残酷な描写あり
91.ストール鉱山2
急ピッチで作業に取り掛かった甲斐もあり、ボノオロス達は昼前には無事に準備を整え終えることができた。
そして当初の予定していた通りに、昼頃にマイン公爵と皇帝エヴァイアを乗せた馬車が鉱山に到着した。
「お待ちしておりました。マイン公爵様」
馬車を降りたマイン公爵を、ボノオロスは片膝を付いて頭を下げて出迎える。
「そんなに畏まらなくてもいいわボノオロス。楽にしなさい」
「ははっ!」
面を上げて立ち上がったボノオロスは、改めてマイン公爵とその後から馬車を降りてきた皇帝エヴァイアと向かい合う。
マイン公爵は歴戦の格闘家のような鍛え上げられた見事な体格をしており、相変わらずと言っていいほど貴族服姿が似合っておらず見た目と不釣り合いだった。
そのマイン公爵の隣には、マイン公爵と比べれば至って常識的な体格をした皇帝エヴァイア・ブロキュオンが立っている。深紅を基調に金色の刺繍が施された格調高い礼服、線の細い青年と言えるほどの若い見た目にをしており、金色の髪と長耳族を象徴する先の尖った、平均より長い耳が特徴的だった。
見た目こそ天と地ほどの差異がある二人だが、両者とも纏う覇気は間違いなく国を治める王のそれであった。鉱夫長という肩書こそあれど身分では一平民でしかないボノオロスは、二人が漂わせる強い覇気に当てられ無意識に体を強張らせる。
「皇帝陛下、こちらはボノオロス。ストール鉱山で働く鉱夫達を取りまとめている男です」
「お初にお目にかかります皇帝陛下。ご紹介にあずかりましたボノオロスです。今日はお二方の案内役を仰せつかっております」
礼儀作法など見様見真似でしか知らないボノオロスにとっては上出来といえる言葉づかいで、エヴァイアに自己紹介をして一礼する。
「我がブロキュオン帝国皇帝エヴァイア・ブロキュオンだ。今日はよろしく頼むぞ、ボノオロス」
エヴァイアはそれに対して、マイン公爵と話す時と違う皇帝らしい振る舞いで応えるのだった。
マイン公爵や皇帝エヴァイアが来ているからと言って仕事の手を止めていいわけなく、ボノオロスは鉱夫達にいつも通り仕事に取り掛かるように伝えてから、マイン公爵とエヴァイアを案内し始める。
まず最初に見せたのは、鉱山の入り口前の広場である。普段は主に採掘した鉱石の保管場所として利用されていた場所だが、採掘量が減少した今では鉱石の保管場所は広場の隅の一角に追いやられ、その代わりに鉱山復興に必要な資材や道具が大量に置かれていた。
「そういえば、魔獣との戦闘はこの広場で行われたと聞いてるが、それらしい跡はどこにも見当たらないな?」
思い出したようにそう言って、エヴァイアは広場をぐるりと見渡した。そこには激闘の跡など見当たらず、地面はしっかりと均されていた。
「それはこの広場の修復が、最優先で行われたからです。皇帝陛下の仰る通り、魔獣との激闘はこの広場で繰り広げられました。その影響で広場は戦闘の爪痕でボロボロになりました。
しかし、ご覧のように鉱山の完全復興には沢山の資材が必要で、その置き場所を確保するためにも広場の早期修復は必要だったのです」
「なるほどな」
ボノオロスの説明に納得した様子のエヴァイア。
「そう言えば、慰霊碑を設置する件はどうなっているのかしら?」
続いてマイン公爵がボノオロスに別の話題を振る。
「その件は鉱山の復興が済み次第、取り掛かる予定でございます」
魔獣事件では少なからずの犠牲者が出た。
魔獣発生時に戻ってこなかった鉱夫達、その鉱夫達を探しに行った捜索隊、鉱山で起きている異変を調べに行った調査隊、その数合わせて約100名。
魔獣から受けた被害にしては、前例がない程の小さい被害であった。しかし、犠牲者やその家族、友人からすれば全体的な数など関係ないことである。
慰霊碑は魔獣事件の犠牲になった全ての被害者を追悼し、そして魔獣事件を忘れないようにするという目的で建設されることになったのだ。これはストール伯爵とボノオロスを含めた鉱夫達の総意で決定された。
マイン公爵もストール伯爵から慰霊碑建設の話を聞き、建設費用を一部支援していたので知っていたが、どういった慰霊碑にするか、設置場所をどこにするか、いつ建設するか等の具体的なことは、魔獣事件の当事者であるストール伯爵に丸投げしており把握していなかった。
「設置場所は?」
「この広場の中心に設置しようと思います。ここなら毎日必ず目にすることが出来ますし、その方があいつらも寂しくないと思いますので……」
ボノオロスはそう言うと、眉を歪ませて寂しそうに顔を伏せた。
「……建設に際して物や人手が必要なら遠慮なく申請しなさい。すぐに用意させるわ」
「ありがとうございます。マイン公爵様……」
その後、広場の説明を終えたボノオロスは、宿舎にある事務所の方に二人を案内した。事務所には坑道全体図を記した長机5つ分もある巨大な地図が置かれており、ボノオロス達はその地図を取り囲むように立つ。
地図には鉱山内の危険な場所や、魔獣が住みかにしていたとされる巨大な縦穴の場所、魔獣との戦闘跡があった場所、被害を受けずに無事だった場所などの、鉱山の最新情報が全て記されていた。
地図を指しながら鉱山の現状をより詳しく説明するボノオロス。それに合わせてマイン公爵とエヴァイアが質問を投げ掛け、ボノオロスが一つ一つ答えていく。
「縦穴の調査はどうなっているの?」
「現在は安全に降りるための梯子も出来ましたので、数日前からストール伯爵が手配してくれた伯爵軍の中でも優秀な魔術師3名と護衛騎士2名、それと鉱夫歴の長い鉱夫の5名で調査をしています。
まだ調査を始めたばかりで今のところ何も見つかってないそうですが、何か発見があれば直ぐにでも報告書を書いて届ける手はずになってると聞いています」
「分かったわ。あっ、そうそう、少しでも不思議に思った点があったらそれも報告して頂戴。こっちでも調べてみるから」
「了解しました。そのように伝えておきます」
ボノオロスとマイン公爵がそんな会話をしている中、エヴァイアは地図上に記された縦穴の場所をじっと見つめていた。
「魔獣が作った縦穴か……」
「興味がありますか?」
「勿論だマイン公爵。こう言っては不謹慎かもしてないが、そんなものを見れる機会など早々あるわけではないからね。ボノオロス、是非そこを視察したいのだが、この後の視察の予定には入っているのか?」
エヴァイアの質問に、ボノオロスは首を振って答える。
「……皇帝陛下、大変申し訳ありませんが、その予定は入っていませんし、入れるわけにはいきません」
「何故だ?」
「マイン公爵様と皇帝陛下をあの危険地帯にお連れしてもし何かあれば、俺とストール伯爵の首を合わせても責任を取りきれませんので」
ボノオロスの説明にエヴァイアは首を傾げた。
「危険だと? 先程は安全に降りれるようになったと言っていたではないか」
「降りるだけなら安全です。しかし、この縦穴とその周辺は魔獣が頻繁に移動した所為でかなり脆くなっています。修復作業は現在も進めていますが、他と比べ物にならないほどの荒れ具合だった為、まだ完全に修復しきっておらず未だに崩落の危険があるのです。何卒、ご了承ください」
ボノオロスはそう言って頭を深く下げた。鉱山の構造についてこの場の誰よりも詳しいボノオロスがこう言っている以上、その危険性は明らかだった。
「私も縦穴がどんなものか実際に目にしたかったですが……、仕方ないようですね」
「……何とかならないのかいマイン公爵?」
素直に諦めの意思を見せたマイン公爵だったが、欲を諦めきれないエヴァイアは何とか食い下がろうとしていた。
「皇帝陛下、ボノオロスはこの鉱山に関して一番詳しい人物です。その彼が万が一の事態を想定し私達の安全を最優先に考えてくれているのです」
「しかし、せっかくここまで来たというのになー……」
「ではこうしましょう。縦穴の調査報告は皇帝陛下の元に詳細な図解付きで必ず届けさせるようにしますので、ここはそれで手を打ってくれませんか?」
「むぅ……。マイン公爵にそこまで言われれば、引き下がるしかないじゃないか……」
「ありがとうございます。マイン公爵様、皇帝陛下」
納得は仕切っていないしぶしぶといった様子だったが、エヴァイアが引き下がったことによりこの話は終わりとなった。
その後、視察ルートの詳細を説明し終え、早速視察に向かうことになった。
「お待たせしました。では案内いたしますので、ついて来て下さい」
そう言ってボノオロスが事務所を出ようとした、その時だった。
「ボノオロスさーん! まだいてますかー!!」
ボノオロスの名前を大声で呼びながら、一人の兵士が荒々しく扉を開けて事務所に飛び込んできた。彼は鉱山を警備を担当しているストール領主軍の兵士の一人だ。
何やら慌てた様子で息を切らしながら全力疾走してきた兵士は、マイン公爵とエヴァイアの姿を目にすると、いきなり事務所に飛び込んできたことを慌てて謝罪して、ピシッと敬礼した。
兵士の慌てた様子から何かあったのは確実で、ボノオロスは兵士から事情を聴くことにした。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい。ボノオロスさんに合わせてほしいという人物が来ています! どうされますか?」
あまりにも予想外で拍子抜けな内容に、ボノオロスは一気に緊張が抜けて溜息を吐いた。
(全く、身構えて損したぜ……面会なんていつでもできるだろうが! 俺が今日は手が離せないのは知っているだろうに……!? それなのにこいつは何でこんなに急いできたんだ?)
「……知ってると思うが、今から俺はマイン公爵様と皇帝陛下を連れて鉱山を案内しなくてはいけない。その人物には悪いが日を改めるように伝えてくれないか?」
この兵士が慌てていた理由は分からないが、伝えてくれた内容はわざわざマイン公爵と皇帝陛下の案内を中断するよりも重要ではなかった。というより、どんな人物が来ていたとしても、国を治めているマイン公爵と皇帝陛下を後回しにせざるを得ない人物などいるわけがない。
「は、はい……ですが……」
しかしこの兵士はそう思っていないようで、納得していない、というよりは本当に断ってもいいのだろうか? と迷っている様子だった。
何を迷う必要があるのだろうか? すぐ背後にいるマイン公爵と皇帝陛下の姿が目に入らないわけがない。実際この兵士も二人の存在が気になるようで、事務所に入って来てからチラチラと何度も目線を向けていた。だったらボノオロスが何を優先うべきであるかは、その立場にいなくても察するのは簡単だろう。
その上で迷いがあるということは、考えられる事は一つだけしかない。ボノオロスを訪ねて来た人物が、マイン公爵や皇帝陛下と同等か近い立ち位置の人物だということだ。……少なくともこの兵士の中では。
「……因みに、訪ねて来てるのは誰なんだ?」
そういえばその人物の名前をまだ聞いていなかったと思い至り尋ねてみたが、兵士は言葉に戸惑い中々口を開かなかった。そして、チラリとボノオロスの背後にいたマイン公爵を見てから、ようやく小さく口を動かした。
「……魔女様です」
「……何?」
「淵緑の魔女様が、訪ねて来てます……どうしますか?」
そして当初の予定していた通りに、昼頃にマイン公爵と皇帝エヴァイアを乗せた馬車が鉱山に到着した。
「お待ちしておりました。マイン公爵様」
馬車を降りたマイン公爵を、ボノオロスは片膝を付いて頭を下げて出迎える。
「そんなに畏まらなくてもいいわボノオロス。楽にしなさい」
「ははっ!」
面を上げて立ち上がったボノオロスは、改めてマイン公爵とその後から馬車を降りてきた皇帝エヴァイアと向かい合う。
マイン公爵は歴戦の格闘家のような鍛え上げられた見事な体格をしており、相変わらずと言っていいほど貴族服姿が似合っておらず見た目と不釣り合いだった。
そのマイン公爵の隣には、マイン公爵と比べれば至って常識的な体格をした皇帝エヴァイア・ブロキュオンが立っている。深紅を基調に金色の刺繍が施された格調高い礼服、線の細い青年と言えるほどの若い見た目にをしており、金色の髪と長耳族を象徴する先の尖った、平均より長い耳が特徴的だった。
見た目こそ天と地ほどの差異がある二人だが、両者とも纏う覇気は間違いなく国を治める王のそれであった。鉱夫長という肩書こそあれど身分では一平民でしかないボノオロスは、二人が漂わせる強い覇気に当てられ無意識に体を強張らせる。
「皇帝陛下、こちらはボノオロス。ストール鉱山で働く鉱夫達を取りまとめている男です」
「お初にお目にかかります皇帝陛下。ご紹介にあずかりましたボノオロスです。今日はお二方の案内役を仰せつかっております」
礼儀作法など見様見真似でしか知らないボノオロスにとっては上出来といえる言葉づかいで、エヴァイアに自己紹介をして一礼する。
「我がブロキュオン帝国皇帝エヴァイア・ブロキュオンだ。今日はよろしく頼むぞ、ボノオロス」
エヴァイアはそれに対して、マイン公爵と話す時と違う皇帝らしい振る舞いで応えるのだった。
マイン公爵や皇帝エヴァイアが来ているからと言って仕事の手を止めていいわけなく、ボノオロスは鉱夫達にいつも通り仕事に取り掛かるように伝えてから、マイン公爵とエヴァイアを案内し始める。
まず最初に見せたのは、鉱山の入り口前の広場である。普段は主に採掘した鉱石の保管場所として利用されていた場所だが、採掘量が減少した今では鉱石の保管場所は広場の隅の一角に追いやられ、その代わりに鉱山復興に必要な資材や道具が大量に置かれていた。
「そういえば、魔獣との戦闘はこの広場で行われたと聞いてるが、それらしい跡はどこにも見当たらないな?」
思い出したようにそう言って、エヴァイアは広場をぐるりと見渡した。そこには激闘の跡など見当たらず、地面はしっかりと均されていた。
「それはこの広場の修復が、最優先で行われたからです。皇帝陛下の仰る通り、魔獣との激闘はこの広場で繰り広げられました。その影響で広場は戦闘の爪痕でボロボロになりました。
しかし、ご覧のように鉱山の完全復興には沢山の資材が必要で、その置き場所を確保するためにも広場の早期修復は必要だったのです」
「なるほどな」
ボノオロスの説明に納得した様子のエヴァイア。
「そう言えば、慰霊碑を設置する件はどうなっているのかしら?」
続いてマイン公爵がボノオロスに別の話題を振る。
「その件は鉱山の復興が済み次第、取り掛かる予定でございます」
魔獣事件では少なからずの犠牲者が出た。
魔獣発生時に戻ってこなかった鉱夫達、その鉱夫達を探しに行った捜索隊、鉱山で起きている異変を調べに行った調査隊、その数合わせて約100名。
魔獣から受けた被害にしては、前例がない程の小さい被害であった。しかし、犠牲者やその家族、友人からすれば全体的な数など関係ないことである。
慰霊碑は魔獣事件の犠牲になった全ての被害者を追悼し、そして魔獣事件を忘れないようにするという目的で建設されることになったのだ。これはストール伯爵とボノオロスを含めた鉱夫達の総意で決定された。
マイン公爵もストール伯爵から慰霊碑建設の話を聞き、建設費用を一部支援していたので知っていたが、どういった慰霊碑にするか、設置場所をどこにするか、いつ建設するか等の具体的なことは、魔獣事件の当事者であるストール伯爵に丸投げしており把握していなかった。
「設置場所は?」
「この広場の中心に設置しようと思います。ここなら毎日必ず目にすることが出来ますし、その方があいつらも寂しくないと思いますので……」
ボノオロスはそう言うと、眉を歪ませて寂しそうに顔を伏せた。
「……建設に際して物や人手が必要なら遠慮なく申請しなさい。すぐに用意させるわ」
「ありがとうございます。マイン公爵様……」
その後、広場の説明を終えたボノオロスは、宿舎にある事務所の方に二人を案内した。事務所には坑道全体図を記した長机5つ分もある巨大な地図が置かれており、ボノオロス達はその地図を取り囲むように立つ。
地図には鉱山内の危険な場所や、魔獣が住みかにしていたとされる巨大な縦穴の場所、魔獣との戦闘跡があった場所、被害を受けずに無事だった場所などの、鉱山の最新情報が全て記されていた。
地図を指しながら鉱山の現状をより詳しく説明するボノオロス。それに合わせてマイン公爵とエヴァイアが質問を投げ掛け、ボノオロスが一つ一つ答えていく。
「縦穴の調査はどうなっているの?」
「現在は安全に降りるための梯子も出来ましたので、数日前からストール伯爵が手配してくれた伯爵軍の中でも優秀な魔術師3名と護衛騎士2名、それと鉱夫歴の長い鉱夫の5名で調査をしています。
まだ調査を始めたばかりで今のところ何も見つかってないそうですが、何か発見があれば直ぐにでも報告書を書いて届ける手はずになってると聞いています」
「分かったわ。あっ、そうそう、少しでも不思議に思った点があったらそれも報告して頂戴。こっちでも調べてみるから」
「了解しました。そのように伝えておきます」
ボノオロスとマイン公爵がそんな会話をしている中、エヴァイアは地図上に記された縦穴の場所をじっと見つめていた。
「魔獣が作った縦穴か……」
「興味がありますか?」
「勿論だマイン公爵。こう言っては不謹慎かもしてないが、そんなものを見れる機会など早々あるわけではないからね。ボノオロス、是非そこを視察したいのだが、この後の視察の予定には入っているのか?」
エヴァイアの質問に、ボノオロスは首を振って答える。
「……皇帝陛下、大変申し訳ありませんが、その予定は入っていませんし、入れるわけにはいきません」
「何故だ?」
「マイン公爵様と皇帝陛下をあの危険地帯にお連れしてもし何かあれば、俺とストール伯爵の首を合わせても責任を取りきれませんので」
ボノオロスの説明にエヴァイアは首を傾げた。
「危険だと? 先程は安全に降りれるようになったと言っていたではないか」
「降りるだけなら安全です。しかし、この縦穴とその周辺は魔獣が頻繁に移動した所為でかなり脆くなっています。修復作業は現在も進めていますが、他と比べ物にならないほどの荒れ具合だった為、まだ完全に修復しきっておらず未だに崩落の危険があるのです。何卒、ご了承ください」
ボノオロスはそう言って頭を深く下げた。鉱山の構造についてこの場の誰よりも詳しいボノオロスがこう言っている以上、その危険性は明らかだった。
「私も縦穴がどんなものか実際に目にしたかったですが……、仕方ないようですね」
「……何とかならないのかいマイン公爵?」
素直に諦めの意思を見せたマイン公爵だったが、欲を諦めきれないエヴァイアは何とか食い下がろうとしていた。
「皇帝陛下、ボノオロスはこの鉱山に関して一番詳しい人物です。その彼が万が一の事態を想定し私達の安全を最優先に考えてくれているのです」
「しかし、せっかくここまで来たというのになー……」
「ではこうしましょう。縦穴の調査報告は皇帝陛下の元に詳細な図解付きで必ず届けさせるようにしますので、ここはそれで手を打ってくれませんか?」
「むぅ……。マイン公爵にそこまで言われれば、引き下がるしかないじゃないか……」
「ありがとうございます。マイン公爵様、皇帝陛下」
納得は仕切っていないしぶしぶといった様子だったが、エヴァイアが引き下がったことによりこの話は終わりとなった。
その後、視察ルートの詳細を説明し終え、早速視察に向かうことになった。
「お待たせしました。では案内いたしますので、ついて来て下さい」
そう言ってボノオロスが事務所を出ようとした、その時だった。
「ボノオロスさーん! まだいてますかー!!」
ボノオロスの名前を大声で呼びながら、一人の兵士が荒々しく扉を開けて事務所に飛び込んできた。彼は鉱山を警備を担当しているストール領主軍の兵士の一人だ。
何やら慌てた様子で息を切らしながら全力疾走してきた兵士は、マイン公爵とエヴァイアの姿を目にすると、いきなり事務所に飛び込んできたことを慌てて謝罪して、ピシッと敬礼した。
兵士の慌てた様子から何かあったのは確実で、ボノオロスは兵士から事情を聴くことにした。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい。ボノオロスさんに合わせてほしいという人物が来ています! どうされますか?」
あまりにも予想外で拍子抜けな内容に、ボノオロスは一気に緊張が抜けて溜息を吐いた。
(全く、身構えて損したぜ……面会なんていつでもできるだろうが! 俺が今日は手が離せないのは知っているだろうに……!? それなのにこいつは何でこんなに急いできたんだ?)
「……知ってると思うが、今から俺はマイン公爵様と皇帝陛下を連れて鉱山を案内しなくてはいけない。その人物には悪いが日を改めるように伝えてくれないか?」
この兵士が慌てていた理由は分からないが、伝えてくれた内容はわざわざマイン公爵と皇帝陛下の案内を中断するよりも重要ではなかった。というより、どんな人物が来ていたとしても、国を治めているマイン公爵と皇帝陛下を後回しにせざるを得ない人物などいるわけがない。
「は、はい……ですが……」
しかしこの兵士はそう思っていないようで、納得していない、というよりは本当に断ってもいいのだろうか? と迷っている様子だった。
何を迷う必要があるのだろうか? すぐ背後にいるマイン公爵と皇帝陛下の姿が目に入らないわけがない。実際この兵士も二人の存在が気になるようで、事務所に入って来てからチラチラと何度も目線を向けていた。だったらボノオロスが何を優先うべきであるかは、その立場にいなくても察するのは簡単だろう。
その上で迷いがあるということは、考えられる事は一つだけしかない。ボノオロスを訪ねて来た人物が、マイン公爵や皇帝陛下と同等か近い立ち位置の人物だということだ。……少なくともこの兵士の中では。
「……因みに、訪ねて来てるのは誰なんだ?」
そういえばその人物の名前をまだ聞いていなかったと思い至り尋ねてみたが、兵士は言葉に戸惑い中々口を開かなかった。そして、チラリとボノオロスの背後にいたマイン公爵を見てから、ようやく小さく口を動かした。
「……魔女様です」
「……何?」
「淵緑の魔女様が、訪ねて来てます……どうしますか?」