残酷な描写あり
47.訳あり物件
エイラードさんの案内で、私達は東の居住区画の外れに来ていた。
「これが、例の訳あり物件ですか……?」
「ああ、そうだ」
私の目の前には広い庭を持つ大きな家が建っている。立派な門と丈夫な鉄柵に囲まれた家は見取り図で見るよりも大きく感じ、民家というよりは貴族の別荘と表現する方が正しいと思うくらいの佇まいだった。
エイラードさんは手にした鍵で門の鍵をカチャリと開けると中に入って行く。私達もエイラードさんに続くようにして中へ足を踏み入れた。
門から玄関までは少し距離があり、歩くと十数秒はかかる。その少しの時間に、私は庭をよく観察してみた。
今私達が歩いている門と玄関を結ぶ道は、石のブロックを綺麗に敷き詰めて整地してある。それ以外の庭全てには、丁寧に切り揃えられた芝が青々と生えていて、まるで草の絨毯のように美しい景観をしていた。
家の周りは花壇になっている。残念ながら今は花が植えられておらず、土肌が露になっている。だがしかし、この花壇に色とりどりの花を植えたなら、家を美しく飾り付けてくれるアクセントになることだろう。
そんな分析をしていると、あっという間に玄関に辿り着いた。ジャラジャラと沢山の鍵がぶら下がる中から、先程門を開けたのと違う鍵を掴んで玄関を開けるエイラードさん。
エイラードさんに続き玄関に入ると、装飾品の類が何も置かれていない地味で飾り気の無い広い空間が私達を出迎えた。
玄関の先は広い廊下になっていて、廊下の左右の壁にはランプを引っ掛ける鉤が並んでいる。しかし今は誰も住んでいないので鉤にはランプが一つも掛かっておらず、昼間だというのに廊下は不気味な薄暗さに飲み込まれていた。
廊下は真っ直ぐ奥に延びていて、突き当りでTの字になっている。Tの字の左右に延びる廊下には窓があるので、玄関近くの場所よりも廊下が明るくなっていた。そしてTの字の正面には、二階に続く階段があった。
エイラードさんの案内で一階の各部屋を見て回った私達は、その階段を昇り二階へと足を運ぶ。二階の廊下には一階よりも大きな窓が並んでいて、一階の廊下よりも多くの日の光が差し込むため廊下全体が明るかった。
そのまま二階の各部屋も案内してもらったが、そこで気付いたことがあった。この家は長い間誰も住んでいないらしいので、家具や生活必需品の殆どが無いことは、事前にエイラードさんから聞いていた。しかし長い間誰も住んでいないという割には、家の何処にも蜘蛛の巣が張ってあったり、床や天井に穴が開いていたり、窓が割れていたり、扉の立て付けが悪い等といった手入れされてない廃墟な感じが一切無く、むしろ昨日まで誰かが暮していたかの様に不自然なまで手入れが行き届いていた。
その事が気になって、エイラードさんに聞いてみると。
「エイラードさん、この家、長い間誰も住んでいないという割には手入れが行き届きすぎていないかしら?」
「そりゃそうだ、訳あり物件といっても売り物だからな。いつでも売り渡せるように定期的に手入れしておくのは、売り手として当然だろう?」
なるほど、その通りだ。いくら訳ありの物といっても売り物には違いないのだから、いつでも売れる最良の状態にしておくのは売り手として当然の義務だ。
更にエイラードさんは詳しく説明してくれたが、その手入れを行っていたのはなんと、ニーナが働いている『美化清掃員』だった。ニーナに確認すると、「美化清掃員は貿易都市を美しく保つ事が仕事で、中には家の手入れや清掃を受け持つ専門の美化清掃員がいると聞いています。まあ、私は都市全体の専門で担当が違うので会ったことはありませんが」ということらしい。
エイラードさんの話を聞いて「家の清掃をするのも楽しそうですわね!」とニーナが変にやる気を出していたので、無理のない範囲で仕事の幅を広げることを許可する事にした。
「ふむ、でしたら僕も負けていられませんね。今は無休で朝から晩まで仕事を入れていますが、今度、労働組合で晩から朝までで働ける新しい仕事を探してみましょう!」
「いや、休みは取りなさい!」
いくら特殊なゴーレム化を施されていて肉体疲労が少ないとはいえ、休み無しでは精神が持たなくなる。
サムスは基本的に仕事人間なので、注意しなければいつまでも仕事をしていることがある。私はサムスの思い付きを全力で一蹴して、ニーナにもサムスのように仕事に熱中して働き過ぎる事がないように釘を刺しておいた。
そうあいて屋敷の中を一通り見て回った私達は、次に裏庭にやって来た。この家の裏庭は、私の屋敷の裏庭とほぼ同じぐらい広かった。違う所があるとすれば、こっちの裏庭には家庭菜園の畑が無く、代わりに大きく立派な馬小屋があったことぐらいだろう。
「あれが、例の馬小屋ですか?」
私の質問に、エイラードさんは頷いて答える。
この物件は一見すれば破格の格安優良物件で、普通ならすぐにでも購入希望者が殺到してもおかしくない。しかし実際は、未だに購入希望者が現れずに売れ残っている。それは最初にエイラードさんが言ったように、この家がとんでもない訳あり物件だからだ。そして、裏庭にあるこの立派な馬小屋がその原因なのだという。
エイラードさんの話によると、事の始まりは世界大戦の時まで遡る。
貿易都市がまだブロキュオン帝国の軍事拠点だった頃、この場所周辺の一帯は、数百頭もの帝国軍の軍馬を管理する巨大な馬小屋があったそうだ。
しかしある日の夜、馬小屋から火の手が上がった。後の調べでは照明に使われていた蝋燭が出火原因だったらしい。火は枯草に次々と燃え移り、瞬く間に馬小屋を飲み込んだ。調教師たちは総出で軍馬の救出活動を行い、馬小屋に残っていた軍馬を救い出すことに成功した。一人の調教師とその調教師の愛馬を除いて……。
犠牲になった調教師には相棒とも呼べる愛馬がいたが、火事の前日に脚を負傷してしまい馬小屋の奥で療養中だった。調教師はその愛馬を助けに行ったが、激しい炎の中に愛馬と共に取り残されてそのまま命を落としてしまったらしい。
やがて世界大戦が終結し、貿易都市が完成した。そしてとある富豪貴族が馬小屋跡地、この場所に立派な別荘を建てた。だが別荘が建ってしばらくしたある時、異変が起きた。月の出た夜に馬の嘶きと共に、馬に跨った幽霊が家の中や庭を縦横無尽に闊歩するようになったのだ。
不気味に思った貴族はすぐ神官に除霊を依頼したが、いくら除霊しても霊が消えることはなく、とうとう貴族は別荘を売りに出してしまった。
それから家主は何回も変わったが、全員が付きの出た夜に出没する幽霊に頭を悩ませた。ある者は術者を雇って幽霊と対峙させたが、全く効果はなかった。またある者は馬小屋全焼の話を聞いて、犠牲になった彼等を供養するために馬小屋を建て直して、供養のための墓石も建てたりしたが、これも全く効果がなかった。
そんなことが何回も続いて、やがて誰もこの家に住もうとする物好きがいなくなったそうだ。
私はエイラードさんの説明を聞きながら馬小屋の中を調べた。
馬小屋は帝国軍の拠点時代の物と比べればかなり小さくなっているらしいが、それでも数十頭を飼育するのに十分な広さがあった。ただ、今は飼う馬もいないので中はガランとしており、吹き抜ける風がその寂しさを物語っていた。
馬小屋の照明には火事の原因となった蝋燭ではなく、火事の心配がない魔石ランプが新しく採用されている。そして馬小屋の奥には、例の調教師とその愛馬を祀った墓石が設置されていた。
一通り馬小屋を確認してみたが、おかしな所は特に見当たらず、怪しい気配も感じなかった。
「エイラードさん、訳ありというのは本当にその幽霊の事だけなんですよね?」
「そうだ」
「幽霊に襲われたりはするのかしら?」
「わしは直接見たことは無いが、話を聞く限りだと、ただ駆け回るだけで襲われたりはしないそうだ。しかし、毎回現れてはそこら中を疾風のごとく走って蹄の音と馬の嘶きを撒き散らすもんだから、みな気が滅入ってしまうんだと。一応ここを紹介しておいてこう言うのもなんだがな……悪いことは言わん、購入するならもう片方の物件にしておけ」
エイラードさんはそう言って最初に紹介してくれた物件を勧めてくるが、東の居住区画にあって人目から離れた立地、6人以上でも住めそうな大きな家、そして格安の値段。この家はまさに私が求めていた条件と完璧に一致している。
多少問題があったとしても、こんな最良物件を諦めるなんて考えは既に私の頭には無かった。
「いいえ、この家を買う事にするわ」
「なっ、話を聞いていなかったのか!? 幽霊は襲ってこないにしても月のある夜には必ず現れては縦横無尽にそこら中を駆けまわる! 神官でも除霊出来なかった幽霊だ。何とか出来るなんて考えているなら無駄だぞ! ……もう一度言うが悪いことは言わん、ここは止めておけ!」
エイラードさんは悪い人じゃない。それは対応を見ていたら分かる。
悪い商売人ならば、こういった訳あり物件を「何も無い」と平気で嘘をついて儲けを優先する。それで何かあっても「そんな事は知らない」、「今までそんなことは無かった」等、適当な事を言って逃げるのがオチだ。
でもエイラードさんは、この物件の事を包み隠すことなく全て説明してくれた。良い所も、悪い所も全てだ。そしてそんな説明を聞いても尚、購入しようとする私を本気で心配し、こうして止めに入り違う物件を勧めてくれている。
これは客の事を第一に考えているからこそ出来る対応に他ならず、エイラードさんの仕事の誠実さの表れであった。
「大丈夫ですよ。幽霊の件は当てがあるので、多分何とかなります。神官よりも優秀な当てが、ね。何より、私の要望が完璧なまで揃っているこんなお買い得物件を諦めるなんて、そんなこと出来ないわ!」
その後、私はエイラードさんを説得して、無事この家を購入することが出来た。
エイラードさんは、「もし家を売りたくなったら、もう一度わしの所に来い。売値に近い値段で買い取ってやる」と言ってくれた。
家の購入を決めたのは私の意思だが、この家を勧めたのはエイラードさんなので、これはエイラードさんなりの商売人としての責任の取り方なのだろう。
私は「その時はよろしくお願いします」とだけ言って、家の鍵と権利書を受け取った。
「さて、この家を拠点にする為に、まずは問題を片付けるとしましょうか!」
「これが、例の訳あり物件ですか……?」
「ああ、そうだ」
私の目の前には広い庭を持つ大きな家が建っている。立派な門と丈夫な鉄柵に囲まれた家は見取り図で見るよりも大きく感じ、民家というよりは貴族の別荘と表現する方が正しいと思うくらいの佇まいだった。
エイラードさんは手にした鍵で門の鍵をカチャリと開けると中に入って行く。私達もエイラードさんに続くようにして中へ足を踏み入れた。
門から玄関までは少し距離があり、歩くと十数秒はかかる。その少しの時間に、私は庭をよく観察してみた。
今私達が歩いている門と玄関を結ぶ道は、石のブロックを綺麗に敷き詰めて整地してある。それ以外の庭全てには、丁寧に切り揃えられた芝が青々と生えていて、まるで草の絨毯のように美しい景観をしていた。
家の周りは花壇になっている。残念ながら今は花が植えられておらず、土肌が露になっている。だがしかし、この花壇に色とりどりの花を植えたなら、家を美しく飾り付けてくれるアクセントになることだろう。
そんな分析をしていると、あっという間に玄関に辿り着いた。ジャラジャラと沢山の鍵がぶら下がる中から、先程門を開けたのと違う鍵を掴んで玄関を開けるエイラードさん。
エイラードさんに続き玄関に入ると、装飾品の類が何も置かれていない地味で飾り気の無い広い空間が私達を出迎えた。
玄関の先は広い廊下になっていて、廊下の左右の壁にはランプを引っ掛ける鉤が並んでいる。しかし今は誰も住んでいないので鉤にはランプが一つも掛かっておらず、昼間だというのに廊下は不気味な薄暗さに飲み込まれていた。
廊下は真っ直ぐ奥に延びていて、突き当りでTの字になっている。Tの字の左右に延びる廊下には窓があるので、玄関近くの場所よりも廊下が明るくなっていた。そしてTの字の正面には、二階に続く階段があった。
エイラードさんの案内で一階の各部屋を見て回った私達は、その階段を昇り二階へと足を運ぶ。二階の廊下には一階よりも大きな窓が並んでいて、一階の廊下よりも多くの日の光が差し込むため廊下全体が明るかった。
そのまま二階の各部屋も案内してもらったが、そこで気付いたことがあった。この家は長い間誰も住んでいないらしいので、家具や生活必需品の殆どが無いことは、事前にエイラードさんから聞いていた。しかし長い間誰も住んでいないという割には、家の何処にも蜘蛛の巣が張ってあったり、床や天井に穴が開いていたり、窓が割れていたり、扉の立て付けが悪い等といった手入れされてない廃墟な感じが一切無く、むしろ昨日まで誰かが暮していたかの様に不自然なまで手入れが行き届いていた。
その事が気になって、エイラードさんに聞いてみると。
「エイラードさん、この家、長い間誰も住んでいないという割には手入れが行き届きすぎていないかしら?」
「そりゃそうだ、訳あり物件といっても売り物だからな。いつでも売り渡せるように定期的に手入れしておくのは、売り手として当然だろう?」
なるほど、その通りだ。いくら訳ありの物といっても売り物には違いないのだから、いつでも売れる最良の状態にしておくのは売り手として当然の義務だ。
更にエイラードさんは詳しく説明してくれたが、その手入れを行っていたのはなんと、ニーナが働いている『美化清掃員』だった。ニーナに確認すると、「美化清掃員は貿易都市を美しく保つ事が仕事で、中には家の手入れや清掃を受け持つ専門の美化清掃員がいると聞いています。まあ、私は都市全体の専門で担当が違うので会ったことはありませんが」ということらしい。
エイラードさんの話を聞いて「家の清掃をするのも楽しそうですわね!」とニーナが変にやる気を出していたので、無理のない範囲で仕事の幅を広げることを許可する事にした。
「ふむ、でしたら僕も負けていられませんね。今は無休で朝から晩まで仕事を入れていますが、今度、労働組合で晩から朝までで働ける新しい仕事を探してみましょう!」
「いや、休みは取りなさい!」
いくら特殊なゴーレム化を施されていて肉体疲労が少ないとはいえ、休み無しでは精神が持たなくなる。
サムスは基本的に仕事人間なので、注意しなければいつまでも仕事をしていることがある。私はサムスの思い付きを全力で一蹴して、ニーナにもサムスのように仕事に熱中して働き過ぎる事がないように釘を刺しておいた。
そうあいて屋敷の中を一通り見て回った私達は、次に裏庭にやって来た。この家の裏庭は、私の屋敷の裏庭とほぼ同じぐらい広かった。違う所があるとすれば、こっちの裏庭には家庭菜園の畑が無く、代わりに大きく立派な馬小屋があったことぐらいだろう。
「あれが、例の馬小屋ですか?」
私の質問に、エイラードさんは頷いて答える。
この物件は一見すれば破格の格安優良物件で、普通ならすぐにでも購入希望者が殺到してもおかしくない。しかし実際は、未だに購入希望者が現れずに売れ残っている。それは最初にエイラードさんが言ったように、この家がとんでもない訳あり物件だからだ。そして、裏庭にあるこの立派な馬小屋がその原因なのだという。
エイラードさんの話によると、事の始まりは世界大戦の時まで遡る。
貿易都市がまだブロキュオン帝国の軍事拠点だった頃、この場所周辺の一帯は、数百頭もの帝国軍の軍馬を管理する巨大な馬小屋があったそうだ。
しかしある日の夜、馬小屋から火の手が上がった。後の調べでは照明に使われていた蝋燭が出火原因だったらしい。火は枯草に次々と燃え移り、瞬く間に馬小屋を飲み込んだ。調教師たちは総出で軍馬の救出活動を行い、馬小屋に残っていた軍馬を救い出すことに成功した。一人の調教師とその調教師の愛馬を除いて……。
犠牲になった調教師には相棒とも呼べる愛馬がいたが、火事の前日に脚を負傷してしまい馬小屋の奥で療養中だった。調教師はその愛馬を助けに行ったが、激しい炎の中に愛馬と共に取り残されてそのまま命を落としてしまったらしい。
やがて世界大戦が終結し、貿易都市が完成した。そしてとある富豪貴族が馬小屋跡地、この場所に立派な別荘を建てた。だが別荘が建ってしばらくしたある時、異変が起きた。月の出た夜に馬の嘶きと共に、馬に跨った幽霊が家の中や庭を縦横無尽に闊歩するようになったのだ。
不気味に思った貴族はすぐ神官に除霊を依頼したが、いくら除霊しても霊が消えることはなく、とうとう貴族は別荘を売りに出してしまった。
それから家主は何回も変わったが、全員が付きの出た夜に出没する幽霊に頭を悩ませた。ある者は術者を雇って幽霊と対峙させたが、全く効果はなかった。またある者は馬小屋全焼の話を聞いて、犠牲になった彼等を供養するために馬小屋を建て直して、供養のための墓石も建てたりしたが、これも全く効果がなかった。
そんなことが何回も続いて、やがて誰もこの家に住もうとする物好きがいなくなったそうだ。
私はエイラードさんの説明を聞きながら馬小屋の中を調べた。
馬小屋は帝国軍の拠点時代の物と比べればかなり小さくなっているらしいが、それでも数十頭を飼育するのに十分な広さがあった。ただ、今は飼う馬もいないので中はガランとしており、吹き抜ける風がその寂しさを物語っていた。
馬小屋の照明には火事の原因となった蝋燭ではなく、火事の心配がない魔石ランプが新しく採用されている。そして馬小屋の奥には、例の調教師とその愛馬を祀った墓石が設置されていた。
一通り馬小屋を確認してみたが、おかしな所は特に見当たらず、怪しい気配も感じなかった。
「エイラードさん、訳ありというのは本当にその幽霊の事だけなんですよね?」
「そうだ」
「幽霊に襲われたりはするのかしら?」
「わしは直接見たことは無いが、話を聞く限りだと、ただ駆け回るだけで襲われたりはしないそうだ。しかし、毎回現れてはそこら中を疾風のごとく走って蹄の音と馬の嘶きを撒き散らすもんだから、みな気が滅入ってしまうんだと。一応ここを紹介しておいてこう言うのもなんだがな……悪いことは言わん、購入するならもう片方の物件にしておけ」
エイラードさんはそう言って最初に紹介してくれた物件を勧めてくるが、東の居住区画にあって人目から離れた立地、6人以上でも住めそうな大きな家、そして格安の値段。この家はまさに私が求めていた条件と完璧に一致している。
多少問題があったとしても、こんな最良物件を諦めるなんて考えは既に私の頭には無かった。
「いいえ、この家を買う事にするわ」
「なっ、話を聞いていなかったのか!? 幽霊は襲ってこないにしても月のある夜には必ず現れては縦横無尽にそこら中を駆けまわる! 神官でも除霊出来なかった幽霊だ。何とか出来るなんて考えているなら無駄だぞ! ……もう一度言うが悪いことは言わん、ここは止めておけ!」
エイラードさんは悪い人じゃない。それは対応を見ていたら分かる。
悪い商売人ならば、こういった訳あり物件を「何も無い」と平気で嘘をついて儲けを優先する。それで何かあっても「そんな事は知らない」、「今までそんなことは無かった」等、適当な事を言って逃げるのがオチだ。
でもエイラードさんは、この物件の事を包み隠すことなく全て説明してくれた。良い所も、悪い所も全てだ。そしてそんな説明を聞いても尚、購入しようとする私を本気で心配し、こうして止めに入り違う物件を勧めてくれている。
これは客の事を第一に考えているからこそ出来る対応に他ならず、エイラードさんの仕事の誠実さの表れであった。
「大丈夫ですよ。幽霊の件は当てがあるので、多分何とかなります。神官よりも優秀な当てが、ね。何より、私の要望が完璧なまで揃っているこんなお買い得物件を諦めるなんて、そんなこと出来ないわ!」
その後、私はエイラードさんを説得して、無事この家を購入することが出来た。
エイラードさんは、「もし家を売りたくなったら、もう一度わしの所に来い。売値に近い値段で買い取ってやる」と言ってくれた。
家の購入を決めたのは私の意思だが、この家を勧めたのはエイラードさんなので、これはエイラードさんなりの商売人としての責任の取り方なのだろう。
私は「その時はよろしくお願いします」とだけ言って、家の鍵と権利書を受け取った。
「さて、この家を拠点にする為に、まずは問題を片付けるとしましょうか!」