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作者: 山のタル
残酷な描写あり
90.ストール鉱山1
 ストール鉱山。プアボム公国マイン公爵領・ストール伯爵領内に存在する大陸一の採掘量を誇る大鉱山だ。
 ここから採掘された鉱石の数々は他国に大量に輸出されており、その貿易で得られる金額はマイン公爵領の財源の大半を占めている。
 そんなストール鉱山では、合計数千人にもなる沢山の鉱夫達が働いている。その鉱夫達全てを纏めている男が、鉱夫長の“ボノオロス”だ。
 50歳という鉱夫達の中でも最年長の年齢でありながら年齢を感じさせないガッシリとした体躯たいく、鉱夫歴40年にもなる大ベテランで未だに現役で活躍している。そんなボノオロスは鉱夫達から慕われており、“鉱山のヌシ”と称されている。
 
 ストール鉱山の入り口前、魔獣との激闘が繰り広げられた広場に集まって整列する鉱夫達を前にして、ボノオロスは腕を組んで立っていた。
 これから何が始まるか分からない鉱夫は誰一人としていない。何故ならこれは毎朝必ず行われる日課だからだ。
 鉱夫達は静かにボノオロスの方に視線を向けている。一方ボノオロスは、鉱夫全員の目が自分に注がれているのを確認すると、息を大きく吸い込んだ。
 それが合図であるかのように、鉱夫達の姿勢と表情がより一層真剣な鋭いものへと変化する。歴戦の猛者にすら匹敵する雰囲気を放ち、鉱夫達はボノオロスの言葉を待った。今から行われるのは、そう――
 
「お前らぁー! 体調は整ってるかぁーー!!」
「「「「「「押忍!!!!!!」」」」」」
 
 朝礼だ。
 
「飯は食ったかぁー! よく寝たかぁーー!!」
「「「「「「押忍!!!!!!」」」」」」
「本当か? もし嘘をついて隠したり、それに協力している奴がいたなら、そいつ等は縛り上げてベッドの上で一週間療養してもらうことになるぞ?!
 ……もう一度聞く、お前らああ!! 体調は万全かあああ!!!」
「「「「「「万全だぜええ!! 鉱夫ちょおおおおおッ!!!」」」」」」
 
 ボノオロスは大きな声で意気揚々と返事を返す鉱夫達を見て、満足げに頷いて顔を綻ばせる。
 ボノオロスが執拗に健康状態を確認しているのには訳がある。それは鉱夫達の仕事が大変な重労働であるからだ。
 
 深く暗い坑道の中は空気の入れ替え、つまり換気がしにくく長時間作業をしていると息苦しくなる上に、周囲がとても蒸し暑くなってしまう。更に日の光が届かないので時間感覚が狂い、どれくらいの時間仕事をしていたか把握しずらくなる。すると、長時間労働による肉体疲労や脱水によって意識が朦朧として倒れ、最悪の場合命に係わる事故が起きやすくなるのだ。
 ストール鉱山が開坑した当初は、鉱山作業に関する知識不足からそういった問題が多く発生し、一時は危険だということで鉱山の閉鎖も検討された事があった。
 
 しかし、当時まだ若かったボノオロスが率先して労働環境の改善を提案し推し進めたことにより状況は改善し、鉱山内での仕事の安全性が向上した。
 その最たるものが、今まさに行っている健康管理だ。肉体の負荷が大きく、且つ長時間労働の仕事をする上で体調や健康が万全かどうかは仕事の質を大きく左右する。少しでも不調があれば集中力が乱れ、仕事の質は低下し、判断ミスを誘発する。その所為で過去には、地盤の緩い場所を誤って掘ってしまい崩落事故が起きたこともあった。
 それを防ぐためにボノオロスはこうして毎日朝礼で鉱夫達の健康を確認して、無理して仕事をしようとする鉱夫が出ないように管理しているのだ。
 
「じゃあ早速、今日の仕事の振り分けをする……と言いたいところだが、今日はその前にお前達に伝えておかなくてはならない“超”が何個も付くような重要な案件がある」
 
 先程よりも真剣なトーンで静かにそう言ったボノオロスの言葉に鉱夫達は押し黙り、ゴクリッと唾を飲み込む音が聞こえるほど場が静寂に包まれた。全員がボノオロスがこれから伝えようとしている情報がどれほど重要であるかを瞬時に理解したのだ。
 
「ここ数ヵ月間、俺達は魔獣に受けた被害の一日でも早い復興を目指して、鉱夫総出でここに泊まり込み、交代制で毎日鉱山の整備に明け暮れる日々を送っていた。そしてお前達の頑張りのおかげで、まだまだ先は長いが鉱山は順調に復興に向かっている!」
 
 鉱山の中は魔獣によって想定した以上の被害を受けていた。坑道の地面は魔獣の鋭く尖った脚が食い込み至る所に穴が開けられて凸凹にされ、壁や天井は魔獣が動いた際に体が当たったりして一部が崩落し、鉱夫や捜索隊、偵察隊が襲撃されたと思われる現場はあちこちに血痕が飛び散り死の匂いが漂うという悲惨な状態だった。
 そんな惨状ではまともに仕事が出来るわけもなく、現在採掘作業は一部の無事だった場所を除いて中断され、鉱山の機能はほぼ停止状態にある。
 それも今ではボノオロス達が懸命に復興活動に尽力したおかげで、徐々にではあるが復興の兆しが見えてきつつあった。
 
「そんなお前達の頑張りを視察するために、今日の午後、ここに直接足を運ばれる方々がいる。聞いて驚け……その人物とは、なんと俺達が暮らしているこの領地の領主であるマイン公爵様と、俺達が採掘した鉱石を最も多く買ってくれているお得意様であるブロキュオン帝国の皇帝陛下だ!」
 
 四大公の一人で自分達の暮らす領地を治める大貴族のマイン公爵と、西の大陸全土を統一している大国ブロキュオン帝国の皇帝が直接視察に来る。ボノオロスのその言葉を聞いた鉱夫達のざわめきは相当のものだった。
 それもそうだ。国の頂点である二人が、直接自分達の働きぶりを見に来るというのだ。そのプレッシャーは計り知れない。表面上は余裕のあるように見えるボノオロスでも、内心ではとてつもない重圧を感じていた。
 
 ボノオロスは魔獣事件の時にマイン公爵と初めて対面し、言葉を交わした。その経験があり、マイン公爵に対しては緊張感というものをそこまで大きく感じてはいなかった。……しかし、ブロキュオン帝国皇帝のエヴァイアに対してはそうはいかない。
 いくら鉱夫長という肩書を持っていても、ボノオロスは所詮しょせん一介の鉱夫でしかない。つまり、ただの平民だ。他国とは言え、国の頂点に立つ人物を相手するにはボノオロスの地位はあまりにも低いのだ。ハッキリ言ってそういう仕事は、ストール鉱山の管理者であるストール伯爵の仕事であった。
 しかし、マイン公爵が鉱山のことを最も把握しているボノオロスを案内役に指名したことで、晴れてボノオロスがマイン公爵と皇帝エヴァイアの相手をすることになったのだった。
 
 (まったく……荷が重すぎるぜ……)
 
 正直逃げ出したい気分のボノオロスだが、ストール伯爵からも「しっかりやってくれ! 頼むぞ!」と強く念を押されている以上は逃げ出すわけにもいかず、腹を括るしかなかったのだ。
 
「いいかお前らッ! お二方は午後に到着する予定だ! それまでに目につくところは綺麗に片付けておけ!
 それと、視察は鉱山の中もすると聞いている。今からその視察ルートを教えるから、安全性の確認と通路の整理をしっかりしろ! ……もし何かあってみろ、下手したら首が飛ぶと思え!!」
 
 首が飛ぶはいささか言い過ぎな気もするが、鉱夫達平民からすれば国の頂点に立つ人物の不満を買うこと以上に恐ろしいことはない。もしそんな下手をすれば本当に首が飛ぶかもしれない恐怖は、鉱夫達にとってこの上無い脅しとなった。
 
 その証拠に鉱夫達は、ボノオロスが出す指示を勉強熱心な生徒のようにいつもの何十倍真剣に聞き、分からないところは手を挙げて質問を飛ばしていた。
 そして全てを確認し終えた鉱夫達は、ボノオロスの号令と共に蜘蛛の子を散らす物凄い勢いで駆けて行き、それぞれが作業に取り掛かるのだった。
 
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