残酷な描写あり
32.新たな来訪者4
わたしとお父さんを残して、セレスティア様はアインとモランちゃんを連れて特別実験室を後にした。
「さて、邪魔者もいなくなったし、始めるとするかのぅ」
わたしの目の前にはそう言って、肩や首をコキッコキッと動かして準備運動をしているお父さんがいる。
この特別実験室にはわたしとお父さんしかいない。セレスティア様たちはわたしとお父さんの勝負の邪魔……もとい、巻き込まれないように出ていったからだ。
わたしも両手に装備していたガントレットと羽織っていた新緑色のローブ、背負っていた杖を外すと、戦闘の余波に巻き込まれて壊れてしまわないように部屋の隅の離れた場所に置き、お父さんの正面に立って戦闘体勢を整える。
お父さん相手に、手加減なんてしてられないもの!
「準備はできたか? では、始めるとするかのぅ。――さあ、見せてくれティンク。お前はこの20年で、どれ程このワシに近づいたかを!」
「お父さん、最初から全力で行くよ! だから、しっかり見てね、ティンクの力を!」
その会話を合図に、勝負の幕が切って落とされた。
わたしは脚に力を込めると、全力で地面を蹴った。わたしは一気に音を追い越すスピードまで加速して、お父さんとの距離を一瞬で詰める。そしてその勢いをそのままに、お父さんに殴り掛かる。
音速を越える勢いが上乗せされた拳はお父さんの顔面を捉えた! ……と思った瞬間、わたしの拳はお父さんの顔面をすり抜けて空を切る。行き場を無くして振り切った拳から発生した衝撃波が、爆音となって周囲に反響した。
「ふむ、上手く勢いが乗った中々良い拳だ。直撃すれば相当な威力じゃろうな。……まあ、当たればの話じゃがな!」
わたしが拳を繰り出した場所には先程まで居たはずのお父さん姿は既になく、いつの間に移動したのか、わたしの右側の少し離れた場所に立っていた。
「――今のは、お父さんお得意の幻影だね?」
「正解じゃ! よく解ったのぅ」
「今まで何度も見てるからね。……あれはいつから幻影だったの?」
「さあて、いつからじゃろうな~?」
お父さんはそう言ってはぐらかす。
お父さんは幻影を自由自在に作り出し、操る技が特技だ。さっきわたしが殴ったお父さんはその幻影で、いつの間にか本物のお父さんと入れ替わっていたのだ。
しかし、幻影をいくら自由に作り出せると言っても、一瞬で幻影をハッキリ形にするのはいくらお父さんでも出来はしない。最低でも作り出すのに1秒くらいの時間がいる。
あの時、わたしが踏み込んでからお父さんに殴りかかるまでは一瞬だったので、幻影を作り出して入れ替わる時間的余裕は無かった。つまり、攻撃を仕掛ける前からお父さんはすでに幻影と入れ替わっていたことになる。……一体いつから入れ替わっていたのだろうか?
わたしはそんな思考に囚われかけたが、頭を横に振って思考を振り飛ばす。気付かなかったことをいつまでも考えても仕方がない。それよりも、どうするかを考えないといけない!
今は目の前のお父さんの動きに集中しなくちゃ!
わたしはもう一度踏み込んで、さっきと同じようにお父さんに殴りかかった。……しかし、またしてもわたしの拳はお父さんをすり抜けて空を切った。
「残念、それも幻影じゃ」
「ほれほれ、それじゃあいつまでもワシを捉えることはできんぞ?」
今度はわたしの背後からお父さんの声がする。振り返れば、そこにはお父さんが二人に増えていた。
……違う、そうじゃない。あれも幻影だ。両方なのか、それとも片方だけかはわからないけど、どっちかが幻影なのは間違いない。
「「次はこっちから行くぞ!!」」
そう言うと反撃と言わんばかりに、二人のお父さんがわたしに襲いかかって来た。
お父さんが二人がかりで怒涛の勢いで繰り出してくる連撃を、わたしはギリギリのところで見切って受け流す。
拳が飛んで来れば腕で受け流し、蹴りが繰り出されれば同じく蹴りを繰り出して相殺し、打撃のラッシュが襲い掛かって来たら体を捻り最小限の動きで躱す。
そうやってわたしは、攻撃に合わせてあらゆる手を使って、二人がかりのお父さんの攻撃を捌いていく。
そうしてわたしは、お父さんに隙が生まれるのを待った。
拳を受け流し、蹴りを受け止め、連撃を躱す。それを作業のように繰り返し、ついにその瞬間が来た。
二人のお父さんが同時にわたし目掛けて攻撃を繰り出し、わたしがその攻撃を受け流した際に、一瞬の隙が出来た。
「ここだぁ!」
その一瞬をわたしは見逃さず、すぐさま反撃の一撃を繰り出した。――しかし、それはお父さんも予測済みだったようで、わたしの反撃の一撃は軽く受け流されてしまった。
わたしの攻撃が躱されると、再び攻守が交代してまたお父さんが攻め始める。
そしてさっきと同じように隙が出来ればわたしが反撃して、お父さんがそれを躱し、またお父さんが攻め始める――。
そうして音を追い越す速さで繰り出されるわたしとお父さんの攻防はしばらくその繰り返しで、一向に勝負が動かなかった。
わたしとお父さんの力がぶつかり合う度に、行き場を無くしたエネルギーは衝撃波に変わって周りに飛び散っていく。
その衝撃波の威力は地形を簡単に変えるほどの力が乗っているけど、この特別実験室にミューダ様が施した魔術によって、その威力は全て吸収され、壁や床や天井には傷一つ付いていなかった。
幾度となく打ち合った時、わたしの一瞬の隙をお父さんは見逃さず、二人掛かりでわたしを挟むように襲い掛かってきた。だけど、わたしはそれを後ろ向きに跳躍して躱すと、遥か後方に着地してお父さんとの距離をとる。
「――ふ、ふふふ、素晴らしいぞ、ティンク! まさか二人がかりのワシの攻撃を『竜化』も無しに全て受け流すとは予想してなかったぞ!?」
「20年前であれば“竜化”しても防戦一方で反撃すらできなかったのじゃが……しっかり成長できてるようでワシは父として嬉しいぞ!」
二人のお父さんはそう言って、本当に嬉しそうに目を輝かせ、わたしの成長ぶりを喜んでくれた。
「ありがとうお父さん! ということは『合格』かな?」
「ああ、文句なしの『合格』じゃ! やはりお前をここに預けて正解じゃった!」
お父さんから『合格』を貰い、お父さんなりのわたしの実力を測る勝負は終わった。
勝負が終わって緊張感が途切れたことで、一気に力が抜けたわたしは「ハァ~」っと大きく一息吐いて、その場に座り込んだ。
疲れた……。今日色々あったせいかな? 疲れで体が重い。魔獣の討伐に怪しい二人組の男の相手、お父さんとの勝負。一日でこれだけ沢山の出来事があるなんて初めてじゃないかな?
座り込んで大きく呼吸を整えているわたしに、幻影を解いて一人に戻ったお父さんが「疲れたのか?」と心配そうに声をかけてきた。
わたしは「ちょっとね」と答え、今日あった出来事をお父さんに話した。
「なるほど、魔獣か……。また厄介なのを相手にしたものじゃな」
「ホントに厄介だったよ~。魔力量がかなりあったみたいでね、ティンクとセレスティア様とクワトルの3人がかりでも中々倒せなかったの」
「それは大変じゃったな。……本当ならこの後、竜化しての特訓でもしようかと考えていたのじゃが……。万全の状態で全力を出せた方が良い特訓になるじゃろうし、今日の所はここまでにしよう。今日はゆっくり休んで、竜化特訓は明日からにした方がいいじゃろう」
竜化特訓と聞いてわたしは途端にやる気が溢れてきた。「今すぐやりたい!」という感情がわたしの中に渦巻いたが、お父さんの言う通り竜化特訓をするなら万全の状態でした方が良い。
わたしは湧き上がってくる本能を抑えて、お父さんの言う通り特訓は明日まで我慢することにした。
「うん、分かったよお父さん。それじゃあ、食堂に行って一緒にご飯食べよ!」
わたしはそう言って立ち上がると、隅に置いていた荷物を回収し、お父さんの手を取って特別実験室を出た。そして、セレスティア様が待っている食堂に早足で向かった。
「さて、邪魔者もいなくなったし、始めるとするかのぅ」
わたしの目の前にはそう言って、肩や首をコキッコキッと動かして準備運動をしているお父さんがいる。
この特別実験室にはわたしとお父さんしかいない。セレスティア様たちはわたしとお父さんの勝負の邪魔……もとい、巻き込まれないように出ていったからだ。
わたしも両手に装備していたガントレットと羽織っていた新緑色のローブ、背負っていた杖を外すと、戦闘の余波に巻き込まれて壊れてしまわないように部屋の隅の離れた場所に置き、お父さんの正面に立って戦闘体勢を整える。
お父さん相手に、手加減なんてしてられないもの!
「準備はできたか? では、始めるとするかのぅ。――さあ、見せてくれティンク。お前はこの20年で、どれ程このワシに近づいたかを!」
「お父さん、最初から全力で行くよ! だから、しっかり見てね、ティンクの力を!」
その会話を合図に、勝負の幕が切って落とされた。
わたしは脚に力を込めると、全力で地面を蹴った。わたしは一気に音を追い越すスピードまで加速して、お父さんとの距離を一瞬で詰める。そしてその勢いをそのままに、お父さんに殴り掛かる。
音速を越える勢いが上乗せされた拳はお父さんの顔面を捉えた! ……と思った瞬間、わたしの拳はお父さんの顔面をすり抜けて空を切る。行き場を無くして振り切った拳から発生した衝撃波が、爆音となって周囲に反響した。
「ふむ、上手く勢いが乗った中々良い拳だ。直撃すれば相当な威力じゃろうな。……まあ、当たればの話じゃがな!」
わたしが拳を繰り出した場所には先程まで居たはずのお父さん姿は既になく、いつの間に移動したのか、わたしの右側の少し離れた場所に立っていた。
「――今のは、お父さんお得意の幻影だね?」
「正解じゃ! よく解ったのぅ」
「今まで何度も見てるからね。……あれはいつから幻影だったの?」
「さあて、いつからじゃろうな~?」
お父さんはそう言ってはぐらかす。
お父さんは幻影を自由自在に作り出し、操る技が特技だ。さっきわたしが殴ったお父さんはその幻影で、いつの間にか本物のお父さんと入れ替わっていたのだ。
しかし、幻影をいくら自由に作り出せると言っても、一瞬で幻影をハッキリ形にするのはいくらお父さんでも出来はしない。最低でも作り出すのに1秒くらいの時間がいる。
あの時、わたしが踏み込んでからお父さんに殴りかかるまでは一瞬だったので、幻影を作り出して入れ替わる時間的余裕は無かった。つまり、攻撃を仕掛ける前からお父さんはすでに幻影と入れ替わっていたことになる。……一体いつから入れ替わっていたのだろうか?
わたしはそんな思考に囚われかけたが、頭を横に振って思考を振り飛ばす。気付かなかったことをいつまでも考えても仕方がない。それよりも、どうするかを考えないといけない!
今は目の前のお父さんの動きに集中しなくちゃ!
わたしはもう一度踏み込んで、さっきと同じようにお父さんに殴りかかった。……しかし、またしてもわたしの拳はお父さんをすり抜けて空を切った。
「残念、それも幻影じゃ」
「ほれほれ、それじゃあいつまでもワシを捉えることはできんぞ?」
今度はわたしの背後からお父さんの声がする。振り返れば、そこにはお父さんが二人に増えていた。
……違う、そうじゃない。あれも幻影だ。両方なのか、それとも片方だけかはわからないけど、どっちかが幻影なのは間違いない。
「「次はこっちから行くぞ!!」」
そう言うと反撃と言わんばかりに、二人のお父さんがわたしに襲いかかって来た。
お父さんが二人がかりで怒涛の勢いで繰り出してくる連撃を、わたしはギリギリのところで見切って受け流す。
拳が飛んで来れば腕で受け流し、蹴りが繰り出されれば同じく蹴りを繰り出して相殺し、打撃のラッシュが襲い掛かって来たら体を捻り最小限の動きで躱す。
そうやってわたしは、攻撃に合わせてあらゆる手を使って、二人がかりのお父さんの攻撃を捌いていく。
そうしてわたしは、お父さんに隙が生まれるのを待った。
拳を受け流し、蹴りを受け止め、連撃を躱す。それを作業のように繰り返し、ついにその瞬間が来た。
二人のお父さんが同時にわたし目掛けて攻撃を繰り出し、わたしがその攻撃を受け流した際に、一瞬の隙が出来た。
「ここだぁ!」
その一瞬をわたしは見逃さず、すぐさま反撃の一撃を繰り出した。――しかし、それはお父さんも予測済みだったようで、わたしの反撃の一撃は軽く受け流されてしまった。
わたしの攻撃が躱されると、再び攻守が交代してまたお父さんが攻め始める。
そしてさっきと同じように隙が出来ればわたしが反撃して、お父さんがそれを躱し、またお父さんが攻め始める――。
そうして音を追い越す速さで繰り出されるわたしとお父さんの攻防はしばらくその繰り返しで、一向に勝負が動かなかった。
わたしとお父さんの力がぶつかり合う度に、行き場を無くしたエネルギーは衝撃波に変わって周りに飛び散っていく。
その衝撃波の威力は地形を簡単に変えるほどの力が乗っているけど、この特別実験室にミューダ様が施した魔術によって、その威力は全て吸収され、壁や床や天井には傷一つ付いていなかった。
幾度となく打ち合った時、わたしの一瞬の隙をお父さんは見逃さず、二人掛かりでわたしを挟むように襲い掛かってきた。だけど、わたしはそれを後ろ向きに跳躍して躱すと、遥か後方に着地してお父さんとの距離をとる。
「――ふ、ふふふ、素晴らしいぞ、ティンク! まさか二人がかりのワシの攻撃を『竜化』も無しに全て受け流すとは予想してなかったぞ!?」
「20年前であれば“竜化”しても防戦一方で反撃すらできなかったのじゃが……しっかり成長できてるようでワシは父として嬉しいぞ!」
二人のお父さんはそう言って、本当に嬉しそうに目を輝かせ、わたしの成長ぶりを喜んでくれた。
「ありがとうお父さん! ということは『合格』かな?」
「ああ、文句なしの『合格』じゃ! やはりお前をここに預けて正解じゃった!」
お父さんから『合格』を貰い、お父さんなりのわたしの実力を測る勝負は終わった。
勝負が終わって緊張感が途切れたことで、一気に力が抜けたわたしは「ハァ~」っと大きく一息吐いて、その場に座り込んだ。
疲れた……。今日色々あったせいかな? 疲れで体が重い。魔獣の討伐に怪しい二人組の男の相手、お父さんとの勝負。一日でこれだけ沢山の出来事があるなんて初めてじゃないかな?
座り込んで大きく呼吸を整えているわたしに、幻影を解いて一人に戻ったお父さんが「疲れたのか?」と心配そうに声をかけてきた。
わたしは「ちょっとね」と答え、今日あった出来事をお父さんに話した。
「なるほど、魔獣か……。また厄介なのを相手にしたものじゃな」
「ホントに厄介だったよ~。魔力量がかなりあったみたいでね、ティンクとセレスティア様とクワトルの3人がかりでも中々倒せなかったの」
「それは大変じゃったな。……本当ならこの後、竜化しての特訓でもしようかと考えていたのじゃが……。万全の状態で全力を出せた方が良い特訓になるじゃろうし、今日の所はここまでにしよう。今日はゆっくり休んで、竜化特訓は明日からにした方がいいじゃろう」
竜化特訓と聞いてわたしは途端にやる気が溢れてきた。「今すぐやりたい!」という感情がわたしの中に渦巻いたが、お父さんの言う通り竜化特訓をするなら万全の状態でした方が良い。
わたしは湧き上がってくる本能を抑えて、お父さんの言う通り特訓は明日まで我慢することにした。
「うん、分かったよお父さん。それじゃあ、食堂に行って一緒にご飯食べよ!」
わたしはそう言って立ち上がると、隅に置いていた荷物を回収し、お父さんの手を取って特別実験室を出た。そして、セレスティア様が待っている食堂に早足で向かった。