、脚を掬うように横払い、貫くような突き、死角からの斬撃。ありとあらゆる動きで、三本の大剣が魔獣目掛けて乱れ舞う。
 だが魔獣は、その全ての攻撃を紙一重のギリギリで避け、直撃を許さない。
 特に死角からの攻撃に、まるでそこから攻撃されるのが分かっているかのように避けたのには、驚くしかなかった。
 
「くっ、これでも当たらないなんて……」
 
 仕方ない、ならば更に手数を増やすまでだ!
 
「クワトル、ティンク、一斉に仕掛けるわよ! ティンクは糸で受け止められないように炎で攻撃。クワトルは私とティンクの攻撃の僅かな合間に、脚を狙って飛び掛かって!」
「了解しました!」
「了解です!」
 
 クワトルとティンクに指示を飛ばした私は、三本の大剣に更に魔力を込める為に集中する。
 
 私が作り上げた四本の大剣は、ただの剣ではない。錬金術で作った時点で普通じゃないのだが、そういうことを言っているのではない。
 私は大剣を作る時に、ただ剣を作るのではなく、ゴーレムとして四本の大剣を作り上げていた。
 
 ゴーレムは大まかに区別すると二種類に分類される。一つは、主人の命令通りに行動する『自立式』。もう一つは、主人自らが操って動かす『操縦式』だ。
 私が作った大剣は、四本とも後者の『操縦式』になる。
 操縦式は自立式と違って、術者が一から十までゴーレムを直接操る必要があるが、自立式より術者の思い通りに、正確にゴーレムを動かせる利点がある。
 そして、ゴーレムは魔力を込めることで、ゴーレムの強化と操縦性を向上させることが出来る。今、私がしているように。
 そして三本の大剣の強化は、魔力を込めるだけなのですぐに完了した。
 
 私は強化した三本の大剣を操って、魔獣を執拗に攻め立てていく。
 かなりの魔力を込めたことで、大剣の性能は劇的に向上していた。それは先程より勢い良く縦横無尽に飛び回らせても、自由自在に操ることが出来ていることからも明らかだ。
 3メートルの大きさの大剣はそれなりの質量を持っており、それが文字通り風を切りながら飛び回ることで、周りの空気を巻き込んで動かし、魔獣の周囲にまるで嵐の様な強風が巻き起こり始めた。
 更に、剣舞が巻き起こすその嵐の中に、ティンクが錬金術で作った炎玉ファイアボールをいくつも投げ入れたことで、魔獣は斬撃と炎がコラボした凶暴な嵐の中に取り残される形となった。
 
 魔獣はその嵐から必死に逃げようとしているが、苛烈さを増す私とティンクの波状攻撃を前に成す術が無く、徐々にダメージを負っていく。
 
 ダメージを負った魔獣は動きが鈍くなり、攻撃を避けるのが難しくなって、更にダメージを負っていく。
 そのタイミングを狙い、私は魔獣の頭部目掛けて、大剣を思いっきり振り下ろす。
 十分な質量に速度が上乗せれた大剣は、岩をも塵に還す破壊力を持った一撃となって、魔獣に振り下ろされる。
 斬撃と炎の嵐の中で動きの鈍った魔獣に、大剣の一撃を回避する余裕など無く、直撃は確実だった。
 魔獣もそれを直感で理解したようで、咄嗟に前脚をクロスさせて受け止める態勢を取った。
 
 キィィーーン!!
 
 金属同士が激しくぶつかる甲高い音が響き、ぶつかった衝撃で発生した衝撃波が砂を高く巻き上げる。
 砂煙で状況はよく見えないが、ぶつかった音から判断するに、魔獣は大剣の一撃を受け止めたようだ。
 負傷してる状態であの一撃を受け止めるとは……だが、そんな事は想定済みだ。
 
「クワトル、今よ!」
 
 私の指示と同時に、魔獣の右側面に回り込んでいたクワトルが駆け出し、一気に魔獣との距離を詰める。
 クワトルは、大剣を受け止めたことで完全に動きを止めて隙だらけになった魔獣の脚の関節を狙って剣を振るう。
 如何に金属のように頑丈な甲殻を持っていたとしても、動かす可動域を確保しないといけない関節部分を、その甲殻でカバーすることは出来ない。
 
 ザシュ――! シュパッ――!
 
 そしてクワトルの剣は、狙い通りに魔獣の脚の関節を正確に捉えて、脚を一本斬り落とす。更にクワトルは返す刀で流れる様にもう一本、脚を斬り飛ばした。
 
「グウウゥゥゥゥゥゥ……!!!!」
「やった!」
 
 ……だが、喜べたのも束の間の事だった。
 
「グゥオオオーー!!」
 
 怒りの唸り声を上げた魔獣は、受け止めていた大剣を押し返すと、そのまますぐ近くのクワトル目掛けて大剣を弾き返した。
 魔獣の脚をクワトルが斬り飛ばしたことを、私が喜んでしまったことで一瞬だけど大剣を操っていた意識が希薄になり、魔獣を押していた力が緩んでしまったのだ。その隙を、魔獣は見逃さなかった。
 
「しまった!? クワトル!」
 
 私の声に反応して、クワトルは咄嗟に回避する。私も大剣に意識を再び戻して、クワトルが動いた方向と反対側に大剣を動かしたことで、大剣はクワトルの横をギリギリを通過して直撃を免れた。
 
 ……しかし、ホッとする余裕は無かった。
 クワトルが回避した方向には、魔獣がすでに回り込んでいたのだ。
 回避行動をしたばかりで態勢が崩れたままのクワトルに、魔獣は鋭く尖る足先を向ける。
 
(まずい!? ゴーレム化によってクワトルの身体能力は高くなっているとはいえ、態勢が崩れたあの状態ではまともに避けることができない!)
 
 クワトルは咄嗟にガードしようと剣を引き戻すが、魔獣の脚がそれよりも早くクワトルに突き出された。
 
「くっ、防げな――」
「うおりゃぁぁあああーー!!」
 
 ズパッ――!
 
 クワトルに突き刺さるコースを一直線に驀進していた魔獣の脚は、クワトルに直撃する直前に、通りかかった斬撃によってコースを外れ、宙へと舞った。
 
「よう、危なかったな。大丈夫か?」
 
 そこには、身の丈ほどの大きさの大剣を携え、肉食獣の様な鋭い眼光で魔獣えものを射貫こうとしている大柄の獣人が立っていた。
 
「ヴァンザルデン、さん?」
 
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