残酷な描写あり
95.ストール鉱山6
「持ち帰るって……そんな大きな岩をどうやってここから運び出すつもりですか?!」
「マイン公爵の言う通りですセレスティア殿。岩の大きさ的には坑道内を通ることは出来るでしょうが、それ以前にどうやってこの深い縦穴の上にこの岩を待ち上げるおつもりですか?!
いや、人手を揃えれば引っ張り上げるのは出来るかもしれませんが、とてもじゃないですが今日中には無理です! こういった大作業は安全に作業を終えれるように事前にしっかりと準備と計算をしてから挑む必要があるんです!」
オリヴィエとボノオロスさんが揃って抗議の声を上げた。勿論そんなことは言われなくても分かっている。この大きな岩塊を縦穴の上に持っていくだけでも相当な重労働が必要になるのは、誰の目で見ても火を見るより明らかだ。
だが、私には秘策がある。
「その辺りは心配しなくても大丈夫よ。運び出すのは私一人で出来るから、人手を集める必要はないわ」
「「なっ!?」」
「ほほう……」
そう、この程度の物であれば、私一人で屋敷に持ち帰るなんて造作もないことだ。
「それじゃあ、危ないから少し離れてて!」
そう言ってオリヴィエ達を下がらせると、私は魔力を高めて魔法陣を描く。岩塊全てに影響を与える必要があるので、魔法陣の大きさは岩塊よりも大きくしないといけない。そして直径約4メートル程の大きさの円形魔法陣を展開して魔力を注ぎ、あとは私の意志一つで直ぐに魔術を発動出来る状態で待機させておく。
これで準備は整った。私は魔法陣の中に足を踏み入れ岩塊の隣に立ち、離れた場所で様子を眺めていたオリヴィエ達に向き直ってこう言った。
「それじゃあオリヴィエ……後は任せたわ!」
「えっ?」
間の抜けた声を出し、私の言った言葉の意味を汲み取れていない様子のオリヴィエ。まあそれも、この後すぐに理解できるだろうから大丈夫だ。
「……まさか!? ちょっとま――」
オリヴィエとは逆に、私の言葉の意味を察したエヴァイアが何か言おうといしていたが、構っていたら帰れなくなりそうなので無視して私は魔術を発動させた。
「『転移』!」
次の瞬間、魔法陣から眩い光が溢れ出し、視界を一瞬で奪うと同時に強烈な浮遊感が襲いかかる。私は目を閉じて、浮遊感に抗うことなく身を任せる。
そして数秒後、浮遊感の消失と共に足元に固い地面を踏みしめる感触が戻ってきた。私はゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。視界に映った景色は先程までいた岩肌がゴツゴツした武骨な場所ではなく、調和の取れた見慣れた屋敷の室内へと変わっていた。
「……よし、上手くいったわね」
思惑通りに事が運んだことに安堵して、一緒に転移させた岩塊にもたれて大きく息を吐いた。
本来ならボノオロスさんからじっくり話を聞いて色々するつもりだったのに、オリヴィエとエヴァイアが居たことで十分な検証が出来ずに帰って来る……いや、逃げるしかなかった。
それに、この展開に持ち込むために仕方なかったとはいえ、私の力の一端をエヴァイアに色々見せてしまったのは痛手だった。“超感覚”を持つというエヴァイアは、恐らく私がこっそりしていたアレにも気付いているだろうし……。
オリヴィエの父親から昔に聞いた話では、ブロキュオン帝国皇帝のエヴァイアは相当な人材マニアらしい。それはクワトルとティンクを勧誘しようとしたことからも明らかだろう。
私はエヴァイアと会った時のことを思い出す。
エヴァイアの反応から考えて私に興味を持っていたのは間違いないし、岩塊を掘り出した時や転移で岩塊ごと移動した力を見て、増々私に興味を持ったであろうことは簡単に想像できる。
……でもまあ、聞きたかったことは最低限聞くことができたし、エヴァイアに必要以上に絡まれることなくこうしてサンプルも無事に持ち帰れたのだから、一先ずは良しとするべきだろう。
「セレスティア様!? 何かあったのですか!?」
私が帰ってきたことを察知したアインが、慌てた様子で玄関ホールに駆けつけてきた。大げさな反応だなと思ったが、アインには帰るのは夜遅くになると言っていたし、エヴァイアの手前帰ることを事前に伝えることもできていなかった。
アインからすれば何の連絡もなく突然私が帰って来たものだから、何か非常事態があったと考えるのは当然だった。
「大丈夫よアイン。ちょっと面倒な事になったから早めに帰って来ただけよ」
「そうでしたか、セレスティア様が無事なようで何よりです」
アインは安心してホッと胸を撫で下ろした。
「それよりアイン。今すぐミューダを呼んできてくれない? これを特別実験室に運びたいの」
「……確かにこれは、ミューダ様のお力が必要ですね。畏まりました、直ちにお連れいたします」
アインは一礼して直ぐ、ミューダを呼びに屋敷の奥へと駆けて行った。
しばらくして、アインに連れられてやって来たミューダに岩塊を地下の特別実験室に運んで欲しいとお願いする。何故私の自室ではなく特別実験室に運ぼうとしているかと言えば、ただ単に私の自室に置く場所が無いだけだ。
ミューダは露骨に面倒くさそうな顔をしていたが、しぶしぶ亜空間を開いてその中に岩塊を収納してくれた。
ミューダが開いた亜空間は収納魔術と同じ原理のものだ。しかし亜空間は元々そのままでは不安定すぎて、下手をすれば周囲の物を無差別の飲み込んでしまう危険性があるものだ。その為、普通は入れ物に付与するという形で亜空間を安定させるのである。
だが、ミューダはそれを自分の技量だけで無理やり空間上に固定して安定させることができる。ハッキリ言って常識を十回りくらい飛び越えたことを平然とやっており、これは私でも到底真似は出来ない技術だ。
しかしこの亜空間はとても便利なものなのである。空間上に直接亜空間を作り出すので、収納魔術付与の入れ物とは違い、出入り口のサイズを自由自在に変えることができる。更にミューダの魔力は元々膨大な為、亜空間の容量はほぼ無尽蔵と言っていいらしい。なので私が採掘した岩塊ぐらいの大きさでも、余裕で収納できてしまうのだ。
屋敷の地下にある特別実験室に向かい道すがら、私はミューダに鉱山での事の顛末を話した。
それを聞いたミューダはぐちぐち小言で文句を言っていたが、私の主張を聞いて最終的には仕方ない事だったと納得してくれた。なんだかんだで優しい男である。
特別実験室に到着し亜空間から岩塊を取り出してもらった私は、ミューダにお礼を言って早速実験に取り掛かることにした。
「しかしセレスティアよ、そんな岩の塊をどうするつもりだ? 確か今は魔石について調べているのではなかったのか?」
「魔石ならあるわよ、この中に」
私が指差す岩塊をじっと見つめて神経を研ぎ澄ませるミューダ。
「ふむ……なるほど、確かに中から魔力の気配を感じるな」
ミューダに納得してもらったところで、私は早速錬金術を発動させて岩塊を丁寧に砕き、中から魔石だけを取り出した。取り出した魔石の大きさは世間に出回る物とほぼ同じ小石サイズの物ばかりだった。まあ、カグヅチさんに渡したような拳大の魔石なんて早々に見つかる物じゃないから仕方ない。それに今回は、大きさは問題ではないから気にしなくて構わない。
出てきた魔石を数えると、全部で58個だった。
私は収納魔術が付与された袋から一冊の分厚い本を取り出し、パラパラとページを捲って目的のページを探す。
「それはもしかして父親の本か?」
私の手元を覗き込みながら、ミューダがそんなことを言ってくる。
「そうよ」
この本は私の父の形見だ。父は研究者で、この本には父が生前に研究していた全てが認められている。まあ、正確に言うとこれは写本で、本物は図書館の地下2階に厳重に保管してある。
私は沢山あるページの中から、やっと目的のページを見つけ出した。
「あっ、あった! ええと、立方体の体積は『底面積×高さ』だから、一辺が3メートルのこれの体積は27立方メートルだった。つまり、単純計算で1立方メートルの中に魔石が約2個は存在したことになるわね」
「つまり……どういうことになるんだ?」
ピンと来ていないミューダに、詳しく説明する。
「この岩塊は魔獣が住処にしていた縦穴から採取してきた物なの。あの場所には大きな魔素溜まりがあったみたいで、魔獣はその魔素を餌にしていたみたいなの」
ここまでは魔獣事件の詳細を聞いていたミューダも知っていたことなので、無言で頷いていた。
「そして私がボノオロスさんから聞いた話では、魔素溜まりの周辺では魔石が大量に発見されるそうなの。他のサンプルの採取は出来なかったからまだ確証はできないけど、これはそれを証明する大きな証拠になるはずよ!」
「なるほどな。単位の意味は我にはよく分からないが、要はこの大きさの岩塊から魔石がこれだけの数出てくること自体が、その縦穴が魔素溜まりであった何よりの証と言うわけだな!」
「そういうことよ!」
ミューダに私の考えを理解してもらったところで私は本を仕舞い、錬金術を発動させて岩塊を岩石と鉱石の二つに大まかに分類して、それぞれを別々に纏めた。
「そんな風に分けてどうするつもりなんだ?」
「今回はどうもしないわ。ただ単に今後利用するかもしれないから、今のうちに分類分けしただけよ。今調べたいのはこの魔石だもの」
そう言って私は岩塊から取り出した魔石の一つ手に取った。
「魔石は地中で魔素を吸収した鉱石が変質したも物というのが通説よ。そしてその説は“地中で”という部分を除けばほぼ正解と言っていいわ」
「ああ、お前が以前実験して証明してたな」
私は数十年前に魔石を作り出す実験をしていた。そしてその実験の結果、鉱石に過剰の魔力を与えると通説通りに鉱石は魔石へと変質することが分かった。つまり、魔石の変質の条件に地下であることは関係なく、条件さえ合えば地上でも変質するということだ。
「でも、ひとつ疑問が残ったわ。どうして地上では魔石が殆ど見つからないのに、地下や鉱山を掘ると沢山出てくるのかということよ」
「それについても仮説を立ててただろう? 地上では変質に必要な大量の魔素が無いから変質できないと」
そう、ミューダの言った通り、私は当時そんな仮説を立てていた。
「確かにあの時はそれ以外に説明できないからそう思っていたわ。地下に魔素が溜まっている場所があることも分かっていたし、それが時々地上に漏れ出る事例もあったからね。
……でも今日、ボノオロスさんの話を聞いて、私の仮説に矛盾を見つけたの」
「ほぅ……それはどんなことだ?」
興味津々といった様子で、ミューダは話に食いついてきた。
「ボノオロスさんの話では鉱山では魔石は頻繁に見つかるらしいのだけど、その見つかり方にはある特徴があって、疎らに見つかる時と纏まって見つかる時があるそうよ。
そして纏まって見つかる時は必ずと言っていい確率で近くから魔素溜まりも見つかるみたいなの。……これって、おかしいと思わない?」
「ん? どこがだ?」
ミューダは私の言いたいことが分かっていない様子で首を傾げた。
「さっき言ったでしょう? 地上では変質に必要な大量の魔素が無いから魔石が出来ないって。だったら大量の魔石が見つかる場所に魔素溜まりが残っているのはおかしいでしょう?」
顎に手を当てて私の言っている意味を考えるミューダ。しばらくして何かに気付いたようで、ハッ! と顔を上げた。
「そうか! 魔石への変質に大量の魔素が必要なら、大量に魔石が見つかる近くに魔素溜まりが出来る程の魔素が存在するわけがないということか!?」
「そういうことよ!」
魔石が生成されるには大量の魔素が必要なことは、私が実験で証明している。ならば魔素溜まりがある近くで魔石が多く見つかるのも自然なことに思えるが、よく考えてみてほしい。
魔石が大量に見つかるということは、魔石はその周囲にあった膨大な量の魔素を吸収しているはずだ。ならばその場所に魔素溜まりなんてものが残るものだろうか? 答えは“NO”だ。
しかし、ボノオロスさんの話では大量の魔石が見つかる時は魔素溜まりも同時に見つかると言っていたし、魔獣が住処にしていた魔素溜まりがあったとされる縦穴の壁から採取した岩塊からも沢山の魔石が出てきた事実から、これも同時に証明されているのだ。
この二つは証明済みの事実であり、そこに疑いの余地はない。それなのにどういう訳か矛盾が発生しているのだ。
「つまり、二つの事実のどちらか、あるいは両方とも、前提の条件に間違いがあるということよ!」
私が導き出したこの答えに、ミューダは興奮を抑えられない様子で震えていた。
「ふふ、ふふふふふ、面白い、面白くなってきたなセレスティア! 因みに、その間違いにはもう見当がついているのか?」
ミューダの質問に、私は首を振る。
「残念だけど、それを見つけるのはこれからよ。それと魔石も沢山手に入ったから、魔石加工の研究も同時に進めるつもりよ」
「分かった、何か協力できることがあれば、我にいつでも声をかけるがよい!」
「ええ、その時は遠慮なく頼らせてもらうわ!」
そう言うとミューダは満足そうに踵を返し、自室に戻って行った。
それを見送った私は父の残した本を開き、謎を解く新しいヒントを探すのだった。
「マイン公爵の言う通りですセレスティア殿。岩の大きさ的には坑道内を通ることは出来るでしょうが、それ以前にどうやってこの深い縦穴の上にこの岩を待ち上げるおつもりですか?!
いや、人手を揃えれば引っ張り上げるのは出来るかもしれませんが、とてもじゃないですが今日中には無理です! こういった大作業は安全に作業を終えれるように事前にしっかりと準備と計算をしてから挑む必要があるんです!」
オリヴィエとボノオロスさんが揃って抗議の声を上げた。勿論そんなことは言われなくても分かっている。この大きな岩塊を縦穴の上に持っていくだけでも相当な重労働が必要になるのは、誰の目で見ても火を見るより明らかだ。
だが、私には秘策がある。
「その辺りは心配しなくても大丈夫よ。運び出すのは私一人で出来るから、人手を集める必要はないわ」
「「なっ!?」」
「ほほう……」
そう、この程度の物であれば、私一人で屋敷に持ち帰るなんて造作もないことだ。
「それじゃあ、危ないから少し離れてて!」
そう言ってオリヴィエ達を下がらせると、私は魔力を高めて魔法陣を描く。岩塊全てに影響を与える必要があるので、魔法陣の大きさは岩塊よりも大きくしないといけない。そして直径約4メートル程の大きさの円形魔法陣を展開して魔力を注ぎ、あとは私の意志一つで直ぐに魔術を発動出来る状態で待機させておく。
これで準備は整った。私は魔法陣の中に足を踏み入れ岩塊の隣に立ち、離れた場所で様子を眺めていたオリヴィエ達に向き直ってこう言った。
「それじゃあオリヴィエ……後は任せたわ!」
「えっ?」
間の抜けた声を出し、私の言った言葉の意味を汲み取れていない様子のオリヴィエ。まあそれも、この後すぐに理解できるだろうから大丈夫だ。
「……まさか!? ちょっとま――」
オリヴィエとは逆に、私の言葉の意味を察したエヴァイアが何か言おうといしていたが、構っていたら帰れなくなりそうなので無視して私は魔術を発動させた。
「『転移』!」
次の瞬間、魔法陣から眩い光が溢れ出し、視界を一瞬で奪うと同時に強烈な浮遊感が襲いかかる。私は目を閉じて、浮遊感に抗うことなく身を任せる。
そして数秒後、浮遊感の消失と共に足元に固い地面を踏みしめる感触が戻ってきた。私はゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。視界に映った景色は先程までいた岩肌がゴツゴツした武骨な場所ではなく、調和の取れた見慣れた屋敷の室内へと変わっていた。
「……よし、上手くいったわね」
思惑通りに事が運んだことに安堵して、一緒に転移させた岩塊にもたれて大きく息を吐いた。
本来ならボノオロスさんからじっくり話を聞いて色々するつもりだったのに、オリヴィエとエヴァイアが居たことで十分な検証が出来ずに帰って来る……いや、逃げるしかなかった。
それに、この展開に持ち込むために仕方なかったとはいえ、私の力の一端をエヴァイアに色々見せてしまったのは痛手だった。“超感覚”を持つというエヴァイアは、恐らく私がこっそりしていたアレにも気付いているだろうし……。
オリヴィエの父親から昔に聞いた話では、ブロキュオン帝国皇帝のエヴァイアは相当な人材マニアらしい。それはクワトルとティンクを勧誘しようとしたことからも明らかだろう。
私はエヴァイアと会った時のことを思い出す。
エヴァイアの反応から考えて私に興味を持っていたのは間違いないし、岩塊を掘り出した時や転移で岩塊ごと移動した力を見て、増々私に興味を持ったであろうことは簡単に想像できる。
……でもまあ、聞きたかったことは最低限聞くことができたし、エヴァイアに必要以上に絡まれることなくこうしてサンプルも無事に持ち帰れたのだから、一先ずは良しとするべきだろう。
「セレスティア様!? 何かあったのですか!?」
私が帰ってきたことを察知したアインが、慌てた様子で玄関ホールに駆けつけてきた。大げさな反応だなと思ったが、アインには帰るのは夜遅くになると言っていたし、エヴァイアの手前帰ることを事前に伝えることもできていなかった。
アインからすれば何の連絡もなく突然私が帰って来たものだから、何か非常事態があったと考えるのは当然だった。
「大丈夫よアイン。ちょっと面倒な事になったから早めに帰って来ただけよ」
「そうでしたか、セレスティア様が無事なようで何よりです」
アインは安心してホッと胸を撫で下ろした。
「それよりアイン。今すぐミューダを呼んできてくれない? これを特別実験室に運びたいの」
「……確かにこれは、ミューダ様のお力が必要ですね。畏まりました、直ちにお連れいたします」
アインは一礼して直ぐ、ミューダを呼びに屋敷の奥へと駆けて行った。
しばらくして、アインに連れられてやって来たミューダに岩塊を地下の特別実験室に運んで欲しいとお願いする。何故私の自室ではなく特別実験室に運ぼうとしているかと言えば、ただ単に私の自室に置く場所が無いだけだ。
ミューダは露骨に面倒くさそうな顔をしていたが、しぶしぶ亜空間を開いてその中に岩塊を収納してくれた。
ミューダが開いた亜空間は収納魔術と同じ原理のものだ。しかし亜空間は元々そのままでは不安定すぎて、下手をすれば周囲の物を無差別の飲み込んでしまう危険性があるものだ。その為、普通は入れ物に付与するという形で亜空間を安定させるのである。
だが、ミューダはそれを自分の技量だけで無理やり空間上に固定して安定させることができる。ハッキリ言って常識を十回りくらい飛び越えたことを平然とやっており、これは私でも到底真似は出来ない技術だ。
しかしこの亜空間はとても便利なものなのである。空間上に直接亜空間を作り出すので、収納魔術付与の入れ物とは違い、出入り口のサイズを自由自在に変えることができる。更にミューダの魔力は元々膨大な為、亜空間の容量はほぼ無尽蔵と言っていいらしい。なので私が採掘した岩塊ぐらいの大きさでも、余裕で収納できてしまうのだ。
屋敷の地下にある特別実験室に向かい道すがら、私はミューダに鉱山での事の顛末を話した。
それを聞いたミューダはぐちぐち小言で文句を言っていたが、私の主張を聞いて最終的には仕方ない事だったと納得してくれた。なんだかんだで優しい男である。
特別実験室に到着し亜空間から岩塊を取り出してもらった私は、ミューダにお礼を言って早速実験に取り掛かることにした。
「しかしセレスティアよ、そんな岩の塊をどうするつもりだ? 確か今は魔石について調べているのではなかったのか?」
「魔石ならあるわよ、この中に」
私が指差す岩塊をじっと見つめて神経を研ぎ澄ませるミューダ。
「ふむ……なるほど、確かに中から魔力の気配を感じるな」
ミューダに納得してもらったところで、私は早速錬金術を発動させて岩塊を丁寧に砕き、中から魔石だけを取り出した。取り出した魔石の大きさは世間に出回る物とほぼ同じ小石サイズの物ばかりだった。まあ、カグヅチさんに渡したような拳大の魔石なんて早々に見つかる物じゃないから仕方ない。それに今回は、大きさは問題ではないから気にしなくて構わない。
出てきた魔石を数えると、全部で58個だった。
私は収納魔術が付与された袋から一冊の分厚い本を取り出し、パラパラとページを捲って目的のページを探す。
「それはもしかして父親の本か?」
私の手元を覗き込みながら、ミューダがそんなことを言ってくる。
「そうよ」
この本は私の父の形見だ。父は研究者で、この本には父が生前に研究していた全てが認められている。まあ、正確に言うとこれは写本で、本物は図書館の地下2階に厳重に保管してある。
私は沢山あるページの中から、やっと目的のページを見つけ出した。
「あっ、あった! ええと、立方体の体積は『底面積×高さ』だから、一辺が3メートルのこれの体積は27立方メートルだった。つまり、単純計算で1立方メートルの中に魔石が約2個は存在したことになるわね」
「つまり……どういうことになるんだ?」
ピンと来ていないミューダに、詳しく説明する。
「この岩塊は魔獣が住処にしていた縦穴から採取してきた物なの。あの場所には大きな魔素溜まりがあったみたいで、魔獣はその魔素を餌にしていたみたいなの」
ここまでは魔獣事件の詳細を聞いていたミューダも知っていたことなので、無言で頷いていた。
「そして私がボノオロスさんから聞いた話では、魔素溜まりの周辺では魔石が大量に発見されるそうなの。他のサンプルの採取は出来なかったからまだ確証はできないけど、これはそれを証明する大きな証拠になるはずよ!」
「なるほどな。単位の意味は我にはよく分からないが、要はこの大きさの岩塊から魔石がこれだけの数出てくること自体が、その縦穴が魔素溜まりであった何よりの証と言うわけだな!」
「そういうことよ!」
ミューダに私の考えを理解してもらったところで私は本を仕舞い、錬金術を発動させて岩塊を岩石と鉱石の二つに大まかに分類して、それぞれを別々に纏めた。
「そんな風に分けてどうするつもりなんだ?」
「今回はどうもしないわ。ただ単に今後利用するかもしれないから、今のうちに分類分けしただけよ。今調べたいのはこの魔石だもの」
そう言って私は岩塊から取り出した魔石の一つ手に取った。
「魔石は地中で魔素を吸収した鉱石が変質したも物というのが通説よ。そしてその説は“地中で”という部分を除けばほぼ正解と言っていいわ」
「ああ、お前が以前実験して証明してたな」
私は数十年前に魔石を作り出す実験をしていた。そしてその実験の結果、鉱石に過剰の魔力を与えると通説通りに鉱石は魔石へと変質することが分かった。つまり、魔石の変質の条件に地下であることは関係なく、条件さえ合えば地上でも変質するということだ。
「でも、ひとつ疑問が残ったわ。どうして地上では魔石が殆ど見つからないのに、地下や鉱山を掘ると沢山出てくるのかということよ」
「それについても仮説を立ててただろう? 地上では変質に必要な大量の魔素が無いから変質できないと」
そう、ミューダの言った通り、私は当時そんな仮説を立てていた。
「確かにあの時はそれ以外に説明できないからそう思っていたわ。地下に魔素が溜まっている場所があることも分かっていたし、それが時々地上に漏れ出る事例もあったからね。
……でも今日、ボノオロスさんの話を聞いて、私の仮説に矛盾を見つけたの」
「ほぅ……それはどんなことだ?」
興味津々といった様子で、ミューダは話に食いついてきた。
「ボノオロスさんの話では鉱山では魔石は頻繁に見つかるらしいのだけど、その見つかり方にはある特徴があって、疎らに見つかる時と纏まって見つかる時があるそうよ。
そして纏まって見つかる時は必ずと言っていい確率で近くから魔素溜まりも見つかるみたいなの。……これって、おかしいと思わない?」
「ん? どこがだ?」
ミューダは私の言いたいことが分かっていない様子で首を傾げた。
「さっき言ったでしょう? 地上では変質に必要な大量の魔素が無いから魔石が出来ないって。だったら大量の魔石が見つかる場所に魔素溜まりが残っているのはおかしいでしょう?」
顎に手を当てて私の言っている意味を考えるミューダ。しばらくして何かに気付いたようで、ハッ! と顔を上げた。
「そうか! 魔石への変質に大量の魔素が必要なら、大量に魔石が見つかる近くに魔素溜まりが出来る程の魔素が存在するわけがないということか!?」
「そういうことよ!」
魔石が生成されるには大量の魔素が必要なことは、私が実験で証明している。ならば魔素溜まりがある近くで魔石が多く見つかるのも自然なことに思えるが、よく考えてみてほしい。
魔石が大量に見つかるということは、魔石はその周囲にあった膨大な量の魔素を吸収しているはずだ。ならばその場所に魔素溜まりなんてものが残るものだろうか? 答えは“NO”だ。
しかし、ボノオロスさんの話では大量の魔石が見つかる時は魔素溜まりも同時に見つかると言っていたし、魔獣が住処にしていた魔素溜まりがあったとされる縦穴の壁から採取した岩塊からも沢山の魔石が出てきた事実から、これも同時に証明されているのだ。
この二つは証明済みの事実であり、そこに疑いの余地はない。それなのにどういう訳か矛盾が発生しているのだ。
「つまり、二つの事実のどちらか、あるいは両方とも、前提の条件に間違いがあるということよ!」
私が導き出したこの答えに、ミューダは興奮を抑えられない様子で震えていた。
「ふふ、ふふふふふ、面白い、面白くなってきたなセレスティア! 因みに、その間違いにはもう見当がついているのか?」
ミューダの質問に、私は首を振る。
「残念だけど、それを見つけるのはこれからよ。それと魔石も沢山手に入ったから、魔石加工の研究も同時に進めるつもりよ」
「分かった、何か協力できることがあれば、我にいつでも声をかけるがよい!」
「ええ、その時は遠慮なく頼らせてもらうわ!」
そう言うとミューダは満足そうに踵を返し、自室に戻って行った。
それを見送った私は父の残した本を開き、謎を解く新しいヒントを探すのだった。