残酷な描写あり
94.ストール鉱山5
梯子を伝い縦穴の底に降り立ったセレスティア達。そこには先客の姿があった。
10人の人影は縦穴を隅々まで念入りに調べるような動きをしており、その行動から彼等がボノオロスが話していた調査隊だということが分かった。
先に縦穴で作業をしていた調査隊にボノオロスが事情を説明し、調査隊にマイン公爵とエヴァイアを案内するようにお願いした。
縦穴に関して詳しいのはボノオロスより彼等の方だ。セレスティアの方に付いて行きその目的を確かめようとしていたマイン公爵とエヴァイアも、「視察という目的がある以上ここに来たなら調査隊から詳細説明を聞くのが優先だ」とセレスティアに指摘され、ダメ押しで「詳細は後でボノオロスから聞いても構わない」と言ったことで、しぶしぶといった様子だったが、しばらくの間調査隊の方に合流してくれた。因みにヴェスパも護衛任務を託されているので、マイン公爵達の方に行っている。
これで晴れてボノオロスと二人きりになれたセレスティアは、二人が戻ってくるまでの間に目的を終わらせるために早速ボノオロスに質問を飛ばしていく。
「さて、二人が戻ってくるまでに色々教えてもらってもいいかしら?」
「いいですよ。それで、何を聞きたいのですか?」
強大な魔力を持ち、淵緑の魔女と呼ばれるセレスティアが聞きたいこととは何なのか……ボノオロスは興味が湧いて仕方がなかった。そんなボノオロスに、セレスティアは無邪気な笑みを見せてこう言った。
「私が聞きたいのは、“魔石”についてよ!」
「ま、魔石ですか……?」
「そうよ!」
得意げにそう言い切ったセレスティアだが、ボノオロスは予想外とも拍子抜けとも受け取れる微妙な表情を浮かべていた。
魔石はそう珍しい物ではない。地表で見つかることは稀だが、鉱山の中では割と頻繁に発見される鉱石で、魔石を用いた魔道具が普及するくらいには世に溢れている物だ。
いくら深い森の奥に引き籠っているとはいえ、セレスティアがそんな常識的なことを知らないはずがない。……ということは、セレスティアが聞こうとしているのはそんな常識的なものではないのだろうとボノオロスは考えた。
「……分かりました。魔石のどんなことを聞きたいのですか?」
偉大な魔術師であるセレスティアからどんな質問が来るのかと、ボノオロスはわくわくしていた。しかし、その内容はまたもボノオロスの期待に応えるものではなかった。
「鉱山で魔石がどんな風に見つかるかや、採掘方法、採掘の際に気を付けている事とかを教えてほしいの!」
「えっ……そんな普通のことでいいんですか?」
もっと壮大な質問が来ると思っていたボノオロスは、ポロッと本音を漏らしてしまう。
それに対して、セレスティアは「むぅ」っと眉を顰めて返した。
「ボノオロスさん、今、普通のことと言ったけど、あなたが普通と思っていることは鉱夫でない私にとっては未知の知識なのよ? 私が魔獣と戦う時に使った魔術の知識は私にとっては普通のものだけど、ボノオロスさんや普通の魔術師からしたら知らない知識でしょう?
……人はある専門分野に長く寄り添っていると、それが常識化してしまうの。自分にとっては熟知した当たり前でも、他人からすれば経験することも聞知すことも少ない稀有な知識なのを覚えておかないとダメよ!」
セレスティアに指摘され、ボノオロスは自分の認識が狭かったことを痛感した。ボノオロスは何十年と鉱山で毎日働き、鉱山のことで知らないことがない。そしてその知識が常識となっていることに気付かなかった。
しかしそれも仕方ないことなのであった。ボノオロスは鉱夫の纏め役である“鉱夫長”として鉱山で働いているため、基本的な移動範囲は鉱山と宿舎の間だけである。街に行くこともあるがそれもたまにだけでしかなく、交流関係も仲間の鉱夫達や鉱山を護衛している騎士達ぐらいの狭いものでしかないのだ。
「……セレスティア殿、ありがとうございます。どうやら俺の考えが間違っていたようです」
「私も人のこと言えたことじゃないから気にしないでいいわよ。……それで、教えてくれるの?」
「もちろんです! 俺の知っている事でいいなら何でも教えますよ!」
◆ ◆
「――なるほどね」
ボノオロスさんから聞いた話を、私は丁寧にメモに取っていく。オリヴィエとエヴァイアがいないからか、気を張る必要がなく聞きたい話を聞けたので大満足だ!
話の内容自体はそこまで変わったものではなく、得られた知識も鉱夫が知る基本的なものばかりだった。でもそれも私にとっては有益な情報だし、それにこういった基本的なところに意外なヒントが隠れているかもしれないのだ。
「ありがとうボノオロスさん。とても参考になったわ!」
「これくらいお安い御用ですよ!」
さて、聞きたいことはこれで全部聞いたし、二人が戻ってくる前にもう一つの用事を終わらせるとしましょう。
「それでボノオロスさん、二人が戻ってくる前にもう一つお願いしたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「もしかして、それがここに来た目的ですか?」
ボノオロスさんの言葉に私は無言で頷いた。
そう、さっきボノオロスさんから教えてもらった“鉱石がどんな風に見つかるか、採掘方法、採掘時の注意事項”等の知識は、別にこの縦穴に来なくてもあの事務所で教えてもらえれば済むことだった。
それをわざわざこんな場所で教えてもらったのは、それとは別の本当の目的があり、その許可をもらうためだ。
「ちょっと縦穴を調べたいのだけど、その許可をくれないかしら?」
「調べるのは構わないですが、それでしたら既に数日掛けてここを調べている調査隊に聞いたほうが早いんじゃないですか?」
ボノオロスさんの言う通り、縦穴の調査結果を聞きたいならオリヴィエとエヴァイアが今しているように直接聞いたほうが早いだろう。しかし――
「……私が調べたいのは調査隊が調べているものじゃないの。だから個人的に別で調査したいのよ。それに少し手荒な方法になるから、安全性を確保するために地質の状況に詳しいボノオロスさんから直接許可をもらいたいのよ」
私の説明にボノオロスさんは少し考える。そして周辺を見渡し、壁を軽く叩いてから口を開いた。
「……ここの地質は上の坑道と比べて頑丈なようです。上の坑道に被害が出ない程度であるなら、大丈夫だと思いますよ?」
よし! ボノオロスさんから安全性と調査許可の言質を無事に取ることができた。
「それじゃあ早速――」
「あ、ちょっと待てくださいセレスティア殿!?」
調査を始めようとした私を、ボノオロスさんが慌てて止める。
「手荒になるということでしたら、事前にマイン公爵様と皇帝陛下にその旨を伝えたほうがいいのではないですか?」
う~ん、確かにボノオロスさんの言うことは一理ある。私としては二人に絡まれる前に事を始めようと思ったけど、いきなり事を始めたらそれはそれで驚かせてしまうだろう。
それに、もしものことを考えたなら何が起きても対処できるように心構えだけはしておいてもらった方がいいかもしれない。
「分かったわ。じゃあ私は準備するから、ボノオロスさんが二人に『気を付けて!』と伝えてくれないかしら?」
「任せて下さい!」
ボノオロスさんは気合の入った返事をすると、オリヴィエ達の方に走って行った。さて、ボノオロスさんが伝えに行っている間に、私も準備を済ませてしまおう。
この縦穴は魔素を求めた魔獣が掘ったものだ。元々魔素が豊富にあった場所のようでその魔素を魔獣が餌にしていたのだ。魔素の殆どは魔獣が吸収してしまったようだが、残っていた魔素は今も少しずつ岩壁の隙間から湧き出しているようだ。その証拠に、縦穴の中の魔素濃度が地上より濃くなっている。
私は神経を研ぎ澄ませ、魔素の流れを感知してその出所を探した。魔力の流れを辿っていくと、その場所はすぐに見つけることができた。
縦穴の隅に横方向に少し削れた場所があり、微量な魔素が少しずつだが漏れ出ていた。あまりにも微量だったので、私やミューダやティンクみたいに魔力に敏感な者じゃないと気付けなかっただろう。
「セレスティアさん、何をするつもりですか?」
丁度そのタイミングで、ボノオロスさんから事情を聞いたオリヴィエ達がぞろぞろとやって来た。
「ここの魔素が出てるところを少し調べようと思うの」
「……特に何も感じないですが?」
私が指差した所を見ながら調査隊の魔術師がそんなことを言った。その魔術師に同調するように他の二人の魔術師も頷いていた。
(……魔力量はそこそこあるけど、感覚の方はまだまだのようね)
そう思ったが、冷静に考えてみたら私やミューダやティンクが特別なだけで、この魔術師達が劣っているわけではない。むしろ魔力量的に見たら平均よりも優秀と言える部類に入るだろう。
「いや、セレスティアの言う通り、僅かだけど魔素が漏れ出ているね」
そんな中、エヴァイアが私の指差した場所を凝視しながらそう言った。
「分かるの?」
「感覚を研ぎ澄ませて何とかというレベルだけどね」
これに気付けるなんて、流石と言うべきかな? いや、クワトルの報告だとエヴァイアは『超感覚』という感覚機能を調節できる能力を持っていたはずだ。おそらく魔力を感じる感度を上げて感知したのだろう。
「う~ん、私には分かりませんね……」
オリヴィエが悔しそうにそう言っていたが、元々武闘派で魔術が苦手なオリヴィエが調査隊の魔術師でも感じられないものを感じられるわけがない。
「それで、ここをどうやって調べるんだい?」
興味津々といった口調でエヴァイアが訊ねてくる。
「それは勿論、掘り起こすのよ!」
「掘り起こすのですか!?」
「ええそうよ! 危ないから少し離れてて」
そう言ってから、私は魔力を高めて集中する。感知した感じだと、掘り出すのは魔素が漏れ出てる箇所を起点とした3メートル四方の範囲でいいだろう。
掘り出す範囲を決めると、私は錬金術を発動させる。エヴァイアがいる前で錬金術を使うのはどうかと思ったが、今回は仕方ない。と言うのも、実は魔術は掘り起こすのに向いていないのだ。
掘れないこともないのだが、それは正確に言うと「吹き飛ばして穴をあける」という、錬金術以上のとんでもない荒業なのである。今回私は“掘り起こした物”が欲しいのであり、穴を開けたいわけではないのだ。だから魔術は使わない、というか使えない。
それに、クワトルの報告ではエヴァイアはクワトルと対等な関係を望んでいると言っていた。例え私が今から使う錬金術が魔術とは違う術だと気付いて詰め寄って来たとしても、クワトル達と繋がりがあると言えばエヴァイアも下手に強行な手を出すことはしないでしょう。まあそうなったらそうなったで、オリヴィエが必ず間に入って来てくれるだろうから、何とでもなるだろうしね。
「はぁあああああ!!」
十分に魔力を高めたところで私は錬金術を発動させた。
術の発動と共に私が指定した範囲の岩壁にバリバリと音を立てて亀裂が走っていく。亀裂が一辺3メートルの綺麗な四角形を描いたところで、次はその奥にも亀裂を走らせ切っていく。
亀裂が全て走り終えたことを確認した私は、次にその亀裂から圧縮した空気を流し込んだ。それと同時に流し込んだ空気が亀裂から漏れないように工夫して錬金術を操り、更にどんどん空気を流し込む。
スゴゴゴゴーーーッ!!!
すると、大きな音を立てながら切り取った四角い岩がゆっくりと動き、押し出されてきた。その様子を見てオリヴィエ達が驚いているが、これの原理自体は至って簡単なものだ。
圧縮した空気を岩の奥に作った亀裂に過剰に送り込むことで内部の圧力が上昇し、それがある一定の域を超えることで重たい岩を動かすほどの力が発生する。つまり、空気の力で中から岩を押し出しているというわけだ。
……まあ、原理を知ったところで錬金術を使えない人からすれば、私が見たこともない魔術を行使しているようにしか見えないか。
ゴゴゴゴゴーーーッ!!! ズンッ!!
そうこうしている内に、綺麗な四角形の岩塊が取り出せた。
私は取り出した身の丈の倍ほどある岩塊に手を当て、錬金術で中を調べる。
「……うん、これならサンプルとして問題なさそうね」
「セ、セレスティアさん、それをどうするつもりなのですか?」
恐る恐るといった感じでオリヴィエがそう聞いてきた。どうするかなんて決まっている!
「勿論、持ち帰るのよ。研究のサンプルとしてね!」
10人の人影は縦穴を隅々まで念入りに調べるような動きをしており、その行動から彼等がボノオロスが話していた調査隊だということが分かった。
先に縦穴で作業をしていた調査隊にボノオロスが事情を説明し、調査隊にマイン公爵とエヴァイアを案内するようにお願いした。
縦穴に関して詳しいのはボノオロスより彼等の方だ。セレスティアの方に付いて行きその目的を確かめようとしていたマイン公爵とエヴァイアも、「視察という目的がある以上ここに来たなら調査隊から詳細説明を聞くのが優先だ」とセレスティアに指摘され、ダメ押しで「詳細は後でボノオロスから聞いても構わない」と言ったことで、しぶしぶといった様子だったが、しばらくの間調査隊の方に合流してくれた。因みにヴェスパも護衛任務を託されているので、マイン公爵達の方に行っている。
これで晴れてボノオロスと二人きりになれたセレスティアは、二人が戻ってくるまでの間に目的を終わらせるために早速ボノオロスに質問を飛ばしていく。
「さて、二人が戻ってくるまでに色々教えてもらってもいいかしら?」
「いいですよ。それで、何を聞きたいのですか?」
強大な魔力を持ち、淵緑の魔女と呼ばれるセレスティアが聞きたいこととは何なのか……ボノオロスは興味が湧いて仕方がなかった。そんなボノオロスに、セレスティアは無邪気な笑みを見せてこう言った。
「私が聞きたいのは、“魔石”についてよ!」
「ま、魔石ですか……?」
「そうよ!」
得意げにそう言い切ったセレスティアだが、ボノオロスは予想外とも拍子抜けとも受け取れる微妙な表情を浮かべていた。
魔石はそう珍しい物ではない。地表で見つかることは稀だが、鉱山の中では割と頻繁に発見される鉱石で、魔石を用いた魔道具が普及するくらいには世に溢れている物だ。
いくら深い森の奥に引き籠っているとはいえ、セレスティアがそんな常識的なことを知らないはずがない。……ということは、セレスティアが聞こうとしているのはそんな常識的なものではないのだろうとボノオロスは考えた。
「……分かりました。魔石のどんなことを聞きたいのですか?」
偉大な魔術師であるセレスティアからどんな質問が来るのかと、ボノオロスはわくわくしていた。しかし、その内容はまたもボノオロスの期待に応えるものではなかった。
「鉱山で魔石がどんな風に見つかるかや、採掘方法、採掘の際に気を付けている事とかを教えてほしいの!」
「えっ……そんな普通のことでいいんですか?」
もっと壮大な質問が来ると思っていたボノオロスは、ポロッと本音を漏らしてしまう。
それに対して、セレスティアは「むぅ」っと眉を顰めて返した。
「ボノオロスさん、今、普通のことと言ったけど、あなたが普通と思っていることは鉱夫でない私にとっては未知の知識なのよ? 私が魔獣と戦う時に使った魔術の知識は私にとっては普通のものだけど、ボノオロスさんや普通の魔術師からしたら知らない知識でしょう?
……人はある専門分野に長く寄り添っていると、それが常識化してしまうの。自分にとっては熟知した当たり前でも、他人からすれば経験することも聞知すことも少ない稀有な知識なのを覚えておかないとダメよ!」
セレスティアに指摘され、ボノオロスは自分の認識が狭かったことを痛感した。ボノオロスは何十年と鉱山で毎日働き、鉱山のことで知らないことがない。そしてその知識が常識となっていることに気付かなかった。
しかしそれも仕方ないことなのであった。ボノオロスは鉱夫の纏め役である“鉱夫長”として鉱山で働いているため、基本的な移動範囲は鉱山と宿舎の間だけである。街に行くこともあるがそれもたまにだけでしかなく、交流関係も仲間の鉱夫達や鉱山を護衛している騎士達ぐらいの狭いものでしかないのだ。
「……セレスティア殿、ありがとうございます。どうやら俺の考えが間違っていたようです」
「私も人のこと言えたことじゃないから気にしないでいいわよ。……それで、教えてくれるの?」
「もちろんです! 俺の知っている事でいいなら何でも教えますよ!」
◆ ◆
「――なるほどね」
ボノオロスさんから聞いた話を、私は丁寧にメモに取っていく。オリヴィエとエヴァイアがいないからか、気を張る必要がなく聞きたい話を聞けたので大満足だ!
話の内容自体はそこまで変わったものではなく、得られた知識も鉱夫が知る基本的なものばかりだった。でもそれも私にとっては有益な情報だし、それにこういった基本的なところに意外なヒントが隠れているかもしれないのだ。
「ありがとうボノオロスさん。とても参考になったわ!」
「これくらいお安い御用ですよ!」
さて、聞きたいことはこれで全部聞いたし、二人が戻ってくる前にもう一つの用事を終わらせるとしましょう。
「それでボノオロスさん、二人が戻ってくる前にもう一つお願いしたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「もしかして、それがここに来た目的ですか?」
ボノオロスさんの言葉に私は無言で頷いた。
そう、さっきボノオロスさんから教えてもらった“鉱石がどんな風に見つかるか、採掘方法、採掘時の注意事項”等の知識は、別にこの縦穴に来なくてもあの事務所で教えてもらえれば済むことだった。
それをわざわざこんな場所で教えてもらったのは、それとは別の本当の目的があり、その許可をもらうためだ。
「ちょっと縦穴を調べたいのだけど、その許可をくれないかしら?」
「調べるのは構わないですが、それでしたら既に数日掛けてここを調べている調査隊に聞いたほうが早いんじゃないですか?」
ボノオロスさんの言う通り、縦穴の調査結果を聞きたいならオリヴィエとエヴァイアが今しているように直接聞いたほうが早いだろう。しかし――
「……私が調べたいのは調査隊が調べているものじゃないの。だから個人的に別で調査したいのよ。それに少し手荒な方法になるから、安全性を確保するために地質の状況に詳しいボノオロスさんから直接許可をもらいたいのよ」
私の説明にボノオロスさんは少し考える。そして周辺を見渡し、壁を軽く叩いてから口を開いた。
「……ここの地質は上の坑道と比べて頑丈なようです。上の坑道に被害が出ない程度であるなら、大丈夫だと思いますよ?」
よし! ボノオロスさんから安全性と調査許可の言質を無事に取ることができた。
「それじゃあ早速――」
「あ、ちょっと待てくださいセレスティア殿!?」
調査を始めようとした私を、ボノオロスさんが慌てて止める。
「手荒になるということでしたら、事前にマイン公爵様と皇帝陛下にその旨を伝えたほうがいいのではないですか?」
う~ん、確かにボノオロスさんの言うことは一理ある。私としては二人に絡まれる前に事を始めようと思ったけど、いきなり事を始めたらそれはそれで驚かせてしまうだろう。
それに、もしものことを考えたなら何が起きても対処できるように心構えだけはしておいてもらった方がいいかもしれない。
「分かったわ。じゃあ私は準備するから、ボノオロスさんが二人に『気を付けて!』と伝えてくれないかしら?」
「任せて下さい!」
ボノオロスさんは気合の入った返事をすると、オリヴィエ達の方に走って行った。さて、ボノオロスさんが伝えに行っている間に、私も準備を済ませてしまおう。
この縦穴は魔素を求めた魔獣が掘ったものだ。元々魔素が豊富にあった場所のようでその魔素を魔獣が餌にしていたのだ。魔素の殆どは魔獣が吸収してしまったようだが、残っていた魔素は今も少しずつ岩壁の隙間から湧き出しているようだ。その証拠に、縦穴の中の魔素濃度が地上より濃くなっている。
私は神経を研ぎ澄ませ、魔素の流れを感知してその出所を探した。魔力の流れを辿っていくと、その場所はすぐに見つけることができた。
縦穴の隅に横方向に少し削れた場所があり、微量な魔素が少しずつだが漏れ出ていた。あまりにも微量だったので、私やミューダやティンクみたいに魔力に敏感な者じゃないと気付けなかっただろう。
「セレスティアさん、何をするつもりですか?」
丁度そのタイミングで、ボノオロスさんから事情を聞いたオリヴィエ達がぞろぞろとやって来た。
「ここの魔素が出てるところを少し調べようと思うの」
「……特に何も感じないですが?」
私が指差した所を見ながら調査隊の魔術師がそんなことを言った。その魔術師に同調するように他の二人の魔術師も頷いていた。
(……魔力量はそこそこあるけど、感覚の方はまだまだのようね)
そう思ったが、冷静に考えてみたら私やミューダやティンクが特別なだけで、この魔術師達が劣っているわけではない。むしろ魔力量的に見たら平均よりも優秀と言える部類に入るだろう。
「いや、セレスティアの言う通り、僅かだけど魔素が漏れ出ているね」
そんな中、エヴァイアが私の指差した場所を凝視しながらそう言った。
「分かるの?」
「感覚を研ぎ澄ませて何とかというレベルだけどね」
これに気付けるなんて、流石と言うべきかな? いや、クワトルの報告だとエヴァイアは『超感覚』という感覚機能を調節できる能力を持っていたはずだ。おそらく魔力を感じる感度を上げて感知したのだろう。
「う~ん、私には分かりませんね……」
オリヴィエが悔しそうにそう言っていたが、元々武闘派で魔術が苦手なオリヴィエが調査隊の魔術師でも感じられないものを感じられるわけがない。
「それで、ここをどうやって調べるんだい?」
興味津々といった口調でエヴァイアが訊ねてくる。
「それは勿論、掘り起こすのよ!」
「掘り起こすのですか!?」
「ええそうよ! 危ないから少し離れてて」
そう言ってから、私は魔力を高めて集中する。感知した感じだと、掘り出すのは魔素が漏れ出てる箇所を起点とした3メートル四方の範囲でいいだろう。
掘り出す範囲を決めると、私は錬金術を発動させる。エヴァイアがいる前で錬金術を使うのはどうかと思ったが、今回は仕方ない。と言うのも、実は魔術は掘り起こすのに向いていないのだ。
掘れないこともないのだが、それは正確に言うと「吹き飛ばして穴をあける」という、錬金術以上のとんでもない荒業なのである。今回私は“掘り起こした物”が欲しいのであり、穴を開けたいわけではないのだ。だから魔術は使わない、というか使えない。
それに、クワトルの報告ではエヴァイアはクワトルと対等な関係を望んでいると言っていた。例え私が今から使う錬金術が魔術とは違う術だと気付いて詰め寄って来たとしても、クワトル達と繋がりがあると言えばエヴァイアも下手に強行な手を出すことはしないでしょう。まあそうなったらそうなったで、オリヴィエが必ず間に入って来てくれるだろうから、何とでもなるだろうしね。
「はぁあああああ!!」
十分に魔力を高めたところで私は錬金術を発動させた。
術の発動と共に私が指定した範囲の岩壁にバリバリと音を立てて亀裂が走っていく。亀裂が一辺3メートルの綺麗な四角形を描いたところで、次はその奥にも亀裂を走らせ切っていく。
亀裂が全て走り終えたことを確認した私は、次にその亀裂から圧縮した空気を流し込んだ。それと同時に流し込んだ空気が亀裂から漏れないように工夫して錬金術を操り、更にどんどん空気を流し込む。
スゴゴゴゴーーーッ!!!
すると、大きな音を立てながら切り取った四角い岩がゆっくりと動き、押し出されてきた。その様子を見てオリヴィエ達が驚いているが、これの原理自体は至って簡単なものだ。
圧縮した空気を岩の奥に作った亀裂に過剰に送り込むことで内部の圧力が上昇し、それがある一定の域を超えることで重たい岩を動かすほどの力が発生する。つまり、空気の力で中から岩を押し出しているというわけだ。
……まあ、原理を知ったところで錬金術を使えない人からすれば、私が見たこともない魔術を行使しているようにしか見えないか。
ゴゴゴゴゴーーーッ!!! ズンッ!!
そうこうしている内に、綺麗な四角形の岩塊が取り出せた。
私は取り出した身の丈の倍ほどある岩塊に手を当て、錬金術で中を調べる。
「……うん、これならサンプルとして問題なさそうね」
「セ、セレスティアさん、それをどうするつもりなのですか?」
恐る恐るといった感じでオリヴィエがそう聞いてきた。どうするかなんて決まっている!
「勿論、持ち帰るのよ。研究のサンプルとしてね!」