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作者: 山のタル
残酷な描写あり
50.それぞれの日々・ニーナ編1
「――ん、んん~!」
 
 カーテンの隙間から差し込む朝日が、光の筋となって部屋の中に降り注いでいる。その僅かだが爽やかな明かりで私は眠りから覚醒する。ベッドから体を起こしてカーテンを勢いよく広げれば、遮る物が無くなった窓から全てを包む暖かな光が私と部屋の中を眩しく照らす。
 
「今日もいい朝ですわ!」
 
 私はベッドから飛び降りると、衣装タンスの中に並ぶ沢山の衣服の中から適当に一着を選んで素早く着替えて、足早に一階の食堂へと向かった。
 
「おはようニーナ」
「おはようございますニーナ」
 
 食堂に入ってすぐ、先客の二人が私に挨拶をしてくる。一人は私に視線を向けながら朝食を口にしている、私よりも長身でプラチナブロンドの髪が特徴な男、“サムス”。もう一人は、作った朝食をテーブルに配膳している、私と同じ背丈でコック服を着ている男、“クワトル”だ。
 
「おはよう、サムス、クワトル」
 
 私は二人に挨拶を返して自分の席に座る。テーブルの上には、既にクワトルが配膳を済ましてくれていた美味しそうな食欲をそそる香りを放つ朝食が並んでいた。私は小さく手を合わせてから朝食を食べ始める。それと同じタイミングで、配膳を終えたクワトルも席に座り、一緒に朝食を食べ始めた。
 
「あら、ティンクはまだですの?」
 
 私はもう一人の、ここにいない人物の名前を口にする。
 
「ティンクでしたら今頃、シモンと一緒にチェリーの世話をしているはずです。まぁ、すぐに朝食の匂いに釣られて戻ってくると思いますよ」
 
 クワトルがそう言った直後、食堂のドアが勢いよく開放され、元気な声が食堂に響いた。
 
「ああー! 皆もう朝御飯食べてるー!? ティンクも一緒に食べるのー!!」
 
 そう叫んで私の隣の席に素早く移動してきたのは、コーラルピンクの美しい髪が特徴で、私より背が低い子供の様に無邪気な少女、“ティンク”だ。
 
「もう、クワトル! どうしてティンクを呼んでくれなったの!?」
 
 ティンクは頬をぷっくりと可愛く膨らませて、クワトルに文句をぶつける。
 
「ティンクは呼ばなくても匂いを嗅ぎつけて直ぐやって来るのですから、わざわざ呼ぶ必要はないでしょう?」
 
 クワトルの的確な言い分に、「そうだけどぉ~……」と納得しきれない様子で朝食を頬張るティンク。
 その様子が可笑しくて、私とサムスとクワトルはクスッと笑みをこぼし、それを見たティンクが「むぅううー……」と更に不機嫌そうな声を出し、リスのように大きく頬を膨らませて私達を睨んでいた。
 
 私達四人はセレスティア様に仕える使用人だが、今はセレスティア様が先日貿易都市で購入された屋敷とも言える大きさの家……もとい、別荘で暮らしている。
 何故セレスティア様の使用人である私達が、セレスティア様の元から離れて暮らしているのか。それは残り少なくなった屋敷の資金を私達が稼いで、セレスティア様が自身の研究に集中できる環境を作るためだ!
 私達四人はその為に、今は貿易都市でそれぞれ仕事を見つけ働いている。みんなの仕事は今のところ順調で、予想よりも早く多くの資金を稼ぐことができている。
 ……でも、まだまだ足りない。資金は沢山稼いだ方がいい。沢山稼げば稼ぐほど、こんな資金稼ぎのためにセレスティア様の元を離れなくてよくなるからだ!
 
「ごちそうさまでした。それでは行ってきますわ!」
「「「いってらっしゃい」」」
 
 私は朝食を素早く食べ終えて、早々に仕事に出掛ける。全てはセレスティア様の、いえ、私達の未来の為に!
 
 
 
 私は別荘を出て仕事場へと向かう。私は『美化清掃員』と『宿屋従業員』というふ2つの仕事を掛け持ちしている。今日は『美化清掃員』の仕事をすることになっているので、向かう先は貿易都市のシンボルである『中央搭』の近くだ。
 別荘は貿易都市東側の居住区画の端にあるため、中央塔に行くにはかなりの距離を歩かないといけない。でも、セレスティア様から特殊なゴーレム化を施されて身体能力が向上している私にとって、その距離を歩く事は何の苦にもならない。むしろ、早朝のいい運動だ。
 そして仕事場に到着する頃には、身体は十分に暖まっていた。私はクールダウンすることなく、そのまま仕事場へと入っていく。
 
「あ、ニーナさん、おはようございます!」
「おはようございます、ニーナさん!」
「ニーナさん、おはよう!」
 
 私が仕事場の中に入ると、受け付けに居た3人の男女が立ち上がって挨拶をしてくる。
 
「皆さん、おはようございます」
 
 私は適当に挨拶を返して受付の横から事務所に入り、奥にある扉を開けて仕事場の裏へと進む。扉の先は廊下になっていて、左右には沢山の扉がある。扉の先は更衣室や給湯室、トイレや倉庫などの多様な部屋に繋がっている。
 私は10部屋程ある更衣室の一つに入り、自分の名前の札がぶら下がる棚を開け、中に吊るされていた作業着に着替える。作業着と言っても丈夫な硬い生地で作られた上下セットのよくある無骨なデザインの物ではなく、個人個人の身体にフィットするようにオーダーメイドで作られた美化清掃員専用の特殊制服だ。
 作業着の生地には、様々な身体の動きと長時間の作業でも苦にならない様に、伸縮性と通気性に特化した特殊化合繊維が使われていて、最高の着心地と抜群の機能性が両立されている。
 更に、美化清掃員は仕事上衣服が汚れやすいので、その対策として特殊化合繊維にコーティング魔法を施されている。これで多少の汚れなら簡単に弾く事が可能で、汚れる心配が少ない。
 作業着は清潔感を出すために白色の生地が全体的に使われており、作業着の左右側面には紫色の流線的なストライプがデザインされ、スタイリッシュな仕上がりだ。
 因みにストライプの色は、紫・赤・緑・青・黄の全部で5色あり、各部署で色分けされている。紫は各部署のリーダーの人物が着る色になっている。
 
 作業着に着替え終えた私は更衣室を後にし、廊下を更に奥へと進むと、一番奥にあった扉を開ける。
 扉の先は外に繋がっている。ただし、外と言っても建物の敷地内にある広い庭だ。
 しかしそこは庭と呼ぶにはあまりにも殺風景で、どちらかといえば広場と呼ぶのが相応しいだろう。
 
「「「「「ニーナさん、おはようございます!!!!!」」」」」
 
 広場に出た私を出迎えたのは、種族や年齢や性別がバラバラの数十人の人達だった。
 彼等は綺麗な隊列を作り、私が現れたタイミングで示し合わせたかのように見事なハモった挨拶をしてきた。
 その挨拶が体育会系のそれと同じような声量でするものだから、彼等のハモった挨拶は互いに共鳴して地鳴りのような音量へと昇華され、広場全体を大きく揺らす。
 私はそれに動揺することなく、そのまま彼等の正面まで移動して立ち止まる。
 
「皆さん、おはようございます。またこの日がやって来ましたわ……私達がここにいる理由が分かりますか?」
「「「「「はい! 我々は美化清掃員!! 貿易都市のあらゆる汚れを一掃し、貿易都市の腐敗を防ぐ崇高な使命を背負いし勇者です!!!」」」」」
 
 声高らかに叫ぶ声が共鳴し、空気を激しく振動させた。それはさながら、軍隊の掛け声のような迫力があった。
 
 (……ああ、良いですわ、この一体感! 私の意思に同調し、同じ思考を持つ人々がこれほど沢山……凄まじい高揚感ですわ~!!)
 
 私は興奮を顔に出さないように気を付けながら、全員に向かって高らかに宣言する。
 
「その通りです! 私達こそ貿易都市を清浄する唯一の存在なのですわ!! さあ、今日も張り切って行きますわよー!!!」
「「「「「オオォォォーーーー!!!!!」」」」」
 
 
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