残酷な描写あり
40.商人証明書
コンコン――。
スペチオとモランの家族達が帰り、数日が経ったある日。
自室で作業に没頭していたセレスティアの耳に扉をノックする音が届く。
「入っていいわよ」
セレスティアが入室の許可を出すと、「失礼します」という言葉の後にアインが扉を開けて入って来た。
「アイン、何か用事かしら?」
作業の手を一旦止めたセレスティアは、アインの方を向いて用を訊ねる。
「はい、こちらを」
そう言って、アインは手に持っていた小さな筒をセレスティアに手渡した。アインから受け取った筒に見覚えがあるセレスティアは、直ぐに蓋を開けて中から一枚の手紙を取り出した。
「セレスティア様、差出人は?」
「オリヴィエからね」
「やはりそうでしたか」
セレスティアは手紙に目を通しながら、差出人の名をアインに教えた。それを聞いてアインも納得した様子で返事を返す。
アインが持って来た筒は、以前オリヴィエ・マイン公爵からの救援要請の手紙を運んできた伝書鳥が首からぶら下げていた筒と同じものであった。おそらくこの手紙を運んできたのもあの時と同じ鳥なのだろう。
だから筒を見ただけで、セレスティアとアインは手紙を目にする前から差出人の見当は付いていた。
「――なる程ね」
「セレスティア様、マイン公爵様は何と?」
「この前の魔獣討伐のお礼が用意できたから、明日それを持って来るみたいよ」
翌日。
手紙に書いてあった通り、オリヴィエ・マイン公爵を乗せた馬車がセレスティアの屋敷にやって来た。
玄関前に停車した馬車の扉が開くと、薄く明るい水色の髪色をしたメイド服の女性が姿を表した。女性は馬車から降りると、横に一歩下がり頭を下げる。それに続いて、マイン公爵が馬車から降りて来た。
それを出迎えたのは、アインとモランの二人だ。
「ようこそ、おいでくださいました。マイン公爵様」
アインがマイン公爵にお辞儀をすると、モランも続いてお辞儀する。
「セレスティア様は応接室でお待ちしています。モラン、私は馬車を置いて来るからあなたがマイン公爵様を案内しなさい」
アインはモランにそう言うと、フードを被った御者から馬車の手綱を預り、馬車を屋敷の裏へと置きに行った。
「それではご案内します。こちらへどうぞ」
モランはそう言ってメイドらしい凛々しい姿勢を崩さないように気を付けつつ、マイン公爵一行をセレスティアの待つ応接室まで案内する。
「セレスティア様、マイン公爵様をお連れしました」
モランが応接室の扉を開けると、そこには既にソファーに腰かけるセレスティアとミューダの姿があった。
マイン公爵が応接室に入ると、セレスティアは立ち上がりマイン公爵を歓迎する。
「いらっしゃい、オリヴィエ」
「久しぶりです、セレスティアさん。ミューダさんも」
「うむ、久しいなオリヴィエ」
お互い簡単に挨拶を交わすと、セレスティアとミューダの向かいのソファーにマイン公爵が腰掛ける。そしてその背後に、メイド服の女性とフードを被った御者が並ぶように立つ。
「そっちのメイド服の子は以前会ったことがあるわね」
「はい。マイン様御付きの専属侍女を務める“エイミー”と申します。お見知りおきを」
ペコリと頭を下げるエイミーと名乗る女性。
エイミーは鉱山の魔獣を討伐した後、セレスティアとマイン公爵が話し合いをした時にお茶を入れていた侍女だ。
その時にエイミーとセレスティアは直接会話をすることは無かった。そのためか、エイミーの表情には若干緊張の色が伺えた。
「それで、そっちのフードを被ったのは誰かしら?」
セレスティアは御者をしていたフードの人物に声をかける。フードを深く被っているためその人物の顔を伺うことが出来ない。
「私です。セレスティア殿」
そう言って御者がフードを取ると、中からライトグリーンの髪をした青年が顔を現した。
その顔を見てセレスティアは、その青年の名前を思い出すように口に出した。
「ああ、カールステンさんだったのね」
「お久しぶりです。魔獣の一件は本当にありがとうございました!」
セレスティアに頭を下げて感謝の言葉を述べたのは、マイン領主軍の参謀長を務めるカールステンだった。
そんなカールステンの言葉を、セレスティアは「お礼なんていいわよ」と軽く手を上げて流す。
これは別に冷たくしているわけではない。お礼の言葉は魔獣を討伐した時にカールステンからはもちろん、沢山の人から散々貰っていた。なのでセレスティアからすればお礼の言葉は既にお腹一杯になっていたのだ。
「ミューダさんは、彼等に合うのは初めてですね。彼は私の領主軍の参謀長を務める“カールステン”、彼女が私専属の侍女の“エイミー”です。二人とも、彼はセレスティア様の屋敷に居候している魔術師の“ミューダ”さんです」
「初めましてミューダ殿、ご紹介に預かったカールステンです。以後お見知りおきを」
「エイミーです」
「ミューダだ。よろしく」
ミューダ達が簡単に自己紹介を終えた所で、セレスティアはさっきから気になっていた事をマイン公爵に質問した。
「それより、なんでカールステンさんは顔を隠すようにフードを被っていたの? それにオリヴィエもどうして今回は馬車で、しかも、カールステンさんや侍女のエイミーを連れて来たのかしら? いつもなら馬に乗って一人でここに来ていたのに」
セレスティアの言うように、マイン公爵がセレスティアの屋敷を訪れる時は、いつもこっそりとお忍びでやって来て、他に誰かを連れて来ることなんて今まで一度もなかった。
だから、今回マイン公爵がカールステンやエイミーを連れて来た理由がセレスティアは分からなかった。
「それについては話せば長くなるので、後で説明します。先にこちらを」
そう言って、マイン公爵は懐から一枚の巻物を取り出した。
「お礼の品、『商人証明書』です」
セレスティアはマイン公爵から巻物を受け取ると、広げて中を確認する。
巻物には商人組合のシンボルマークである、手から滝のように溢れ落ちる硬貨の絵が背景としてでかでかと印刷されてあり、それがとても印象的だ。
その巻物には、「“ミーティア”は商人組合に所属する正式な商人であることを保証する」という文面が書かれており、文面の下には証人として商人組合支部長のサインと、マイン公爵のサインが記してあった。更にマイン公爵のサインの横には、マイン公爵家の印が押してある。
「これでセレスティアさん……いえ、ミーティアという人物は商人組合に所属する正式な商人となりました。更に私のサインも入れてあるので、身分を保証する物としては完璧です! これで、セレスティアさん達が八柱に疑われることもなくなるでしょう」
「ありがとうオリヴィエ、助かるわ。……それはそうと、その“八柱”って何かしら?」
「ああ、そういえばセレスティアさんにはまだ話していませんでしたか。 八柱とは、貿易都市を経営する8人の人物からなる組織の名前です。簡単に言えば、貿易都市の様々な決定権を所有する一番偉い人達ですね」
「えっ? 貿易都市を経営しているのは各国の宰相達だから、4人じゃないの?」
貿易都市は世界大戦が終結し結ばれた、『4ヵ国協力平和条約』によって造られたどの国にも属さない完全中立都市で、その貿易都市を経営しているのが各国の宰相達だと世間一般には知られている。
宰相は各国に一人しかいないので、貿易都市を経営している宰相は全員で4人のはずであった。
「それは一般に伝えられている情報です。まあ、実際に各国の宰相達が八柱のメンバーに入っているので嘘ではないですけど。ただ、宰相は立場上、自国の仕事を優先しないといけないので、貿易都市の経営に集中するのが難しいのです。なので、宰相達は貿易都市の経営に口を出せるだけであって、実質的に貿易都市の経営をしているのは、宰相ではない残りの4人なんです。そして私が調べたところによると、間違いなく八柱はセレスティアさん――いえ、正確にはミーティアという人物とそれと一緒にいた4人の正体を探るために動いていました」
マイン公爵の話を聞いて、セレスティアは納得していた。
貿易都市のトップがセレスティア達を探る為に動いてるなら、「貿易都市にいる時、常に誰かに見られている」とティンクが言っていた事の裏付けになったからだ。
「ということは、やはりあの中央塔に居た受付嬢は上に通じている者ということになるな。セレスティア達が怪しまれた原因は、受付嬢からの魔術的干渉を防いでしまった事しか考えられないからな」
「魔術的干渉をしてきた受付嬢ですか? もしかして……いえ、間違いない。その受付嬢ですけど、上に通じてるどころか、八柱の一人だと思います」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
「八柱のメンバーで各国の宰相4人以外の存在は、極一部の者しか知らない情報なのです。なので、今から話すことは他言無用でお願いします」
マイン公爵の言葉に、セレスティアとミューダは頷き返して同意を示す。
「宰相以外の4人は自分達の正体を隠すために、あえて普通に貿易都市で仕事をして生活しています。その内の一人が、中央搭の案内所の受付で働いている“ベル”という受付嬢です。八柱にはそれぞれ、能力や特徴で称号が付けられているのですが、ベルには『見透し』という称号が付けられています。ベルは『会話をした相手の心を見透す』という能力を持っていて、これが称号の由来になっています。魔術的干渉が可能な受付嬢なんて彼女しかいないでしょうから、間違いないでしょう」
更についでとばかりにマイン公爵は、残りの3人の正体と特徴についても説明した。
「残りの3人ですが、貿易都市警備隊の総隊長で『陽炎』の称号を持つ“イワン”という老将。管理棟の労働組合の職員で『智星』の称号を持つ“メール”という女性。名前と称号以外に誰も正体を知らない『隠者』の称号を持つ“ツキカゲ”という男。そして先程のベルを含めたこの4人と、各国の宰相4人を合わせた8人が八柱のメンバーになります」
……驚いた。セレスティアは本当にそれ以外の言葉が見つからなかった。
まさかここで、最近知り合った人物の名前を聞くことになるとは思いもしていなかったからだ。
「まさか、メールも八柱の一人だったなんて……」
「えっ、セレスティアさんメールを知っているのですか?」
知っているもなにも、セレスティアが求人募集を出した時にその担当したのがメールであった。
セレスティアはその事を、マイン公爵に説明する。
「まさか……偶然とはいえ、セレスティアさんが既に八柱の二人に出会っていたとは驚きました」
マイン公爵の言う通り、セレスティアがベルとメールの二人に出会ったのは本当に偶然であった。
だがこの事実を知ったセレスティアは、ある一つの疑問に結論を見いだしていた。
それは、中央塔でベルに出会ってからセレスティア達に監視の目が付くまでの早さだ。
セレスティア達に監視の目が付いたのは、ティンクの証言によると、ニーナ達と仕事を得る為に再び労働組合に行った後かららしい。
ということは、セレスティア達がベルと会ってから監視の目が付くまで、僅か一日という早さであった。
ベルに会った時セレスティアは名前を名乗っておらず、話したことと言えば、求人募集を出しに来て、連れの4人の仕事を探しに来たという事ぐらいである。それにセレスティア達は見た目は普通のローブを着ていたので、目立つ格好という訳でも無かった。
つまりベルだけの情報では、あの広い貿易都市の中からセレスティア達を僅か一日で特定するのは不可能に近かった。
だが、その八柱のメンバーにメールが居たなら話は別だ。メールはセレスティアが名乗った偽名と格好、貿易都市に来た目的の情報を持っていた。そこにベルの情報を合わせて時間軸的に考えれば、『ベルの魔術的干渉を防いだ人物=メールが対応した求人募集を出しに来たミーティアという女性』と直ぐに気付くだろう。
そうなると当然、セレスティアと一緒に居たニーナ達の情報も共有されることになり、ニーナ達が再び労働組合を訪れた時に、メールの指示でニーナ達に監視を付けさせた。
そう考えれば、僅か一日で監視の目が付いた事にも説明がつく。
とりあえず次に貿易都市に行く時は、商人証明書があるからと油断せず、八柱のメンバーにはなるべく接触しないように慎重に行動しなくてはいけない。そしてもし、接触してしまったとしても『ミーティア=淵緑の魔女』と気付かれないように、細心の注意を払わなければいけないと、セレスティアは改めて心に硬く誓うのだった。
スペチオとモランの家族達が帰り、数日が経ったある日。
自室で作業に没頭していたセレスティアの耳に扉をノックする音が届く。
「入っていいわよ」
セレスティアが入室の許可を出すと、「失礼します」という言葉の後にアインが扉を開けて入って来た。
「アイン、何か用事かしら?」
作業の手を一旦止めたセレスティアは、アインの方を向いて用を訊ねる。
「はい、こちらを」
そう言って、アインは手に持っていた小さな筒をセレスティアに手渡した。アインから受け取った筒に見覚えがあるセレスティアは、直ぐに蓋を開けて中から一枚の手紙を取り出した。
「セレスティア様、差出人は?」
「オリヴィエからね」
「やはりそうでしたか」
セレスティアは手紙に目を通しながら、差出人の名をアインに教えた。それを聞いてアインも納得した様子で返事を返す。
アインが持って来た筒は、以前オリヴィエ・マイン公爵からの救援要請の手紙を運んできた伝書鳥が首からぶら下げていた筒と同じものであった。おそらくこの手紙を運んできたのもあの時と同じ鳥なのだろう。
だから筒を見ただけで、セレスティアとアインは手紙を目にする前から差出人の見当は付いていた。
「――なる程ね」
「セレスティア様、マイン公爵様は何と?」
「この前の魔獣討伐のお礼が用意できたから、明日それを持って来るみたいよ」
翌日。
手紙に書いてあった通り、オリヴィエ・マイン公爵を乗せた馬車がセレスティアの屋敷にやって来た。
玄関前に停車した馬車の扉が開くと、薄く明るい水色の髪色をしたメイド服の女性が姿を表した。女性は馬車から降りると、横に一歩下がり頭を下げる。それに続いて、マイン公爵が馬車から降りて来た。
それを出迎えたのは、アインとモランの二人だ。
「ようこそ、おいでくださいました。マイン公爵様」
アインがマイン公爵にお辞儀をすると、モランも続いてお辞儀する。
「セレスティア様は応接室でお待ちしています。モラン、私は馬車を置いて来るからあなたがマイン公爵様を案内しなさい」
アインはモランにそう言うと、フードを被った御者から馬車の手綱を預り、馬車を屋敷の裏へと置きに行った。
「それではご案内します。こちらへどうぞ」
モランはそう言ってメイドらしい凛々しい姿勢を崩さないように気を付けつつ、マイン公爵一行をセレスティアの待つ応接室まで案内する。
「セレスティア様、マイン公爵様をお連れしました」
モランが応接室の扉を開けると、そこには既にソファーに腰かけるセレスティアとミューダの姿があった。
マイン公爵が応接室に入ると、セレスティアは立ち上がりマイン公爵を歓迎する。
「いらっしゃい、オリヴィエ」
「久しぶりです、セレスティアさん。ミューダさんも」
「うむ、久しいなオリヴィエ」
お互い簡単に挨拶を交わすと、セレスティアとミューダの向かいのソファーにマイン公爵が腰掛ける。そしてその背後に、メイド服の女性とフードを被った御者が並ぶように立つ。
「そっちのメイド服の子は以前会ったことがあるわね」
「はい。マイン様御付きの専属侍女を務める“エイミー”と申します。お見知りおきを」
ペコリと頭を下げるエイミーと名乗る女性。
エイミーは鉱山の魔獣を討伐した後、セレスティアとマイン公爵が話し合いをした時にお茶を入れていた侍女だ。
その時にエイミーとセレスティアは直接会話をすることは無かった。そのためか、エイミーの表情には若干緊張の色が伺えた。
「それで、そっちのフードを被ったのは誰かしら?」
セレスティアは御者をしていたフードの人物に声をかける。フードを深く被っているためその人物の顔を伺うことが出来ない。
「私です。セレスティア殿」
そう言って御者がフードを取ると、中からライトグリーンの髪をした青年が顔を現した。
その顔を見てセレスティアは、その青年の名前を思い出すように口に出した。
「ああ、カールステンさんだったのね」
「お久しぶりです。魔獣の一件は本当にありがとうございました!」
セレスティアに頭を下げて感謝の言葉を述べたのは、マイン領主軍の参謀長を務めるカールステンだった。
そんなカールステンの言葉を、セレスティアは「お礼なんていいわよ」と軽く手を上げて流す。
これは別に冷たくしているわけではない。お礼の言葉は魔獣を討伐した時にカールステンからはもちろん、沢山の人から散々貰っていた。なのでセレスティアからすればお礼の言葉は既にお腹一杯になっていたのだ。
「ミューダさんは、彼等に合うのは初めてですね。彼は私の領主軍の参謀長を務める“カールステン”、彼女が私専属の侍女の“エイミー”です。二人とも、彼はセレスティア様の屋敷に居候している魔術師の“ミューダ”さんです」
「初めましてミューダ殿、ご紹介に預かったカールステンです。以後お見知りおきを」
「エイミーです」
「ミューダだ。よろしく」
ミューダ達が簡単に自己紹介を終えた所で、セレスティアはさっきから気になっていた事をマイン公爵に質問した。
「それより、なんでカールステンさんは顔を隠すようにフードを被っていたの? それにオリヴィエもどうして今回は馬車で、しかも、カールステンさんや侍女のエイミーを連れて来たのかしら? いつもなら馬に乗って一人でここに来ていたのに」
セレスティアの言うように、マイン公爵がセレスティアの屋敷を訪れる時は、いつもこっそりとお忍びでやって来て、他に誰かを連れて来ることなんて今まで一度もなかった。
だから、今回マイン公爵がカールステンやエイミーを連れて来た理由がセレスティアは分からなかった。
「それについては話せば長くなるので、後で説明します。先にこちらを」
そう言って、マイン公爵は懐から一枚の巻物を取り出した。
「お礼の品、『商人証明書』です」
セレスティアはマイン公爵から巻物を受け取ると、広げて中を確認する。
巻物には商人組合のシンボルマークである、手から滝のように溢れ落ちる硬貨の絵が背景としてでかでかと印刷されてあり、それがとても印象的だ。
その巻物には、「“ミーティア”は商人組合に所属する正式な商人であることを保証する」という文面が書かれており、文面の下には証人として商人組合支部長のサインと、マイン公爵のサインが記してあった。更にマイン公爵のサインの横には、マイン公爵家の印が押してある。
「これでセレスティアさん……いえ、ミーティアという人物は商人組合に所属する正式な商人となりました。更に私のサインも入れてあるので、身分を保証する物としては完璧です! これで、セレスティアさん達が八柱に疑われることもなくなるでしょう」
「ありがとうオリヴィエ、助かるわ。……それはそうと、その“八柱”って何かしら?」
「ああ、そういえばセレスティアさんにはまだ話していませんでしたか。 八柱とは、貿易都市を経営する8人の人物からなる組織の名前です。簡単に言えば、貿易都市の様々な決定権を所有する一番偉い人達ですね」
「えっ? 貿易都市を経営しているのは各国の宰相達だから、4人じゃないの?」
貿易都市は世界大戦が終結し結ばれた、『4ヵ国協力平和条約』によって造られたどの国にも属さない完全中立都市で、その貿易都市を経営しているのが各国の宰相達だと世間一般には知られている。
宰相は各国に一人しかいないので、貿易都市を経営している宰相は全員で4人のはずであった。
「それは一般に伝えられている情報です。まあ、実際に各国の宰相達が八柱のメンバーに入っているので嘘ではないですけど。ただ、宰相は立場上、自国の仕事を優先しないといけないので、貿易都市の経営に集中するのが難しいのです。なので、宰相達は貿易都市の経営に口を出せるだけであって、実質的に貿易都市の経営をしているのは、宰相ではない残りの4人なんです。そして私が調べたところによると、間違いなく八柱はセレスティアさん――いえ、正確にはミーティアという人物とそれと一緒にいた4人の正体を探るために動いていました」
マイン公爵の話を聞いて、セレスティアは納得していた。
貿易都市のトップがセレスティア達を探る為に動いてるなら、「貿易都市にいる時、常に誰かに見られている」とティンクが言っていた事の裏付けになったからだ。
「ということは、やはりあの中央塔に居た受付嬢は上に通じている者ということになるな。セレスティア達が怪しまれた原因は、受付嬢からの魔術的干渉を防いでしまった事しか考えられないからな」
「魔術的干渉をしてきた受付嬢ですか? もしかして……いえ、間違いない。その受付嬢ですけど、上に通じてるどころか、八柱の一人だと思います」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
「八柱のメンバーで各国の宰相4人以外の存在は、極一部の者しか知らない情報なのです。なので、今から話すことは他言無用でお願いします」
マイン公爵の言葉に、セレスティアとミューダは頷き返して同意を示す。
「宰相以外の4人は自分達の正体を隠すために、あえて普通に貿易都市で仕事をして生活しています。その内の一人が、中央搭の案内所の受付で働いている“ベル”という受付嬢です。八柱にはそれぞれ、能力や特徴で称号が付けられているのですが、ベルには『見透し』という称号が付けられています。ベルは『会話をした相手の心を見透す』という能力を持っていて、これが称号の由来になっています。魔術的干渉が可能な受付嬢なんて彼女しかいないでしょうから、間違いないでしょう」
更についでとばかりにマイン公爵は、残りの3人の正体と特徴についても説明した。
「残りの3人ですが、貿易都市警備隊の総隊長で『陽炎』の称号を持つ“イワン”という老将。管理棟の労働組合の職員で『智星』の称号を持つ“メール”という女性。名前と称号以外に誰も正体を知らない『隠者』の称号を持つ“ツキカゲ”という男。そして先程のベルを含めたこの4人と、各国の宰相4人を合わせた8人が八柱のメンバーになります」
……驚いた。セレスティアは本当にそれ以外の言葉が見つからなかった。
まさかここで、最近知り合った人物の名前を聞くことになるとは思いもしていなかったからだ。
「まさか、メールも八柱の一人だったなんて……」
「えっ、セレスティアさんメールを知っているのですか?」
知っているもなにも、セレスティアが求人募集を出した時にその担当したのがメールであった。
セレスティアはその事を、マイン公爵に説明する。
「まさか……偶然とはいえ、セレスティアさんが既に八柱の二人に出会っていたとは驚きました」
マイン公爵の言う通り、セレスティアがベルとメールの二人に出会ったのは本当に偶然であった。
だがこの事実を知ったセレスティアは、ある一つの疑問に結論を見いだしていた。
それは、中央塔でベルに出会ってからセレスティア達に監視の目が付くまでの早さだ。
セレスティア達に監視の目が付いたのは、ティンクの証言によると、ニーナ達と仕事を得る為に再び労働組合に行った後かららしい。
ということは、セレスティア達がベルと会ってから監視の目が付くまで、僅か一日という早さであった。
ベルに会った時セレスティアは名前を名乗っておらず、話したことと言えば、求人募集を出しに来て、連れの4人の仕事を探しに来たという事ぐらいである。それにセレスティア達は見た目は普通のローブを着ていたので、目立つ格好という訳でも無かった。
つまりベルだけの情報では、あの広い貿易都市の中からセレスティア達を僅か一日で特定するのは不可能に近かった。
だが、その八柱のメンバーにメールが居たなら話は別だ。メールはセレスティアが名乗った偽名と格好、貿易都市に来た目的の情報を持っていた。そこにベルの情報を合わせて時間軸的に考えれば、『ベルの魔術的干渉を防いだ人物=メールが対応した求人募集を出しに来たミーティアという女性』と直ぐに気付くだろう。
そうなると当然、セレスティアと一緒に居たニーナ達の情報も共有されることになり、ニーナ達が再び労働組合を訪れた時に、メールの指示でニーナ達に監視を付けさせた。
そう考えれば、僅か一日で監視の目が付いた事にも説明がつく。
とりあえず次に貿易都市に行く時は、商人証明書があるからと油断せず、八柱のメンバーにはなるべく接触しないように慎重に行動しなくてはいけない。そしてもし、接触してしまったとしても『ミーティア=淵緑の魔女』と気付かれないように、細心の注意を払わなければいけないと、セレスティアは改めて心に硬く誓うのだった。