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作者: 山のタル
残酷な描写あり
48.幽霊の正体
「それで、その幽霊を我が何とかすればいいのだな?」
 
 その日の夜、新しく購入した拠点となる家に転移してきたミューダが私に確認してくる。
 家を購入して私がまず行ったのは、屋敷とこの家を繋ぐ転移陣の作成だ。転移陣とは、転移魔術を組み込んだ陣の事で、最初に貿易都市を訪れた時、屋敷に帰るために使った大きいスクロールに描かれていた魔法陣がそれだ。
 家の奥の一部屋を転移用の部屋にして中に転移陣を作製した私は、ミューダに連絡をして屋敷の方にも同じ転移陣の作製を頼んだ。そしてミューダには仕上げとして、私が作成した転移陣とミューダが作成した転移陣の2つを接続リンクしてもらった。これによって2つの転移陣同士が繋がったので、屋敷と拠点用の家をいつでも自由に行き来することが可能になった。
 そしてミューダに事情を詳しく説明して、夜になってから拠点に来てもらったという訳だ。
 
「そういうこと。……ティンク監視の目はどうかしら?」
「大丈夫だよセレスティア様。家の外には誰もいないみたい。というより、ティンク達がこの家を見に来た辺りから監視の目がいきなり無くなって、今もそのままみたいだよ」
 
 ティンクの話では、エイラードさんとこの家を見に来た時から、それまでずっと私達を見ていた監視の目が突然無くなったらしい。何故監視の目が無くなったかは分からないが、何はともあれこれは好都合だった。監視の目が戻って来る前に、幽霊の件を片付けてしまおう。という訳で、私達は急いで裏庭の馬小屋に移動した。
 
 
 
 今日の夜は雲一つ無い満月だった。大きく肥大化した月から放たれる月明かりは、夜にも関わらず世界を明るく照らしている。
 そんな月明かりの中に照らし出された馬小屋は舞台のセットのように美しく見えるが、馬小屋の中に生物の気配が一つも無いことが逆に奇妙な不気味さを漂わせていた。
 
「どうミューダ、何か感じる?」
「ふむ……いるな。わずか……そう、ほんのわずかだ。いると思って探さなければ気付きもしない程に小さいほんのわずかだが、馬小屋の中に二つ気配がある」
 
 昼間来た時も今も私は何も気配を感じないが、ミューダはしっかりと何かの気配を感じる事が出来ているみたいだ。
 幽霊に気配なんてあるのかと思うかもしれないが、実はある。ただし、幽霊の気配は生き物の気配とは本質が異なる。生き物の気配は生き物が持っている物理的な魔力の事なのだが、幽霊の気配は魂が持つ霊魂スピリチュアル的な思念の事なのだ。
 そしてその霊魂の気配を敏感に感知できるのは、多分世界中を探してもミューダぐらいしかいない。というのも、幽霊の気配を感じ取るには魔術が使える事に加えて、魂に干渉する最低限の基礎技術が無いとだめなのだ。そして魂に干渉する技術を研究をしているのは、おそらく世界でただ一人、ミューダだけだ。
 私とティンクは一応ミューダからその基礎技術を教わったりしたので、大きな気配なら感じることは出来るが、所詮は基礎止まりで終わってしまったので、センサーがミューダのように敏感じゃない。だから私やティンクは今回のような小さな気配は、ミューダと同じように感じ取ることは出来ない。
 
 気配を頼りに馬小屋に入るミューダの後に続いて、私達も馬小屋の中に入る。満月の明かりが窓から差し込んでいたので、照明が無くても中の様子はしっかり目視できる程には明るかった。
 私は中を隈なく見渡してみるが、昼に来た時と同じで変わった様子はなく、何かがいるような感じはしなかった。
 
「ミューダ、本当にいるの?」
「ああ、あそこだ」
 
 そう言ってミューダが指差したのは、調教師とその愛馬を祀ったお墓だった。
 私は目を凝らしてよく観察してみたが、やはり何も感じる事が出来なかった。ティンクも私の真似をして目を凝らしていたが、同じく感じることは出来なかったようで「わかんないー!」と声を上げていた。
 
「私も分からないわ」
「どうやらまだ力が溜まっていない様だな。……よし、我が少し手を貸すとするか」
 
 ミューダはそう言ってお墓に近付く。ここはミューダに任せて、私達は成り行きを大人しく見守ることにした。
 ミューダはお墓の前で立ち止まると、目の前の虚空に向かって手をかざす。
 
 『この者達に月の加護を!』
 
 ミューダが一言呪文を唱えると、窓から差し込んでいた月光が突然方向を変えて、ミューダのかざした手の平に集まっていく。ミューダの手の平に集まる光は次第に大きく、形も球体になる。それはまるで、満月をそのまま手の平に収まるぐらいに小さくしたみたいだった。やがて光を集め終えると、そこにはミニチュアの満月が完成していた。
 そしてミニチュアの満月はひとりでにお墓の上に移動すると、ピカッと一瞬強い光を発した。
 するとミニチュアの満月に細かいヒビがピシピシと勢い良く走り、次の瞬間、粉々に砕けてキラキラとした大量の粒子が空中を舞う。
 空中に散らばった粒子はまたすぐに集まると、二つの異なる形を形成し始める。そして全ての粒子が集まった時そこにあったのは、二つの光るシルエットだった。
 一つは私と同じ背丈の人の形をしており、もう一つが大きな馬の形をしていた。それを見て私は確信した。これが、夜な夜なこの家を走り回る調教師とその愛馬の幽霊だと。
 
 今ミューダがしたのは、幽霊を強制的に実体化させる術だ。
 ミューダ曰く幽霊とは、生物が死の間際に残した強い意思が魂に宿り肉体から離れた後、特殊な力によってその意思のエネルギーが増幅されて実体化したものらしい。そしてその特殊な力というのが、月の光なのだ。月の光には特殊な波長があり、これが強い意思を宿した魂と共鳴することで、魂に宿った意思のエネルギーが増幅される。そしてその増幅されたエネルギーで生前の姿を纏い実体化するのだ。
 ただし、魂が実体化できるのは月の光がある夜だけで、日が昇れば月の光を失った魂は実体化を保てなくなって姿を消す。昔から幽霊は夜中に現れると言われているのはこれが理由である。
 ミューダは月の光を集めて、それを調教師と愛馬の魂に注ぐことで強制的に実体化させたのだ。
 
 調教師の幽霊は実体化するとすぐにキョロキョロと辺りを見渡したり、自分の手や体をまじまじと見つめる動きをしている。馬の幽霊も辺りを見渡し、突然実体化したので状況が呑み込めずに困惑しているようだった。
 
「ふむ、意識はしっかりしているようだな。とりあえず我が話をつける。その後どうするかはセレスティアに任せるぞ」
「ええ、お願いミューダ」
 
 実体化といっても、それは月の光で増幅したエネルギーを纏っているだけでしかなく、本物の肉体を得たわけではない。そのため幽霊には声帯が無く、幽霊と直接会話をする事は出来ない。
 しかし、魂に干渉する研究をしていたミューダは、魂だけの存在と会話できる術を作り上げていた。だからミューダは幽霊と会話をする事が出来るのだ。
 
「……。…………。………………」
 
 ミューダは幽霊の前に立つと意思の疎通を図る。幽霊には声帯が無いので、会話は魂に思念を直接送って行うそうだ。
 そして幽霊との会話している姿を傍から見れば、無言で一点を見つめ突っ立ているので中々にシュールだった。
 
「……なる程、事情は把握した」
 
 しばらくすると話がついたようで、ミューダが戻って来た。
 
「どうだった?」
「ふむ、調教師の幽霊は『シモン』、その愛馬は『チェリー』という名前らしい」
「……は?」
 
 ミューダの返しに私は一瞬困惑して、つい間抜けな声を出してしまった。
 そして抜け出た思考が頭に戻ってくると、私はわなわなと体を震わせ握りこぶしを作る。
 
「あのねぇミューダ~、私が聞きたいのは、そうじゃないのよ……!」
「冗談だ。そう怒るなセレスティア」
 
 まったく、この男ときたら! 普段から冗談を言うキャラじゃないくせに、たまにこうやって突発的に冗談を言うもんだからややこしい。
 しかし私も慣れたもので、頭を軽く振ってすぐに思考を切り替える。
 
「……それで、どうだったの?」
「このシモンとチェリーの意思はほぼ同じものだった」
「それは?」
「シモンの方は、『チェリーと共にもう一度走り回りたかった!』。そしてチェリーの方は『シモンを乗せてもう一度駆け回りたかった!』という強い意思を残して死んだようだ。つまり……」
「つまり?」
「こいつらは『願望と後悔』を残して死んだが、それは『恨み』などではなかった。こいつらが現れても、家中を駆け回るだけで人を襲わなかったのはそれが理由だ」
 
 幽霊とは死ぬ間際に残した強い意思が魂に残った結果生まれる存在だ。そして、人が死ぬときに残す意思で最も強いものといえば、『恨み』という強力な感情だ。
 『恨み』によって生まれた幽霊は魂に宿ったエネルギーが強力すぎるため、実体化する際にエネルギーが膨大に膨れ上がり擬似的な肉体を作り上げてしまうことが多い。そして幽霊の大半がその『恨み』によって生まれ、感情の赴くままに行動する。だからこそ、幽霊の多くは人を襲うのだ。
 
 しかしこのシモンとチェリーは、それとは違う特殊な幽霊だった。『願望と後悔』によって生まれた彼らの力は、『恨み』などより強いものではなく、実体化しても肉体を持つことは無い。だからこそ、自分達がやり残したことをするだけの無害な幽霊だったのだ。そしてそんな幽霊は、しばらく時間が経てばエネルギーを使い果たして自然に消える儚い幽霊。……の、はずだった。
 
「しかし、こいつらの魂に残した意思は偶然にも同じもので、更に言えばどちらが欠けても成立しない願いだった。だからこそ奇跡が起きたのだろうな……。こいつらの魂は二つでありながら、エネルギーを共有しているのだ。その結果、しばらくすれば自然に消えるはずだったこいつらは、100年以上経っても未だに消えることなく彷徨っていられたのだ。……だが、それも終わりに近い。こいつらに残ったエネルギーはもうじき底を尽き、近い内に消滅するだろう」
 
 ミューダの説明は、エイラードさんから聞いた幽霊の特徴と一致しているので、間違いはなさそうだ。そして幽霊は襲って来ることは無くいし、しばらくすれば消えるという事らしいので、無理に私達がどうこうしなくても、放置しておけば解決しそうだった。
 
「……で、どうするセレスティア?」
 
 突然、ミューダがおかしなことを聞いてきた。
 
「どうって?」
「こいつらのことだ。あと数ヵ月かそこらでこいつらは完全に消滅する。その前に、何か手を打たないのか?」
 
 ミューダの言っている意味が分からない。このシモンとチェリーという幽霊はしばらくすれば成仏して消滅するのだから、私達が何かしてやることは何も無いはずだ。自然に消えるなら、それが一番良いのだから。
 しかし、ミューダの考えはどうも違うようだ。今の言葉のニュアンスだと、まるで「シモンとチェリーが消えてしまう前に助けないのか?」と、そう言っているように聞こえる。
 
「ミューダ、あなたは……この二人を助けるつもりなの?」
「ん? ……そう聞こえなかったのか?」
 
 ミューダは「何を当たり前なことを聞いているんだ」と言うような顔を私に向けてくる。
 
「何故助けるの? この幽霊はもうすぐ成仏して消えるのでしょう? なら、私達がわざわざ助ける必要は無いんじゃないかしら?」
「えっ? ……あ、あ~あ、そういうことか」
 
 ミューダが何かを察したように、わざとらしく頭に手を当てる仕草をして、まるで哀れな者を見るような目で私を見てくる。
 ……なんだか腹立つ。私は無意識の内にミューダの顔面に拳をかましていた。
 
「うおぅ!?」
「チッ、外したか……」
 
 しかし、ミューダは私の拳をギリギリのところで回避した。……おしい!
 
「いきなり何をするセレスティア?!」
「いや~、なんだかムカついちゃって……。ねえ、ミューダ? よければ何が分かったのか、哀れな私にご教授してくれないかしらぁ?」
「わ、わかった! ちゃんと教えるから、拳を鳴らしながら近寄るな!」
 
 私のムカムカはまだ収まりつかないが、ここでまた突っ掛かっても話が進まないので、とりあえず拳は下ろすことにした。……但し、拳は握ったままだ。
 それを見たミューダはコホンッと咳払いをして、言葉を慎重に選んで話始めた。
 
「どうやら我とセレスティアの間に認識のズレがあったようだな。我は消滅と言ったが、セレスティアはそれを成仏と勘違いしていたようだ」
「幽霊が消滅する=イコール成仏じゃないの?」
 
 幽霊が消滅するということは魂に残したエネルギーを使い果たす、つまり未練を晴らしたという事だから成仏ということだと思っていたが、ミューダが言うには違うらしい。
 
「現象としては同じものだが、原理が違うのだ。確かに死ぬ間際に魂に残した意思、つまり未練を果たせれば魂は成仏して消滅する。だが、こいつらは違う。こいつらはまだ未練を果たせてはいないのだ。そして、未練が残っていようがいまいが、エネルギーは有限であって無限ではない。こいつらはこのままでは、未練を果たすことなくエネルギーを使い果たして消滅する。それは成仏とは言えないのだ。そうなれば、こいつらがあまりにも不憫ではないか……」
 
 なるほど、つまりミューダは同情したのだ。この二人の幽霊に。だからミューダは私に「助けないのか?」と聞いてきたのだ。
 私としても、事情が分かったなら話は別だ。ミューダの言う通り、未練を残したまま死ぬのはあまりにも不憫だ。私だって研究を果たせずに死んだなら、未練と後悔が強く残るだろう……。
 そう思えば、この二人を何とかしたいと思えてくる。ミューダも多分、同じことを思ったのだろう。長い付き合いだし分野は違えど同じ研究者だから、ミューダの気持ちは分かる。
 
「……分かったわ。何とかしましょう」
「すまない。助かる」
「それで、どうやって助けるの? もちろん、何か考えがあるのでしょう?」
「ああ。こいつらを助けるのは我とセレスティアの力があれば簡単だ。こいつらを、にしてやればいいのだ!」
 
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