残酷な描写あり
51.それぞれの日々・ニーナ編2
美化清掃員として働いているニーナは、元々の綺麗好きな性格が幸いして瞬く間に実績を上げ、今では隊のリーダーとして部下を持つまでに至っていた。
ニーナが担当しているのは都市全体を清掃する専門の部署で、14ある部隊の“第4部隊”を指揮している。都市全体の清掃を専門にする美化清掃員の制服のストライプは青色で、ニーナの眼前に整列する部下達の制服にも、その印である青色のストライプが入っていた。
「フロン、今日は私達の部隊に何か指示が出ているかしら?」
名前を呼ばれ、整列している部下の中から最前列にいた20代後半の女性が、ニーナの前にやって来る。
「はい、ニーナさん。私達の部隊だけという訳ではないのですが、各所に設置されている『ごみ集積小屋』のいくつかが経年劣化で傷んでいるという報告があったそうで、それの劣化具合を調べて修理の必要がなければそのまま放置、修理が必要なら小屋の状態を報告書に詳細に記して提出してほしいと、全ての部隊に指示が出ています!」
足を揃えて背筋を伸ばして直立し、両手を後ろで組んでニーナの前に立ち、ニーナだけでなく全員に聞こえるように大きな声でそう報告するフロン。その姿はさながら軍隊のそれを彷彿とさせた。
「分かりました。小屋を調べるのは私とフロンで行きましょう。それ以外の人達はいつも通り、各班の持ち場で自分の仕事に専念して下さい。何かあれば私に報告を入れるように。では、解散!」
「「「「「はいッ!!!!!」」」」」
◆ ◆
「……ここは屋根の木材が傷んで雨漏り有、っと」
「ニーナさん、こっちには壁と地面の隙間に穴が開いています」
「どれどれ……ふむふむ、鼠ぐらいの大きさの生き物なら簡単に通れそうですわね」
「実際もう通っているみたいですよ。あっちに鼠の物と思われる、毛と糞が落ちてました」
「ならこれも修理の必要がありますわね」
私とフロンは第4部隊が担当しているエリアにある『ごみ集積小屋』を、ひとつひとつ点検して周っていた。
都市全体の清掃を専門にする美化清掃員は全部で14の部隊に別れていて、それぞれが決められたエリアを担当している。私が率いる第4部隊は、貿易都市南側の商業区画の中央のエリア担当だ。
各エリアには複数の『ごみ集積小屋』が設置されていて、貿易都市で出たごみはそこに集められる。そして3日に一度、美化清掃員が集められたごみを回収していくシステムになっている。
このやり方によって効率良くごみを集めることができ、私達美化清掃員がごみ収集作業にかける時間が大幅に短縮され、他の清掃作業に時間的余裕を作ることに成功したそうだ。
私は大勢の人が暮らす中で生み出された、この画期的システムに感銘を受けた。だからこそ、そのシステムの中心である『ごみ集積小屋』を点検するという今回の仕事に、私は物凄くやりがいを感じている。
……まあ、セレスティア様のために仕えることに比べれば、小さなものだけどね。
そんなごみ回収小屋は石造りの建物で、壁全面が均等の大きさに加工された石を積み重ねて造られている。小屋の中には石の柱が三本あるだけで、その他には何もない広い空間になっている。
石造りの建物ではあるけど、屋根だけは木材が使われていて、その屋根は三本の石の柱に支えられている。屋根と石壁の間はピッタリくっついているわけではなく、小さな換気用の隙間が作られていた。
「……よし、次に行きますわよ!」
「はい、ニーナさん!」
一通りの点検を済ました私達は、次のごみ集積小屋へと向かった。
「……フロン……これは、どういうことかしら……?」
私は目の前の惨状に動揺した。足がふら付き、立っているのもままならない。
「ニ、ニーナさん、気を確かに!」
気を確かに……ですって? この光景を見て、私の気がシッカリする訳がない。
私の目の前にはごみ集積小屋が建っていた。他の小屋と同じく石造りの壁と木製の屋根、建物の大きさもそっくりそのまま同じ大きさで出来ている。至って普通のごみ集積小屋だ。
そして外からパッと見ただけだが、木製の屋根が傷んでいたり、石壁が壊れている様子はなさそうだ。中はまだ見てないけどこれなら修理の必要はなく、そのまま放置でもよさそうな感じだった。
……たった一つの決して見逃せない異常な事を除けば……。
「なんなのですか……この、落書きわぁあああーー!」
石の天然色を利用したモノクロ調だった石壁は、ブロック状の石がひとつひとつ丁寧に青・赤・緑・黄・紫・オレンジ・水色など沢山の色に色付けされ、まるでモザイク画の様だ。
さらに木製の屋根も、腐食剤でコーティングされた茶色の木目柄から、どす黒い漆黒に染められ、そこにライトイエローの縦縞模様が描かれている。
私はごみ集積小屋のあまりの変貌っぷりに脱力して、その場にへたり込んでしまった。フロンが私の腕を掴んで立ち上がらせようとしているが、私はそれどころではなかった。
一体誰が、いつ、何のために、こんな事を……? こんな……こんなっ…………!
「……し……すわよ」
「……へっ?」
「消しますわよぉおおおーー!」
先程の脱力が嘘のように勢い良く立ち上がり、腕まくりをしてごみ集積小屋に向かう私。そして何故かフロンがそれを止めてくる。
「ま、待ってくださいニーナさん! 私達だけでこれを消すんですか!?」
「当然よフロン! こんな事、私が見逃すとでも!?」
そう、こんな事許せるはずがありませんわ!
もしこれが持ち主の許可を得て塗られているのなら、私だって何も言いませんわ。それは芸術ですもの。
……でも、私はごみ集積小屋をこんなカラフルに塗装するなんて話は聞いていない。ということは、これは無断で行われた行為ということだ。
それが例え芸術的であっても、悪質な落書きということに変わりなく、それは私にとって汚れも同然! 消すのは当然の行為ですわ!
フロンは私が教育した部下の中でも優秀で、私の右腕として色々働いてくれている。私の考えは当然理解しているなのに、なぜ止めるのかしら……!
「ニーナさん気持ちは解りますが、落ち着いて考えてください! 掃除をしようにも私達は今日、小屋の調査をしているので掃除道具は何も持って来てません! それに、もうすぐお昼時です。各班が仕事を一段落させて戻ってきます。そこでこの事をみんなに伝えて、何人か人手をこちらに割いてもらいましょう! その方が効率的です!」
…………確かに、フロンの言うことは一理あった。私は大きく深呼吸をして一旦気を落ち着かせ、フロンの提案を採用することにした。
「……分かりましたわ、フロン。落書きの掃除は午後からにして、まずは私達の仕事を先に終わらせましょう」
「はい、ニーナさん!」
その後、私達は小屋の中に入り点検を再開した。この小屋は外と同じく、中の劣化具合や損傷度合いに何も問題はなかった。
しかし外と同じく中にも落書きが及んでいてそれが私の衝動に再び油を注いだが、フロンにああ言った手前暴走するわけにもいかず、気合いで激しく燃える衝動を押さえ込み、私達は美化清掃員の仕事場へと急いで戻った。
戻る途中、フロンは何故か冷や汗を流しながら顔を伏せ、道行く人々は私達を見や否やビクビクしながら慌てて道を開けるように動いていた。
そのおかげでスムーズに戻ってくることが出来たけど……一体何だったのだろうか?
ニーナが担当しているのは都市全体を清掃する専門の部署で、14ある部隊の“第4部隊”を指揮している。都市全体の清掃を専門にする美化清掃員の制服のストライプは青色で、ニーナの眼前に整列する部下達の制服にも、その印である青色のストライプが入っていた。
「フロン、今日は私達の部隊に何か指示が出ているかしら?」
名前を呼ばれ、整列している部下の中から最前列にいた20代後半の女性が、ニーナの前にやって来る。
「はい、ニーナさん。私達の部隊だけという訳ではないのですが、各所に設置されている『ごみ集積小屋』のいくつかが経年劣化で傷んでいるという報告があったそうで、それの劣化具合を調べて修理の必要がなければそのまま放置、修理が必要なら小屋の状態を報告書に詳細に記して提出してほしいと、全ての部隊に指示が出ています!」
足を揃えて背筋を伸ばして直立し、両手を後ろで組んでニーナの前に立ち、ニーナだけでなく全員に聞こえるように大きな声でそう報告するフロン。その姿はさながら軍隊のそれを彷彿とさせた。
「分かりました。小屋を調べるのは私とフロンで行きましょう。それ以外の人達はいつも通り、各班の持ち場で自分の仕事に専念して下さい。何かあれば私に報告を入れるように。では、解散!」
「「「「「はいッ!!!!!」」」」」
◆ ◆
「……ここは屋根の木材が傷んで雨漏り有、っと」
「ニーナさん、こっちには壁と地面の隙間に穴が開いています」
「どれどれ……ふむふむ、鼠ぐらいの大きさの生き物なら簡単に通れそうですわね」
「実際もう通っているみたいですよ。あっちに鼠の物と思われる、毛と糞が落ちてました」
「ならこれも修理の必要がありますわね」
私とフロンは第4部隊が担当しているエリアにある『ごみ集積小屋』を、ひとつひとつ点検して周っていた。
都市全体の清掃を専門にする美化清掃員は全部で14の部隊に別れていて、それぞれが決められたエリアを担当している。私が率いる第4部隊は、貿易都市南側の商業区画の中央のエリア担当だ。
各エリアには複数の『ごみ集積小屋』が設置されていて、貿易都市で出たごみはそこに集められる。そして3日に一度、美化清掃員が集められたごみを回収していくシステムになっている。
このやり方によって効率良くごみを集めることができ、私達美化清掃員がごみ収集作業にかける時間が大幅に短縮され、他の清掃作業に時間的余裕を作ることに成功したそうだ。
私は大勢の人が暮らす中で生み出された、この画期的システムに感銘を受けた。だからこそ、そのシステムの中心である『ごみ集積小屋』を点検するという今回の仕事に、私は物凄くやりがいを感じている。
……まあ、セレスティア様のために仕えることに比べれば、小さなものだけどね。
そんなごみ回収小屋は石造りの建物で、壁全面が均等の大きさに加工された石を積み重ねて造られている。小屋の中には石の柱が三本あるだけで、その他には何もない広い空間になっている。
石造りの建物ではあるけど、屋根だけは木材が使われていて、その屋根は三本の石の柱に支えられている。屋根と石壁の間はピッタリくっついているわけではなく、小さな換気用の隙間が作られていた。
「……よし、次に行きますわよ!」
「はい、ニーナさん!」
一通りの点検を済ました私達は、次のごみ集積小屋へと向かった。
「……フロン……これは、どういうことかしら……?」
私は目の前の惨状に動揺した。足がふら付き、立っているのもままならない。
「ニ、ニーナさん、気を確かに!」
気を確かに……ですって? この光景を見て、私の気がシッカリする訳がない。
私の目の前にはごみ集積小屋が建っていた。他の小屋と同じく石造りの壁と木製の屋根、建物の大きさもそっくりそのまま同じ大きさで出来ている。至って普通のごみ集積小屋だ。
そして外からパッと見ただけだが、木製の屋根が傷んでいたり、石壁が壊れている様子はなさそうだ。中はまだ見てないけどこれなら修理の必要はなく、そのまま放置でもよさそうな感じだった。
……たった一つの決して見逃せない異常な事を除けば……。
「なんなのですか……この、落書きわぁあああーー!」
石の天然色を利用したモノクロ調だった石壁は、ブロック状の石がひとつひとつ丁寧に青・赤・緑・黄・紫・オレンジ・水色など沢山の色に色付けされ、まるでモザイク画の様だ。
さらに木製の屋根も、腐食剤でコーティングされた茶色の木目柄から、どす黒い漆黒に染められ、そこにライトイエローの縦縞模様が描かれている。
私はごみ集積小屋のあまりの変貌っぷりに脱力して、その場にへたり込んでしまった。フロンが私の腕を掴んで立ち上がらせようとしているが、私はそれどころではなかった。
一体誰が、いつ、何のために、こんな事を……? こんな……こんなっ…………!
「……し……すわよ」
「……へっ?」
「消しますわよぉおおおーー!」
先程の脱力が嘘のように勢い良く立ち上がり、腕まくりをしてごみ集積小屋に向かう私。そして何故かフロンがそれを止めてくる。
「ま、待ってくださいニーナさん! 私達だけでこれを消すんですか!?」
「当然よフロン! こんな事、私が見逃すとでも!?」
そう、こんな事許せるはずがありませんわ!
もしこれが持ち主の許可を得て塗られているのなら、私だって何も言いませんわ。それは芸術ですもの。
……でも、私はごみ集積小屋をこんなカラフルに塗装するなんて話は聞いていない。ということは、これは無断で行われた行為ということだ。
それが例え芸術的であっても、悪質な落書きということに変わりなく、それは私にとって汚れも同然! 消すのは当然の行為ですわ!
フロンは私が教育した部下の中でも優秀で、私の右腕として色々働いてくれている。私の考えは当然理解しているなのに、なぜ止めるのかしら……!
「ニーナさん気持ちは解りますが、落ち着いて考えてください! 掃除をしようにも私達は今日、小屋の調査をしているので掃除道具は何も持って来てません! それに、もうすぐお昼時です。各班が仕事を一段落させて戻ってきます。そこでこの事をみんなに伝えて、何人か人手をこちらに割いてもらいましょう! その方が効率的です!」
…………確かに、フロンの言うことは一理あった。私は大きく深呼吸をして一旦気を落ち着かせ、フロンの提案を採用することにした。
「……分かりましたわ、フロン。落書きの掃除は午後からにして、まずは私達の仕事を先に終わらせましょう」
「はい、ニーナさん!」
その後、私達は小屋の中に入り点検を再開した。この小屋は外と同じく、中の劣化具合や損傷度合いに何も問題はなかった。
しかし外と同じく中にも落書きが及んでいてそれが私の衝動に再び油を注いだが、フロンにああ言った手前暴走するわけにもいかず、気合いで激しく燃える衝動を押さえ込み、私達は美化清掃員の仕事場へと急いで戻った。
戻る途中、フロンは何故か冷や汗を流しながら顔を伏せ、道行く人々は私達を見や否やビクビクしながら慌てて道を開けるように動いていた。
そのおかげでスムーズに戻ってくることが出来たけど……一体何だったのだろうか?